【雑感】書店活性化、ですか。
先日、なにやら「書店活性化」についてパブリックコメントが出ているとの記事を見かけ、気になった個所を抜き出してみました、、あくまで個人の感想です。
「書店」、「図書館」、「ネット」では、それぞれ機能が異なるため、3つの流通経路が共存していることが、本というコンテンツの流通の在り方として理想であると考えられる。
(「書店活性化のための課題について(e-GOV パブリック・コメント)」より)
これはまぁ、理解できます。ただ、「本(読書)」という存在(体験)に何を求めるのかってのがイマイチ見えてこないですかね。
書店は、書店員の方々が工夫を重ねて、棚に様々なジャンルの本がたくさん並んでいる状況が、一気に視野に入ること、いわば「一覧性」がある点が非常に重要であり、ふと目に入った本や、それまで関心がなかったのに気になる本が浮かび上がり、そうした本との出会いにより、新たな経験を得ることで、読み手の人生を変えうる。
図書館においても、「一覧性」を提供することは可能であるが、自ら手元に置いて何度も読み返したり、線を引いて読んだりすることはできないため、読み手の経験へと昇華するには一定の限界がある。また、ウェブでは、AI により読み手の趣味趣向に合わせた本の提案が行われるのが通常であり、書店の棚のような多種多様な本について、一覧性を担保することは難しい。
(「書店活性化のための課題について(e-GOV パブリック・コメント)」より)
こと「一覧性」については、図書館の方がむしろ長けていると思います、館ごとの個体差はあるでしょうけど。反対に、物理的なスペースが限られているいわゆる「街の書店(新書店)」に50年前の書籍を常駐させていますか?、と小一時間ほど問いかけてみたい。
あといわゆる「痕跡本」は、参考書、学術書などならまだしも、そうそう手持ちであっても小説とか漫画に書き込んだり、折り目をつけたりはしないでしょう、、経験に昇華するなら「本体に書き込まなくても、読書ノート」のような形にもできますし。
なんなら、校正・リライトが容易な「オンラインの書評サイト(ブクログなど)」でのアウトプットが今の時代は一番利便性があると思いますが、、さてさて。
それでもまぁ、繰り返し読むための購入ならまだ分かりますが、、私も初見は図書館で、その後に手元に置いておきたくて蔵書とするケースはママあります。
現状の本の流通を考えると、書店、図書館、ネット販売の中で、書店だけが減っており、既に、約4分の1の市町村において、書店がない状況に陥っている。そこで育ち次世代を担う子供たちは、書店を知らず、新たな本に遭遇することなく、それ故に、多様な思考に触れることがなく、自らの経験とすることがなく、成長していくことを強く懸念する。ひいては、我が国の存立基盤や競争力を大きく左右することにもなりかねない。
我が国の本の流通のビジネスモデルは、雑誌の販売に依存してきており、雑誌の売り上げが減少することにより、「取次」と呼ばれる卸、大手の書店を含む流通業全般においても、本の販売だけでは赤字に陥っており、ビジネスモデルの見直しが必要になるなど、非常に厳しい状況にある。
(「書店活性化のための課題について(e-GOV パブリック・コメント)」より)
なんというか、今現在の「街の書店」の在り様(ビジネスモデル)を継続させたいとの"結論ありきのロジック"になっているようにも見えますが、、いい機会なので流通経路等々も含めての、本を読むとの「読書習慣」を根付かせていくための"社会モデル"から再構築したほうがよいのではないかなぁ、と個人的には。
近年、スマートフォンやゲーム、SNS の普及により、「読書離れ」が深刻化し、書店への来客数が減少し、書店の売り上げが低下している。特に、雑誌やコミック等の購読の減少により、定期的な書店への来訪が減少した影響は大きい。また、文化庁の 2023 年度の調査によると「1 か月に読む本の冊数」は、電子書籍も含めて「読まない」が過去最高の 62.6%に上るという結果も出ている。
(「書店活性化のための課題について(e-GOV パブリック・コメント)」より)
「余暇(あえて趣味とは言いますまい)」の使い方が多様になっているのは「文化的」にはいい事だと感じます、文字通りの多様性でしょう、これが。反対に狭義での街の書店界隈さん、「読書」以外を敵視してませんかね、との点がやや気になりました。
少なくとも「(街の)書店への来訪減少=読書離れ」との組み立ては、さすがに牽強付会が過ぎないかなぁ、と。あと、図鑑や漫画も立派な読書対象と思いますが、統計対象にしているのでしょうか。
