物語の欠片 鶯色の芽吹篇 21 駝鳥の骨の謎 解2
-カリン-
「屍蝋ってね、木乃伊よりも綺麗なの。綺麗というのは、木乃伊が基本的に干からびて筋肉は収縮し、肌から張りが失われるのに比べて、見た目が維持されるの。環境によって硬度は異なるのだけれど、皮下組織や筋肉そのものが蝋のように変化するから。だからイベリスのように虫や小動物の木乃伊を見慣れているポハク族でも、普通の死骸には見えないのではないかしら」
その場には族長もパキラも居るのに、いつの間にかレンとイベリスに語りかける口調になっていた。しかしそのことに自分自身で気がついても、三人の会話を族長とパキラに聞かれているような状況も、気まずくは感じなかった。
木乃伊と異なり、屍蝋のできる仕組みはまだよく分かっていない。時折、水難事故や冬山の遭難事故の遺体と思われる屍蝋が発見され、アグィーラ医局に持ち込まれることがあり、その成り立ちを研究している医師たちが居る。しかし、いかんせん研究対象となる屍蝋が発見されることが滅多にないため、遺体そのものにせよ発見された場所の条件にせよ、細かく分析のしようが無いのだった。分かっているのは遺体の脂肪の質が何らかの原因によって変化していること。保存方法を間違うと乾燥して木乃伊のようになってしまうということだけだ。だから、もし今回の件に屍蝋が関わっているのであれば、それは誰かが故意に生み出したものではなく、偶然に発見したものだろうと推察できる。
「最初に見つけた人はびっくりしただろうね」
「そんな不可解なものを見つけて、商売に結びつけしまうところがポハク族だよなあ」
レンとイベリスも、すっかり三人で会話をしている雰囲気である。そして、レンが当然の疑問を投げかける。
「でも、どうしてあんな場所を掘ってみようと思ったんだろう。あの部屋は掘らないと見つからないよね?」
「確かに」
二人は揃ってカリンの顔を見たが、カリンはその視線を受け流すようにパキラの方を向いた。
「以前、ポハクの町で使っている水は、オアシスから引いていると伺いましたが、その水路の保守をしているのはどなたですか?」
「土木師にそのような役割を置いている」
パキラが答えると、イベリスが、あっと声を上げた。
「俺、分かっちまったかもしれない!」
何が? と聞き返すレンに、イベリスは得意げな顔を向ける。
「土木師と俺たち採掘師はさ、正規の労働者は職業として独立しているんだが、人手が足りない時に雇う日雇の労働者は、作業が似ているから共通してたりするんだ。その時仕事がある方に行くわけだな。つまりさ、新しい水路の経路を調査していたか、あるいは水路の維持保守がらみで近くを掘っていた時にあの部屋を見つけた。単身で動くとは思えないから、きっとその集団の中に日雇労働者がいたんだ」
「日雇労働者が居ることが重要なの?」
「レンはポハクの事情に詳しく無いから知らないだろうが、日雇労働者には辺境に暮らす者たちが少なくない」
そう。それで辺境と繋がるのだ。
イベリスの言ったとおり、水路関連の調査をしている時に偶然あの部屋を見つけたのだろう。カリンは新しい水路の経路の調査ではなく、既存の水路に関わる調査だと考えていた。あの駝鳥の部屋に水が流れ込んでいたということは、天然の水脈と繋がっているか、何処かの人工水路の経年劣化による水漏れが原因だろう。あの場所に天然の水脈があるならば、わざわざ死の砂漠の奥から水を引く必要は無くなるからそれはそれで大発見だが、もしそうならば発見者はそちらの発見を取ったのではないだろうか。報告すれば随分な手柄になる。それをしなかったということは、水路の不具合を調査している最中にあの部屋に遭遇したと考えた方がすんなり受け入れられた。
水路の欠陥は塞がれたのだ。そうすればあの場所に水が流れ込まなくなった理由は解明する。発見した者たちは屍蝋の維持に水が必要なことなど知らなかった筈だ。あの部屋の下に固い岩盤があったようだからしばらくは維持されたであろう水は、それでも少しずつ周囲の砂地に吸い込まれて次第に水位を下げていったと思われるが、寧ろ商売するにはちょうど良いくらいに考えていたかも知れない。
「実際あの部屋を見つけたのが辺境の者だけなのか、本職の土木師が混じっていたか知らないけどさ、発見者は事を隠蔽することを選んで、その情報を、辺境で闇市を営んでいる者のところへ持って行ったんだな。遺体を持ってうろうろするのは危険だから、遺体はあの場に残したまま。それを見せ物にしたのかなんなのか……あとはカリンに任せる。カメリアとどこで繋がるのかはさっぱりだ」
