物語の欠片 緋色の山篇 10
-レン-
イベリスを乗せて飛ぶのは久しぶりだった。任務遂行中だというのに楽しい気持ちになるのを押さえられない。レンはイベリスと居るとどんな苦境でも無条件に楽しくなるのだ。貴重な存在だと思う。
見張りに立っていたホオズキとコキオは当然ながらイベリスを連れて現れたことに驚いた。簡単に事情を話し、交代であるホオズキを小屋へ帰すと、コキオ一人に見張りを任せてイベリスと共に採掘坑へ向かう。
イベリスは興味深そうに山肌に掘られた複数の浅い採掘坑の入口を見渡すと、とりあえず端から順番に入ってみようと言った。勿論レンに異論はない。案内できるほど詳しくもないので黙ってイベリスについて行く。
「大人しいな。」
「邪魔しちゃいけないと思って。」
「そろそろ飽きたな。」
十ほどの採掘坑を見たあとでイベリスがにやりと笑ってそう言った。満足したのだろう。
「何か分った?」
「とりあえずポハクの採掘工が掘ったのでないことは分かった。石堀に関しては素人だな。しかし、まあ完全な素人でもない。」
「つまり、アヒの土木師ってこと?全部?」
「今見てきた穴は全部そうだな。多少の上手い下手はあるけどだいたい同じだ。」
「へぇ、さすが。分かるものなんだね。」
「お前が風を読むようなものさ。俺に風は読めない。」
「ああ、なるほど。」
「さて。そうすると多少面倒なことになる。」
そう言ったイベリスは、とりあえず出ようぜ、とレンを採掘坑の外へ誘った。
王国の南に位置するフエゴは冬でも温暖だ。砂漠地帯のポハクの日中帯とは違い、陽射しも柔らかで過ごしやすい。数日間フエゴに滞在しているうちに、冬であることを忘れてしまいそうだった。マカニはあんなにも雪が積もっているというのに。きっと夏は暑いのだろうな。反対にマカニの夏はとても快適なのだ。それぞれの種族はそれぞれの地域の気候に順応して暮らしている。
レンはイベリスの言った言葉の意味を考えた。多少面倒なことになる。イベリスはそう言った。
ここにある採掘坑はすべてアヒ族の土木師によって掘られたものであるように見えるらしい。それなのにアヒ族の土木師は、ポハク族を目撃した。穴を掘らずにポハク族はここで何をしていたのか。それがひとつ。
もうひとつ、アヒ族の土木師たちは、自分たちが前回掘ったよりも掘り進められていることが度々あったと言っていた。しかしイベリスが見た限り、行き止まりまでの途中含めてすべて似たような技量の者によって掘られているという。それは何を意味するのだろうか。アヒ族の土木師の中に裏切り者が居るのか。それとも、ポハク族の似たような技術を持つ者が犯人なのか。
「まあ、そういうことだよなあ。」
レンが自分の頭を整理した内容を話すと、イベリスも頷いた。
「アヒ族に裏切り者が居るとしたら僕たちがここに来たことは最初から知られていたことになる。」
「そうだな。」
「イベリス。とりあえず君の姿が見られるとまずい。目的が果たせたのなら送るよ。馬はどこへ置いてきた?」
「フエゴに入る少し手前。早々に厄介払いかと言いたいところだがレンの言うとおりだな。お前らは?これからどうする?」
「飛びながら話す。」
レンはコキオに声をかけ、先に小屋に戻るよう指示をした。それからイベリスを背中に乗せてイベリスの指定した方角へ向けて羽ばたいた。
見張りはいったん表向き終了する予定だった。騙し合いのようであまり気が進まなかったが、問題を切り分けるためにはアヒ族にマカニ族は帰ったと思わせる必要がある。その後、こっそり戻って見張りを続けるしかない。ただしそうするとあの小屋は使えない。なかなか厳しい任務になりそうだった。カリンはマカニへ帰した方がいいだろうか。
カリンがひとりで戻るっていう訳ないじゃないかとイベリスは笑う。レンもその通りだと思った。イベリスも、きっとひとりでポハクに戻りたくはないだろう。そこを潔く引いたことに敬意を表して必ず近いうちに様子を報告することを約束して別れた。
小屋に戻って飛びながら、イベリスに吊り橋が落ちたことを伝え忘れたことに気がついた。イベリスの方からはしばらくマカニを訪れることができない。それ程にマカニの厳しい現状が遠のいてしまっていた。これではいけないと気を引き締め直してレンは小屋までの道程を急いだ。
小屋に戻るとホオズキとコキオは二人とも休んでおり、ネリネとカリンが二人で和やかに話をしていた。どうやら事件の話をしているわけではないらしい。カリンは、お帰りなさいとにこやかに笑ってお茶を淹れてくれた。
「見張りは終了することにしたの?」
「うん。」
レンはちらりとネリネに視線を送る。勘の良いネリネは私のことは気にしなくて大丈夫、と頷いた。
