物語の欠片 金糸雀色の午篇 4
-レン-
昼食時間帯の前の準備をしていた父娘は、先程送り出したレンたちと母親が一緒に戻ってきたことに驚いた顔を見せた。
イベリスの助けた女はレンの予想通りヒソップの妻で、名前はフクシアだということは道すがら聞いていた。
幸い店にまだ客は居なかったので、カウンター前の小さなテーブルと椅子をくっつけて座る。
「で? どうしたって?」
レンから受け取った荷物をカウンターの内側へ置いたヒソップが、疲れた表情のフクシアに声を掛ける。
「ひと月程前から食材が値上がりしているという話はしていたでしょう?」
「ああ」
「それが、今日になってまたぐんと値が上がった食材が多くてね。生鮮はあまり変わらないんだけど、特に香辛料とか砂糖なんかの調味料、茶葉なんかの嗜好品。珈琲豆なんてこの間の倍よ?たまったものじゃないわ。朝から色々な店で交渉したけど全く駄目。最後の珈琲豆店では私もついかっとしちゃって、言い争いになったところをイベリスに助けてもらったというわけ。……お客様がいらしたのに申し訳なかったわね」
「助けたわけじゃないよ。寧ろ突然声を掛けて悪かった」
「いえ、あのままだったらいずれどうにかされていたわ。あそこの人たち、結構荒っぽいから」
「それが分かっていてお前……いや、まあいい。イベリス、俺からも礼を言う。それから、レン殿とカリン殿には申し訳なかった」
レンとカリンは首を横に振る。カリンが遠慮がちに口を開いた。
「あの……。少し詳しく伺ってもよろしいですか?」
「え? ええ……」
歩きながら簡単にイベリスの友人であることは自己紹介したものの、カリンの素性をまだよく知らないフクシアが目を丸くする。
「先程のお店の店主は『こちらも生活が懸かっている』と仰っていました。ということは、おそらく仕入れの原価が上がっているということですよね?」
「そうみたいよ。何処へ行っても仕入れ値が上がっているんだから仕方がないって言われるから」
「そうですか。……マカニは殆ど自給自足ですから元々あまり王国内の他の地方の影響を受けないのですけれど、先月アグィーラへ行った際にもそのような噂は聞かなかったものですから」
「先月って、レフ……国王の生誕祭だろ? あの時は祭一色だったし、もしかしたらその後なんじゃないか? ……あ、おばさん、話したことあるかもしれないけど、カリンはマカニ族だけどアグィーラの官吏でもあるんだ。色々と王国の事情に詳しい」
イベリスがさりげなく補足したが、さすがに王国中の謎を解いて回っているとは言わなかった。
「仕入れに連動して食材を値上げされたって、店の方はすぐに値上げするわけにもいかないし、困ったわ」
「珈琲豆の仕入れは何処からでしょう?」
「主な産地はワイみたいよ。あそこの奥の山の湿度と寒暖差がコーヒーの木に適しているみたい。……というか、ポハクの食糧庫は殆どワイに依存しているのよ。一部はアグィーラやアヒからも輸入しているけれど」
「ワイ……ですか」
「そう。その代わり、ワイでは鉱物が一部の種類を除いてほとんど採れないから、交易上はこれまでいい関係を築いてきたはずよ」
「まさか生誕祭の時にワイの族長と父上がまずいことになったとか……」
重い空気を壊そうと思ってか、やや戯けて口を挟んだイベリスの言葉はカリンによってすぐさま否定される。
「エリカ様は私的な感情ではそんなことはされないと思うわ。強いて言うならば、アグィーラが医院を認めなかったことに対する反発とも取れるけれど、それにしても、こういう本筋に関係ない形で手を打ってくることはないと思うの」
「ふん。そうなのか。怒ったら怖そうだけどな」
「うふふ。……でも、パキラ様とは一度お話しした方がいいかもね」
「そうだな。丁度昼時だし、そろそろ戻るか。…親父さん、おばさん、何ができるか分からないけど、俺も頑張ってみるから、苦しいかもしれないけどもうちょっと頑張っててよ。俺の気に入りの店が無くなったら悲しいからさ」
「イベリス、お前、本当に族長の息子なんだなあ。普段は一採掘工ですって顔してるから実感ないけど。……まあ、うちだけのことをどうこうという話ではなく、ポハクの問題だと思うから、よろしく頼むよ」
「俺は採掘工だよ。父上にも言われてる。お前の唯一の才能は石を掘ることだって。でもまあ、立場はなんにせよ、できることをやるのさ。お調子者の俺でもね」
イベリスはにやりと笑うと元気よく立ち上がり、レンとカリンを促して外へ出た。
「食材の値上がりの話はちらほら聞いている。他に、木材もだな。値上がりが顕著なのは嗜好品の類だと聞いているし、殆どの家屋が石造りのポハクにとっては木材の使い道も限られる。まだ致命的な域には達していないと判断して暫く様子を見ていたが、そうか、市場の方で騒ぎになっているか……」
