【語学学習】最短最速とかいう病
いち早く目に見える成果を出すことを良しとする風潮が現代にはあります。裏を返すと、成果が出る保証がないことや、すぐに理解できないものを敬遠する人が世の中にけっこういるということです。
ただ、こと語学学習に関していえば、最短最速を追い求めるほど逆に遠回りになります。今回は、この遠回りの詳細について触れ、語学学習では運任せの偶然の出会いを大事にしたほうがいい、という話をします。
なぜラクやカンタンというワードが出てくるのか
最短最速の皮をかぶったメッセージングにはしばしば、「ラク」とか、「カンタン」のようなワーディングが紛れ込んでいます。
「ラク」の具体例には、文をタップするだけで和訳がポップアップするから辞書を引く手間が省けてラク、AIが間違いを指摘してくれるから正誤の確認を自分でしなくてもよくてラク、スマホのアプリでいつでもどこでも、隙間時間で学習できるから、書物をあさったり机に向かう必要がなくてラク、発音アプリで「あなたの発音はネイティブ度何パーセント!」みたいな評価が出てくるから、自分の発音を自分で評価する必要がなくてラク、などがあります。いずれも、おんぶにだっこがふんだんに盛り込まれており、学習者は向こうからやってくる情報をスワイプしたりタップしたりするだけで学習している気分になれます。
怠惰に付け入る、私でも出来そうという気持ちにさせる手法が用いられることが多く、たとえば、「毎日30分動画を見るだけでペラペラに」のような、ベーススキルに依存しない軽作業ででできることがうたわれることもあります。受け身で何かするのはラクですから、動画を見るだけで上達と言われれば、刺さる人には刺さります。
そして、「継続できること」は、そのようなラクであることの延長線上にあると思います。ラクだから障壁が低い、すぐ終わるからしんどくない、そのため何日、何十日続けても負担にならない、といった感じです。1kgの荷重よりも10gのオモチャみたいな荷重の方がラクであるため「継続しやすい」というのと同じ理由です。
ほんとうに簡単だったらすでにみんな知っている
「これはカンタンですよ」と言う人と、「これは難しいですよ」と言う人がいたら、多くの人は前者のほうに群がります。ほんとうにカンタンであればそれでよいのですが、当然、英語学習をはじめとした語学学習はカンタンではないので、前者に群がってもおだやかな結果に収束しません。冒頭で触れた、近道をしようとすると逆に遠回りになるといえるのはこのためで、「存在しない『近道』を探すこと自体が無駄な遠回り」になるからです。
また、これがもっとも大きな疑問点なのですが、ほんとうに簡単であるのであれば、すでに多くの人によく知られているはずです。つまり、簡単ですぐに、一瞬で理解できるのであれば、その「簡単な情報」が口コミなどを介して広がるはずです。
簡単ということは、理解も容易であり、また、その理解した情報を口伝えで伝聞させることも簡単になります。口コミは指数関数的に広がるのがふつうですから、簡単であればあるほど一瞬で周知されるようになります。
たとえば、X(Twitter)などではしばしば、「バズ」と呼ばれる現象が発生し、何かしらの情報が一瞬で広がることがあります。なぜ一瞬で広がるかと言うと、そのバズの中身がかんたんに理解できる話であるからであり、理解できないというブロックがどこかで入って拡散がとまることがないからです。
たったひとつのシンプルな答えがひた隠しにされることはありません。「カンタンな情報」であればそれはなおさらのことであり、それがとこにあるかわからないなんてことにはまずなりません。
…つまり、「正解がある問題の正解に関して、少なくともそれを突き止めるために必要な要件や要素は、ふつうはすぐにわかる」とまとめることができそうです。裏を返すと、「だれが言っていることが正解なのだろうか」というかんがえが頭に浮かんだ時点で、つまり、正解の所在がクリアではない時点で、「その問題に正解を与えられないこと」が確定します。
スマホの電池が切れそうになったときに何をすればいいのか、多くの人は知っています。スマホについているUSB-C端子などのポートに、その規格に適合した充電ケーブルをさせばいい、という「情報」は、常識としてほとんどの人に周知されていることです。「サルでもわかる!スマホの充電方法!」みたいなタイトルの書籍は表に出てきません。
本来存在しないはずの「誰も知らない、人生を激変させるような簡単な情報」を提供する人と、それをほしがる人がいるというのはおかしな光景です。オブラートに包まずに行ってしまえば、それは、存在しない幻想を値札をつけて売る人たちがいるということであり、どう考えても詐欺です。
不確定性を受け入れる
世の中には、自分でコントロールできることと、できないことがあり、後者のほうが圧倒的に多いです。僕は常々、語学学習は一次情報と触れ合うことを軸にした方がいいと説明していますが、この一次情報というのは、あまりコントロールできません。海外旅行の旅先でどんな人と出会うか、YouTubeの次のおすすめに何が出てくるか、たまたま目にする道路標識、街頭の広告、看板に何が書いてあるかなどは、その人自身の手でコントロールできません。
ただ、そのような不確実性の波は、コントロールできないなりにも乗りこなすことが可能です。そして、そのような偶然入り込んでくる情報の中にこそ価値のあるものが多く、これが学習の種になります。偶然の要素が入り込む余地を残し、特に期限を設けず、目に入ったものを素直に受け入れることが大事であるということで、「効率的っぽいところには無駄しかなく、無駄っぽいところが実は効率的だったりする」と言うこともできそうです。
最短最速、最も効率的、爆速、一撃、爆裂みたいな、学習者の不安に付け入るワーディングは基本的に相手にしない方が得策です。それは一見合理的であるかのように見えますが、役に立つ・立たないという短絡的な基準のために、視野が狭くなってしまう危険性があります。役に立つ・立たないという視点はいったんおいて、素直に受け入れる、というやり方で進めた方が楽しいです。
もし、本気で英語学習したいのなら、ラクそうな方向、軟弱な方向に流れる風潮に逆らって逆走すべきだと思います。文法不要、知識不要、辞書不要、カタカナ発音OKなど、ラクな手段に誘導しようとするヤカラはたくさんいますが、そのような人たちは無視して、素直に試行錯誤したほうが、長期的に見た場合には効率的な学習になるはずです。受容的であることは、語学学習をうまくするための要素のひとつになります。
最短最速の学習法になびかない、学習法さがしで疲弊しないためのヒントについては、以下の動画もぜひ参考にしてみてください。ラジオ的に視聴できます:
「外国語を学ぶ態度」というタイトルで、語学学習の指針を定めるためのヒントを説明する本も書いています。Kindle Unlimited利用者は無料です:
▼この記事を書いた人▼
そっちゃそ
フリーランス英日翻訳者。本業で培った知識や経験をもとに、発音指導をはじめとした語学指導もやっています。noteは、僕の思想や考えをひろく公開するために使用しています。僕の思想や考え方については、考察と思想哲学のマガジンにまとめているのでこちらをぜひご覧ください。詳しいプロフィールはこちらから。
ポッドキャストもやっています:
主な著作:「自分の意見を言うことは『役に立つ』」、「外国語を学習すると決めたときに読む本」、「英語発音学習の第一歩」。既刊一覧はこちらから。
関連記事:
さいごに
「発音学習の底力」を体験してみませんか。英語力は、発音学習だけでも伸ばせます。学習に新しい風を入れたい方、ネットでこれ以上学習法をあさるのはしんどいと感じる方は、ぜひ以下のページをのぞいていってみてください:
語学学習を総合的にトータルサポートしてほしい、痒い所に手が届くサポートがほしいという方には、「そっちゃそ英語コーチング」がオススメです:
