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資産が増えたのに、なぜお金が使いにくくなるのか

どうも、33歳、3児パパ、1馬力で資産6,000万円を築き、副業で月30万円を稼いでいるトヨタ系会社員です。

僕は「会社依存を減らし、家族を守りながら、人生の自由度を上げる」という考え方を、自分なりに大事にしています。

とはいえ、偉そうに語れるほどの立場ではありません。会社員を続けながら、資産形成をして、本業の経験を生かした副業を細々と続けている。その程度です。

ただ、続けてきたからこそ、最近ひとつ、うまく言葉にできなかった感覚がはっきりしてきました。

資産が増えたのに、前よりお金を使えなくなった。

数字だけ見れば、昔より余裕はあるはずなんです。

でも、少し高い買い物を前にすると迷う。家族との旅行を計画しても、「本当に必要かな」と考え込む。

もっと安心して使えると思っていたのに、実際は逆でした。

今日は、この感覚がどこから来るのか、ゆっくり考えてみます。

貯まると安心する。はずだった

資産形成を始めた頃は、目的がわりとはっきりしていました。

急な出費に備えたい。将来の不安を減らしたい。家族に何かあったとき、慌てて判断しなくていいようにしたい。

貯金が少ないうちは、残高が増えること自体が、そのまま安心になります。

10万円が50万円になり、50万円が100万円になる。数字が積み上がるたび、足元の地面が少しずつ固くなっていく感覚がありました。

ところが、ある程度まで貯まっても、安心は思ったほど増えてくれない。

むしろ、別の気持ちが顔を出してきます。

「ここまで貯めたものを、減らしたくない」

以前は、これから貯めていくお金でした。それが、残高が増えるにつれて、守るお金に変わっていく。

同じ1万円なのに、です。

貯金が少なかった頃は、生活をちょっと良くするための1万円だった。それが今は、積み上げた残高を崩す1万円に見えてしまう。

金額は、何も変わっていません。

変わったのは、そのお金に僕が勝手に持たせた役割のほうでした。

「使いすぎないほうがいい」は、間違ってはいない

念のため書いておくと、支出を抑えること自体は悪いことじゃありません。

教育費、住居費、老後の生活費。家族がいれば、これから必要になるお金を考えるのは当たり前です。会社員として、ずっと今の給料が続く保証もない。

だから節約する。投資を続ける。いらないものは買わない。

どれもまっとうな行動だと思います。

それに、人は同じ額を得る喜びより、失う痛みのほうを強く感じやすい、という話も知られています。せっかく貯めたお金が減るのが怖いのは、変な反応ではありません。

ただ、「人は損を嫌う生き物だから」で片づけてしまうと、こぼれ落ちるものがある気がしています。

僕らが怖いのは、たぶん残高の数字が減ることだけじゃない。

長い時間をかけて働いて、欲しいものを何度も見送って積み上げてきたお金には、過去の自分の頑張りが染み込んでいます。

だから、それを崩すと、あの頃の我慢まで取り消される気がしてしまう。

必要な支出にすら、抵抗が生まれる。

お金が減るのが怖いというより、積み上げてきた自分が減る気がして怖い。そっちのほうが近いのかもしれません。

いつのまにか、資産に「守れ」という役割がついている

僕は、資産形成が進むと、お金の役割がじわじわ入れ替わっていくんだと思っています。

最初は、自分と家族を守るためのお金でした。

それが、数字が大きくなるにつれて、資産そのものを守ることがゴールにすり替わっていく。

すると、おかしなことが起きます。口座にはお金があるのに、毎日の暮らしでは使えない。

たとえば、家族旅行を考えたとき。

金額としては払える。家計も崩れない。それでも、「これを運用に回していたら」「もっと安い日程があるかも」と考えて、なかなか決めきれない。

壊れかけた洗濯機を買い替えるときも、長く使える少し高いモデルより、とにかく安いほうに手が伸びる。

疲れていても、お金を払って家事や移動をラクにすることに、なぜかためらってしまう。

こういう状態のとき、通帳の数字は増えているのに、自分が自由に使えると感じるお金は減っています。

