物語の欠片 緋色の山篇 9
-カリン-
しばらくレンたちの帰りを待ったが帰ってくる様子はない。そのまま朝まで見張ることに決めたのだろう。カリンはホオズキをベッドまで誘い、自分も空いたベッドに身を横たえた。
横になったものの眠れそうにないので、改めて閃光弾の意味を考えてみる。
ひとつは、見張りの存在を確かめるためだと思って間違いないだろう。その他に考えられるのは、瞬間的な人払い。それはレンも思いついて採掘場に戻った。レンたちは何か見つけられただろうか。戻ってこなかったということは、まだ誰かが戻ってくる可能性を疑っているのだと推測できる。
あとひとつは、存在がばれてしまっては見張りをする意味がないと思わせること。これはあり得るだろうか。マカニ族が引き揚げたタイミングでまた採掘場へやってくる。その可能性を考えると、無駄かもしれないと思いつつ暫くこのまま見張りを続けることになる。
ホオズキはおそらく一晩休めば基本的な機能は回復するはずだ。見張りを続けるのに不足はない。
見張りがマカニ族だと知っているのは今のところアヒ族だけだ。それとも今回、相手に空を飛ぶ姿を見られてしまっただろうか。そうだとしたら相手は、マカニ族が関わっていることをどう思ったか。
見張りを諦めないと知ったらどういう行動に出てくるだろう。今回は偶々閃光弾だった。これが、例えばポハク族が採掘に使う火薬だったら?二人は大怪我をしていただろう。ぞっとする想像だった。火薬が人を傷つける道具になるなんて。
様々な考えが次々と頭を巡る。
「起きてるのか?」
暗闇からホオズキの声がした。喉の炎症からか、少し掠れている。カリンは返事をする代わりに身を起こしてホオズキのベッドの横に立った。
「ホオズキさんこそ眠れないの?私はさっき少し眠ったから大丈夫よ。考え事をしていたの。」
「そうか。いや、情けないな。こういう、ひやっとする任務は久しぶりでなあ。ああ、あの、ココの墜落事故以来だ。あの晩も眠れなかった。本当は戦士たるもの、いつでもどこでも眠ることができなければならないんだが。色々な意味で、俺はもう戦士で居られないのかもしれない。」
その言葉でふと、俺はその気になれば立ってでも眠れると言っていたローゼルを思い出す。そういえばレンも、寝付きも寝覚めも良い。確かに戦士とはそういうものなのかもしれない。しかしもちろんそれを口にしたりはしない。
「最近魔物が減って、緊迫した事態が少ないから仕方がないわ。それは喜ばしいことでもあると思うの。」
「カリンは優しいなあ。レンも、ココも、みんないい子だ。」
ホオズキのひとり息子は、黒鳥病で命を落としている。生きていればココより三つ年上だったらしい。それもあってホオズキはココを本当の息子のように可愛がっている。
黒鳥病で命を落とした子供の話を聞く度に、もう少し早くマカニに来ていればという、どうしようもない後悔が胸を掠める。自分がそんなに幼い頃にマカニへ来たところで、同じことができたとは限らないのに。
「それよりもホオズキさん。今は身体を休めることを考えてね。そうだ。私には人をぐっすり眠らせる特技があるのよ。」
そなたの声を聴いていると眠くなるな。最初にそう言って笑ったのは当時国王だった現上皇陛下だ。
眠らせて差し上げましょうか?無邪気だった幼いカリンは長椅子に座っていた国王の隣に腰かけ、他愛のない昔話をした。王は本当にそのまま長椅子で眠ってしまい、カリンは控えていた側近に声をかけてそっと部屋を後にした。
それから、もしかしたら人を安らかな眠りに導く方法があるのかもしれないと考えて、色々と研究した。研究と言っても幼い頃のことだ。家にあった香油の本を読んで眠りにふさわしい香りを考えたり、どんな話をしたらよいだろうと考えたり。もしかしたらそれがカリンが初めて真剣に医術に向き合った出来事だったかもしれない。
アルカンの森をイメージした香油を自分の手に擦り込み、ホオズキの瞼にそっと薄くやわらかい布を被せる。
「ホオズキさんはいま、森の入口に居ます。深い霧に包まれた森ですが、どこからかとても良い匂い漂ってくる…。」
いつからか、カリンは自然とアルカンの森について語るようになっていた。ヨシュアも、レンも、族長も、カリンの大切な人たちを何度も救ってくれているアルカンの森の香りと物語。
自分の心も同時に救われるようだった。
ホオズキの静かな寝息を聞きながら再び自分のベッドに戻ると、カリンはひとりでくすりと笑いを漏らした。
この方法で眠らなかったのは自分だけだ。
掌に残る香りを吸い込むとアルカンの森の主のイメージが頭に浮かぶ。それでも、あの夢を繰り返し見ている間、カリンはうまく眠ることができなかった。
アルカンの森へ行き、森の主に寄り添えば簡単に眠ることができるのに。大地の化身って何だろう。結局それは謎のままだ。
しかし今はそれを考えている時ではない。カリンは時折浮かぶその思いを胸に押し込めて、鉄鉱石の謎に集中した。
