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物語の欠片 緋色の山篇 11

-カリン-

 マカニ族が一度引き上げると聞いたアキレアは、残念がるとともに、僅かにほっとしたような表情を見せた。その表情が気になり、カリンは思わず尋ねる。
 「アヒの族長様は、もしかして犯人は分からなくても良いと思っていらっしゃいますか?」
 カリンたちが訪れた時、アキレアの部屋にはツバキが居り、他に控えている者は居なかった。そのまま一緒に話を聞いていたツバキが、そっとアキレアの肩に触れる。それに勇気づけられたようにアキレアが口を開いた。
 「さすがカリン殿だなあ。私はそれでも良いと思っている。」
 「族長…。」
 ネリネが溜息を吐いて話を続けようとするのを、カリンは目で制した。
 「ネリネの言いたいことは分かる。だながあ、私はどうも争いごとが嫌いなのだ。アヒ族は今特に生活に困っておらぬ。火山で見つかった鉄鉱石はむしろ有難い誤算だった。少しくらい他の種族が持って行ったって構わぬのだよ。それを暴いてポハク族との関係が悪くなる方が余程困る。…まあ、まだポハク族が犯人だと分かったわけではないながあ。私は誰が犯人でも構わぬのだ。」
 「でも族長。それじゃあ、カリンやレンたちは何のために危険な目に遭ったんですか。」
 「それはすまなかったと思っておる。しかしおかげで土木師たちの気持ちを少しは収めることができただろう。」
 「オウレンさんたちがそれで納得するとは思えません。」
 「納得せぬかなあ。」
 アキレアは長い溜息をついて沈黙した。
 他に口を開く者もいない。カリンも、ここはアキレアの言葉を待った方が良いだろうと感じた。
 しばらくの沈黙の後、自嘲気味の笑顔を浮かべたアキレアが再び話始めた。
 「エリカ殿ならば真っ先にパキラに会いに行くだろうな。そうしたら、パキラはどうするだろうか。」
 「パキラ様ならば、事実をお知りになろうとすると思います。」
 誰にともなく呟いた言葉にカリンは即答した。間違いなくパキラはポハク族の戦士たちを使って即座に調査を開始するだろう。今回そうしなかったのは、アキレアがポハク族がフエゴ周辺をうろうろするのを望まないように感じたからだ。
 「そうだろうなあ。その結果ポハク族に犯人が居た場合は、そのまま自分で裁くのだろうな。そうすればオウレンたちは満足すると思うか?」
 今度はネリネに向けた言葉だと分かる。ネリネは少し言葉に詰まりながら答えた。
 「…満足すると思いますけど。どうなんでしょう。」
 「これまで奪ったものを返せと迫りはしないだろうか。これまで奪った正確な量など分るか?そこでまた言い争いが起ころう。なんなら、パキラの裁きだけでは足りず、アヒ族に裁かせろというかもしれぬ。何らかの賠償を迫るかもしれぬ。そして必ず禍根が残る。」
 「それは…。でも、このままというのはあまりに…。」
 「誰か困るか?」
 「この先もアヒ族の経済が安定しているとは限りません。突然作物が実らなくなるかもしれない。その時は鉄鉱石での収入が今よりも重要になります。幾ら潤沢にあるからと言って…そう。今はいいかもしれないけれど、未来のアヒ族が困ります。」
 「未来にアヒ族などというものは残っているのだろうか。」
 「族長…?」
 「種族の区別を無くそうという方針を国が出したな。それなのに、これからどうなるか分からない未来のアヒ族のことを考える必要があるのだろうか。正直私は分からぬのだ。フエゴから鉄鉱石を持ち帰ったポハク族は今の生活に困っているのかもしれぬ。それが少しでも潤ったなら、それはそれで良いという考え方は、アヒ族の族長としておかしいだろうか。」
 ネリネは絶句し、困ったようにカリンの顔を見た。
 カリンには少しだけアキレアの気持ちが理解できる。もっとも、その理由のは違うのだが。
 アグィーラ、エルビエント、ラプラヤ、フエゴ、エルアグア。それを分けたのは人間だ。大地は全部繋がっている。森も山も川も湖も、元々誰かのものであるわけではない。
  勝手にその所有権を主張し、それを元に争うなど本来であれば愚かなことだ。しかし今の世界の仕組みはそのように出来上がってしまっている。それに、規則が無ければ互いに平等に分け合えるかと言えばそうでもないのが人間だ。いずれにせよ争いは起こる。その中で今の仕組みを創って何とか関係を維持してきたのだ。
 上皇が国を大きく動かそうとしたことのひずみがここにもまたひとつあらわになった。
 「あの、アヒの族長様。ご存じのとおりわたくしは元々マカニ族ではございません。」
 「え?ああ、そうだったな。それが何か関係あるのかカリン殿。」
 「マカニの族長はそのわたくしを含めて、マカニを守るのが自分の役目だと申しております。」
 「エンジュがか。ふむ…。エンジュは確か上皇の意向に反対しておったな。」