僕はこれを、心の中の「使っていいお金」が縮んでいる状態だと捉えています。

税金や法律の話ではありません。持っているお金のうち、後ろめたさや不安なしに使えると感じられる範囲、という意味です。

資産が増えれば、この範囲も勝手に広がると思い込んでいました。

でも、お金に役割を決めてやらないと、残高まるごとが「守るお金」になってしまう。使っていいと思える部分だけが、逆に痩せていくんです。

もっと貯めれば安心する、とは限らない

じゃあ、安心できないならもっと増やせばいい。

そう考えるのは自然です。僕も何度もそう思いました。

でも、「いくらあれば安心なのか」を決めないまま増やしていくと、これが終わらない。

目標に近づくと、今度はその金額を割りたくなくなる。もっと増えたら、その新しい水準が、いつのまにか自分の最低ラインになる。

安心のために立てたはずの目標が、たどり着いた瞬間、崩してはいけない壁に変わっていく。

だから、考えたいのは総額だけじゃないんです。

このお金は、何を守るために置いているのか。

どこまでを将来に残して、どこからは今の暮らしに使っていいのか。

何に使ったら、家族の毎日が少し良くなるのか。

いくら貯めるかを決めるのと同じくらい、どこまでなら使っていいかを決める。この二つは、たぶんセットです。

資産形成って、数字を増やす作業だと思われがちですけど、僕は、将来の自分と今の自分にお金をどう分けるか、という配分の話でもあると思っています。

将来に多く渡しすぎれば、今の暮らしが細くなる。今ばかり優先すれば、先が不安になる。

正解は、家庭の状況や年齢や働き方で変わります。

だから、誰かの資産額を追いかけるより、自分の家に合う境目を探すほうが、たぶん先です。

お金を守ることと、暮らしを守ることは、少し違う

資産形成は、家族を守るうえで、心強い土台になります。これは間違いないです。

会社で何かあっても、嫌な条件をすぐ飲まなくていい。働き方を見直したくなっても、焦らず考える時間が持てる。

お金の余白には、嫌な選択を急がなくてよくなる力があります。

ただ、お金を守ることと、暮らしを守ることは、いつも同じ方向を向いているわけじゃない。

残高を守るために、子どもと過ごせる今しかない時期の思い出を、全部あとまわしにする。

支出を避けるために、自分の疲れや負担を引き受け続ける。

使うのが不安で、本当は借りてよかったはずの助けまで断ってしまう。

これだと、将来を守るためのお金が、今の暮らしを削る側に回ってしまいます。

もちろん、無理に使えとは言いません。「せっかく貯めたんだから使わなきゃ」も、それはそれで別の窮屈さです。

ただ、使えない理由が、本当に家計の問題なのか。

それとも、「減らしちゃいけない」という役割を、資産まるごとに背負わせているからなのか。

そこは、分けて考えてみてもいいと思うんです。

いくらまで増やすか。それと、何のためなら減ってもいいと思えるか。

この二つがそろって、はじめてお金は、安心をつくる道具になるのかもしれません。

読者のみなさんへ

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

資産が増えても安心できないのは、あなたの頑張りが足りないからではないと思います。

むしろ逆で、積み上げたお金に「家族を守る」「将来に備える」「これまでの我慢を無駄にしない」と、役割を持たせすぎているだけかもしれません。

今日から大きなお金を使う必要はありません。

まずは、自分の資産のどこまでが守るお金で、どこからが今の暮らしに使っていいお金なのか。それを、頭の片隅で少し考えてみる。

たぶん、それだけでも見え方は変わってきます。

ここから先、じゃあ自分の収入や家族構成に合わせて、その境目を実際にどう引くのか。そこは人によってまるで違うので、僕は別の記事で、もう少し具体的に書いています。よかったら覗いてみてください。

同じ感覚を持ったことがある方は、コメントで教えてもらえたらうれしいです。フォローしてもらえると、次の記事も届きます。

今日も、がんばりましょう。


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