見出し画像

物語の欠片 鶯色の芽吹篇 8

-レン-

 戦士からの報告を聞き終えたパキラは、そこに居る皆に「食事はもう終わりにして大丈夫だろうか」と尋ねた。勿論否と答える者はいない。
 パキラは食卓の脇に置いてあった小さな可動式のテーブルから書簡を二つ手に取ると、そのひとつを戦士に渡した。
「これをリオンに渡してくれ。渡せば分かる」
 戦士はうやうやしくそれを受け取ると、すぐに部屋を出て行った。
「レン殿、申し訳ないのだがこれをアグィーラまで運んではいただけないだろうか」
 パキラはもうひとつの書簡をレンの方へと差し出した。宛先は族長が予想していたとおりレフア宛だ。レンが承諾の返事をすると、カリンが「私も一緒に参ります」と言い、パキラと族長が頷く。
 それから族長がカエデに、人選は任せるが、用途を伝え、可能な限り多くの戦士をポハクへ寄越すこと、町の中へは入らず外で待機すること、族長の戻りはまだ当分先になることをシヴァに伝えて欲しいと告げた。
「なんだよ、当分って」
 パキラが呆れたように族長に尋ねる。
「ああ、勿論、お前の方が迷惑をしなければの話だ」
「迷惑なわけがないし、そんなにことを長引かせるつもりもない」
「それにしても族長の不在にしては長いであろう」
「確かに三日でも十分長い。マカニの基盤が盤石なのは知っているが……いいのか?」
「これは、もしマカニの族長が風来坊だったらどうなるかという実験だ。気にすることはない」
 族長が本気とも冗談ともつかぬ口調で言うと、パキラは呆れた表情のまま首を小さく横に振る。
「……だそうだが、それを聞いたマカニ族はどう思う?」
 パキラは視線をレンとカリンに移した。
「族長らしいと思います」
 レンが答えると、カリンがくすくすと笑いながら「風来坊ではないと思いますが、族長様は昔から身軽にお出かけになっていたようですよ」と付け加えた。身軽が高じてマカニの掟の外に出てしまい、族長になるのが早まったのは皮肉なことだな、とレンは思った。そんな族長にとって「族長」で在ることは窮屈だろう。しかし確かに今のマカニならば、こんな風に族長が外に出ても、ある程度は大丈夫なのではないか。
 それを聞いたパキラは「やはりマカニ族は面白い」と言って声を出して笑った。
「カエデ殿にはおいでいただいたばかりで慌ただしくなってしまい申し訳ない」
「いえ、元々そのつもりでしたから。では私はマカニへ戻ります」
 レンとカリンも一緒に出ようかと思ったのだが、カエデは書簡使として表から来ているのに対し、レンたちは裏から来ているのだ。出る時も裏からが良いだろう。カエデを見送った後、レンとカリンが裏から出て行こうとすると、族長も後に続いた。
「パキラは現場へ行くのであろう?」
「話が早くて助かるな。頼もうと思っていた」
 それを聞いて慌てたのはイベリスである。
「父上! 俺は何をすれば……」
「坑道へ行きたいならば馬で行くんだな。翼は足りん。だが、恐らくお前が到着する頃には骨の運び出しが始まっている。せいぜい邪魔にならないようにしてくれよ」
 それはここで留守番していろというのに等しい言葉だった。イベリスはがくりと項垂れる。いつもながらのあしらいに、レンは苦笑しながらイベリスの肩を叩いた。
 いざ裏庭へと出ると、パキラの足が一瞬止まる。
 族長が不思議そうな表情でパキラを見ると、パキラは真顔で族長を見詰め返して言った。
「お前の翼を借りるのは、これが初めてじゃないか」

 イベリスがどうするつもりなのか語らないうちに、四人は空に舞った。勿論、パキラの館の裏から直接町の外に出る経路である。そのまま一旦町から離れる方向へと飛び、途中で南向きに旋回した。族長たちはそのまま昨日と同じようにポハクの町を南回りに迂回して目的の坑道へ向かう。レンたちは航路を東にとってアグィーラを目指した。
 ポハクの戦士たちが語ったところによると、夜が明けるか明けないか、まだ暗い時分に「駝鳥の部屋」に仄かに甘い香が立ち込めた。部屋を見張っていた戦士たちは直感的に、この香を吸い込んではならない、と感じたそうだ。だから一度慌てて部屋の外へ出た。防寒用の薄い布を丸めて口にあてがいながら再び部屋の中を覗くと、そこにはもうもうと煙が立ち込めていた。煙からは、むせかえるような甘い香がした。中へ入るのを躊躇っているうちに煙は部屋の外まで溢れ出てくる。二名の戦士たちは、この煙を部屋に放った者が誰であれ、この煙の中で何かをするとは思えなかった。自分たちを眠らせるか動けなくするためだろうと思い、煙に追い立てられるようにしながら、とりあえず坑道の出入り口付近に居る仲間たちの元まで行った。
 ポハクの戦士の報告を聞いたカリンは「ダチュラ?」と呟いていた。人間の感覚を麻痺させる作用を持つ植物らしい。量を調整して医療用の麻酔にも使ったりするそうだ。
 出入り口付近の見張り二名は、仲間の話を聞くとすぐに坑道の外へ出た。「駝鳥の部屋」に繋がるもうひとつの入り口があるのだとしたら、見通しの利く砂漠ならば何かしら気配を感じるかもしれないからだ。それに、相手が煙を放ったということは、見張りの存在に気がついていることになる。もしかしたらこちら側の出入り口を塞がれたり、もっと大勢で押しかけてきたりするかもしれない。その場合であっても、最低一名は味方の元へ報告へ向かえるようにするためである。
 中に残った二名は少し迷った後、元居た場所へ引き返した。「駝鳥の部屋」の入り口が目に入るところまで引き返してみると、煙は部屋の前で燻っているだけでそれ以上広がってはいない。二人の居る場所から駝鳥の部屋へは緩やかに下降している。煙は軽いのだと思っていたが重いのだろうか? それとも煙の元は途絶えたのか。二人の居るところまで昇ってくる様子はなかった。そうすると途端に不安になった。あの煙は、二人を一時的にこの場から追い出すためのものだったのかもしれない。
 二人は用心のために布を覆面のように口元に巻き付け、近くにあった仮眠用の毛布で煙を払うようにして駝鳥の部屋の前まで進んだ。
 そうしたら……
 骨が、増えていたのだそうだ。
 煙の薄くなった駝鳥の部屋には、部屋に入る隙間もないくらいに駝鳥の骨が詰まっていた。堆く積まれていた骨が「こちら側」へ崩れてきたものかと思ったがどうやらそうではないらしい。曲者が居るかもしれないと考え、入り口を塞ぐように溢れ出てきている骨を掻き分けて前に進もうとしたが、少し骨を掻き出してみても、文字通り人の入る隙間も無いほどみっちりと部屋の中に骨が詰まっていた。
 つまりは、あの甘い香の煙が撒かれた後、この部屋に、別の「穴」から骨を放り込んだ人物が居る、ということだ。確かに骨を投げ入れるだけならば、やや上方に穴があればこの部屋に入らずとも可能であるように思われた。しかしその「穴」の場所を確かめようにも、どこまで現場を保存すれば良いか判断がつかなかった。
 そういうわけで、戦士たちは途方に暮れてパキラに報告を寄越したのである。勿論外に出た二人も不審なものを見かけたりはしなかった。

