世界の裂け目が開く時 ー第7話 世界の裂け目が開く 【創作大賞2026】|ファンタジー部門
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20XX年X月XX日 06時21分 日本標準時
世界が、動いた。
静かにではない。
尋常ではないスピードで——書き換えが、始まった。
神崎視点
ジリリリリ——時計を見る。06時を、まだ回っていなかった。部下からだった。
「神崎総理……今すぐ逃げてください。我々も——ッ」
通信が、途絶えた。窓の外が騒がしい。
「神崎総理大臣を暗殺するぞーー‼」
「おーーーー‼」
……不味いな。
佐和を揺り起こす。
「あなた?」
「……もう日本は、……」
それだけ言った。佐和は、目を細めた。
「……女の勘だわ。急ぎましょう」
即断だった。さすがだと思った。
凪を起こしに行く。……既に、私服に着替えていた。赤面しながら、スマホと充電器を鞄に詰め込んでいた。朝ではないというのに。
「……死にたくない……え、学校は? 休めるの? やったあ」
……娘よ。学業は学生の本義——まあ、義務教育は終わっているからよしとしよう。今は。
着替える。スーツ。下着。必要最低限。地下へ向かった。……何故かそこにあった。地下通路が。深く考えるのはやめた。今は使える物を使う。
……公用車ではなかった。何故か——昔、エンジンを魔改造して警察に御用になった筈の車が、そこに置いてあった。深く考えるのはやめた。エンジンをかける。……やはり、速い。
「……あれ、こんな車だったかしら?」
佐和が、首を傾けた。答えなかった。
刹那——轟、と空気が揺れた。ガッシャアアアアンッ。炎が、投げ込まれた。隣の建物が、燃え上がった。
「……行くぞ」
「はい」
「うん」
アクセルを、踏み込んだ。
地上に出た瞬間——景色が、変わっていた。店が燃えていた。建物の窓が砕かれ、人が人を殴り、怒号と悲鳴が混じり合っていた。言葉の暴力が飛び交う。罵倒、叫び、意味を失った叫声。
警察が止めようとしていた。
だが怪我人は多発していた。
自衛隊が加勢し、なんとか抑え込もうとしている。
その時——パンッ、と乾いた音がした。催涙弾か——と思った。
……爆竹だった。どこかの住民が、面白半分に投げたらしかった。
……アイツらは何やってるんだ。
構っていられない。飛ばす。飛ばす。飛ばす。
橋が、見えた。跳ね橋だった。アメリカでしか見かけないようなやつが、そこにあった。ゆっくりと、上がり始めている。アクセルを、踏み込んだ。佐和が何も言わない。凪も何も言わない。
その時——エンジンが、唸った。尋常ではない音だった。気づけば——車が、浮いていた。10秒間。確かに、宙を飛んだ。
……なんでやねん。
着地する。タイヤがトランポリンのように跳ねた。
……なんでやねん。
でも今は——ただ、喜ぶばかりだった。
後ろから、音が追いかけてくる。
「……あれ、人じゃない……」
凪が、後ろを見ながら言った。俺も、ミラーで確認する。
……だろうな。
もはや、獣だった。理性を失っていた。認識が変わったのだろう。書き換えられた側に引きずられた人間たちが、本能だけで動いている。
……でも。どうして——俺の家族には、影響がなかったのだろうか。アクセルを踏みながら、俺はその答えを持っていなかった。
ルーミャ視点
シャワーの音が、聞こえた。
朔が、朝風呂に入っている。
……では私も。
扉を閉める。
お湯を浴びる。
……気持ちいい。
それから——気づいた。
朔の匂いがする。
汗っぽい、体温の匂い。
……なんだろう。
心地いい。
……私が多分、恋なんかしてなかったから——こんな気持ち、知らなかった。
洗い終えて、タオルを手に取る。その時。サラサラサラ——と、微かな音がした。……気のせいか。タオルで身体を拭く。さて、出ようとして——。
……服が、ない。
タオルを持ったまま、しばらく立ち尽くした。
……そういえば。
念のためにと、用意されていた服があった。
よかった。
白いワンピースに袖を通す。
鏡を見る。
……まあ、悪くはない。
扉を開けた。
そこに——朔がいた。
床に。
完璧に。
土下寝していた。
「…………」
「…………」
沈黙。
「……洗濯、しようとした」
朔が、床に顔を向けたまま言った。
「…………」
「……すまん」
ルーミャは、特に何も言わなかった。
そのまま——朔の背中に、乗った。
ホカホカのおにぎりを、一つ手に取る。
頬張る。
「……美味しい」
もう一口。
「……最高の味だ」
静かに、でも確かに思った。
……これが、日本なんだな。
朔の背中が、温かかった。
おにぎりも、温かかった。