出版社は再販売価格維持制度により出版物の価格を決定することができるため、多くの場合、出版社が決めた価格で、全国一律の価格で販売されている。このような場合、書店は価格決定権を持たないため、店舗運営に係るコスト上昇などを販売価格に転嫁できないほか、情報鮮度の優劣や需要による販売価格の変動が不可能となっている。
書店では、再販売価格維持制度により、出版社により小売価格が決定されている。一方で、ネット書店では、再販売価格維持制度があるにも関わらず、過度なポイント還元や配送料無料などで実質的に値引きが行われている、競争条件が平等ではないという見方がある。一方、この実質的な値引きが消費者の購買に資しているのではないかとの意見もある。この点で、フランスの制度(いわゆる反アマゾン法)を参考にすべきという指摘がある。
(「書店活性化のための課題について(e-GOV パブリック・コメント)」より)
結局のところは、この再販売価格維持制度との既得権益に手を入れたいのかなとも見てとれますが、、コレが街の店舗のみに負担を押し付け、出版社丸儲けになっているのであれば見直した方がいいとは思いますが、、少し調べてみようかな。
あと流通の問題もですが、、24時間「安全な自宅から」購入できるオンライン書店は、目的が決まっている場合は特に、便利なんですよね。この利便性を「街の書店」で実現できるとは思わないので棲み分けが必要ではないですかねぇ、、でないと、公衆電話が携帯電話に取って代わられたのと同じく、「街の書店だけ」が漸減していくだけではないかと。
日本では、平均で一日あたり約200点の書籍・雑誌が出版されているが、これらを日々、管理する書店側の負担は大きい。新刊本を多数出版するのは出版社にとってはメリットがあるが、サプライチェーン全体でみると、持続可能性が低いビジネスモデルになっている。
(「書店活性化のための課題について(e-GOV パブリック・コメント)」より)
これは、出版冊数を絞れとのことでしょうか、、なんというか、違和感しか残りませんが。本そのものを希少化させてどうするのか、高級品にでもしたいのでしょうか。
書店は、多種多様な本への「一覧性」を持ち、ふとした偶然の出会い(セレンディピティ)があり、そこで出会った本から新たな刺激を得て、自身の視野が広がるといった体験は、書店ならではのものがある。
(「書店活性化のための課題について(e-GOV パブリック・コメント)」より)
繰り返しになりますが「一覧性」とやらは「図書館」でも実現されているので、街の書店の専売特許ではないです。また最近はオンライン書店の「レコメンド」も充実してきていますし、、今後はAI技術の進歩に伴って精度もよりアレンジしやすくなるんじゃないですかね。
またそもそも論として、街の書店での「セレンディピティ」といっても、まったく興味のない本を手に取る事なんてそうそうないですよ、たとえ隣に並んでいたとしても。
「本好き」であれば「○○○特集」とかの企画棚などからの広がりはあるでしょうけど、申し訳ないですが少数派だと思います。さらに言えば、生涯学習施設としての図書館(司書)が企画・運営する「企画棚」の方がより幅広い「セレンディピティ」を得やすいとの側面も無視できないだろうなぁ、とも。
子供たちは、書店を知らず、新たな本に遭遇することなく、それ故に、多様な思考に触れることがなく、自らの経験とすることがなく、成長していくことを強く懸念する。
(「書店活性化のための課題について(e-GOV パブリック・コメント)」より)
読書体験の効果の一つを「多様な思考に触れ、自らの経験とする」とするのであれば、これは「街の書店以外」でもできます。反対に「街の書店ででしか出来ない」と考えているのであれば、それは今までの既得権益に胡坐をかいた"驕り"でしかなく、今の衰退振りもむべなるかな、今後も自然淘汰されていってしまうのではないかなぁ、なんて危機感も。
どうせなら、同じ「一覧性」を担保できる図書館を窓口として「書籍(紙・電子問わず)」の購入へのとっかかりとするとか、ビブリオバトルなどの読書体験への導線とするとかを期待したいところですが、うーむ。
読書の「社会化」、つまり、読書という行為を共有しあう空間がつくられることで、それが可能になる。
同じフランスのトピックをあげるのであれば「街の書店」以外を敵視するような制度だけではなく、「読書という行為を共有する」との理念もあわせて参考としていただきたいところですが、、まぁ、課題の一つには入っていたと思いますので、続報に期待といったところですかね。
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