物語の欠片 金糸雀色の午篇 5
-カリン-
昼食後にはいつもの会議が入っていることを知っていたので、午前中にレフアとローゼルに面会したかったのだが生憎叶わなかった。
カリンとレンはその時間を有効に使ってヨシュアの家へ行くことにした。
カメリアのその後が気になっていたのと、城ではなく町に暮らす人の感触も聞きたかったのだ。
「いや。あれ以降は一度も見かけていないよ。それから、物価も気になるほどには上がっていないと思う。まあでも俺はひとり暮らしだし、多少物価が上がっても買い物する量が少ないからな。気にならないだけかもしれない」
「そう。カメリアさんの件は、ひとまず良かったのかな。物価に関しては、……アグィーラは間に交易室が入っているから、ポハクほど自由市場ではないのかもしれない。影響が出るとしてもポハクより少し遅れてでしょうね。やっぱりお城へ行ってみないと分からない」
「昼は食べていくか?」
「そうさせてもらえると嬉しいな。昼食後は先ず交易室へ行って、その後レフアたちに面会するの」
「急だったから大したものは出せないぞ」
「そんなの構わないわ」
「あるもの使っていいなら僕が作ろうか? 二人はゆっくり話していれば?」
アグィーラに居る時はいつもレンよりカリンの方が忙しいからか、レンは時々こうして少しでも二人の時間を持てるように気を遣ってくれる。カリンは今回も素直に甘えることにした。
昼食後、交易室に行くにあたって、レンには図書室で待っていてもらう。交易室は当然他種族の出入りも多いのだが、そのせいもあって内部の人間が使う窓口と他種族を受け入れる窓口とが異なっている。今回カリンは、万が一にもカリンを知っているポハクの商人たちと顔を合わせないために、内部の窓口を使いたかったのだ。
カリンの所属する薬師室と交易室の関係は、薬草以外の薬の材料を申請したり、アグィーラで作った薬を他の地域へ卸したりする為に、割と密である。交易室とのやり取りは殆どユウガオがやっているが、カリンも数名顔見知りの官吏が居る。
窓口で、可能であればウツギと面会したい旨を伝えると、すんなり打合せ用の部屋へ通してもらえた。
交易室は法務局の中でも特に野心の強い人物が多い室だ。その中にあってウツギは穏やかで、カリンよりも随分年上だが、中級官吏になった時期が近いので話しやすいのだった。国の食糧庫を管理する仕事をしており、以前ワイの旱魃の際にもマカニの担当をしていたので、ワイの話を持ち出すのも自然だろう。
「やあ、誰かと思ったらカリンじゃないか。まともに話すのはワイの旱魃以来か?」
期待したとおり、ウツギの方からワイの旱魃の話を持ち出してくれる。カリンは笑顔でそれを引き取った。
「はい。その節はお世話になりました。すっかりご無沙汰しておりまして申し訳ありません。ウツギさんは国庫の事情にはお詳しいかと思いましてお話を伺いに参りました」
「ほう。国庫のね。どんな話だろう」
「実は、ポハクで物価の値上がりが激しいという話を聞きまして、アグィーラではどうなのだろうと」
「ああ。その話か」
「やはりお耳に入っていますか?」
ウツギは何から話そうかと考えているようだった。あるいはカリンに何処まで話していいかを迷っているのか。
「……お前は薬師だから、ワイの医院の話は知っているな?」
「はい」
「あの話とほぼ並行でな、どうやら輸出品に税金をかけることを考えているらしい。ワイで取れたものが、ワイとその他の地方で同じ値段で手に入るのはおかしいと考えたようだな。ただまあ、反発は必至だろうから、品物は選んでいるようだが……。我々も頭を悩ませている。元々間にポハクが入っている物に関してはポハクの商人に手間賃を払っているから、それと同様に取ろうと思えばできない話でもないんだが、何しろ突然のことだから、今税率の交渉をしている所なんだ」
アグィーラまだその取引を受け入れていない、だから物価が上昇していないということだろうか。だとしたら商魂逞しいポハクの商人たちが何故ワイの言いなりになっているのかが依然として謎である。販売価格を操作すれば自分たちの商売には影響がないと考えているのか。
ワイ側としても、国には完全に切られてしまっては困るが、ポハクとの取引が途切れても問題ないと考えて強気に出ているのだろうか。いやしかし、ワイでは鉱物が採れない為、ポハクとワイの交易関係は良好なはずだとフクシアが言っていたではないか。
脳裏にエリカの妖艶な笑みがちらついたが、それを無理やり追い出して話を続けた。
「……突発的な天災などではないということですね」
「ああ、それはない。……それにしてもお前は何をしようとしているのだ」
「まだ何も。ただ、この後国王陛下御夫妻と面会予定なので、その前に交易室そのもののご様子を伺いたかったのです。……そういえば、交易室で紹介されたと言ってヨシュアの所へポハクの商人がやってきたようなのですが、どなたが紹介されたかご存知ですか?」