夜が明けると、コキオがひとりで小屋に戻ってきた。レンはどうしたのかと問うと、見張りは続けた方が良さそうだからホオズキの様子を見てくるように言われたという。レンもおそらくカリンと似たようなことを考えていたのだ。
一晩ぐっすり休んですっかり元気になったホオズキは、まだ声の掠れは残るものの、見張りをするのに不足は無いと小屋を出て行った。それを見送ったコキオはあっという間に眠ってしまった。
レンもこのまま見張りを続けた方が良いと考えている。しかしカリンはこの小屋の中だけで鉄鉱石の謎に挑むのは難しいと考え始めていた。自分は見張りの役には立たない。そろそろ一度村へ戻ってみようか。
暫くして目を醒まして出ていったコキオと入れ替えに戻ってきたレンにその話をすると、レンも、そうだねと同意してくれた。
村まで送ろうかと言うレンに、疲れているだろうから早く休んでほしいと答えると、素直に頷いた。気をつけて行っておいで。そう言うレンと軽く口づけを交わして小屋を出る。
ごつごつした溶岩が表面を覆う道で、酷く歩き難かった。採掘場の近くは木がまばらだったが麓付近は逞しくも低木が茂っている。火山地帯に茂る木は、マカニやアグィーラのものとは異なり、独特の品種が多かった。
遠くにアヒの村が見えたと思った瞬間、腕を引かれ、口を塞がれた。足元に注意を払いすぎていて注意力が散漫になっていたことを後悔したが遅かった。力が強くて身動きができない。口を塞ぐ手を見ると褐色の肌をしている。おそらくポハク族だろうと思った。
「静かにしろ。」
低い声が耳元で囁く。その声を聴いた途端、身体の力が抜けた。カリンが頷くと、相手の力が緩んだ。ゆっくり振り返ると、今度は正面から軽く抱擁された。カリンも同じく抱擁を返して相手の耳元で尋ねる。
「イベリス。どうして来たの?パキラ様はご存知?」
「おかしなことになったら族長補佐の任を解くからなと脅された。」
「なあに、それ。脅しになっていないじゃない。親子の縁は切らないのね?」
カリンがくすくす笑うとイベリスもにやりと笑った。
「困ったわ。私、これからアヒの村へ行くところだったの。そろそろ手詰まり感を感じていて。かといってイベリスひとりにレンの居る小屋に行ってもらうのもね。」
「それはタイミングが良かったのか悪かったのかよく分からないな。俺はカリンが山から降りてくるのを見て最高のタイミングだったと思ったんだが。」
どうしようかと考えていると、カリン?と遠慮がちな声がした。振り返るとネリネが立っている。その姿を見てカリンは観念した。
「なんであんたが居るのよ。」
「おおネリネ、久しぶり。じっとしていられなくて来ちまった。」
「ややこしいことしないでよ。」
「ねぇ。とりあえずここで話している所を誰かに見られたらもっと困ったことになるから、小屋に戻りましょう。」
ネリネは、そろそろ備品が足りなくなるのではないかと考えて小屋を訪ねようと思っていたそうだ。イベリスは、採掘場を見てみたかったのだという。採掘跡を見ればそれが熟練した採掘工によるものかそうでないかくらいは分かるだろうと考えたそうだ。上手くいけばポハク族が採掘する方法と同じかどうか分かるかもしれないと。確かにそれは大きな手掛かりになりそうだった。小屋に戻る頃にはカリンも、ネリネの話を聞くことができるならば村まで降りる必要はないかもしれないと考え直していた。
当たり前だが、小屋の扉をそっと開けるとレンはすぐに反応して身を起こした。カリンの後ろに二人の姿を見つけると、一瞬驚いた表情をする。それからおもむろに溜息をついた。
「あのさあ。君たちはどうしても僕を休ませたくないみたいだね。まあ、二時限ばかり眠れたからいいけど。」
「悪いな。お前は眠っていてもいいぞ。カリンとネリネと話ができれば十分だ。」
「そういう訳にはいかないよ。で?イベリスは何しに来たの?」
イベリスの話を聞いたレンは、次の見張りの交代の際にイベリスを連れて採掘場へ飛ぶことを決めた。カリンとネリネは留守番だ。その間に村の様子を聞くことができるだろう。
やはりレンも、見張り自体はもうあまり意味がないと考えていた。それでも見張りを続けるのは、相手が見張りが居なくなるのを待っているように感じるからだという。おそらく見張りが居なくなったら採掘を再開する気なのだろう。閃光弾で脅してきたということは、相手もこのまま引き下がる気は無いという意思表示だった。
「なんかここまで仲間が集まるのも久しぶりね。」
ネリネが言い、それまで張り詰めていた気持ちが緩んだ。確かにそうだった。カリンはイベリスには比較的頻繁に会っているし、アグィーラへ行けばレフアとローゼルに会うことができる。しかし、五人の化身のうち四人が揃う機会など、城での儀式以外に無いに等しかった。
「お茶でも入れましょうか。」
「僕は食事も摂っていないんだけど。」
カリンの言葉にレンが反応すると、イベリスも、俺も朝から何も食べていないと返す。そしてその場は思いがけず楽しい食事の場となったのだった。
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