物語の欠片 緋色の山篇 19
-レン-
フエゴの顛末を報告するためにアグィーラへ行ったレンたちは、同時に建築室の調査結果を聞くことができた。予想されたことだが、ラプラヤから供給される鉄鉱石の中に著しく異なる品質の鉄鉱石は発見されなかったようだ。やはりポハクの商人はフエゴから鉄鉱石を入手する際に、ラプラヤの鉄鉱石とよく似たものを選んでいたのだろう。
しかし、解ったことはそれだけではなかった。どうやらラプラヤから供給される鉄鉱石とフエゴから送られてきた鉄鉱石の品質にもほぼ差が無かったというのだ。これの意味するところは大きかった。
可能性はいくつかある。ひとつは、ポハクの商人が選ぶまでもなく、もともとラプラヤとフエゴの鉄鉱石は似ていたのだ、という可能性。これにはあれだけ気候が違うのに、という疑問が残る。
ふたつめは、たまたまフエゴから取り寄せたものがラプラヤ産の品質と近かったという可能性。奇跡に近いがあり得なくはない。
もうひとつは、ラプラヤから供給される鉄鉱石は、実はもう随分前からフエゴ産であった、という可能性。もしそうだった場合、問題は大きくなる。今回捕らえた商人だけでなく、ポハクの商人会全体の犯罪である可能性が出てくるからだ。そんなことがあり得るだろうか。
「考えにくいと思う。イベリスにラプラヤの坑道へ連れて行ってもらった時、昨日も掘ってたって言っていなかった?ラプラヤの鉄鉱石の採掘は行われているのよ。」
「ああそうだったね。」
カリンの意見にレンは頷く。
「確かめるのは簡単ね。流通しているものではなくて、あのラプラヤの坑道で取れた鉄鉱石を分析してみればいい。」
「手に入れられるかな。」
「パキラ様とイベリスに相談してみましょう。」
「いいけど、ポハクに寄って帰るとまた遅くなりそうだね。」
「二人とも有難う。ラプラヤの件は急がないわ。昨日までフエゴに居たのでしょう?大変だったわね。日帰りでここに来てもらうだけでも申し訳ないのに、この上ポハクの寄ってもらうのは申し訳ない。」
やり取りを聞いていたレフアが口を挟んだ。ローゼルも隣で頷く。カリンが少し考えこむような表情をしたのでレンはカリンの意見を待った。
「…レン。私をポハクへ送って行ってそのままマカニへ帰って。二、三日したら迎えに来てくれる?」
「カリンがひとりでポハクに滞在するってこと?」
「そう。レンはこれ以上マカニを空けない方がいいと思うの。」
「それは…そうかもしれないね。もしイベリスと一緒に採掘坑へ行くとしたら明日だろうし。下手したら明日も帰れない。」
族長にこれ以上自分の代わりをさせるわけにはいかない。夜中でも吹雪の中でも飛ぶことができる自分の翼が、マカニにとって重要であることも分かっていた。それでもレンは迷っていた。
残る問題の解はポハクにある。自分はまたただの連絡係になるのか。いや、連絡係ですらない。必要なのはレンではなく翼だ。
そこまで考えて気持ちを切り替える。カリンと同じことをしようとしては駄目だ。自分にできることを探せ。
どう考えてもカリンの案が妥当だった。
カリンをポハクへ送り届け、マカニへ戻る。そして、マカニのためにできることをしよう。国の問題はひとまずカリンに任せよう。
簡単に族長に報告をして久しぶりに仲間の居る訓練場に上がると、レンを見つけたココが真っ先に近寄ってきた。
「レン。ホオズキさんが辞めちゃうって知ってる?」
「族長と一緒に聞いたよ。」
「フエゴで何があったの?」
「何も無いよ。ココも聞いただろう?フエゴに行く前から、これが最後の大きな任務になるかもしれないって言ってた。」
「それは今はそんなに大きな任務が多くないからだろう?それに、見張りが駆り出されるのは稀だ。こんなにすぐに辞めちゃうなんて思わなかったよ。どうして誰も止めないの?」
「一緒に話を聞いたコキオさんが止めてたよ。でもホオズキさんの覚悟は硬かった。」
「レンが止めれば話を聞くかもしれないじゃないか。」
「そんなわけないだろう?むしろココが話した方がいいんじゃないかな。随分かわいがってもらっている。」
「もう話したよ。でもホオズキさんは僕を子ども扱いするから全然駄目なんだ。」
「それはある意味ホオズキさんからのココへの激励だよ。」
「激励?なんで?」
「きちんと話を聞いてもらいたかったら立派な戦士になれ。」
ココは絶句し、それから頬を膨らませた。しかしこれまでならば、ひどいよと反論しそうなものだったが、そのまま肩を落とした。
「分かってるよ…。」
「ココ?」
「僕が甘えてるんだってことは分かってる。でも、僕だって頑張りたいけど、立派な戦士って何?」
「それは人それぞれ違う。」
「え?」
「どういう戦士でありたいかはみんな違うと思うよ。例えば僕はずっとマカニの村を守りたいって思っていて、そのために弓を頑張ろうって思ったんだ。勿論今となってはそれだけでは駄目だってことが分かったけれど。そうやって自分で見つけるんだよ。…そういう意味で言うと、少なくとも自分で目的を持って動けることが立派な戦士の最低条件なのかなあ。そこからの道程がまた長いけど。僕もまだまだだ。」