「ん? 俺は食糧庫担当だからなあ。すまないが全く分からない。何か問題でもあったのか?」
「いえ、特に。単なる興味です。ヨシュアが私の養父と知って紹介したのかどうなのか」
「まあその話は有名だから知っているだろう。お前は知らない人間でも、お前を知っている人間は多いと思う。特に交易室でお前の話が出るわけではないけどな」
「有難うございます。ウツギさんの感触を伺えただけでも大変参考になりました」
「今まさにその話をしてきたところよ」
レフアはうんざりしたというような表情でそう言い、カリンの淹れたお茶を飲んで溜息をついた。
「レフアにはどんな風に報告が入っているの?」
「医院の件と違ってエリカ殿から直接連絡が来たわけではないの。あくまでも交易室に対して、今後ワイから各地方へ出す農作物に一定の税金を掛けたいと申し出があったらしくて、そのまま報告が来ただけよ。言いたいことは分かるのだけれど、税金だからその分のお金は農家ではなく、そのままワイの町の収入になるでしょう? ワイが……つまりエリカ殿がそのお金をどう使おうとしているのか分からないとすぐに了承はできないわよね。何故この時期にこの話を始めたのか。……かといって交易室からそれを聞き返すのもおかしな話だから、エリカ殿は詮索されないように交易室に申し出たのだと思う。本当にやり方が巧みだわ」
「それで、どうするつもり?」
「ひとまず、ワイだけにそれを許すわけにはいかないと返事をさせるつもり。もしやるならば他の地方からの輸出品も平等に規則を決めてやらなければ混乱するからと。こちらとしても正攻法よ」
確かに交易室としてはまっとうな回答だ。ワイとしてもそのやり方に文句があるならば、交易室ではなくもっと上から崩さねばならないだろう。
「うふふ。レフアもさすがね。段々上皇陛下に似て来たみたい」
「褒め言葉と取っておくわ」
「勿論よ」
「……しかし、ポハクでは既に影響が出てしまっているのだろう? それはまずいな」
ローゼルがぼそりと呟くとレフアは頷く。
「ポハクの商人がアグィーラの交易室よりも身軽なのが災いしたわね。これで交易室に出入りしているポハクの商人に値上げを認めなければ、ポハクが一手に損害を被ることになる。そうしたらポハクも黙っていないでしょうね。少し時間が稼げるかと思っていたけれど、急がなければならないかもしれない」
「パキラ様は補填も考えておられるようだったわ」
「それは助かるけれど、長くはもたないでしょう。国が補填するのも変な話だし……」
「ワイの動きはどうやって探るつもりで居るの? パキラ様もそこは迷っておられたよね。僕たちも、さすがに呼ばれもしないのにワイには行けない」
レンの問いかけにレフアとローゼルは顔を見合わせて黙ったが、カリンにも名案は無かった。
レフアにとってもエリカは腹を割って話せる関係ではないだろう。書簡を送ったところで、今後を考えてワイの財源を確保して何が悪いと言われればそれまでである。むしろそれが本心かも知れないが、医院の話といい、エリカが本当の所は何を目指そうとしているのかよく分からなかった。
ワイの町を良い町にしたい。それだけなのかもしれない。しかし国や他の地方との関係を悪くする可能性のあるやり方でそれを実現することは、果たして本当にワイの町の為になるのか。そのくらいのことは、エリカならば分かっていそうなものだ。だからこそエリカの考えが読めなかった。
「……エリカ殿と、きちんと話をする必要があるのかもしれないわ」
「エリカ殿をこちらへ呼ぶか?」
「お父様は頻繁にエリカ殿から相談を受けていたと思うけれど、毎回根気よくエリカ殿のお話を聞いていたと思うの。それはきっとそうする必要がある相手だったのではないかと思って。……私はどうしても族長相手も平等にと思ってしまうのだけれど」
「相手が陛下ならともかくエリカ殿が我々にどれほど心を開くかは分からないが、確かに先ずはそこから始めるべきかもしれないな」
「僕も賛成だな。エリカ様が呼び出しに応じればの話だけど。どうにもならなければ、上皇陛下にお出まし願えば? ローゼルたちは頼りたくないかもしれないけどさ」
「……それも考えてみよう」
何が進んだわけではないが、アグィーラはひとまず問題なさそうなことは分かった。ワイへ探りを入れる件も、最終的に上皇が登場するならば何か進展があるかもしれない。今回此処で自分ができるのはここまでだろう。
あとはポハクをいつまで今の状態で保てば良いのかが問題だった。今のままでは商人かあるいは買い手側から暴動が起こる可能性がある。反発は最終的に族長であるパキラへ向かう筈だ。その前に何か手を打たねばならない。
いずれにせよ今自分たちの居るべき場所はアグィーラではなくポハクであるようだとカリンは思った。
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