noteではじめてコメントをもらった日のこと
noteを始めてしばらく。
誰かに届いてたらいいなと思いながら、ひとつひとつ言葉を選んで投稿を続けていました。
ただ、正直なことを言うと、ふと「私の記事って、本当に誰かの役に立つのかな」と思ってしまう瞬間もありました。
スキを含め、読み手の方の反応にはいつも敏感で。
通知があるたびに、期待と少しの緊張を抱えてスマホを開いていました。
そんなある日。
ふと画面に「コメント」の文字が表示されました。
「…私の記事に、コメントが?」
驚きと信じられなさが同時に押し寄せてきて、思わず画面を二度見したのを覚えています。
コメントを開くと、そこには丁寧な言葉で私の記事に共感してくれた方の想いが綴られていました。
どんな方が読んでくださったんだろう。
どんな気持ちでnoteを書いていて、どんな日々を過ごしているんだろう。
相手のことを想像するうちに、じんわりと心があたたかくなっていくのを感じました。
こんなふうに言葉が届くことって、本当にあるんだ。
私が「伝わっていたらいいな」と願って書いていた気持ちが、
ちゃんと誰かの心に届いていたこと。
それが初めて実感として胸に落ちてきた瞬間でした。
コメントのお返事は、嬉しさと緊張が入り混じって、すぐには書けませんでした。
早く返さなきゃと思いながら、でも長すぎたら重いかな、とか。
言葉をどう選んだらこの嬉しさが伝わるだろう、と考えすぎてしまって。
ようやく思いを込めて返信を送り、
その返事にも「スキ」が届いたとき、
“ご縁”という言葉が、初めて肌感をともなって胸に残りました。
それまでは、「ちゃんと誰かに届いてるのかな」と思いながら、
正直、自信を持てないまま手探りで書いていました。
でも、あの日のコメントをきっかけに、
ひとつひとつの記事に「読んでくれる誰か」をもっと意識して書くようになった気がします。
たとえば、「この言葉選びで、どんな気持ちにさせてしまうだろう」と考えたり、
「この表現なら、想いがもっと丁寧に伝わるかも」と思いを巡らせたり。
文章のスタイルや言葉選びに、確信が持てたわけではありません。
でも、次にいただいたコメントで「あなたの文章が好き」と言ってもらえたとき、
「やっぱりこのスタイルを大切にしていきたい」と思えました。
今でも、noteを通じて自分の気持ちを言葉にする時間は、
自分を整える大切なプロセスのひとつです。
反応があるたびに、「この発信が誰かの何かに役立っていたらいいな」と思える。
まだ確信には至らなくても、そう願えることが、次の投稿への原動力になっています。
本当にありがとうございます。
だからこそ、私も同じように、
誰かの記事を読んで心がふわっと動いたときには、
その気持ちをそっと届けられる人でいたいなと思っています。
このうれしい気持ちは、
記事に向き合う時間にも、日々の言葉の選び方にも、
きっとにじんでいくと思います。
感謝の気持ちを、少しずつでも誰かに還元できたら。
そんなふうに思えるようになった、
大切な出来事でした。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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