世界の裂け目が開く時 ー第6話 そして——、今日という日を覚えておこうと思った 【創作大賞2026】|ファンタジー部門
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それから、何故か色々とあって——夕刻、部屋に戻ってきた。
ルーミャも一緒だった。
……神崎に俺は彼女を預かると、もれなく俺は死ぬ。
ただでさえ今日「弁当箱」を無くしたんだ。妻になんて言われるか分からない状態に、ルーミャを連れていくと色々説明しないといけなくなる。
「それにな」
「なんだ?」
「俺には娘がいるんだ。十六歳のあの子の事を想ってだな」
「お前も家族持ってるもんな」
「ああ、それじゃあ。明日の明朝」
「承知した」
…………という流れがあってだ。
「……そうか……」
二人きりになった部屋は、静かだった。
「後、明日は明朝に移動する。移動する前——」
「へえ……この国ってこんな感じなんだ……」
ルーミャは、部屋を見渡している。
「ボロ部屋ですまんな」
「……そうかな? 私は、そこまで気にしていないんだけどね」
ルーミャは、俺の色々を見ている。
……箪笥の中はあさらないように言った。服を乱雑に入れてある。それを見られるわけにはいかない。
幸い何故か、部屋は清められたかのように綺麗にされていた。
神崎の奴……色々してくれたんだな。
「……あっ、そうだ。あの人たちにもらった服だけど……一旦、風呂入りたいんだけど」
「……ふむ。湯舟でも張るか」
「湯舟?」
「ああ。どうかは知らんが——湯舟があると、精神が清められるとあってな。ここ最近はシャワーしか浴びていなかったが、今日は色々あり過ぎた。だから湯舟でも張ろうってね」
何故か、ルーミャの顔が赤くなっている。
何かあったのだろうか? いや……気にしないでおく方が賢明か。
乙女心は分からん。
浴室へ向かう。お風呂場も掃除されていた。
俺は清掃をしてくれた人に、大金を渡したいと思った。
栓を締め、お湯炊きボタンを押し、蓋をする。こうすることで熱が逃げないそうだ。
外に出ると、ルーミャは俺の衣服を畳んでいた。
何故かは知らない。
「何してる?」
「洗濯されていた服を畳もうかなと」
ルーミャよ。
今お前が持っているのは——
俺のトランクスパンツだ。
「……その……それは、俺が自分でやる」
「そう?」
ルーミャは特に気にした様子もなく、トランクスをそっと置いた。
「他のは畳んでおいたよ」
見ると、Tシャツとジーンズが綺麗に折り畳まれていた。
「……ありがとな」
「どういたしまして」
ルーミャは、当然のように答えた。
さて、何を作るか。
冷蔵庫を開ける。神崎が補充してくれたのか——食材がいくつか入っていた。
鮭。卵。味噌。豆腐。わかめ。漬物。
……十分だ。
米を研ぐ。
冷たい水が、指の間を流れる。白く濁った水を捨て、また注ぐ。三回。それくらいで十分だと、この国に来てから覚えた。
釜に水を張る。目盛りに合わせて——二合。蓋をして、炊飯器にセットする。ボタンを押す。小さなランプが、橙色に灯る。
「……お風呂、沸いたぞ」
「ありがとう」
ルーミャは浴室へ消えた。
ルーミャ視点
扉を閉める。
衣服をほどく。
鏡を見る。
……。
改めて、自分の服を見た。
薄く、透けていた——隠れるところだけは、辛うじて布が厚かったけれど。
顔が、じわじわと熱くなる。
棺から出た時から。ヘリの中でも。神崎という人の前でも。朔の前でも。
ずっと。全部。
「……なんで誰も言ってくれなかったの……」
いや——言われてた気がする。
神崎の目線が、私に合わせようとしていなかったのって。
「……そういう事だったの」
神崎は紳士だった。
朔は——鈍かった。
どちらが良かったのかは、判断が難しい。
シャワーを浴びる。温かいお湯が、頭から流れていく。ボディソープを手に取る。泡立てて、身体を洗う。
……ふと、自分を見る。
「……どうして成長しなかったんだろう」
小さなふくらみを、じっと見る。
もう少し大きければ——あの鈍感な男も、少しくらい反応したのかな。
……いや。
あの人は多分、どんな状態でも同じ顔をしてる。
「……無理か」
諦めた。
シャワーを止める。湯舟を見る。朔が張ってくれた、お湯。
そっと、足を入れる。
温かい。
ゆっくりと、沈んでいく。肩まで浸かる。
……その時。
肌から、細かな泡が浮かび上がっていた。
ゆっくりと、水面へ昇って——消えていく。
一つ、また一つ。
「……あ」
なんか、分かる気がした。
私も——人間なんだ。
祝福されていても。弾き出されていても。滅びた世界の最後の子でも。
お湯の中では、ただの人間だった。
目を閉じる。
——そして、祈った。
声には出さない。扉も開けない。
私の好きな、鈍感な朔のために。
静かに、ただ静かに。
窓の外、遠くの空で——星が、一つ消えた。
また、一つ。
また。
ルーミャは気づかない。目を閉じたまま、ただ祈っていた。
……なんだか。