「骨をあの部屋に入れた人たちは見張りの存在を知っていたのかな」
 レンは族長たちの姿が見えなくなると、背中に居るカリンに向かって尋ねた。
「知っていたとしたらあの煙はおそらく見張りを追い払うためなのでしょうね。そうで無いならば、煙を焚くのは何らかの儀式なのかしら」
「ああ、なるほど。そういう考え方もあるわけか」
「ただ、私は知っていた可能性の方が高いと思う」
「どうして?」
「タイミングが良すぎるのと、パキラ様が急いでらしたから」
 カリンはくすんと笑いながら答えた。後者の理由の方が大きいのだろう。謎そのものの考察からではないからか、少し自信が無さそうだ。
「パキラ様はそこまで読んでいたってことだよね。だから骨を運び出すのを急ぎたかった」
「そう。本当に、骨が増えただけなのかしら。他の何かを誤魔化すために、見た目に分かりやすく骨を増やした、という可能性もあるでしょう?」
「確かに」
「でも、もう私たちが見た時との違いを比べることはできないのよ。あの時、もう少し詳細に骨や骨の向こう側を見ていれば良かったのでしょうけれど、見たところで何か分かったのかどうか……」
「とりあえず骨を全部運び出して仕舞えば、もうひとつの入り口が分かるんじゃない?」
「ああ、そうね。そうしたら少し何か手掛かりが得られるかもしれない」
 カリンは何かを考えている風で、返事がおろそかだったので、レンは邪魔をしないように黙った。
 ラプラヤとアグィーラの間の空気は分かりやすいグラデーションのような層になっている。ポハクの町を離れれば離れる程乾燥した空気は水分を含み、翼を焼く太陽の熱は少しずつ薄らいでいく。
 先程のパキラの話を聞いたからか、眼下に、いつもはあまり気にしていない小さな集落のようなものが幾つか目に入った。アグィーラとの境界ぎりぎりだったら、確かにポハクの町中よりは暮らしやすそうだな、とレンは無責任な感想を抱いた。
 彼らは、何で生計を立てているのだろうか。パキラは集落の人々もポハク族として認めているようだったから、商いもやろうと思えばできるのかもしれない。ただし、ポハクから遠いことが利点になるかは分からなかった。どちらかといえばアグィーラ付近の気候でしか手に入らないものをアグィーラより安価でポハクの商人に流すなどの方が利がありそうだ。しかし、今はまだしも、闇の浄化以前は、魔物が多かったのではなかろうか、と想像する。小さな集落を、ポハクの戦士たちが常に守ってくれるとは思えない。
「族長様の背中に乗ったパキラ様、壮観だったね」
 何かを考えていると思われたカリンが、不意に呟くように言った。
「あ、うん」
 レンは前回マカニへ来た際に族長の翼を借りなかったのか、と、そちらの方が不思議だったが、確かに共に歩いている二人しか目にしなかった。そして、ポハク族の族長が、マカニ族の族長の翼に乗るというのは、凄いことのように思える。あの、当時王であった現上皇がマカニを訪れるまで、王にすら翼を貸したことはなかったと族長は言っていた。
 時代は、確実に変わったのだ。
「なんだか、ちょっと感動してしまったわ」
 駝鳥の部屋のことを考えているかと思われたカリンは、もしかしたら族長とパキラのことを考えていたのかも知れない。
「族長が居るから大丈夫だよ」
 自分でも何故だか分からないが、レンはそう言葉にしていた。カリンは無言だった。が、暫くして、自分を奮い立たせるような声で言った。
「お城が見えてきた」
 レンはその声に応えるように、新しい風の流れを見つけて少し速度を上げた。族長とパキラは何歩も前を進んでいる。自分たちも、ひとまず前に進むしかないのだ。


***
鶯色の芽吹篇 9』へ
鶯色の芽吹篇 1へ