【正常値の外側】第5章「正常値外」
迷言です
今回は【正常値の外側】第5章「正常値外」をお送りします
前回のお話はこちらから
このシナリオは【叔父さん勇気を出して】のメインヒロインを決める為の企画で一番人気が高かった正史の物語
それではこの章のイメージBGMを聴きながらお楽しみ下さい
翠はまだ喋っていた
いつもなら1言2言で終わるのに……余程楽しみなんだな
「向こうの触診設備は、今より解像度が高いと思う。神経反応の微細変化も追えるはず」
「へぇ」
「あと、診断補助AIもある」
「お前それ絶対好きな単語だろ」
「好き」
即答だった
いや、お前そんな顔できたのかよ
無表情寄りなのは変わらない
でも、声の温度が違う
ほんの少しだけ、前のめりだ
「理人なら向こうの設備、好きだと思う」
……ん?
俺は足を止めた
「どうしたの?」
翠は俺を見る
「いや、何で俺が向こうの設備の事を気にする必要がある?」
「何でって好きそうだから」
「いや好きだけども」
本気で意味が分かってなさそうな顔だった
「なら問題ない」
「何が?」
翠は首を傾げた
「あれ……もしかして……理人……一緒に行かないの?」
俺の思考が止まった
「………は?」
「理人も一緒に行くんでしょ」
「いや、待て待て待て」
俺は手を振った
「行くのお前だけだけど?」
「……?」
空気が変わった
マジで変わった
翠が止まる
表情はいつも通り
なのに、何かが明らかに止まった
「え?」
「え、じゃねぇよ」
「理人は来ないの?」
「いや、だからお前の海外研修だろ?」
「そう」
「何で、無関係の俺が一緒行けると思う」
「あっ」
沈黙
なんだ……これ
怖いんですけど……
そして、翠は動かなくなった……
(あれ……そう言われるとそうだ……誘われているの私だけなのになんで理人と一緒に行けると思たんだろう)
だって……理人は応援してくれた
行けばいいと言ってくれた
あれ……さっきまで普通だったのに
脈が速い
呼吸も浅い
観察結果と発言が一致しない
理屈が合わない
苦しい
何でこんなに苦しいの?
手は……少し冷たい
……何で?
それになぜ私は、理人が一緒に来る前提で話していた?
確かに……確認していない
勝手にそう思っていた
なぜ?
必要だから?
違う
共同研究の為?
違う
観察対象だから?
違う
なら何で?
「翠?」
理人の声だ
あっ……理人……困ってる
「いや、ほんと悪い。なんか誤解させたなら」
「誤解?」
「え」
「理人は私を応援してるんだよね」
「……まあ」
「でも……一緒に行かないんだねよ」
「そうだけど」
「でも理人……何か脈が速い」
「うっ」
理人が詰まった
「理屈が合わない」
「いや……その」
「理人」
「はい」
私は自分の呼吸を確認する
浅い
まだ苦しい
落ち着かない
これは……何?
あっ……この感覚……触れた事がある
その時の私は……何でこんな無駄な事で……って思ってた
でも……今なら分かる
「理人……私は」
少しだけ、喉が詰まった
変だ
「私は理人の事、好きかもしれない」
理人が固まった
面白いくらい完全に固まった
メモしないと……
いや、今は観察している場合じゃない
「……理人は私の事、嫌いなの?」
沈黙
風が吹いた
理人の顔が、さっきよりずっと赤かった

俺の思考が、完全に止まった
『好きかもしれない』
と言われたその直後
『嫌いなの?』
なんだその急カーブ
普通そこは……
『好きです』
『俺もだ』
とかの王道ルートじゃねぇの?
なんでいきなりマイナス判定確認なんだよ
でも……翠は逃げてなかった
無表情で……静かで……いつものままなのに
ちゃんと、俺の答えを待っていた
逃げてるのは……俺の方だ
翠の未来の為
翠の夢があるから
あんな顔してた翠を止めちゃいけない
そう思って我慢してた
でも……無理だ
「……嫌いなわけあるかよ」
自分でも分かる……声が変だ
「むしろ逆だ」
「逆?」
「好きだよ、バカ」
言った……言っちまった
でも止まらなかった
「俺は……翠の事が好きだ」
「………」
翠は黙って聞いていた
「お前と変な実験して」
「変な機械作って」
「お前に脈測られて」
「意味分かんねぇ会話して」
息を吸う
「そういうの、全部好きだ」
くそダサい……でももう止まらん
「お前があんな珍しく楽しそうに喋るから、邪魔しちゃダメだと思った」
「応援しなきゃって思った」
「お前の未来のためだし」
「みらいちゃんの目的だって達成してるし」
「俺が我慢すりゃ全て問題ないと思った」
「でも無理だ!!」
「無理なんだよ!!」
「だから翠!!行くな!!」
沈黙
終わった
完全に終わった
カッコ悪すぎる
でも、もう後戻りはできなかった
理人が苦しそうだ
呼吸が速い
声が震えている
私は整理する
私は苦しかった
理人がいなくなると思ったから
理人は私が好き
私は理人がいなくなるのが嫌だ
理人が一緒に来ると思っていた
当たり前みたいに
……なぜ?
必要だから?
違う
観察対象だから?
違う
共同研究者?
違う
もっと単純
もっと非合理
でも……答えはある
私は顔を上げた
「……分かった」
理人が固まる
「行かない」
「……え?」
「理人が行くなと言ったから」
「いや待てその言い方」
本気で困っていた
……変な人
でも……少し面白い
「ねぇ……私が好きってほんと?」
「うるさい」
翠が一歩近づいてきた
そして
いつものように、俺の手首を掴んだ
「またかよ」
「確認」
「このタイミングで!?」
「当然」
指先が冷たい
なのに俺の脈は爆速だった
「……すごい脈」
「そりゃ告白したからな!?」
「これが恋?」
「たぶんな」
翠は真顔だった
「不便」
「恋への感想それ?」
「呼吸が乱れるし」
「まあな」
「思考精度も落ちる」
「そうだな」
「非合理的」
「うん」
「でも……悪くない」
……やばい
その一言で死ぬかと思った
「分かった」
「何が?」
「理人を観察する……だから行かない」
「おい」
翠は俺の手をまだ離さない
「長期観察だね」
「その言い方やめろ」
「理人」
「ん?」
「嫌?」
「……嫌じゃねぇよ」
翠は小さく頷いた
「なら……問題ない」
問題しかない気がする
でも……手は離れなかった
たぶんもう、離さない
「そう言えば……彼女ほしいとは言ってたけど」
「うん」
「こんなタイプ想定してなかった」
「アップデートして」
「恋愛仕様で?」
「いや観察仕様で」
俺は笑った
「やっぱおかしいだろお前」
「理人も」
俺はその言葉を否定できなかった
こうして俺は、神代翠と付き合うことになった
触れて理解しようとする、恋の進め方が根本からおかしい女だけど
俺はその不器用な誠実さが好きだ
普通じゃない? 知ってる
だって最初から……正常値の外側だったんだから
以上で翠ルート【正常値の外側】は終了です
でも……もうちょこっとだげ付き合ってもらえるとありがたいです
