【君の歌声は二度恋をさせる】第3章 「期待は恋を育てる」
第3章テーマは、ピグマリオン効果(Pygmalion Effect)
ピグマリオン効果は【相手に期待をかけることで、実際にその期待に応えるように成果や行動が変わる効果】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第3章 「期待は恋を育てる」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
リハーサルの空気は、澄んだ弦の音と張り詰めた沈黙で満たされていた。白川玲奈は、いつものように控えめな姿勢で楽譜に目を落とす。背筋は伸びているのに、どこか肩の力が入りすぎているように見えるのは、彼女の生真面目さゆえだろう
俺は袖口で腕を組みながら、彼女の背中を見守っていた。クラシックのことなんて、正直さっぱりわからない。音符を読めるわけでも、ホールの響きを分析できるわけでもない。けれど、だからといって黙って見ているだけなんてできなかった
「玲奈の歌なら、どんな舞台でも人を感動させる!」
気づけば、声が出ていた。ホールに反響してしまうほどの大声に、玲奈が振り返る。目を丸くして、唇を小さく震わせた
「……く、工藤くん、またそんなことを」
玲奈は苦笑しつつも、耳の先までほんのり赤い。だが俺は一歩も引かない。真剣に伝えることが、彼女を支える唯一の方法だと信じていた
「だってそうだろ? 玲奈の声は、まるで――ほら、大聖堂の柱みたいに天井を支えてるんだ。崩れそうに見えても、実はびくともしない。聴いてる人の心を、がっちり支えるんだよ!」
俺の例えは、どう考えてもおかしい。音楽を建築で語るなんて無理があるのは自分でもわかっている。だけど、口から出てくる言葉は止まらなかった
「玲奈の高音はアーチ構造だ! 力を分散して、聴く人の胸に美しく響く。低音は基礎だ! 地盤を固めているからこそ、上の旋律が生きるんだ!」
彼女は両手で譜面を押さえながら、あきれたようにため息を漏らす
「……工藤くん、本当に音楽のこと、全然知らないですよね」
その言葉に俺は頷いた
「知らない。でも、俺には玲奈の歌がすごいってことだけはわかる! その歌声が人を動かすって信じてる!」
玲奈は目を伏せ、小さく息を吐いた。その横顔は、呆れと、それ以上の何かを含んでいるように見えた
――そして本番。照明が温かくステージを包む中、玲奈が静かに登場する
拍手が止み、静寂が訪れる。彼女は深呼吸を一つして、マイクを握った
(大聖堂の柱……アーチ構造……)
おかしな比喩が頭に浮かんで離れなかった。だけど、不思議と胸の奥が軽くなる
音楽を専門用語で語らない彼だからこそ、玲奈の歌を「支えるもの」として見てくれた
その期待に応えたい――そう思うだけで、身体の芯が熱くなる
最初の一音を放つと、ホールの空気が変わった。玲奈の澄んだ声が、高い天井に反射して広がっていく
(工藤くん……私、ちゃんと支えられてますか?)
彼の顔を思い出す。真剣すぎて滑稽な笑顔。それでも、その真剣さが心を揺らす
歌いながら玲奈はほんの少し笑った。観客には気づかれない微笑み。けれど、その微笑みは確かに彼に向けられていた
曲が終わった瞬間、拍手が爆発した。玲奈は深く頭を下げる。胸の奥で響いていたのは観客の拍手よりも、あの言葉だった
「玲奈の歌なら、どんな舞台でも人を感動させる!」
音楽を建築で例える、的外れな応援。それでも――その期待が、恋の芽を静かに育てていた

観客の拍手が鳴りやまなかったあの日の舞台を思い出しながら、俺は夜のライブハウスに立っていた。ステージに飛び込むように現れた玲奈は、昼の姿とはまるで別人だ。汗に濡れた髪を振り乱し、革のブーツで床を踏み鳴らすたびに観客の叫びが増幅する
「お前らァ! まだ声出せんのかぁぁぁ!」
凶暴なシャウトに空気が震える。清楚でお淑やかな姿はどこにもなく、そこにいるのは観客を従えるカリスマの獣だった
拳を突き上げる彼女を見て、俺の胸も熱くなる。前に言った言葉が頭に蘇る
「玲奈の歌なら、どんな舞台でも人を感動させる!」
……そうだ。だったらこの世界でも証明してやる
曲の合間、俺はステージに向かって声を張り上げた
「玲奈ならメタル界を支配できる! お前はこの世界の帝王だぁ!」
一瞬、観客のざわめきが止まった。仲間のメンバーがニヤリと笑って肩を揺らす。玲奈はマイクを持ったまま、ぎろりと俺を見下ろした
「……は? 帝王? 私、そんな王座に座るつもりないんだけど?」
観客がどっと笑い、俺の顔が熱くなる。だが引き下がる気はなかった
「いや、マジでそうだ! お前の声は雷鳴みたいに会場を揺らして、みんなをひれ伏させてる! ステージは梁を支える柱じゃなくて、城を築く石垣だ! お前はその城の主なんだ!」
再び建築用語を持ち出したせいで、玲奈は腹を抱えて爆笑し始めた
「……ほんと、あんたって……。昼間は“大聖堂の柱”とか言ってたくせに、今度は“城の主”って。どこまで建築で例えるのよ!」
ステージに立ちながら笑い転げる姿は、普段の彼女からは想像できないほど豪快だった
観客もつられて笑い、拳を振り上げる声援に混じって「城主!」と叫ぶやつまで出てくる
玲奈は肩で息をしながらマイクを握り直した
「……でもさ」
照明に照らされ、赤く濡れた瞳がこちらを射抜く
「そんなバカみたいに言い切られると……なんか、悪くない気分になるわ」
その一言に、胸が大きく跳ねた
彼女は再び観客に向き直り、全力のシャウトを叩きつけた
「この瞬間、私が支配する! かかってこい、メタルの狂信者ども!」
観客の波が爆発する。モッシュピットが渦を巻き、俺もその中に飛び込んだ。肩や背中にぶつかる衝撃、汗と煙と轟音。けれど俺の耳に一番響いていたのは、玲奈の叫びとさっきの一言だった
――バカみたいに言い切られると、悪くない気分
その言葉が心に焼きついたまま、ライブは熱狂の渦に飲み込まれていった
玲奈は支配者でも帝王でもない。だけど俺にとっては、すでに心を支配する唯一の存在だった
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↓最後に、第3章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓
