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物語の欠片 緋色の山篇 8

-レン-

 「なあ。ココはいい戦士になりそうか?」
 一緒に見張りに立っていたコキオがレンに尋ねる。本来見張りに立つ間に私語は慎むべきだ。しかし、今は明るい昼間。誰かが採掘場に現れる可能性はかなり低い。見張りに立ち慣れている筈のコキオもつい口を開いてしまったようだ。
 「そうだね。今はまだ考え方が幼いけれど、性格が真っ直ぐだから、本人が自覚をもってしっかり訓練すれば一気に伸びるんじゃないかな。」
 「そうか。」
 「どうして?」
 「いや…。」
 コキオは一瞬だけ躊躇った様子を見せたが、すぐに言葉を続けた。
 「アザミが、最近ココと仲がいいみたいなんだ。」
 「へえ、そうなんだ。でも、それは年が近いからなんじゃない?」
 アザミはココより二つ年上。コキオとは八歳離れている。それでもアザミはコキオの恋人だ。レンを挟んで上下約五年の間は黒鳥病が流行っていて、同年代の子供はほどんどが命を落とした。レンとアザミは、その間を生き抜いた数少ない子供だった。しかしレンは幼い頃から訓練場に通っていたので、アザミとは大して親しくはなかった。それに比べて確かにココはよく話をしている印象がある。
 「…俺は万年見張りだからな。」
 「何それ。」
 「アザミに言われたんだ。コキオさんはどうしてずっと見張りなのって。ココだってもうアグィーラに行く任務を任されたのに、だとさ。」
 「もしそれが悪い意味ならばアザミが間違っているよ。言ってやりなよ。見張りは大切なお役目だ。誰のおかげで安心して暮らしていられると思っているんだろう。マカニの見張りは王国で一番だと僕は思う。」
 レンは実際少し腹を立てて、少し強めな言葉を使ってしまった。マカニの見張りが一番だと思っているのは本心だ。翼があることに加えて、マカニ族が使っている遠眼鏡も性能が良い。翼技師であるポプラの自信作だった。その遠眼鏡は他の地域に出してはいない。
 総人口が少ないマカニ族にとって、見張りはずっと重要な役割だった。人口が少ないということは戦士の絶対数も少ない。魔物などの外敵をいかに村に近づけないかが守りの要なのだ。幸い、村に通じる道は途中から一本になる。そこさえ通さなければ村に危険が近づく可能性はほぼ無い。
 昔、空飛ぶ魔物が現れた時にはひやひやした。空からの侵入は想定されていなかったからだ。しかしそれは特別な、哀しい魔物だった。もう、同じような魔物が現れることはあるまい。
 結果的に、レンが記憶している限り、マカニ族の見張りがマカニを訪ねてくる者を見逃したことは一度もない。それがどのくらい大変なことなのか、見張りを経験したことのない者には分からないのだろう。
 戦士といえば確かに弓が花形だ。しかしそれだけでは成り立たない。自分は、見張りの皆に支えてもらっていると思っている。ついつい熱を込めて語ったレンを見て、コキオはようやく表情を和らげた。
 「そうか。レンにそう言ってもらえると気が晴れるな。何せ、みんなの憧れのレンだ。」
 「…何それ。」
 「知らないのか?アザミ、最初お前のこと好きだったんだよ。でも、明らかにカリンと仲が良かったもんな。だから俺の所に来たわけだ。」
 「そんな話聞いたことないよ。それに、そんなこと言われても困る。」
 「だろうな。俺も別に皮肉で言っているわけじゃないんだ。でも、なんだかんだいって、俺もお前には憧れてた。年下だけど。明らかに俺よりしっかりしてる。よく考えたらそれをアザミに話したのがアザミと仲良くなったきっかけだった気がする。その時は、コキオさんにはコキオさんの良さがあるって言ってくれたんだけどな。」
 「今回、コキオさんはこうやってしっかり任務を与えられてフエゴに来たじゃないか。今回の任務にあたって、コキオさんの名前が一番に上がったのを僕は知ってる。それは見張りとして優秀だからだ。」
 「見張りとして、な。」
 「コキオさん、もしかしてコキオさん自身が見張りが嫌なの?」
 「嫌ではないよ。でも、やはり周りの評価も気になるんだ。」
 「うん。それはそうかもしれないね。それじゃあやっぱり見張りの重要性をみんなが分かっていないのが問題だ。」

 その夜のことだった。
 レンがホオズキと見張りを交代してカリンと共に食事をし、仮眠をとっていた時のこと。ホオズキを抱えたコキオが小屋に駆け込んできた。
 「何があった?」
 ホオズキをカリンに任せ、レンはコキオに声をかける。
 「誰かが閃光弾を。」
 「閃光弾?コキオさんたちに向かって?」
 「いや、居場所がばれていたのかは定かではない。でもかなり近くで爆発したのは確かだ。俺は偶々反対側を向いていた。ホオズキさんはまともに見てしまって。煙がおかしな匂いがした。ただの閃光弾じゃないかもしれない。」
 コキオの声はやや上ずっているが、報告はきちんと整理されていた。レンが交代して戻った後もしばらく人影は無かった。夜の見張りは相手が持っているだろう灯りが頼りだ。暗がりにじっと目を凝らすように四方を見張る。
 獣の眼ほどの小さな灯りも見えなかったという。足音も聞こえなかった。そして、コキオが突然眩しい光を背後に感じたと同時に鈍い爆発音がした。
 何事かと振り返った時は一瞬眩しさで目が眩んだ。しかし、手をかざしていたため光をまともに見ずに済んだ。辺りの明るさが落ち着いた後、目の前に蹲って低く呻いているホオズキの姿が目に入った。
 光をまともに見て煙を正面から吸ったホオズキは話すこともできず、怪我はないかというコキオの声にただ頷き、閉じたままの両眼を指差した。コキオ自身も爆音で聴覚に少し違和感を感じた。それで、とりあえず小屋に戻ろうと声をかけて戻ってきたのだという。目が見えない状態で飛ぶことはできないので抱えて飛んできたのだとコキオは話した。
 「とりあえず二人とも大きな怪我が無くて良かった。カリン、ホオズキさんの具合は?」
 「もうしばらく様子を見ないとはっきりしたことは言えないのだけれど、失明はしていないと思う。おそらく一時的なものだわ。角膜は傷ついていない。耳も、鼓膜は破れてはいない。先程の話、煙にはおそらく何かの薬物が含まれていたのでしょうね。喉と鼻の粘膜が炎症を起こしている。コキオさんは大丈夫?」
 「ああ。咄嗟に片手で目を、片手で鼻と口を覆ったからたいしたことはない。耳も、もうだいぶいいな。」
 「そう。良かった。…私たちがここに居ること、相手に分ってしまっていたのかしら。小屋の灯りは最低限にしていたけれど、もしかしたら人が居るかもしれない気配は伝わってしまっていたかもしれない。」
 「疑っていて、試したのかもね。」
 レンの言葉に、カリンとコキオが頷く。
 見張りの居る正確な場所は分からなくても、採掘場の付近であることは分かるだろう。閃光弾ならある程度距離があっても一定の効果がある上に殺傷能力は弱い。見張りの者が居るかどうかを炙り出すにはもってこいだ。
 そして相手の思惑通り、閃光弾が爆発した後、コキオはおそらく大きな声でホオズキに呼びかけたに違いない。見張りが居ることは相手にばれてしまったと考えるのが妥当だ。場所を変えたところで相手の警戒を解くことはできないだろう。残念ながら採掘場に忍び寄った影の正体をこのままの方法で突き止められる可能性はかなり低くなった。
 「コキオさん。念のためすぐに一度採掘場に戻ってみよう。一緒に来てくれるかな。僕らが居ることはばれてしまっているから姿を消しているかもしれないけど、もしかしたらこの短い時間で何かどうしてもやりたいことがあって人払いしたのかもしれない。明るくなってから見に行くのでは遅い。カリン、ホオズキさんを頼むよ。」
 それだけ言うと、レンはコキオと共に小屋を出た。物音はしない。時折鳥か動物と思われる声が聴こえるが、それ以外は、いつもの夜だった。
 なるべく羽根の音を立てないよう、一気に高度を上げて目的地に向けて滑空する。採掘場付近の大きな木の枝に着陸した。そこからそっと地面に降り立ち、採掘場まで歩く。灯りは見えなかった。
 レンは思い切って持ってきた角灯に火をつけて掲げる。いずれにせよこちらの存在は知られてしまっているのだ。反対に相手が動揺してくれたらそれに越したことはない。しかし、角灯を四方に掲げても人影は見えなかった。採掘場に立てかけられたままの鶴嘴などの道具がぼうっと浮かび上がるだけだ。
 以前来た時から何か違和感がないかを観察するが、そもそも角灯の灯りに浮かび上がる景色が昼間と違い過ぎて、レンはそっと溜息をつく。手掛かりなしか。諦めかけた時に、おそらく閃光弾の破片と思われるものが目に入った。素手で降れるのを躊躇い、懐に入っていた布で包んで、その包みを再び懐に戻した。
 「念のためこのままここで朝を待とう。」
 「え?このまま?カリンたち、心配しないか?」
 「多分大丈夫だと思う。僕の考えてることなんかカリンにはお見通しだよ。」
 「お前たち、不思議な夫婦だな。」
 「そう?」
 「もう、今日は灯りをつけてるくらいだ。話をしてもいいだろう?」
 「いいけど。」
 コキオはレンの手から角灯を奪うと、採掘抗のうちのひとつの脇にあった岩に置き、近くに腰かけた。レンは素直にコキオに倣った。
 「お前らはさ、遠くから見てると選ばれた特別な人間に見える。でも、こうして話すと意外と普通だ。いや、勿論いい意味で。」
 「当たり前だよ。僕は普通のマカニ族だ。知ってる?風の化身て誰でも良かったんだ。ただの種族代表。森に選ばれたわけでもない。カリンだけはちょっと違うみたいだけど。僕は…たまたま年齢が適齢だっただけだ。」
 「いや、少なくともマカニの代表として選ばれたのはマカニ族として優秀だからだ。あの族長が選んだんだぞ?それでだな、そうだとしてもだ。カリンはどう見たって不思議な子だった。よく種族を越えてまで一緒になろうと思ったな。」
 「うーん。よく分からない。偶々自分が一緒に居たいと思ったのがカリンだっただけだよ。カリンだけは、なんか違ったんだ。それまで、自分が誰かと一緒に居る絵なんて想像できなかった。でも、勿論一緒になった後も沢山悩んだよ。カリンは化身の中でも特別な存在で、王室にも重宝されていて、族長とも対等にやり取りしてる。それに比べて自分は自分のことしか考えていなくて、カリンが国の問題に首を突っ込むのに文句を言ってばかりだって。」
 「なるほどなあ。」
 「でも、結局色々考えても、自分がカリンと一緒に居たいって気持ちは変わらなかったから、カリンもそう思ってくれてるならそれでいいかなと思って。僕は僕のできることをやろうと思った。」
 「自分のできること、か。」
 「そう。人と比べたらきりがないから自分のできる限りのことをする。それでだめなら、もう仕方がないからね。」
 「なるほどなあ。」
 コキオはもう一度そう繰り返し、大きく伸びをして夜空を見上げた。少し前に火山が噴火したので樹々は疎らだ。山の中でも空が良く見える。月の無い夜で、星の明るさが際立って見えた。
 「僕は難しいことを考えるのは苦手なんだ。」
 レンが笑ってそう言うと、コキオもつられたように笑った。角灯の灯りに照らされたその顔は、昼間よりは明るく見えた。コキオはきっと悩んでいるのだ。戦士としての自分の立場と、恋人から見た自分の姿に。でもそれは結局自分で納得できる落としどころを見つけるしかない。勿論一度解を見つけた気になっても、またすぐに悩むこともあるだろう。レン自身もそうだ。それを繰り返しながら生きていくしかないのだと、それがカリンと出会って自分が学んだ一番のことだったように思う。
 カリンに出会うまではマカニしか知らなかった自分。飛ぶことと弓の腕を磨くことしか考えていなかった。それはそれで幸せだったけれど、もうその頃には戻れない。自分はカリンと生きると決めたのだ。
 レンが再び夜空に目をやると、明るい星がひとつ、空を滑るように流れて消えた。


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