「今のレンの目標は?だって、弓はとっくに村で一番だし、風の化身だし、族長の左腕って言われてるし。その上で、一体どこを目指しているの?マカニの村を守るってどういうこと?」
「うーん。まずね、僕は自分はまだまだ族長やシヴァさんと並んでいいとは思ってないんだ。便宜上左腕って呼ばれてるけど。」
「そうかなあ。」
「そうだよ。今回のフエゴの話だって、族長とシヴァさんが話さなくたって同じ考えに至るようなところを、僕は理解できない。任務のリーダーだったはずの僕だけど、はっきり言って連絡係と一般的な取り纏めくらいなものだった。謎を解いたのはカリンだし、事件を収めてしまったのは全てお見通しのパキラ様だったし。…勿論リーダーが全部をやらなければいけないというわけではないけれど、本来なら振り回されるだけでは駄目だと思うんだ。意思を持って皆に任せなければならない。」
「ふうん。なるほどねぇ。難しいや。」
「そう。難しいんだよ。だからまだまだ。」
「…どういう戦士でありたいかか。そんなの考えたことなかった。」
「うん。まずそこを考えてみなよ。でも、少なくともシヴァさんは皆の個性は理解していると思う。だから、自分で考えて解らないうちはシヴァさんに与えられた任務を淡々とこなしていればいいと思うよ。そのうち見つかるよ。」
ココは珍しく神妙な表情で訓練に戻って行った。レンはひととおり訓練場に居た戦士たちに挨拶をして、久しぶりに的と向かい合う。やはりこの緊張感が好きだった。
弓を引き、思い立ってしばらくその姿勢のままで留まる。弓を引く瞬間、レンはいつもよりずっと風に敏感になるのだ。風の声を聴く。それは普段より尖った声だった。マカニの風もこの冬を憂いている。吹雪くのは風のせいではない、そう言っている。
大丈夫、解ってるよ。心の中で風にそう答えてから矢を放った。矢は正確に狙った的の中央を射抜く。風が味方であることにレンは安心した。
ホオズキは、おそらく族長補佐の話を受けるだろう。いい話だとレンも思った。ホオズキはよく気が回るし性格も明るい。これまで族長とカエデだけだった族長の家にそのホオズキが居るのを想像するだけで楽しみだった。謎だらけの親子にも、明るい光が射すのではないだろうか。
カリンは以前、自分がマカニへ来たせいでマカニが変わってしまったと嘆いていた頃があった。もちろんカリンがマカニに来たことは大きな変化ではあったが、そうでなくともこうしてマカニは少しずつ変わっていくのだ。レンはその変化が嫌ではない。マカニに新し風が吹く。新しい風が吹いたら、その風を味方にして更に高く飛べばいい。その風と仲良くなればいいのだ。今度カリンが悩んでいたら、そう教えてあげようと思った。
「僕たちはどこまで高く飛べるのでしょうか。」
シヴァと共に族長の家へ夕方の報告に行った際、レンはつい先程思いついたことを二人に尋ねてみた。
「ほう。面白いことを考えるな。」
「いきなりどうした。そういえば俺も試したことはない。…族長は以前、どこまで遠く飛べるかは試してみたと仰っていましたよね。」
正確には海を越えられるか、だったと思う。結局越えられずに戻ってきたと言っていた。
「そうだな。私は海は越えられなかった。陸地の見えなくなるところまで飛び、周りは一面水ばかり。下手をすると方向感覚をやられる。夜になるまで飛んで、星を頼りに戻ってきた。おかげで先代の族長にも知られてしまい…あとは先日話した通りだ。高さは私も試しておらぬ。エルビエント山脈は王国で一番高い山だ。その上空を飛び越える以上に高く飛ぶことはそうそうない。確かに上には何があるのであろうな。」
「レン、お前、やってみるつもりか?」
「うーん。少なくとも春になってからかな。風が一番安定するのは初夏だけど。今日、ふと気になったんだ。まさか星に手が届くところまでは飛べないだろうけど、どこまで高く飛べるんだろうって。もっと高い所の風は、この辺りの風とは違うのかなって。」
「無理はせぬようにな。」
「勿論です。」
族長が海を越えてみようと思ったのは、必要性があったからなのだろう。マカニ族が万が一今の場所に住めなくなった時に、他に可能性はあるかを知りたかったに違いない。当時の族長はまだマカニ族が迫害されたことも知らなかったはずだが、それでも常に先のことを考えて行動していたのだ。
一方自分の興味はただの興味でしかないことは分かっていた。それでももしかしたら何かの役に立つかもしれない。こういうのを探求心というのだということはクコが教えてくれた。探究心は大切だということも。
自分は皆に教えられて生きているのだと改めて思った。そして自分の知らないことの多さを思う。ココだけではない。自分にもまだまだやるべきことが残っている。
やはりマカニに戻ってくると自分が定まる。ここが自分の居場所だと思う。カリンは居ないが、明日の朝一番にイヌワシの岩へ行って朝日を見よう。そう思いながらレンは族長の家を後にした。
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