物語の欠片 鶯色の芽吹篇 3
-カリン-
数年前にアグィーラの王家が「王家の血」の継承と、種族間の垣根を無くす法律を公布した。それに伴い、アグィーラに続く第二の町であるポハクは速やかに新法を公布し、ポハクへの出入りの手続きについても定めていた。しかしポハクを除く他の地方の対応はまちまちであったため、ポハクの法には『ポハクからの転出届を出す前に、転籍先の族長が了承している証明を取得して役所へ提出すること』となっている。その上で審査を行い、ポハク族長であるパキラの承認が下りれば、晴れてポハクから他の地方への転籍が認められる。
「ポハクからマカニへの移住の手続きが知りたい」という問い合わせを受けた役人はその通りに回答し、その日はそれで終わった。大方興味本位の問い合わせだろう、と思ったそうだ。
しかし後日別の役人が再び問い合わせを受けた。曰く、これまで誰か他にポハクからマカニへ移住した履歴はあるか。無いならば、自分が取得してきた証明書が、真にマカニ族が発行したものだと判るのか。
その日担当した役人は、履歴は特定個人の情報にあたるから教えられぬ。役所での照合の方法も、不正につながる可能性があるから教えらぬと回答すると、その人物は悪態を吐いて去っていった。
二人が同じ人物なのかどうかは残念ながら確実ではないが、短期間に同様の珍しい種類の問い合わせを受けたのであるから、とりあえず同一人物だと役所では判断した。
「それで、流石に初めてのことであるから不安に思った役所が俺のところに報告を寄越したわけだ」
パキラは穏やかな表情のまま、感情を交えずに淡々と事実だけを説明した。その間にも着実に杯を重ねていくが、全く顔色が変わらない。パキラの杯が干されるたびにイベリスが嬉しそうに次の葡萄酒を注いでいく姿がカリンには印象的だった。とはいえ、パキラの話の内容は興味深いものだ。イベリスの表情ばかりに気を配っているのでは申し訳ない。
イベリスは予め話を聞いていたのだろう。驚いている様子はなかった。カリンは一度言葉を切ったパキラと、そこまで黙って聞いていた族長の様子を観察する。イベリスの注いだ新しい葡萄酒で喉を潤したパキラの口元にうっすらと笑みのようなものが浮かぶと、族長が質問を挟んだ。
「駝鳥の骨が見つかったのと、その問い合わせの前後関係は? それから、駝鳥の骨の見つかった経緯だ」
「ほら、脈ありだ」
パキラは機嫌良さそうに族長の方への身を乗り出した。
「質問は、カリンに任せておけば良かっただろうか?」
「いや、お前の口から聞きたかった。折角来てもらったんだからな」
これまでも族長とパキラと同じ場で議論をしたことはある。パキラはカリンの意見を求めたい時にははっきりと「カリン殿の意見が聞きたい」と言うので、そうでない限りは口を挟まないようにしようと思っていた。この二人に思いつかずに、自分に思いつくことなど皆無に等しいだろう。
「駝鳥の骨が見つかったのは、二度目の奇妙な問い合わせが来てから三日後。俺に報告のあった二日後のことだった」
いいタイミングだろう? とパキラは口を歪めた後、自らの膝の上で組んだ手に顎を乗せて天井を睨んだ。
「しかしなあ……駝鳥の骨が見つかったのは、全く別の経緯なんだ」
静かに杯を干した族長がイベリスを見る。イベリスは、照れたように頭を掻いた。
「まさかイベリスが?」
レンが素直に驚きの声を出すと、イベリスはひひひと不思議な声で笑ったが、自分で説明しようとはしない。
確かにカリンも、パキラが「全く別の経緯」と断言するからにはそれなりの確証があるからだとは思った。そして、この短期間でパキラがその確証を得ることができ、死の砂漠に出入りする可能性の高い人物としては、採掘工であるイベリスが最も有力だ。
「そのまさかなのだよ、レン殿。しかも俺は役所の問い合わせの件についてはまだイベリスに話していなかった。特段隠さなくても良いかとは思ったのだが、他ならぬマカニが関わることだからな。万が一ということもある」
「イベリス殿は身内。身内故、完璧に公正な判断は難しい……」
「御名答。そしてそれはレン殿とカリン殿とて同じこと」
「だから私を呼んだか」
「……という側面が大きいのは事実だが、自分でも釈然としなくてな。だからあのような曖昧な書簡になった」
小さく溜息を吐いたパキラはイベリスに視線を送り、駝鳥の骨を発見した経緯を説明するよう求めた。イベリスは漸く水を得た魚のように滑らかに話を始める。
「俺は今、主に貴石を掘る部隊に居て、日々鉱脈を探しています」
以前イベリスは「石に呼ばれる気がする」と話していたが、鉱脈につながる場所に触れていると、なんとなく何か在ると感じるそうだ。一方、その先に何も無い場合には何も感じない。だから基本的に砂や岩壁を触りながら感覚を頼りに掘り進むことになる。どのくらいの距離であればその感覚が発動するのかなどの細かいことは分からないのだという。
「鉱脈に近づけばその分、何かあるという思いは強くなります。だから、今回も間違い無いと思って掘り進んでみたら……」
地中にぽっかりと空いた、凡そ広いとは言えないような空間に、びっしりと収まるようにして骨が埋まっていたのだという。
「人骨でないことはすぐに分かりました。頭蓋骨が目についたから。駝鳥かどうか自信はありませんでしたが、多分鳥類。しかも大型だと思いました」
「イベリス殿は空間と言ったが、単に砂に埋められたのではなく、空間があったと?」