カリンの淹れてくれたお茶を一口含み、イベリスの見立てとその後の考えを二人に話して聞かせる。ネリネは眉を顰めながら話を聞いていたが不快そうではない。話を聞き終えたカリンが自分もその通りだと思うと言ったのでレンはほっとする。
「あのね、レンたちが採掘場へ行っている間に、私もその可能性についてネリネと話していたの。」
「残念ながら可能性がないとは言い切れないわ。鉄鉱石って思ったよりいい値がつくらしいのよ。欲に目が眩んだ人が居てもおかしくはない。」
ネリネも賛同したのでレンはもう少し突っ込んでカリンに尋ねてみた。
「アヒ族が関わっていた場合、ポハク族を見たというのは嘘なのかな。」
「そうとは限らないのではないかしら。アヒ族の土木師が掘った鉄鉱石を、販売経路を持っているポハクの商人が受け取る。」
「わざわざ火山で受け渡しをするかな。」
「それは確かにそうね。ただ、ポハクの商人には石を見る目があったのかもしれない。」
「ああ、なるほど。質の良い鉄鉱石を見分ける目か。」
「それとも…ラプラヤの鉄鉱石に近い質の石。もしそうだとすると、お城で分析してもらっていることは無駄になるかもしれない。」
「それは困ったな。」
アグィーラの建築室の分析の結果、ポハク族の商人からアグィーラに流れている鉄鉱石の質が一定だった場合、ポハク族がフエゴから鉄鉱石を仕入れているという証拠は出ないことになる。
見張りでもポハク族の存在が確認できなかったことを考えると、打手がどんどん削られていくのを感じた。
「今後の見張りだけど、フエゴを出た辺りに、アヒ族が使っている避難所があるの。火山が噴火しそうで危険な時、一時的に避難して様子を見るための施設。そこを使ってもらって構わないわ。鍵は私も持ってる。」
「良かった。この小屋を使わないでの見張りは厳しいなと思ってたから助かるよ。」
「巻き込んでしまって、本当に申し訳ないと思っているわ。まさかこんな方向に進むとは思っていなくて。」
「ネリネが謝ることじゃないよ。そんな風に村を背負った発言をしていたら本当に族長にされてしまうよ。」
「ふふ。確かにそうね。」
「アヒの族長様は少しはお元気になられた?」
「それが、全然だめなのよ。」
「マカニ族が帰ると言ったらそれこそ気を落とされないかしら。それだけが心配で。」
「族長には私から本当のことを話すわ。」
「アヒの族長様、嘘がつけないのではないかしら。」
「ああそれは…。うーん。悩ましいわね。」
「一度は引き揚げるけど見捨てたわけではないことを強調するしかないんじゃないかな。アキレア様はカリンのことを信頼しているから、引き続き考えてみると言えば失望はしないと思うけど。」
カリンが短くあっと声を上げた。何?と問うと書簡使、と呟く。レンには意味が分からない。
「ごめんなさい。あのね。マカニからアヒに書簡使がくるでしょう?いつもはカエデさんだけど今は別の人。いつもならマカニからアヒ宛に書簡があった場合だけだけれど、今はアヒ側から来られないから多分工房の商品を売りに来るついでにアヒの書簡使と話をすると思うの。」
「それがどうかした?」
「万が一このタイミングで来て世間話でもして、うっかり私たちの話になったら、私たちがまだマカニに戻っていないことが知られてしまう。」
「ああ。よくそこまで気が回ったね。思いつかなかった。マカニ側に報告を入れておいた方がいい。」
そうか。マカニの書簡使が他の町や村へ行けばいずれマカニの吊り橋が落ちたことは伝わるのだ。それはイベリスの耳にも届くだろう。
しかしマカニに報告をするとなると、その間こちらは手薄になる。どういう布陣で行こうかと考えているとカリンが自分も手伝うという。
「レンが報告に戻った方が良いのではない?マカニもどうなっているか分からないし。その間、例えば最初ホオズキさんに乗せてもらって二人で見張りに立つ。その後、コキオさんが来る。私はそのままそこでレンを待っても良いし、遅ければその場で仮眠もできるわ。レンならそのくらいで戻って来られるでしょう?」
「何も無ければね。…でも、そうするしかなさそうだね。最初からホオズキさんとコキオさんが見張りに立ってしまったらカリンが交代するのにどちらかが往復しなければならないし。効率が悪い。」
次にやるべきことは決まったので、それに向けて皆、少し身体を休めることにした。起きたらアキレアを訪ねよう。それからマカニへ飛ぼう。核心に近づいているのか遠ざかっているのか分からない気持ち悪さを頭から押し出して、レンは眠りについた。
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