🌙光の行方 | 閑話|ひめ様のそばで
この物語は、チュチュ・テイルの世界を旅する記録の、少しだけ脇道にそれた小さなお話です。
花と光に包まれたフローラの森で、フェアリーキャットのそばにいるサポートキャット・リリィの視点から綴ります。
本編の流れの中にある、まだ語られていなかったやさしい時間。
どうぞ、そっとのぞいてみてください🌙
閑話|ひめ様のそばで
はじめまして。
ひめ様のサポートキャットのリリィです。
今日は、うさぎのエトワールにかわって、わたしがお話するわね。
これは、春のめぐみ祭の前日と本番のこと――
今日のひめ様も、とても可愛い。
花冠の位置も、胸元の飾りも、ドレスの裾にふわりと重なる花たちも。
どこから見ても、ちゃんと“ひめ様らしい”姿で、やわらかく可憐に歩いてる。
わたしは少し離れて全体を見て、もう一度だけ、細かいところを確かめた。
――うん。今日も完璧。
当のひめ様は、そんなことなど気にもしていないみたいに、植物園のガラス越しにこぼれるやわらかな光の中で、ただ花を見つめていた。
その姿が、また困るくらいによく似合ってしまうのだから、こちらとしては手が抜けない。
少し向こうでは、兄さん――セージが、いつものように植物たちに話しかけている。図鑑をめくる手を止めて、葉にそっと触れながら。
「この子たち、今日はよく光を集めてるね」
その隣で、ひめ様がやわらかな声で応える。
「そうね、このあたりは光のめぐりがいいみたい」
その声は、いつもよりほんの少しだけ明るくて、内側の光がそっと灯るような響きだった。
……また始まった。
兄さんとひめ様の、あの会話。
植物の気配とか、光のめぐりとか、ふたりにとっては当たり前のことでも、わたしには少しだけ遠い世界の話。
まったく。
兄さんも、ひめ様も、気を抜くとすぐにそっちの世界へ行ってしまうんだから。
だから、ちゃんと見ていないとだめなのだ。
花冠がずれていないか。
無理をしていないか。
このやわらかな空気が、ちゃんと守られているか。
裾の花飾りが少しだけ片方に寄っている。
――ほら、やっぱり。
「もう、ちゃんとしてないとだめよ?」

そう言って、いつものように花飾りの位置を直しかけた、そのときだった。
「……ここが、植物園なんですね」
静かな声が、空気の中に落ちた。
わたしの手が、ぴたりと止まる。
……誰?
気づけばそこに、白いうさぎが立っていた。
森の光に溶けるみたいに、すっと。
まるで、最初からそこにいたみたいな顔で。
――見られた。
思わず出た、いつもの口調。
兄さんとひめ様と三人のとき、あるいはふたりきりのときだけに出る、気安い言葉。
他の誰かがいる前では、わたしは“付き添い”でいなければいけないのに。
ひめ様のそばに仕える、サポートキャットとして。
胸の奥が、少しだけひやりとする。
そのうさぎ――エトワールは、そんなこちらのことなど気にする様子もなく、ただ静かに、ひめ様を見つめていた。

「ええ……そうよ」
ひめ様が、やさしく応える。
「ここは、フローラの森の植物園」
その言葉を聞いた瞬間、うさぎの気配がほんの少しだけ変わった。
そして、ぽつりとつぶやく。
「……フェアリーキャット」
その呼び方に、今度は別の意味で耳がぴくりと動く。
……呼び捨て?
ひめ様を?
思わず、そのうさぎを見た。
ずいぶん静かな顔をしているくせに、なかなか思い切ったことをする。
けれど、ひめ様は少しも気を悪くした様子もなく、いつものやわらかな調子でその声を受け止めている。
兄さんもまた、何も言わない。
……ほんとに、もう。
心の中でそう思いながらも、そのうさぎがこの場の空気を乱していないことには、少しだけ気づいていた。
だから余計に、あの呼び方だけが、引っかかる。
――信じられない。
そう思いながら、わたしはもう一度、ひめ様のそばに立った。
次の日の夜。
春のめぐみ祭がはじまるころには、植物園の前に広がる広場は、花と光と、期待に満ちた気配でいっぱいになっていた。
舞台の下で、わたしはひめ様の姿を見上げる。
花冠の位置も、ちゃんといい。
ドレスの広がり方も、完璧。
光を受けたときに、花がいちばんきれいに見えるように――
本番までに何度も整えたのだ。

観客たちは、みんな舞台に釘づけになっていた。息をのんで、ひめ様が光の中に立つ姿を見つめている。
……でしょう?
胸の中で、わたしは少しだけ満足する。
うちのひめ様は、こんなにも可愛いんだから。こんなにもやさしくて、きれいなんだから。
ちゃんと見ていてもらわなくちゃ、困る。
そのとき、客席の方に見覚えのある気配を見つけた。
……お調子者のコメットリス。
しかも、その隣には、あの白いうさぎまでいる。
仲がいいのね。ちょっと意外。
コメットリスは相変わらず軽やかで、するりと誰かの輪の中に入り込むのが上手い。
でも、その隣のうさぎは、やっぱり少しだけ空気が違う。
騒がず、ただ静かに、ひめ様を見ている。
昨日の昼間に、植物園で見たときと同じだ。
呼び捨てにしたことは、まだ少し引っかかっている。
でも――
あんなふうにまっすぐ見つめているのなら、少しだけは許してもいいのかもしれない。
ほんの少しだけ、だけれど。
舞台の上で、ひめ様が花のスティックをふわりと振る。
空から降りてきた光が、森をやさしく包み込み、花と重なって、あたり一面を幻想的に染めていく。

その光景を見つめながら、わたしはふと、別の場所のことを思い浮かべていた。
――チュチュ・テイル城。
その奥にある、星の泉。
あの泉は、魔法の花園に咲く“はじまりの花”とつながっている。
そこに集まる、願いのかけら。
ムーンキャット様は、それをひとつずつ、やさしい光へと変えていく。
その光が、こうして森へ届いているのだと思うと、このやわらかな輝きにも、ちゃんと意味があることがわかる。
……本当に、美しい姉妹だと思う。
そう思いながら、わたしはもう一度、ひめ様の姿を見上げた。
ふんわり包み込むような微笑みは、本当に妖精のように幻想的で。
隣を見ると、兄さんも、ずっと熱のこもった様子で、ひめ様の動きを目で追っている。
……分かりやすいんだから。
うん。
やっぱり今日も、ひめ様は美しい。

[ 作者より ]
今回は、旅人エトワールとは少し違う視点から見つめた、フローラの森のひとときのお話でした。
いつもとは違う語り口、楽しんでいただけていたら嬉しいです☺️
次回からは、また違うお話にうつります。
旅人エトワールの旅は、まだまだ続きます。
皆さんも、ぜひ✨️
一緒に旅に出かけてみてくださいね🌙

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