世界の裂け目が開く時 ー第3話 渦と棺 【創作大賞2026】|ファンタジー部門
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轟音が鳴りやむ。
だが、静寂は戻らない。
巨大な渦が、今も鳴り続けている。
何が起きたのか。どこで起きたのか。
「位置の特定は?」
「不可能です」
観測不能。一拍。
「……なら、行くしかないな」
命令が下る。
日米の指揮が即座に切り替わる。各部隊の再編が始まる。合同部隊が編成される。
混乱はない。ただ、速い。
「優先順位を維持しろ。目標は一点だ」
東京退避の件は、後回しにされた。
……後に知ることになる。
その“代償”を。
神崎に促され、俺達は基地に待機していた米軍の輸送ヘリに乗り込む。
ヘリの振動が続く。
水を一口、流し込む。神崎が差し出した弁当を受け取る。
「……二個あるぞ」
「ええ、そうですね」
神崎は、それ以上何も言わなかった。
開く。
白い米。中央に、梅干し。それだけ。
「……妙だな」
「何がだ」
「こういうときに限って、余計なものがない」
「どういう意味だ」
神崎は短く息を吐く。
「……当たるんだよ、こういうのは」
ヘリは前進する。
《一時間後》
ヘリは高度を落としながら前進する。
前方の海上には艦隊が展開され、その先で渦が唸っている。
距離は詰まっている。
そろそろ、見えてくるはずだった。
「目標まで残り二キロ」
「各艦、迎撃準備」
レーダーが走る。
だが表示は乱れている。ノイズが消えない。輪郭が掴めない。
見えない。
いや——見えている、はずだ。
一瞬、記憶が引っかかる。
確かに視界に入ったはずのものが、すぐに薄れていく。
「……視認は?」
「不明。熱源も不安定です」
おかしい。
近づいているのに、輪郭だけが遠ざかる。
ギィィィ……と空間が軋む。
渦の縁が裂け、空気が歪む。
「全艦、警戒を維持」
「撃つな、まだだ。位置が取れない」
沈黙が落ちる。
その中で——
気づけば、誰も“見た”とは言わなくなっていた。
今、初めて現れるはずのものを、待っている。
ギィィィ……耳を裂く音。
何もない空に細い線が走り、横へ広がる。
次の瞬間、空間そのものが裂けた。
そこから滑り出る影。
翼のようなもの。石の質感。形は定まらないまま——一気に距離を詰める。
鈍い音。
すれ違いざまに腕が振られる。
近くのヘリが横から断ち切られ、ローターが弾ける。火花。機体が傾く。
遅れて——ドンッ、と爆発。
炎が膨れ上がり、そのまま海へ落ちていく。
「……訓練、じゃ——」
若い兵が口にしかける。
「——違う」
低い声が割り込む。
「これは訓練ではない」
一拍。
「実戦だ。判断を誤るな」
空気が変わる。
油断すれば、死ぬ。
艦隊が動く。
砲門が開き、ミサイルが放たれる。
シュゴォォォッ——空を裂き、一直線に叩き込まれる。
ドォン!!
爆炎が弾け、水柱が跳ね上がる。
衝撃が遅れて届き、周囲の機体が揺れる。
「命中確認!」
「やったか——」
「——その台詞は、禁句ですよ」
神崎が即座に返す。
ギシ……
煙が軋み、ゆっくりと割れる。
中から現れたそれは——
何一つ変わっていない。
無傷のまま、こちらを見ている。
次の瞬間、表面が変質する。
石へ。完全な質量。
落ちる。
一直線に。
ドォン——ッ!!
艦へ直撃。
船体が歪み、耐えきれず砕ける。
爆発。炎。海へ沈む。
「回避しろ!」
「間に合わない!」
連鎖するように、次の艦が狙われる。
止まらない。
背中に、嫌な感覚が走る。
——まずい。
俺は動く。
神崎の腕を掴み、そのまま引き寄せる。
「行くぞ」
機体の縁を蹴る。空へ。
隣のヘリへ踏み込む。着地。金属が軋む。
その瞬間。
ドォン——ッ!!
さっきまでいたヘリが、遅れて爆発する。
炎が膨れ上がり、機体が四散する。
「はあ……言ったでしょうに」
神崎が息を吐く。足がわずかに震えている。
「……弁当箱、無くしたとか言えねえ」
「知らんがな」
軽口は、もう続かない。
「このままだと全滅する」
俺は前を見る。
ガーゴイルは、まだ落ちてくる。
「高度を上げろ。限界までだ」
ヘリが軋む。
機体が唸り、高度を上げていく。
四〇〇〇メートル。
空気が薄くなり、海が遠ざかる。
俺は無線を掴む。全周波に繋ぐ。
「——聞こえるか」
ノイズ。
「全機、即時離脱しろ」
間を置かず、続ける。
「これ以上の犠牲は要らない」
低く言い切る。
「逃げろ。消えたくなければな」
無線を切る。
「神崎」
「……ああ」
「任せた」
機体の縁に足をかける。
一歩。
踏み出す。
降下。
ガーゴイルの群れが迫る。速い。だが、動きは直線的だ。
振り下ろされる腕。踏み込んで内側に入る。関節に一撃。それだけで軌道が崩れる。体勢が浮く。
そのまま叩く。
落ちる。
次が来る。横から。間合いが浅い。
踏み込みが甘い。腕が届く前に脇を抜ける。背中。翼の付け根を蹴る。
歪む。
揚力を失う。
そのまま落ちる。
連続で来る。数が多い。
だが——対応できる。
避ける。当てる。崩す。落とす。
それの繰り返しだ。
気づけば、周囲には何も残っていない。
最後の一体が、崩れ落ちる。
すると、渦が収縮していく。耳に残っていた低い唸りが、次第に細くなり、やがて途切れる。空間の歪みが消え、さっきまでそこにあったはずの異常が、まるで最初から存在しなかったかのように消えていく。
静寂。
その中に、ひとつだけ取り残されたものがある。
棺がそこにある。
空中に浮かび、ゆっくりと落ちていく。
あのガーゴイルが何だったのか。防衛機構だったのか、それとも誰かの意図によるものか。考えは浮かぶが、どれも確証はない。
分からない。
だが——
目を逸らすことができない。
理由はない。
ただ、分かる。
これは、見過ごしてはいけないものだ。
棺は、俺が近づいたそのとき。
落下をやめていた。
空中で、静かに止まっている。
まるで——こちらを待っているかのように。
……気づけば、俺もまたその高さに立っていた。
海面は遥か下にある。だが、不思議と足場に困ることはない。
理由は分からない。
ただ——分かる。
これは、俺が触れるべきものだ。
龍園朔。
——いや、ルーカス。
ここでは、仮の名は必要ない。
手を伸ばす。
触れる。
冷たい。
だが、拒まれない。
最初から、そうすることが決まっていたかのように。
そのまま、開く。
中にいたのは——
少女だった。
白い肌。
長い髪が静かに広がり、わずかな呼吸が確かに続いている。
眠っている。
ただ、それだけのはずなのに——
目を離せない。
時間の感覚が、ずれる。
戦いの音も、遠い。
この瞬間だけが、切り取られたように静かだ。
触れた瞬間。
理解する。
彼女は、ここに“来た”。
なぜかは分からない。
だが——
それだけは、確かだった。
第3話 了
第4話:我々は、敗北した
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