 「反対と申しますか、敢えて種族の交わりを促進することはないのではないか、と申しておりました。それは、このような争いの種が増えるからだと思います。種族の違いはそのまま文化や習慣の違いです。誤解を恐れずに申し上げれば、常識の違う者同士はできる限り離しておいた方が争いは少なくて済む。」
 「ふむ。」
 「マカニは元々他の種族の受け入れを完全に拒否していたわけではありませんでした。わたくしがその良い例です。わたくしは、マカニの生活に憧れておりました。むしろアグィーラから出たかった。マカニの族長はそんなわたくしを受け入れて下さいました。」
 「エンジュの言うマカニとは、純粋なマカニ族を指すわけではないということだな。」
 「はい。マカニに住まう者。マカニの常識を持つ者。共通の意識の元に集まった者たちのことを指していると思います。きちんとお話ししたわけではないのですが。…そういう意味では、いわゆるアヒ族は今後も続いて行くのではないかと思うのです。」
 「アヒ族…もっと言ってしまえば、アヒ族族長の考えに賛同する者たち、という意味だな。」
 「はい。あとは、フエゴの土地に馴染む者たちですね。」
 「なるほど。」
 「アヒの族長様はお優しい方です。もし先程おっしゃったように今回の犯人がポハク族の生活に困った方々だったとして、正面からお願いに来たら無下に追い払いはしなかったのではないでしょうか。」
 「それは、そうだな。」
 「それを、お願いしもせずに勝手に持ち去った。それはアヒの族長様を信頼しての行為ではありません。」
 「私は信頼にも見返りを求めていないのだ。」
 「族長!」
 それまで黙って聞いていたネリネが溜まりかねたように大きな声を出した。
 「族長が救いようのないお人好しだってことは知っています。でも、だからといってその族長の人の好さを利用するとする輩は、アヒ族だろうが他の種族だろうが、私は許すことができません。」
 「オウレンも同じことを言いよった。」
 「え?」
 「土木師たちがここに詰め寄ってきた時にな、まあ最初は鉄鉱石を盗まれたこと自体にも憤慨していたが、話をするうちに、族長は人が好いから利用されるのだと。自分たちはそんな族長を慕っているが、ポハク族にはそれが無いとな。それが腹立たしいのだそうだ。だから今回、私のために腹を立てるならこの辺りで収めてくれぬかと話してみるつもりなのだが、それでもオウレンは納得しないだろうか。」
 「それじゃあ、犯罪を犯さずに真っ直ぐ生きている人はどうなるんですか?今までのことには目を瞑るとして、これからも同じようが起こり続けるのはあまりにひどい。」
 このままでは堂々巡りだとカリンは思った。フエゴ火山全体をどこかに仕舞って鍵をかけるわけにはいかない。フエゴ火山への侵入を防ぐことはほぼ不可能だ。見張りを立てるくらいしか鉄鉱石を守る方法はない。しかしそもそも飛べない人間が常に火山で見張りをすることが危険であるからマカニ族に相談が来たのだ。しかしマカニ族がずっと見張りに立つわけにもいかない。結局は今回の犯人を早く突き止めるしかないだろう。
 そう思ってカリンが口を開くより先にレンが言葉を発した。
 「アキレア様、私どもは一度マカニへ戻りますが、族長と相談したのち、再び戻れるようなら戻って参ります。必要に応じてポハクへ行ってパキラ様ともお話ししますので、アヒ族の外のことは私どもにお任せいただけませんでしょうか。その代わり、アキレア様を信頼しているアヒ族の皆のことを考えてあげてください。」
 「これまで通りに、か。」
 「はい。」
 「…やってみよう。」
 「有難うございます。」
 ネリネがほっとしたように息を吐き、カリンとレンは軽く頷きを交わす。
 マカニの族長は今のマカニを守ろうとした。ポハクの族長であるパキラは王室の意向を利用してポハクを変えようと考えた。ワイ族族長のエリカは、上皇と共に新しい国の仕組みを作ろうとした。
 アキレアはただただ戸惑っていたのかもしれない。変化は起きてほしくないが王室にたてつきたくもない。流れに身を任せていようと思ったのに、今回の事件が起こってしまった。そっとしておいてくれ、そう思ったのかもしれない。それもまた理解できることではあった。
 アキレアは望まないかもしれないが、やはりこのままにしておくわけにはいかないとも思った。事実は明らかにしなければならない。それからどうするのが良いか考えるしかない。たとえ一時的には波風が立つとしても、ずっと内側で燻っているよりは良いだろう。
 最後にツバキが深々とお辞儀をした姿が印象に残った。カリンたちが居る間は挨拶以外には声を発しはしない。存在も消しているように思う。それなのに不思議と最後にはそこに居た印象が残る。不思議な人だと思った。
 話しかけてみたい衝動を抑えてアキレアの館を出ると外は雨が降っていた。これからレンはマカニまで往復しなければならない。レンの顔を見ると苦笑を浮かべていた。まあ仕方ないね、と言うレンにネリネが申し訳なさそうな表情を見せる。
 そのネリネをその場に残し、マカニ族は空へ舞った。


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