見出し画像

物語の欠片 緋色の山篇 15 鉄鉱石の謎 解1

-レン-

 カリンの話を聞いた後、レンは見張りを続ける二人の所へ飛び、二人を連れて戻った。見張りを続ける意味はもうないだろう。僅かな時間でも皆身体を休めるためだった。二人には空を飛んで戻る間に手短にカリンの話を伝えた。戦士である二人は大きく驚いたりはしなかったが、表情から驚いていることは分かった。それはそうだろうと思う。
 そして今朝、こうして再び皆でアキレアの館を訪れている。途中、ネリネの家へ寄って声をかけ、一緒にここまで来た。アキレアの部屋には前日同様ツバキが居た。
 アキレアには昨日、いったんマカニに戻って族長と相談したら戻ってくるかもしれないと伝えてあったので、来訪を不思議には思っていないようだ。昨日と変わらぬ覇気のない様子でレンたちを迎え入れた。
 「エンジュは何と言っておった?」
 簡単な挨拶を終えるとアキレアが上目遣いにレンとカリンの顔を交互に見ながら尋ねた。叱られている子供のような表情だった。アキレアとの話は基本的にカリンに任せることにしてあったので、レンはカリンが口を開くのを黙って待った。
 「アヒの族長様のお人好しは徹底しておられると驚いておりました。」
 「呆れておったかな。」
 「おそらく多少は。」
 場の雰囲気を和らげるためか、カリンは珍しく悪戯っぽい表情で話す。いつ本題を切り出そうか迷っているようでもあった。しかしカリンの試みは功を奏したようで、アキレアの表情はやや柔らかくなる。
 「生ぬるいと叱られるかと思った。」
 「マカニの族長はそのようなことは致しません。」
 「そうかもしれぬな。私はどうもエンジュが理解できぬでなあ。私よりもいい族長であることは分かるのだが。」
 「それぞれ個性がおありです。叱るどころか、心配しておりました。」
 「心配?」
 「はい。他の種族のことにまで真摯に心を配っていらしては、お心が持たぬのではないかと。」
 カリンがそう言った瞬間、アキレアの表情が凍り付いた。
 「…それは…どういう…。」
 「アヒの族長様は昨日、ポハク族が犯人であっても構わないと仰っておりました。」
 「ああ…そのことか。それはそうだ。私は構わぬ。」
 その場に、気まずい沈黙が訪れた。カリンはまだ何も核心をついていないにもかかわらず、アキレアは明らかに動揺している。
 ふと、聞きなれない声が響いた。
 「あなた、もうすべて話しておしまいなさいな。おそらくここに居る皆様は、もう解っていらっしゃるのよ。」
 それはこれまで挨拶以外の言葉を発したことのないツバキの声だった。挨拶を交わす時とは違う、凛とした発声だった。
 アキレアがはっとした表情でツバキを振り返り、それから他の面々の顔を順番に見渡した。カリンはじっとアキレアの顔を見詰めている。最後にその視線を受け止めたアキレアは、諦めたように肩を落とした。
 「そうよなあ。カリン殿だけでも太刀打ちできぬのに、エンジュまでいるのだものなあ。私の浅はかな考えなど、お見通しよなあ。」
 それからアキレアはネリネに視線を移し、すまぬ、と詫びた。ネリネは黙って首を振る。
 「カリン殿、ここまで来てなお、私には自分で語る勇気がない。そなたの解っていることを、話してくれぬか。」
 「承知いたしました。…時はフエゴ火山が噴火するずっと前に遡ります。正確にいつかは分かりかねますが、ポハクの商人がアヒの族長様の元を訪れました。その時点で商人側は商談のつもりでした。」
 「うむ。」
 王国の水脈の南の果てであるフエゴ火山には鉄鉱石があるのではないか、とその商人は言ったそうだ。アキレアは半信半疑だった。どうせフエゴ火山にはアヒ族は滅多に近づかない。調べるなりなんなり好きすればいいと言ってしまった。商人の身なりはあまりよくなかった。きっと生活に困っているのだろうとも思った。実際アキレアは、フエゴ火山の資源をアヒ族として有効活用しようなどとは考えていなかったのだ。その資源が他の種族の助けになるならそれはそれでいいと思った。そしてそのままその商人から音沙汰はなく、アキレアはずっと忘れていた。
 思い出したのはフエゴ火山の噴火が落ち着いて、片付けの際に鉄鉱石が見つかった時だった。しかしその時も、鉄鉱石は本当にあったのか、あの時の商人はどうしただろうか、と思った程度だったという。それでも鉄鉱石の価値が分かるにつれ、さすがのアキレアも次第にそのことが気になるようになってきた。
 あの時ポハクの商人には好きにしろと言ってしまった。本当に調査して鉄鉱石を持ち帰っていたらどうすれば良いだろうかと。
 同時に、土木師の中で少し前から生活水準の上がった者たちが居ることにも薄々気がついていた。火山の噴火で建物の修理等が増えてのことだと自分の考えを誤魔化していたが、それよりも以前からであるようにも思えてきた。
 その二つの考えがアキレアの中で決定的につながったのは、土木師たちが採掘場でポハク族を見かけたと訴えてきた時だった。その時にポハク族を見たと主張した者たちと、生活水準が上がったと感じていた者たちが一致したからだ。
