比較をやめるより、参加する競技を減らしたほうがいい
どうも、33歳、3児パパ、1馬力で資産6,000万円を築き、副業で月30万円を稼いでいるトヨタ系会社員です。
僕は、「会社依存を減らし、家族を守りながら、人生の自由度を上げる会社員OS」という考え方を大切にしています。
会社を辞めたいわけではありません。今の生活を壊さずに、会社しか選択肢がない状態を少しずつ減らしたい。そう思って、資産形成も、本業経験を生かした副業も、自分なりに続けてきました。
これから書くことも、成功談として読んでほしいわけではないんです。会社と家庭を抱えたまま、現実の中で試している一人として、同じように迷っている人と一緒に考えられたらと思っています。
で、今日の話なんですが。
比べても仕方がない。頭ではわかっているのに、なぜか比較をやめられない。
その理由を、少し違う角度から見てみたいと思います。
気づいたら、いつも足りない側にいる
同年代の昇進を知ったとき。資産額の投稿を見たとき。副業で大きな成果を出した人が流れてきたとき。
家族との時間を丁寧に過ごしている人を見ても焦るし、運動や食事を欠かさない人を見ても、自分の生活をつい振り返ってしまう。
比べても仕方がない、というのは本当にそのとおりです。
それでも比較をやめられないのを、僕はずっと自分の性格のせいだと思っていました。器が小さいのだと。
でも、最近は少し違う気がしています。
今の会社員は、他人と比べすぎているというより、あまりにも多くの競技へ同時に参加させられている。
そう考えたほうが、しっくりくるんです。
僕たちは、一人の相手と比べているわけではない
昔から、人は周りと自分を比べてきました。同期の評価が気になる。友人の暮らしを見て、違いを感じる。親の言葉に、少し心が揺れる。
比較すること自体は、今に始まった話ではありません。
ただ、比べる範囲は明らかに広がりました。
今は、年収、役職、資産、住居、子育て、夫婦関係、副業、健康、趣味、休日の過ごし方まで、ほとんどすべてに「うまくやっている人」が見えます。
しかも、それぞれ別の人なんですよね。
仕事のことを考えるときは、若くして昇進した人が目に入る。お金のことを考えるときは、大きな資産を築いた人が目に入る。家庭のことを考えるときは、家族との時間を大切にしている人が目に入る。
僕たちは、特定の誰か一人と人生を比べているわけじゃない。
各分野で目立っている人の、いいところだけを集めて、頭の中に「架空の一人」を組み立てている。
仕事ができて、収入も高くて、資産もあって、家庭も円満で、子どもとの時間も十分で、健康的で、趣味も楽しんでいて、副業でも結果を出している。
そんな人と、自分の生活全体を並べてしまう。
でも、その人は実在しないかもしれない。実在したとしても、その人が払っている代償や、見せていない部分まではわからない。
こちらは、自分の舞台裏を全部知っています。うまくいっていない日も、投げ出したくなった夜も。
一方で、相手について見えているのは、その人が得意な競技の、いい場面だけ。
この条件で比べ続ければ、自分がいつも足りなく見えるのは、むしろ自然なことなんだと思います。
「SNSを見なければいい」だけでは、たぶん足りない
比較に疲れたとき、よく勧められるのが「SNSから離れること」です。
これは間違っていません。目に入る情報が減れば、気持ちは落ち着きます。僕も、見なくていいものから距離を取るのは効くと思っています。
ただ、SNSを閉じても、比較そのものが消えるわけではないんですよね。
会社に行けば、役職や評価がある。友人と話せば、住まいや子育ての話になる。家計を開けば、これから必要なお金が気になる。健康診断を受ければ、体の状態まで数字で返ってくる。
比較を生む物差しは、画面の外にもあります。
しかも厄介なのは、どれも完全には無視できないことです。
家族がいれば、お金のことは考えないといけない。会社で働いていれば、評価をまるっきり気にしないのも難しい。健康を放っておくわけにもいかない。
だから、「気にしない」という精神論だけだと、だんだん苦しくなる。
気にしないよう努力するほど、気にしている自分を責める材料が、また一つ増えてしまうからです。
たぶん、見ないといけないのは比較する性格のほうじゃない。
自分がいくつの競技に出ていて、いくつの採点結果を同時に受け取っているのか。そっちなんだと思います。
物差しが増えると、努力しても「足りない」が残る
会社員の一日に、自由に使える時間はそんなに多くありません。
仕事を終えて、家のことを回して、子どもの予定に対応する。突発的な仕事や、誰かの体調不良が重なれば、自分のために取っておいた時間は、あっけなく消えます。
