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【朔夜くん、それ太宰治のパクリでしょ】第2章 「落ちていく君を、救うふりして押した」

第2章テーマは、セルフ・ハンディキャッピング(Self-Handicapping)
セルフ・ハンディキャッピングは【自分が失敗したときに言い訳ができるように、あらかじめハードルを下げたり妨害要因を作ったりする行動】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第2章 「落ちていく君を、救うふりして押した」をお楽しみ下さい

前回のあらすじ

「母の手首に残る白い痕。それが、僕の生まれた理由だった——」

原稿の一行目を読んだ私は、天井を見上げて深呼吸した
気持ちはわかる。太宰が『斜陽』で描いたような“家庭と堕落”は、確かに文学になる
でも、朔夜くん、それは何回目の母親の痕跡なの

「朔夜くん、これは……前作よりもさらに、破滅度が増してるわね」
「……やっぱり、ダメですか」
彼は机に突っ伏し、髪をくしゃっとかき上げた。見事な太宰ポーズである
「最近、全然筆が進まなくて……僕、才能なんてなかったんです。いや、むしろ、才能があると“思ってしまった”ことが罪なんです」
「じゃあ、初期衝動で執筆してる全作家は有罪ってことになるけど?」
「はい、そう思ってます……」

話が重い。いや、重いフリが上手すぎる
たぶん朔夜くんは本気で悩んでる。でも、私は知っている。彼は“悩んでる自分”が一番創作欲を刺激することを

私は静かに、手帳を開いた
「セルフ・ハンディキャップ」と鉛筆で走り書きされたメモのページを一瞥して、口を開く

「……ねえ朔夜くん、もしかしてだけど、あなたの創作の手って、“母の影”に引っ張られすぎてない?」
「っ……!」

顔を上げた朔夜くんの目が、狼のように光る。いや、表現が強すぎた
でも、効いている。やっぱり“母性モチーフ”は、彼の創作において弱点でもあり、命綱でもあるのだ

私は、わざと煽るように続けた

「あなた、文学に逃げてるだけでしょ。“哀しみ”ってラベルを貼れば、現実から目を逸らせると思ってる。でも、それって本当に、文学なのかしら?」
「……っ九条先輩……」
「もう、“母の痕”はいい加減、埋葬してあげたら? そろそろ、自分の傷と向き合いなさいよ」

彼は、ゆっくりと立ち上がると、目を潤ませながら原稿用紙をぐしゃりと抱きしめた

「先輩の言葉、苦しい……でも、それが……愛に聞こえる……!」
「違う、それは説教です」

が、もう遅い。彼の脳内では、“厳しさ=破滅の愛”という構図が完成してしまったらしい
それどころか彼は、机の引き出しから墨汁を取り出して、原稿の端に滲ませ始めた

「この黒さ……涙で書かれた原稿にしか出せない表現なんです。先輩の声が、僕の中の“喪失”を引きずり出してくれる……」
「待って、泣いてないわよ? あと墨、学校備品だから返却して」

朔夜くんの顔はもう、完全に“燃える文士モード”である
彼の暴走を止める言葉は、今のところ見つからない

……まさか、こんなにも“弱気”を後押ししただけで、ここまで創作に火がつくとは

まるで私が、彼を絶望に突き落として、そこから作品を生ませてるような……
まるで黒幕じゃない

「ねえ、朔夜くん」
「はい、なんでしょう」
「もし私があなたを突き落として、あなたがそれを文学で昇華して……それでも、あなたが私を見てくれるなら——」
「先輩、それ、今の新作のエピグラフにしてもいいですか?」

……この人、私の言葉を全部、比喩か引用に変換してる

「……もう、好きにしなさいよ」
「ありがとうございます。まさにその無関心さが、“母性の暴力性”を彷彿とさせて……」
「言ってないし、母じゃない」

私は肩をすくめ、彼がまた新たな原稿に向かう姿を見送った
その背中は、確かに少し前より堂々としていた

突き落としたと思ったら、勝手に飛び立ってる。そんな人を、私は——
……嫌いじゃないのよ、ほんとに

朔夜くんは、私の言葉を“破滅の愛”と勘違いしたまま、新作に没頭し始めた

机に向かう姿は、まるで戦場に向かう兵士のように真剣で……いや、表現が重すぎた。けど、それくらいの気迫だった

「……この喪失は、たぶん彼女の手から始まった
言葉という名の毒を塗られた僕の心臓は、静かに崩壊しつつ、どこかで救いを待っていた——」

私はその原稿を、1分ほど沈黙のまま読み、そして静かに口を開いた

「……うん、完全に犯人扱いされてるわね、私」
「いいえ、先輩は“救いのない救い”です。愛という名の絶望……」
「やめて、なんか呪われそうだから」

どうしてこの人は、私の“軽く突いた一言”をここまで劇的に変換できるのか

でも、嫌いじゃない。そのめんどくささすら、ちょっと尊く見えてしまう自分がいるのが、もっとめんどくさい

その日の放課後、朔夜くんが言った

「九条先輩。今日、川沿いに沈む夕陽を見ながら、文学の破滅について語り合いませんか」
「……誘い方が物騒すぎるのよ」

それでも私は、なぜか断れなかった
あの人の“ややこしい言葉”の中に、たまに素直な気持ちが見え隠れするから

河原に着いた朔夜くんは、落陽を見つめながらふと立ち止まり、ポケットから折りたたんだ原稿を取り出した
それはきれいに揃えられていて、端には小さく“for C.S.”と書かれていた

「……これは?」
「僕の新作です。“母”も“手首の痕”も出てきません。苦しさはありますけど、今回はそれを“誰かに託すこと”で昇華させました」

彼の目は、どこか晴れやかだった

私は、原稿を受け取って一枚めくる。そして、冒頭の一文を読んで、思わず声を漏らした

「“この愛は、正しく破壊された。”……また爆発してるわね、情緒が」
「でも、これは先輩がくれた言葉で生まれた作品です
“君は母の影に囚われてる”ってあの日言われて、ああ、僕は誰かに見張られていたんだって思ったんです」
「それ、“見守られてる”の誤用じゃないの?」

ふと風が吹いて、原稿の角がぱらりとめくれる。彼の文字が揺れる
そして私は、彼の言葉の“真ん中”に、静かに立たされている自分を見つけてしまう

彼は、私を「傷つけられる側」としてではなく、「傷つける存在」として書いている
でもそれは、彼なりの最大の愛情表現なのかもしれない
私が彼を奮起させようとしたことが、逆説的に彼の“破壊衝動”に拍車をかけたとしても

「朔夜くん、ひとつだけ聞いていい?」
「はい」
「もし私が何も言わなかったら、あなた、何書いてたと思う?」
「たぶん、“世界が僕を誤解した”ってタイトルの散文詩です」
「……それはそれで読んでみたいけど、やっぱり止めて正解だった気がする」

夕陽が沈む
彼の原稿を抱えながら、私はふと、ある言葉を胸に浮かべた

——“誰かを救おうとした時点で、たぶん私は加害者になっていた”

それでも、彼がその痛みを“作品”として差し出してくれる限り、私は受け取る側でいたいと思う

「じゃあ、また次の原稿、楽しみにしてるわ」
「はい。次は、少し明るめの“絶望”にします」
「それ、矛盾してるからね」

ふたりで笑った
その笑い声だけが、この物語のなかで唯一、予定調和じゃないものだった

次章へ

↓最後に、第2章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


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