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愛せる自分になるまで【5】退院〜運送屋に入る

船を降りてから田舎の病院で入院していたが
前に書いたひょんなことから
大学病院で検査した
21歳になっていた

田舎の病院では何が原因かわからないことが
ここではすぐわかった

大学病院で本当の病名がわかり入院していたが
治療方針と薬が決まったので
2ヶ月くらいで退院した

今の(といっても昭和だが)医学で
かかる病院によって
原因や病名がわからないってある??
などとずっと思っていた

ふるさとの島に帰り薬をもらう通院をして
あとは何していたかほとんど覚えがないくらい
不毛な日々を過ごしていた

毎日12時に始まる(笑っていいとも)が
本当に楽しみで
「こんな面白い番組ほかにないやろ」
と思うくらい好きだった

中学2年くらいから
テレビは全く観ていない
夕ご飯食べたら
自分の部屋でラジオかレコードを聞いていた

だから余計にかも知れない

逆に言えばほとんど無意味で不毛な日々
これからどうする?どうなる?って
そんな事も考えなかった

どこかで(いつまでも親がいる)と思っていて
いなくなるなんて思わなかったんだなって
今思う

どんなにか両親が心配していたか
歯痒いことか、腹立たしかったか
親になって初めてわかる

「あの時はすみませんでした」

今更ね


他所に出ることを許してくれて
ありがとう



ある日オフクロに
「姉ちゃんに話してあるから遊びがてら行って
仕事見つけてこい」と言われ

行くよ、行くけどそんな
漁師しかした事ない小僧が
そんな簡単に陸(おか)の仕事みつからんやろ

見つかったとしても魚とる以外何もできんよ
と思いながら上京(しつこいが東京ではない)

飛行機に乗って空港についた
姉貴が迎えに来た

家に着いてお茶飲みながら
今後の行動プランについて姉貴が説明する
明日から面接
いくつか候補を見つけていると言う
何時に出てまずどこ行ってと

「さすが姉ちゃん段取りいいし頭もいい」

姉とは10歳違い
本当に尊敬しているし
怖い…逆らえないのだw

運送屋に勤めると決めていたので
(田舎の病院で同室のおじさんから
トラックは稼げると聞いていたから)
ただそれだけの動機


翌日から早速運送屋の面接回り
4歳の姪も同行する「かわいい」

一社目の面接終了
自分でも真面目で几帳面だと思うが
買い物とか家探しとか何社も面接に行くとか
本当にめんどうなのだ

「もうここでいいよ」と思い始めている

後に知るが男の脳はそうできているらしい
メニューの多い居酒屋とかも苦手
「好きなもん頼んで俺は来たやつ食べるから」
となる

でも、何はともあれ候補を挙げてくれてたので
もう一社面接に行く

受付で姉貴がアポ取ってある事を伝え
応接室に通された

人の良さそうなボソボソ話す
貧相なおじさんが
通り一遍の質問をしてそれに答えたあと

そのおじさんが
「じゃあ水曜日から来れる?」と
今日は月曜日だ

え?簡単w

姉貴が
「わかりました、一度持ち帰り
改めて返事いたします」と伝えて

運命なのか縁なのか不思議に思う

帰って来た、まあ姉貴の旦那の家だけどね

お茶を淹れながら姉貴が
「応接室に行く前に女の事務員さん達が
"姉さん女房をもらって小さな子供までいて
今から職を見つけるの?大変やねぇ"

見たいな感じで見ていたよアハハハ」って
もう話し終わる前から笑ってる

「えー心の声聞こえたの?」なんて思いながら
笑った

「で?どうする?」と姉貴が聞いてきた
「一社目にしようかな」って伝えたら
「じゃあそうする?」って言う

そう決めていたけど
なぜか二社目、今の会社に就職したのだ
人と人もそうだけど
会社とも(縁)があるのかなあ
なぜかわからない、今も不思議

今となっては姉貴は現在
この記事を書いている時も
入院している

階段から落ちて命はあったが
頭を打って若い頃の記憶しかなくなってる
弟の私のことも認識できない

だから聞くことができない

あの聡明だった姉貴がこんなになるなんて…
もう衰弱していく一方らしい
この現実をまだ受け入れていない

初めての運送屋、違う職種に飛び込んで
自分という人間を見つめ始めて

漠然と自分が嫌いなんじゃ?と思い始める

これから運送屋だ

ここまでお読みいただき
ありがとうございました。

また次回

ねこターボ🐈

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