尚——朔は目を瞑っていた。ルーミャのワンピースの、背中側の裾が視界に入っていたらしかった。見たくないモノが、そこにあったようだった。土下寝のまま、じっと耐えていた。
……早く、どいてくれ。と朔は心から思っていた。
ルーミャが、満足そうにおにぎりを口に放り込む。その瞬間——ふっ、と力が抜けた。朔が、とっさに抱きとめる。……おにぎりは、まだ口の中にあった。ほっぺたが、膨らんでいた。ハムスターだった。
その時。
ドォォォォンッ——‼
盛大な爆発音が、窓の外から響いた。
ルーミャは——気づかなかった。
自分が、祈っていたことに。
声も出さず。意識もせず。
ただ——自然に。
窓の外の爆発音が、遠くなった。
家の周りだけが、静かだった。
朔が、飛び起きた。……手に、おにぎりがあった。気づいたら、口に入っていた。
なぜ。
2人のほっぺたが、膨らんでいた。
目が、合った。
そこへ——ドガンッ‼
扉が、吹き飛んだ。神崎が、飛び込んできた。……神崎の目には、俺とルーミャが抱き合っているように映っているらしかった。起き上がろうとした瞬間——二つの影が、見えた。
「……お盛んな事ね」
佐和が、呟いた。
「………お父さん?」
凪が、首を傾けた。
「……俺も知らん」
神崎が、目を逸らした。
「面白いなあ」
と凪が、笑った。
沈黙。ルーミャの意識が——戻った。状況を把握したらしかった。じわじわと、顔が赤くなっていく。耳まで、真っ赤だった。
窓の外では、まだ爆発音が続いていた。遠くで怒号が上がり、煙が空に混じっていた。室内だけが、妙に静かだった。神崎が窓の外を一瞥し、それから朔を見た。佐和は何も言わず部屋を見渡していた。凪は既にスマホを開いていた。
「……車はあるか?」
神崎が、言った。
「壊れた」
「はっ?」
「壊されたんだ。人に」
朔が、静かに答えた。
「……認識?か」
「……だろうな」
朔が、無意識に力を使いかけた。
「待って」
ルーミャが、止めた。
「その力——今は使うべきじゃない。使うと更に混沌とするよ」
「えっ?」
「だって——ホワイトハウスとか。神崎さんが住んでた場所。米軍基地、自衛隊のどこかの基地丸ごと。全部消えてるんだよ?」
朔が、黙った。
「どういうことだ?」
神崎が、前に出る。
「……認識のズレを自覚した人の場所は、誰かに消されるんだ」
ルーミャが、静かに言った。誰も、口を開かなかった。
「……ならどうしてこれまで異常が起きていたんだ」
神崎が、続けた。
「……歪みが、大きくなっていったんだよ」
少しの間。
「世界には、元に戻ろうとする力がある。認識が歪む。元に戻ろうとする。——その繰り返しなんだ」
「……」
「私の世界に、似たような話があったんだ。人が世界の認識を変えようとして——でも結局最後は、人自身が"それ"を認識した。そういう話」
「……フィクションの話か?」
朔が、呟いた。
「……まあ、そんなところ。……それと、同じ事なんだよ」
「……認識が、人々の意識を操作し。それが意識的に世界に反映されたって事か?」
ルーミャが、朔を見た。
「……それに」
少しの間。
「ルーカス」
朔が、顔を上げた。
「そもそも君は——"観測者"なんだよ。物事を俯瞰して見る立場の人が、介入するのは不味いでしょ?」
誰も、口を開かなかった。その時、口を開けたのは…
「私、夢で見たことがある。それ」
凪が、静かに言った。誰も、笑わなかった。
ルーミャは——凪を、見た。……やっぱり。これから起きる事だ。
……いつ起きるか、分からないけれど。
私の場合は——私だけが、能力持ちの小さい世界だった。
だから世界は、簡単に崩れた。
でも、ここには——無自覚にでも、3人集まっている。
朔。ルーミャ。凪。……普通に、凄い事だ。まだ誰も気づいていない。
でも——きっと、大丈夫だ。
そう、思いたかった。
通信が、入った。画面の向こうは——暗かった。船の中だろうか。窓の外に、水平線が見えた。波が、静かに揺れていた。
「……聞いていたぞ」
デイヴィットだった。いつもの軽さが、なかった。
「……そうか」
朔が、画面を見た。
「ああ」
少しの間。波の音だけが、聞こえた。
「……お前たちのお陰で、計画は実行に移せる」
朔が、眉を顰めた。
「ヤレ」
誰かに、言っていた。俺たちではない。
「……さて、セットアップは完了した」
口元が、緩んだ気がした。
「これからを——楽しんでくれたまえ」
通信が、強制的に切れた。
沈黙。
ミシミシミシ——空気が、震撼した。時が。世界が。認識が。あらゆる部分に——軋みが入った。歪んだ。朔が、空を見上げた。
そこには——いびつな歪みが、出現していた。
第7話 了
第8話 幻想の狭間
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