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【朔夜くん、それ太宰治のパクリでしょ】第4章 「僕の痛みは、君の涙でできている」

第4章テーマは、投影同一視(Projective Identification)
投影同一視は【自分の感情や不安を相手に“押しつけ”、相手がそれを無意識に取り込み同じように振る舞うようになる現象】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第4章 「僕の痛みは、君の涙でできている」をお楽しみ下さい

前回のあらすじ

「彼女が泣くと、僕の孤独は輝き出すんです」

朔夜くんがそう言って、原稿を差し出してきた時点で、私のツッコミメモ帳は震えた
その言葉を“恥ずかしげもなく”というより、“神々しく”口にするあたり、もはや清々しい

私は静かに本文を読む

——「君の涙は、僕の哀しみの鏡だった。君の震えに、僕の痛みが映えた
だから、僕は今日も、君のために傷つこうと思う」

……傷つきながら他人の涙を照明にする男、それが朔夜くんである
いや、太宰の『パンドラの匣』の影響だと分かってはいる
でも、“文学病”がここまで進行してると、もはや様式美というより症状だ

「朔夜くん、率直に言っていい?」
「はい。先輩の批評は、僕の作品の血になります」
「今回、全体的に“ナルシストすぎて怖い”」
「……褒めてますか?」
「否定的よ」

とはいえ——私は、心のどこかで知っていた
彼は自分の痛みを“見つめられる他者”がいることで、作品を加速させるタイプだ
彼の“哀しみ”を、“自分の共感”にすり替えて返せば、たぶん——彼はそれを、“理解”と誤解する

そして、私はその“誤解”の中に身を投じようとしている

「……でも、わかるわよ」
「え?」
「“誰かが泣いてくれると、自分が生きてる気がする”って
それってたぶん、寂しさじゃなくて、ずっと押し殺してきた孤独の証明よね」

朔夜くんの目が見開かれる
私はさらに、ほんのわずかに声を震わせる

「私も……たまに思うのよ。誰かが私のために苦しんでくれたら、私の存在にも意味があるんじゃないかって」
「……先輩……」

その声は、震えるほど嬉しそうだった

「まさか、そんな孤独を……先輩も……」
「……ええ」
「僕だけじゃなかったんですね」
「……そうね」
「先輩の涙が、僕の文学を救う気がします」

……え?

「今、ちょっと泣いてみてもらえますか?」
「待って」
「ほんの一滴でいいんです。目に溜めるだけでも!
できれば、僕の“喪失感”のくだりを読みながら」
「それ、感情の強要だからね?」

彼はすでにポケットからハンカチを取り出し、私の表情をまっすぐに見つめている
私の目に涙が浮かぶことを、心から信じて待っている

これ、どう考えてもおかしい
でも私は、それでも口をつぐんだ
だって、この人の“救いの回路”は、こうしてしか開かない気がするから

「……じゃあ、そっちが泣いたら、私も泣いてあげるわよ」
「それって……“連鎖的救済”ですね……」
「ちがう、相互確証破壊」

彼は満足そうに笑った。そして原稿を抱えて、部室の隅に戻っていった

そこから生まれる新作が、どれほど歪であっても、たぶん私は読む
彼の言葉のなかに、私の感情が映っていると——錯覚しながら

朔夜くんは、私の「相互確証破壊」発言を、“文学的同意”だとでも解釈したらしい

それからというもの、彼は毎日のように、私の感情を探りにくる
「先輩、昨日は泣きましたか? それ、僕の影響ですか?」
「先輩、今朝の寝ぐせは、感情の乱れの証拠では?」
「先輩、今日のチョコレート、ちょっと苦かったですよね? つまり、心が……」

毎回、的外れな推理を真顔で披露してくるあたり、逆に尊敬する

「朔夜くん。あなた、私の涙を燃料にしようとしてない?」
「ええ、それが僕の灯火です」
「即答か」

でも、そんな“ズレた好意”が、なぜか私の中に、火を点けてしまうのも事実だった

ある日、私は思い切って、ちょっとした“演出”を試みた
彼の作品を読んだふりをして、少し目を赤くしてみたのだ
(コンタクト外し忘れただけだけど)

「先輩……泣いてるんですか……?」
「あ、いや、これは」
「ついに、僕の痛みが先輩の心に届いたんですね……!」

彼の目が本気で潤んでいた。私は慌ててごまかす

「泣いてないわよ。ちょっと乾燥してただけ」
「乾燥という言葉に、こんなにも湿度を感じたのは初めてです」
「詩人ぶるな」

それから彼は、妙にテンションが上がっていた
いつものように原稿用紙を抱えて現れ、私に告げた

「先輩、今の僕、筆が止まりません」
「それはよかったけど」
「この想いが燃え尽きる前に、書き上げておきたいんです。“あなたの涙を宿した物語”を」
「ちょっと待って、誰が宿したって?」

すでに彼は、“感情の共鳴”という名の勘違いを全力で昇華しようとしていた

しかも、私の感情の一滴さえも、彼の中では“愛の証明”に変換されている
彼の創作熱に、もはや私のツッコミも追いつかない

それでも私は——止められなかった

彼が“私の気持ち”を勝手に物語にして、勝手に感動して、勝手に燃え尽きる姿
その滑稽さを知りながらも、なぜか——羨ましく思ってしまったのだ

「先輩」
「なに」
「……この感情、名前をつけるなら、なんだと思います?」
「そうね……“フィクション中毒”かしら」
「……素敵な名前ですね」
「ちがう、病名よ」

それでも彼は嬉しそうに笑った
まるで、私の皮肉すら“物語の一部”として受け入れているようだった

そして私も、彼のそんな姿を見て、ふと思った

もしかして私は、“自分の感情が誰かの創作の役に立っている”と、思いたかっただけなのかもしれない
それが誤解でも、妄想でも、言葉にできないほど遠くても——
この人の中に、私がいるのなら、それでいい

「……もう、なんでも好きに解釈しなさい」
「ありがとうございます。僕、先輩の感情で一冊書きますね」
「やめて、それ出版されるやつじゃないから」

そんなふうに、私は今日も“自分の涙”を隠しながら、彼の隣で笑った

次章へ

↓最後に、第4章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


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