イベリスは白い歯を見せて笑った。カリンも、ありがとうと言って微笑み返す。
「カメリアさんが直接闇市と関わっていたとは思えないけれど、おそらく普段から、あらゆる商人の動きは把握されているのではないかしら。それで、屍蝋を使って何らかの商売をしている者がいることに気がついて、主催者に接触した」
見せ物といっても、大袈裟に人を集めたら話題になり、すぐにパキラの耳にも聞こえてくるだろう。ひっそりと、高額な代金で特別な顧客だけに見せる形式をとっていた可能性が高い。カリンは、情報を仕入れてきたのはカメリアの手先だったとしても、カメリア自身が身分を隠し、ポハクの裕福な貴族を装って屍蝋を見に行ったのではないかと推測している。遺体を鑑賞する趣味があると世間に知られたくないからと言えば布で顔を隠して居たとしても怪しまれないし、もしかしたら商売する方が「正体は知られないように鑑賞できる」という触れ込みで商売していたかもしれない。
カリンの知るカメリアは賢い。きっと知識も多方面に向いているだろう。屍蝋というものの存在は知っていたと思われる。そして屍蝋の安置されている「駝鳥の部屋」から水が失われている状態を目にしたとしたら、棺に水を張るなどの上手い保存方法を提案し、その場で何らか取引を持ちかけるという流れは十分にあり得る。
「直接的な権利を要求するのではなくて、あくまでも助言に対して報酬を要求しているのだと思う。そうすれば、万が一闇市や屍蝋の商売が摘発された際にも、自分はひとつひとつの相談に乗っていただけで、商売の全貌や闇市の存在自体は知らなかったと言い逃れができる」
「相変わらず悪知恵が働くやつだな」
「カリン殿はカメリアに気を遣ってくれているようだがな」パキラが口を挟んだ。「闇市の存在をアグィーラに仄めかしたのもカメリアである可能性が高い。闇市が近々摘発されるかも知れないと辺境の民を慌てさせた上で、屍蝋を買い取ってアグィーラに提供すれば、辺境の民にもアグィーラにも恩を売ることができる」
「なんて奴だ!」
「が、イベリス。お前のせいで、カメリアの計画は中断されたわけだ」
「へ? 俺ですか?」
「此処から最初に繋がるんだよ」
「あ!」
カメリアが、闇市の噂が城の中まで広がる時期を伺っている間に、イベリスがあの部屋の先にある鉱脈を見つけてしまった。偶々その場に居合わせた辺境の日雇採掘師は、慌てて仲間に報告する。辺境の民たちは当然カメリアの裏の思惑には気がついておらず、カメリアに助言を求めた。
「カメリアさんはあらゆる商品の流れを把握しているから、駝鳥の骨が何処かで不正に処理されていることに気がついていた。例えば辺境の集落がそれを請け負っていたとしたら……」
辺境には広大な土地がある。駝鳥の骨を違法に投棄する場所などたくさんあるだろう。正当な処理業者よりも安価で受注すれば、需要はあったに違いない。正当な業者が骨を肥料等に加工するにはお金がかかるが、ただ投棄するだけならば手間も資金もそれほどかからない。あるのは見つかる危険性だけである。しかし見つかれば不法投棄として莫大な違約金が課せられる。上手く始末できるならばしてしまいたい筈だ。
「えっと、つまり?」
イベリスが混乱したような声を出したので、カリンは整理することにした。
「必要な情報は全部揃ったから、改めて整理するね」
辺境の民は、発見した屍蝋を使って闇市で商売をしていた。そのことを知ったカメリアは何かに利用できないかと主催者に近づき、思惑どおり辺境の民の信頼を勝ち取った。しかし同時に、これは危険な商売であるという認識も持っていた。長く続くものではない。綺麗な終わらせ方として、先ほどパキラが言った通り、自分が屍蝋を買い取ってアグィーラに提供するという方法が考えられるが、金になると分かっている主催者がそうそう手放す筈はないし、手放すにしても相当な金額を要求されるだろう。だから、闇市の噂をアグィーラに流した。摘発される恐れがあるとなれば、主催者もさっさと証拠品は始末したいと考えるからだ。そうして時期を待っていたところ、思いがけず採掘師たちによってあの部屋が発見されてしまうかも知れないという事態になった。