空の気配が、どこか似てきている。
私がいた世界の——終わりかけの空に。
なぜかは、分からない。
名前も変えているはずなのに。
朔が料理している匂いが、扉の向こうから漂ってくる。少し焦げた匂いも、混じっている。
思わず、笑いが漏れた。
この世界に来て——初めて、笑った気がした。
お湯が、静かに揺れる。
滅びた世界に、お風呂はあったのかな。
……あった気がする。でも、もう確かめられない。
誰もいない。私の世界を知っている人間が——この広い宇宙に、もう誰もいない。
「……私、どうすればいいんだろう」
天井に向かって、呟く。
誰も答えない。
お湯だけが、静かに温かかった。
それでも——温かかった。
十分ほど経った頃。
ざぱ、と音がした。立ち上がる音。湯が揺れる音。
タオルで身体を拭きながら、ふと思う。
……このお湯、このままにしておこうかな。
朔も入るだろうし。
……そう、朔も入るだろうから。
それだけだ。別に他の意味はない。
「…………」
少し、顔が熱い。お風呂の湯気のせいだと思うことにした。
——なお、その後湯舟に入った朔の顔が真っ赤になったのは、別の話である。
二人はまだ、知らない。
自分たちが、静かに恋に落ちていることを。
朔視点
気づけば、傍に立っていた。
「……見てるのか」
「うん」
それだけ言って、ルーミャは動かない。
フライパンに油を薄く引く。火をつける。じわじわと、熱が上がっていく。鮭を乗せる。皮がじりじりと音を立て始めた。
「これ、何?」
「魚だ」
「魚……」
ルーミャは、興味深そうに覗き込む。
「この世界の海にいる?」
「ああ」
「……この世界の海、見てみたかったな」
「……見ただろ」
「え?」
「お前が目を覚ました時。海の上だった」
しばらく沈黙。
「……あの時は、それどころじゃなかったよ」
「そうか」
鮭を裏返す。
……裏返しすぎた。少し、焦げている。
「……大丈夫?」
「問題ない」
問題ある。
「なんか、黒いけど」
「味は変わらない」
俺は黙って皿に乗せた。
炊飯器が、小さく鳴った。
白米。味噌汁。塩鮭。漬物。
「……できたぞ」
箸を渡す。
ルーミャはしばらくそれを眺めた。
「……これ、どうやって持つの」
「こうだ」
手本を見せる。ルーミャが真似をする。
……角度が全然違う。
「……こう?」
「惜しい」
「……こう?」
「もっと惜しい」
どんどん遠ざかっている。
結果として——箸が直角に開いた状態で固定された。
「……それはもはや、箸ではない」
「でも持ててるからいいじゃない」
よくない。
とりあえず、そのまま続けさせた。
味噌汁を一口。しばらく、黙っていた。
「……温かいね」
それだけ言って、またゆっくり飲んだ。
次は塩鮭に挑戦する。箸で身を崩そうとして——箸が直角に開いているせいで、鮭が皿の外へ飛んだ。
「……」
「……」
沈黙。
「……拾っていいか?」
「……食べ物を粗末にするな」
俺は無言でフォークとスプーンを渡した。鮭をほぐしてやる。ルーミャは何も言わずに受け取り、そのまま鮭を口に運んだ。
「……おいしい」
小さく、でも確かに言った。
窓の外を、なんとなく見る。
夏の夜にしては、空が妙に静かだった。星が、いつもより少ない気がする。
……気のせいか。
なんとなく、今日という日を覚えておこうと思った。
理由は分からない。
ただ、そう思った。
ホワイトハウス内部
時刻は、午前だった。
日本が深夜を迎えている頃——ワシントンは、まだ昼の光の中にあった。
だが、執務室のカーテンは閉じられていた。
デイヴィットは、画面を見ていた。
日本側の情報。今日消えた場所の一覧。朔とルーミャの動向。
……アイツらは良くやるな。
だが——あの二人を見られた。
……なのでCIAには、元から無かった事にしてもらった。まあ——楽しいじゃないか
溜息をつく。
……ふぅ。
それにしても——あれと同じ連中か。
よくもまあ。
もうそろそろ、世界を俺の物にできるというのに。
「……確実に消えているな。イギリスの有名な塔、博物館。イタリアの凱旋門。オーストラリアのエアーズロック……。俺達のハワイ。把握しているだけでも、これだけの破壊だ」
報告書を読みながら、飲み物を一服する。
背後に、二つの気配があった。
「……来たか」
「……勿論です。トレノ様」
「上の名前でよい……名もなき者よ。お前たちのお陰で計画は順調だ…。さて…、お前たちにも名…」
といったところで……2人はお辞儀をする。
「名前なんて、物騒な物を貰う時点で——我々は消えるので」
「はい……貴方に褒められるだけでよいのです」
「そうか……」
画面を見る。
「さて、いくか」
「ホワイトハウスを放棄ですか?」
「そのほうがお前らの計画も、俺の計画も実行に移せるだろう?」
「……戦いの世界へですね」
「左様——俺は平穏な世界が、苦手でな」
第6話 了
第7話:世界の裂け目が開く
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