パキラは食事の手を止め、顎に手を添えたまましばし考えこむ。
残りの三人はパキラの思考を邪魔しないように話を続けた。
「ワイで最近特別何か災害が起きたとは聞かないよな? ……というかあの旱魃の時ですらこんな値上げはなかったぜ?」
「あの時は随分早くから国が動いたからじゃないかしら。エリカ様はすぐに陛下にご相談なさったみたいだから」
「なるほどなあ。国王がレフアになってエリカ殿も相談しにくくなったとか?それとも医院の件で揉めてるから相談しにくいのか……いや、そういうことは躊躇わなさそうだよな」
「あのね、アグィーラの国庫も比較的ワイに頼っているの。しかも間にポハクの商人を通しているものも多い。ポハクに影響があるならばアグィーラにも遅かれ早かれ知れる筈だと思うの」
「じゃあやっぱりレフアの生誕祭より後に何かが起こったとしか考えられないってことか?」
「それにしては影響が広まるのが早すぎるのが気になるけれど」
「天災由来じゃなくて人為的に物価を操作している可能性が高いということ?」
「おお、レン、お前もやっぱりそっちだと思うか」
「目的は全く分からないけどね」
イベリスがちらりとパキラの顔を盗み見ると、パキラはその気配に気が付いたのか視線を上げた。
「イベリスお前、俺がエリカ殿の気に障ることでもしたんじゃないかと考えているんだろう」
「いや、まあ……その……」
言い当てられたイベリスは照れたような笑いを浮かべる。
パキラは呆れたようにくつくつと笑った。
「エリカ殿も低く見られたものだな。族長が政治に私情を挟んだらおしまいだ。……いや、アキレア殿などは私情でしか動いてないかもしれんが。あれは根っから人が好いからな」
そう言ってまたくつくつと笑う。
それから徐にカリンの方を向き、カリン殿の意見が聞きたいと言った。
「まだ意見という程のものは持ち合わせておりません。先ずやるべきことは、ワイに物価を吊り上げる正当な理由……つまり天災等があるのかの事実確認かと。ですが、今の段階でパキラ様からエリカ様に直接ご連絡されるのが良いかは判断致しかねます」
「なるほど。そもそもエリカ殿が一枚噛んでいるのかがひとつ。それから、俺が異変に気が付いていることを相手に知らせることが得策かどうかがひとつ」
「はい。もし意図的に物価を操作しようとしているのだとして、現在影響が出ているのがポハクにとって致命的な品物でないということは、なるべく影響を目立たなくしたいという意図を感じます。……あるいは目的は別の所にあるのか……」
「ふむ」
「その辺りを確かめる為にも、誰か人をやってワイの様子を見てくることと、あとはアグィーラの様子も見てきた方が良いかもしれません。…アグィーラの方はわたくしが行った方が良いのかもしれません。城の内部事情は外からでは分かりませんし」
「アグィーラはともかく、ワイに誰をやるかは悩ましいな。普段行かない人間が行くと目立つ。少し考えてみよう」
「はい。……まずアグィーラからでもいいと思います。案外本当の狙いはアグィーラで、反対にポハクはその影響を受けているだけの可能性もあります」
「確かに」
そう言うとパキラは申し訳なさそうな表情でレンの顔を見た。
「私は構いません」
レンはパキラが何も言い出さないうちに笑顔で返す。カリンは今回馬に乗ってきていないので、必然的にレンがカリンを乗せてアグィーラまで往復することになるだろう。単なる翼の役割しかできないが、構わないのは本心だった。
「イベリス、どうせ明日は仕事だって言ってただろう? だったら明日、僕らでアグィーラまで往復してくるよ」
「俺も行きたいのは山々だけどな」
「あのね、僕だってただの翼だよ。僕自身は行っても何もできないと思う」
「そういう問題か?」
「そういう問題だ。大勢で行っても目立つだけだよ」
「お前、そういう割り切り得意だよな」
「そうじゃないとカリンとなんてやって行けないって学んだからね」
カリンは困ったような表情を浮かべたが、イベリスはからからと笑って納得したようだった。
そのイベリスに向かってパキラはにやりと笑って付け加える。
「お前にはお前の仕事がある」
「何ですか? 俺にできることなら何なりと」
「お前、商人舎には普段から出入りしてるだろう? ちょっと商人会の奴らに探りを入れて来い。俺はまだ報告が入っていることしか知らない。先ずは自分たちの足元を確かめておくことが肝心だ」
「分かりました」
「余計なことは口走るなよ」
「さすがにその辺りは心得ています」
「まあ信用してやる。……さて、俺は俺で、場合によっては物価上昇をこちらで吸収して緩和してやらなければならなくなるかもしれないから、その準備でもしておくとしよう」
いつの間にか食事を終えていたパキラは、楽しそうにも見える表情で先に部屋を出て行った。