「あ、はい。そうだと思います。広くはありませんでしたが、砂に埋もれていたわけではない。坑道のように砂留めは施されていないものの、元々がそれなりに固い地盤の場所を掘ったような跡がありました」
流石によく見ておられる、と族長に褒められ、イベリスは白い歯を見せて笑った。
「飼育するには狭い」
「はい。恐らく骨になってから運んできた……のかな?」
最後は自問自答するように、首を傾げる。イベリスのその仕草を見て再びパキラが話を引き取った。
「イベリスはその場に居た他の採掘工にその場の保全を任せて自ら俺に知らせに来た。複数名居たと言うから全員が結託しない限り不正は不可能。まあ許容範囲だ。理想は自らは現場に残って、他を知らせにやることだったがな」
「はい……返す言葉もございません。父上に知らせなければ、という思いが先に立ってしまいました。でも、リオンの部下を連れて戻った後、特に違和感は感じなかった……と思います」
自信なさそうに声を小さくしたイベリスに、族長は経緯を説明してくれた礼を述べた後、パキラに尋ねた。
「お前は、現場には?」
「少し間を空けてから行ったよ。イベリスがいかにも何か事件が起こったという体で意気揚々と館に戻ってきた後にすぐに俺が出かけたのでは、万が一見ている者が居たら不審に思うだろうからな」
「パキラのことだから恐らく、その場に居合わせた坑夫たちには口止めをしたであろう。他のポハク族はまだその存在を知らぬ」
「その通り」
「役所の件と駝鳥の件と、関わりがあるのかどうかは分からぬが、もし何かを企んでいる者が居るのだとすると、マカニに関する何かである可能性高い。だから、他のポハク族に知られぬように訪れてくれ、というわけだな」
「それもその通りだ」
現在は、パキラの腹心の部下であるリオンが厳選した少数の戦士たちが交代で現場保存に努めているのだという。見つかった空間が狭いため、骨を分類して数えるのも困難で、仕方なく頭蓋骨のみを数えて凡その数を把握した。きちんと骨の種類を分析すれば何か分かるかも知れないが、そのためには今より多くの人間を動かさなければならない。そうなる前に、一度族長と話がしたかったのだとパキラは語った。
「我々がその場を見にゆくならば、やはり夜間なのであろうな」
「ああ。申し訳ないがそうなる……いや、すまない。白状するとお前ならそう言うだろうと分かっていた」
これから行く、ということだろう。
族長が立ち上がるのとほぼ同時にレンも立ち上がっていた。カリンも、少し遅れてそれに倣う。最後にイベリスが「ご案内します」と言って立ち上がった。
「先に休んでいても良い」と言う族長に、パキラは「冗談はよせ」と返す。
「お前は明日もあるだろう? 我々はいずれにせよ昼間は外に出るわけにはいかぬから、睡眠を取ることもできるだろう」
「それも面白いな。白昼堂々お前の寝ぼけた顔を拝めるわけか」
パキラは同行したくともできないのだろうな、とカリンは思う。フエゴの火山が噴火した際、カリンは、自ら動きたくても動けない族長の責任というものの重さを知ったのだった。そして一方、マカニを離れた族長は、いつもより少しだけ身軽であるように感じた。
族長はいつも、シヴァとレンが居るから自分は何もしなくて良いのだと言う。それでも族長の存在感は絶対的だ。「族長がただ居るだけ」ということの大きさを、カリンは身をもって知っていた。
急に心細くなって、族長の衣装の裾を掴みそうになり、慌てて自らの纏っている衣をぎゅっと握り締める。その瞬間、パキラと目が合った。パキラの口元が僅かに弛む。
「カリン殿。残念なことに今、この館には相当数の護衛が居るのだ。俺が外に出るとなると中々一人というわけにはいかない。身は安全だが、少々窮屈だな。それに、俺が行くと翼が足りなくなる……あ、そうだイベリス、お前が留守番をしろよ。そうすれば翼の数は足りて、空路で移動するとなればリオンも首を縦に振るかも知れない」
「父上!」
「名案だろう? お前が行くより俺が行った方がずっと有益だ」
言葉に詰まったイベリスに、族長が助け舟を出した。
「イベリス殿にはまだパキラが冗談を言っている時とそうでない時の区別がつかぬかな」
「え? うーん。いや、明らかに分かる時もあるにはあるのですが……」
イベリスは族長とパキラを交互に見て、困ったような表情を浮かべる。一方のパキラは不満そうな表情ながらも、口元にはやはり余裕の笑みが浮かんでいた。
パキラの言っていることは、きっと「単なる冗談」ではない、とカリンは思った。
敢えて窮屈だと感情の一部だけを言葉にして相手に見せることで、更にはそこに僅かの冗談を交えることで、パキラは自分の本心を隠すのだ。心の奥には、言葉にした以上の深い感情があるに違いない。そんなことは族長も解っているのだろうけれど。
「おい、エンジュ。簡単に種明かししてくれるなよ。興醒めだろう?」
「時間が限られている故、許せ」
「ふん。上等な鉱脈に免じて許してやる。その代わり、お前が此処で稼いだ時間を俺のために寄越せよ」
「いいだろう」
未だ困った表情をしているイベリスにレンが、「イベリスも念の為、闇に紛れる支度をした方が良いよ」と言うと、イベリスは漸く金縛りが解けたかのように元気に部屋を出ていった。
こうして、レンの背中にはカリンが、族長の背中にはイベリスが乗り、再びパキラの館の裏庭から二組の翼が飛び立った。見送りはしないと言って部屋に残ったパキラは、既に別の思索の彼方だろうか。
それぞれの永い夜が始まろうとしていた。
