【“好き”って、つまりどういうことかと言いますと――】第3章 「開示されたのは、秘密ではなく、心拍数」
第3章テーマは、自己開示(Self-Disclosure)
自己開示は【自分の内面(過去の経験・悩み・価値観など)を他人に伝える行為で、信頼や親密感を高める効果がある】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第3章 「開示されたのは、秘密ではなく、心拍数」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
「じゃあ、お題! “小学校時代の黒歴史!”」
放課後の教室、数人で集まっていた雑談タイムで、誰かが軽くそう言った
沙耶が「やだー」と笑いながら両手を振り、男子の一人が「俺、運動会でズボン脱げた」とか言ってウケてる
……いい流れだ。これは、まさに“自己開示”タイミング
「では、私も」
私は背筋を伸ばし、語り始めた
少し緊張しながら、でもちゃんと“心を開く”という意味を込めて
「小学校3年生のとき、学芸会で“動物の森”という劇があって、私は本来“ひつじ役”だったんですが――」
「……動物の森?」
「はい。オリジナル脚本だったようで、世界観としては“タヌキとヘビが和解して森を救う”話なんですが、途中で大道具が倒れて――」
たぶん、5分くらい話してた。いや、10分かも
ふと見ると、沙耶は半笑いで目を細め、男子はなんかもう違う話題に移りそうな気配だった
(…しまった。話す量、間違えた)
その日。私は反省ノートを開いていた
「鳴海美琴・自己開示マニュアル」
・情報量の選別が甘い
・「共感」より「歴史資料」になっていた
・そもそも“ひつじ”の件は笑えるのか?
だが私は諦めない
本当に伝えたい相手がいる
……そう、藤宮颯太くんだ
彼には、ちゃんと“自分のこと”を知ってほしい
だから私は、翌日を「プレ自己開示日」と設定した
昼休み
「ねえ藤宮くん、ちょっといいですか」
私はお弁当を持って彼の席へ
「一緒にどう?」と言ってくれる彼に会釈して、そっと座る
沈黙。まずは空気を整える
静かな昼休み、風の音、カラスの声。よし、雰囲気はOK
「私、昔、“辞書を読むのが好き”って言って引かれたことがあるんです」
「……へえ。でも俺は、いいと思うけど」
「本当ですか? 実は、小学5年のとき“好きな人の名前の語源”を調べて――その結果、感情が冷めたんですけど、それがきっかけで“好きって、定義できない感情”なんだと気づいて――」
しまった
今度は辞書ルートに入ってしまった
けど、彼は黙って、うんうんと聞いてくれている
「それで、好きという言葉の語源は“すく”=“空く”に由来していて、“心にすき間ができてそこに人が入ってくる”とも言われてて――」
「鳴海さん」
「はいっ」
「お弁当、めっちゃ冷めてるよ?」
……本当に、いい人だ
その日の放課後。私は自分の机の中に、折りたたまれた紙を見つけた。
文字は、彼の字だった
「なんか、いろいろ教えてくれてありがとう。語源の話、また聞きたい」
私は、それを読んだだけで、心の中にすき間ができた気がした
そこに彼の言葉が、すっと入ってきた
(たぶん、これが“開示される”ってことなんだろうな)
でも――まだ本番はこれからだ
次は、ちゃんと“過去の私”を語る番だ
「じゃあ……今日の“本開示”いきますね」
放課後の校舎裏。夕日が差し込む静かな空間
私は、前日から練りに練った「過去プレゼン用メモ」をポケットに忍ばせていた
相手はもちろん、藤宮颯太くん
「“開示”って言うとなんか書類っぽいけど…よろしくお願いします」
彼がいつものように優しく受け止めてくれたのを確認して、私はゆっくりと話し始めた
「まず第一に、私がなぜ“辞書好き”になったかというと、3歳の頃、カタカナの“ヲ”の形が妙に不安定に感じて――」
「おお……」
「で、その不安定さに心惹かれた結果、五十音表を模写しはじめて、“あいうえお”から“ん”までを自作ポスターに……」
止まらなかった。話が
自分でも、途中でわかってはいた
話が逸れに逸れ、もはや“辞書好きの動機”を30分かけて語る女になっていた
でも、彼は逃げなかった
ときどき「なるほど」とか「それって何歳のとき?」と、相槌もくれる
だから、私は勢いづいた
「それで中学のときには“用語の語源”をテーマに自由研究をしてですね、“恋”という語を“来い”と誤認して作文に突っ込んだ件があって、それで……」
自分の手のひらに汗を感じたとき、ようやく私は気づいた
(……やばい、これ、伝わってない。というか、伝わりきらない)
だけど、もう後戻りできない
なぜなら私の手元には、**「第5章:中学時代の友人関係の変遷と告白未遂事件」**という見出しが控えていたからだ
(この項目をスキップするには、構成的に無理がある…!)
私は、えいやっと続けた
「……で、告白しようと決めた当日、私が用意したのが“連絡帳”でして」
「連絡帳?」
「はい、気持ちを手書きで丁寧に綴る形式をとりまして。1ページ目が“前提の共有”、2ページ目が“過去の振り返り”、3ページ目が“今後の展望”……」
「プロポーズ書類みたいだね」
「わ、笑いました?」
「いや、ちょっとだけ。けど、そういうの、嫌いじゃないよ」
彼の笑顔に、なぜかちょっとだけ涙が出そうになった
「……たぶん、私、伝え方が下手なんです」
「いや、伝え方が独特なだけで、“伝えたい気持ち”はすごくわかるよ」
私はポケットのメモを握りしめたまま、黙った
本当は、まだ「第6章:自己肯定感のゆらぎとその回復プロセス」も残っていたけど――
「……それは、また今度でもいいですか?」
「うん、楽しみにしてる」
夕暮れのなか、彼がそう言ってくれたのが、全部の答えだった気がした
“開く”って、ぜんぶ出すことじゃなくて
“見せてもいい”と思える誰かと、ひとつずつ分かち合うことなんだと思う
私は帰り道、メモを読み返したあと、そっと折りたたんだ
“未開示のまま”ってのも、なんだか悪くない気がしたから
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