カメリアは機転を効かせ、かねて把握していた不法投棄の駝鳥の骨をあの部屋に運ばせ、同時に役所へマカニへの移住を問い合わせさせた。その間に、新たな屍蝋の保管場所を確保する。さすがのカメリアにも、すぐに屍蝋に適した保管場所を確保するのは難しかったようだ。少なくとも自分はすぐにアグィーラに引き渡してしまおうと思っていたのだから、事前に準備していたとは思えない。しかし何とか保管場所が見つかり、駝鳥の骨の山の下から屍蝋を運び出すことに成功した。その後駝鳥の骨はアグィーラへ運ばれ、一旦そちらは解決。駝鳥の骨は品番などがあるわけではないから、出所を特定することはできない。時代すら特定できないのだ。あとは時期を見てアグィーラに屍蝋を提供すれば、確実に駝鳥の部屋と屍蝋を結びつける線はないため、幾らでも言い逃れができることとなる。
「え? こんなにはっきしりてるのに捕まえられないのか?」
イベリスの疑問に応えたのはパキラだった。
「何処がはっきりしてるんだよ。全部状況証拠じゃないか。分かっていることを繋げればこう解釈できる、というひとつの説明でしかない。物的証拠は何処にも残っていないんだ。例えば現在屍蝋がカメリアの館にでも隠されていて、その現場を抑えられれば簡単なんだが、まあそんな危ない橋は渡るまい。それどころかあいつは自宅に戻った気配すらない。未だに行方不明だ」
「いつもいつも上手くやりやがって」
「そういうのを賢いっていうんだ」
「褒めてる場合じゃありませんよ、父上」
「別に褒めてはいないさ。やり方が賢くたって褒められないことはたくさんある」
あの、とレンが控えめに口を挟んだ。
「それで、何故カメリアさんが族長に会いたかったという話になるのでしょうか」
「あ、そうだ、それを忘れてた。俺も分かりません。何でなんだ?」
それまで椅子の背もたれに身体を預けて穏やかに話を聞いていた族長が少しだけ身を起こした。カリンには、それだけで部屋の空気が少し変わったように感じられた。表情は穏やかなままなのに、不思議だ。
「確かに駝鳥の骨や、役所への問い合わせは有効だった。我々は見事に首謀者の思うとおりに思考し、行動した。しかし、根本から考えると、別にそれは駝鳥の骨でなくとも、マカニの名を出さずとも良かった筈だ。勿論偶々そこに駝鳥の骨があったから、という理由も考えられなくはないが、私はそこに、首謀者の伝えたいことを感じ取った。明確な言葉ではない。ただそこにはマカニへの並々ならぬ関心が伺える」
そう言うと族長は懐から折りたたんだ地図を取り出した。「準備がいいな」とパキラが笑う。カリンとレンは族長が地図を置けるように、食卓の皿やグラスを移動させた。
「カメリア殿はおそらくこの付近に居られるだろう」
族長が指差したのは、ラプラヤの北の端とエルビエントの接する辺りで、そこには小さいが湖のようなものがあった。実際は離れているが地図で見ると近くにアルカン湖があるので目立たない、小さな小さな湖だ。目を凝らすと、湖はラプラヤとエルビエントに跨っている。
「答え合わせは終わりだな」
パキラが長い溜息を吐いた。
「考えは一致していたか」
「残念ながら。あいつはどうしても今回のことをきっかけにマカニと関わりを持ちたかったようだな」
「正面から訪ねてきても追い返しはしないつもりだが……」
「そこは捻くれてるんだよ。何か強烈な印象を残さないと気が済まない。全く、誰に似たんだか」
ちょっと待ってくださいよ、とイベリスが再び情けない声を上げたが、パキラはそれを無惨に切り捨てた。
「此処からはついていけば分かる」
「は?」
「残念ながら俺はそう簡単に此処を離れられないんだよ。だから風来坊の族長殿がわざわざ来てくださったわけだ」
「少なくともパキラよりは身軽だからな」
「感謝している」
「まだ早いであろう」
「いや、もう十分感謝してるよ」
「続きは戻ってから聞こう」
「ああ。まあそうするか」
物的証拠が無い以上、警邏隊を動かすわけには行かない。無理に動かしたところで、カメリアは上手くすり抜けるだろう。そうであれば、真意を聞き出す為に族長がカメリアに直接会った方が良い。たとえそれ自体がカメリアの目的を叶えることになったとしても、先のことを考えると、受けるだけの価値がこちら側にもあるのだ。
とはいえ、流石にすぐに出発とはならず、明日の朝早くに飛び発つことに決まった。そしてその夜はパキラも、早々に族長を解放したのだった。
