花愛づる、虫愛づる姫君に学ぶ。
あなたのことを愛したい。
そう思っているのに、それは簡単なようで難しい。娘が生まれて、その思いは一層強くなった。
せめて、愛している振りだけでもいい。
けれど、そんなことさえ、私には無理だった。
そして、そんな私を見て育った娘たちは、
私と同じように、あなたのことを愛せなくなった。
私は、悲しいし、そんな自分をとても恥じているし、後悔している。
あの日、あなたは、つい疲れた羽を休めてしまったのだろう。ベランダで洗濯物を取り入れ、部屋に入った私に、娘は真っ青な顔で言った。
「ママ、背中、虫…」
背中に止まられたら、もはや何の虫かも分からない。泣きながら震えつつ、着ていた服をかなぐり捨てた。大きなカメムシだった。
先日は、車の運転中に、暑かったので少し窓を開けた。すると、隙間から見たこともない大きな虫が飛び込んできて、私の逞しい太ももに無事着地した。次の瞬間、ジャリジャリと得体の知れない音を立てて暴れ出す。びっくりした私はとんでもない悲鳴をあげた。通行人はちらりと私を横目で見ながら通り過ぎていく。両腕に鳥肌を立てながらパニックになったものの、この状況で運転は流石に危なすぎる。震える手でハンドルを握り、駐車できる場所を探し、失礼なそいつを外に放り出した。
そう、私は、虫が苦手なのだ。
私は過去の記事でこんなことを書いている。
嘘じゃない。本気だ。大真面目だ。それなのに、虫を見ると置いて帰るどころか、悲鳴をあげて逃げ出してしまう。犬や猫など哺乳類は大好きだ。可愛くて仕方ない。可愛いと思える虫だって一種類いる。てんとう虫だ。けれど、似たような類のダンゴムシもバッタも蝶々も苦手だ。そもそも、バッタの顔って何であんな顔なのだろう。仮面ライダーまで嫌いになりそう。いや、仮面ライダーはキリギリスだっけ。あと、予測不能な動きも怖い。突然変な音を出したり、突然飛んできたり、向かってきたり、逃げるためにいくつか自分の足を捨てたり——信じられない。人間に置き換えたら、狂気の沙汰だ。
ただ、最近、この方の記事を読んで、虫というか謎めいた生き物全般が少し可愛く思えるようになった。
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るるさん🪲
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るるさんが紹介する生き物たちの写真と、るるさんの書く文章は、生き物たちへの愛に溢れている。
写真をよくよく見たら、蜘蛛さんは愛らしい目をしている。ゴキブリもカブトムシも大して変わらないと思っていたけど、違うのかもしれない。小さな小さな生き物たちは、人間よりもしかしたら偉大なのかもしれない。
「こうやって愛したらいいんだよ」と、るるさんは教えてくれる。恐る恐るでも、その心を真似すると、不思議なもので、なぜか愛しく思えてくる。
生物の授業自体は好きだった。ただ、生物の授業では教わらなかった大切なことが、るるさんの記事には書いてある。リアルだと怖いと思い込んでいた世界を、るるさんと一緒に、ひょいと覗くと、私が思っていたものとはまるで違う。そこにいるのは、変わった見た目だけど、精一杯生きている、可愛くていじらしい奴ら。
そして、私は、るるさんのこの言葉が大好き。
この星のいきものはみな
他のいきものを食べて バラし(消化し)て
設計図(DNA)の暗号どおりに
バラしたパーツ(アミノ酸)を 組み立て直し
じぶんのからだを 維持しているのですよね
バクテリアも シアノバクテリアも
ツリガネムシも われわれも
みんな パーツのまわし合いで
繋がっている …ということに気づくと
身のまわりのすべてが
尊く思えてならないのです
わたしが "いきもの大好き" な理由は
ここにあります
虫はまだ、触れない。
けれど、心の奥に、愛しいと思える気持ちが、ほんの少し見え隠れしている。
あなたたちのことを、ほんの少しだけ、私は愛し始めているのかもしれない。
mashiro🐞