 「ポハクの商人は自分で採掘する技術はない。しかし、ポハクの採掘工に依頼するわけにもいかない。なにせ採掘工の組織にはイベリスが居ます。変わった動きがあればたちまち怪しまれてしまう。そこでアヒ族の土木師に目をつけた。ポハクの商人は元々人を見る目がある。そして口が巧みです。自分たちの話に乗りそうな土木師を数名捕まえて仲間に引き入れたのだと思います。」
 「私もそう考えた。しかしあいつらがここへ乗り込んできた時、きっと何かの事情で仲間割れを起こしたのだろうと思った。」
 「おそらく、価格です。火山の噴火をきっかけにアヒ族としても表立って鉄鉱石の発掘を始めた。その鉄鉱石を直接自分たちでアグィーラへ運んで行って初めて、自分たちが随分と買い叩かれていたことに気がついた。もしかしたらその時点でポハク族に手を貸していた土木師は商人に文句を言ったかもしれません。しかし反対に、自分たちから礼金を貰って採掘をしていたことを他の土木師たちに話すと脅されたのでしょう。抜け駆けした後ろめたさのある土木師たちは言い返せませんでした。その代わりに騒ぎを起こしてポハク族を火山から遠ざけようとした。奇しくもその頃、自分たち以外にも採掘している者が居るのではないかという噂が土木師たちの間でささやかれ始めた。それを利用して、火山でポハク族を見たということで罪をポハク族になすりつけようとした。」
 「なるほど…そういうことか。なんということだ。」
 アキレアは大きな溜息を吐いて頭を抱えた。大きな体が一回りも二回りも小さく見える。その肩にツバキがそっと手を添える。しかしアキレアは顔を上げなかった。
 つまり、結局はこういうことだ。
 ポハク族は正面から商談のつもりでアキレアに話を持って行ったがアキレアはまともに取り合わなかった。それどころか、フエゴ火山の鉄鉱石を好きにしても良いととれる発言をしてしまった。商魂たくましいポハクの商人はその発言を元に、アヒ族の土木師数名を仲間に引き入れ、彼らの採掘した鉄鉱石を受け取り、礼金を渡していた。
 アヒ族が鉄鉱石の存在を知らないうちは良かったのだが、火山の噴火をきっかけに鉄鋼石の存在が知れ渡った。正式にアヒの土木師として採掘の仕事をするようになり、その本当の価値を知ってしまった。
 ポハク族に協力していたアヒの土木師は文句を言ったが反対に脅された。だから騒ぎを起こした。しかしアキレアは薄々事情を把握してはいたものの、仲間割れの原因も分からず、大元が自らの発言であることもあり、騒ぎを大きくしたくなかった。
 「アヒの族長様が、ポハク族であろうがアヒ族であろうが、生活のためならば鉄鉱石を勝手に売買しても構わないと思っていらしたのは本心からだと思います。それは争いを恐れたというよりは族長様のお優しいお心でしょう。ポハクの商人たちも、そのお優しいお心を最初から利用しようとしたわけではなかった。ただ…適正な価値を公表しなかったのは過ちでした。過分に利益を得ようとした、その部分は正さなければならないと思います。」
 カリンは優しく諭すように頭を抱えて下を向いたままのアキレアに話しかける。アキレアは下を向いたまま首を上下に動かした。頷いたのだろう。言葉は出てこない。カリンは優しく続ける。
 「マカニ族に対して閃光弾を使ったのはポハク族です。ポハクの商人は、土木師たちが自分たちを裏切ってポハク族を見たという発言をしたことをまだ知りません。土木師たちは、疑いの目が向いているからしばらくは取引はできないとだけ伝えました。そこでポハクの商人は見張りを追い返そうと閃光弾を使ったのです。」
 「ああ…それについては本当にすまぬことをした。」
 アキレアがようやく言葉を発した。下を向いたままなので声がくぐもって聞こえる。カリンがその言葉を否定するために何か言いかけた時、部屋の外が騒がしくなった。
 レンが後ろを振り返ると同時に扉が開き、男たちがなだれ込んでくる。その後ろで案内係の女が困った顔をしていた。
 落ち込んでいたアキレアも、さすがにこれには苦言を呈した。
 「オウレン、何事だ。来客中だぞ。…それは…ポハク族か。」
 アキレアの言葉はしりすぼみになった。目が大きく見開かれている。アキレアの言うとおり、二十名ほどのアヒの土木師とみられる男たちの中に混じって三名のポハク族らしき男が居た。両手を縄で縛られた上で、両脇からがっちりと土木師たちに腕を掴まれている。
 オウレンと呼ばれた男がひとり前に出てアキレアの前に跪く。
 「大変失礼いたしました。来客中とは存じ上げておりましたが緊急事態故、どうぞご容赦いただきたく。…御覧の通り、鉄鉱石を横領していたポハク族を捕らえました。」
 「何を…。」
 アキレアは声を詰まらせたが、レンの隣でカリンが小さくあっと声を上げた。レンも思わずどうしたの?と尋ねる。アキレアもカリンの顔を見詰めた。
 「カリン殿、事情が解っておるなら話してくれぬか。」
 皆の視線がカリンに集まる。カリンは呼吸を整えるような仕草を見せ、それからゆっくりと話し始めた。


-----
『緋色の山篇 1』へ

『緋色の山篇 16』へ