その限られた時間を、複数の競技で分け合っている。
仕事に力を入れれば、家族と過ごす時間は減る。副業の時間をつくれば、休む時間が短くなる。家族を優先すれば、勉強や運動を見送る日もある。
どれも、怠けているわけじゃない。一つを選んだから、別のものに使える時間が減っている。ただそれだけのことです。
ところが、採点の場面では、その事情がきれいに消えます。
仕事では、仕事の成果だけを見られる。資産形成では、資産額や入金額が目に入る。子育てでは、子どもとの向き合い方が問われる。健康では、運動や睡眠の不足を指摘される。
それぞれの競技は、こちらが他に何を背負っているかを、考慮してくれません。
フルマラソンを走りながら、隣で水泳と球技の採点まで受けているようなものです。
一つひとつの点数は、そんなに悪くないのかもしれない。
それでも各分野の上位者と並べれば、必ず足りない部分が見つかる。何かを直しても、別の競技から次の不足が届く。
だから、走っているのに達成感が残らない。
前へ進んでいないんじゃなくて、ゴールの違う競技を、同時に走りすぎているんだと思います。
降りるのではなく、「今は採点しない」と決める
じゃあ、すべての競争から降りればいいのか。
僕は、そうは思っていません。
仕事で評価されたい気持ちも、家族にいい暮らしを用意したい気持ちも、自然なものです。お金を増やしたい、健康でいたい、新しいことに挑戦したい。どれも、否定する必要はありません。
問題は、物差しを持つことじゃない。
すべての物差しを、同じ強さで、同時に自分へ当て続けることなんだと思います。
たとえば、資産形成を始めたばかりの時期に、20年積み上げてきた人と資産額を比べる必要はない。子育てに時間がかかる数年間に、仕事だけへ時間を注げる人と昇進の速さを競わなくてもいい。
反対に、仕事へ思いきり力を入れる時期があってもいい。
大切なのは、それが誰かから渡された採点表ではなく、自分で選んだ期間限定の競技になっていることだと思います。
今は仕事を優先する。この数年は、家族との時間を厚くする。資産形成は、派手な成果じゃなく続けることだけを見る。
こう考えると、全部を諦めなくていいことがわかります。ただ、すべての競技で今すぐ上位を目指さないだけ。
「やらない」と決めるのが難しければ、「今は採点しない」でもいい。
これは逃げじゃありません。限られた時間や体力を、本当に守りたいものへ戻すための選び方です。
それともう一つ、気をつけたいことがあって。
会社の評価から少し距離を取るために始めた副業や資産形成が、いつのまにか新しい比較の会場になることがあるんです。
副業収入が多い人。発信が伸びている人。もう独立した人。
そういう人を次の基準にしてしまえば、物差しの持ち主が会社から別の誰かへ変わっただけ。自分の暮らしを自分で決められる感覚は、増えていない。
会社依存を減らすというのは、会社の外の競争で全部勝つことじゃない。
自分の生活に必要な競技を選んで、それ以外の採点から少し距離を取れるようになること。僕は、そっちなんじゃないかと思っています。
読者のみなさんへ
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今日お伝えしたかったのは、たった一つです。比較をやめられないのは意志が弱いからではなく、同時に採点される競技が多すぎるから。だとしたら、責めるべきは自分じゃない。
最近、なぜか焦ってしまったのは、どんな人を見たときだったでしょうか。
その人は、あなたが本当に参加したい競技の相手でしょうか。それとも、たまたま目に入る回数が多いだけの人でしょうか。
すべての点数を上げなくても、暮らしはちゃんと前へ進みます。
今の自分が大切にしたい競技を一つ選んで、それ以外は「今は採点しない」と決める。まずは、それくらいで十分なんだと思います。
ここまでで見え方が少し変わったら、あとは、それを自分の生活へどう落とすか、という話になります。何へ時間を使い、何をしばらく採点しないか。家族や本業とどう両立するか。そのあたりは、会社に残りながら選択肢を増やす考え方として、別の記事でも少しずつ書いています。
考え方だけでなく、無理なく続く形まで組み立てたくなったら、そのとき覗いてもらえたらうれしいです。
みなさんが今、「採点されすぎている」と感じるのは、仕事、お金、家庭、健康、それとも別の何かでしょうか。よければ、コメントで教えてください。
続きも読みたいと思ってもらえたら、フォローしてもらえると励みになります。
今日も、がんばりましょう。
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