大嫌いな「エビ」が好きになった映像の魔法
人間というのは不思議な生き物で、嫌いなものが突然好きになってしまうことがある。
私の場合は「エビ」だった。
真っ赤にカールした姿が素敵なアイツである。
今回は、小学生のころに大嫌いだったエビが食べられるようになった「ある映像」の話をしたい。
この話は、「noteを書くコツ」にも通ずる話だと思ったので。
小学校のころに、社会科の授業である映像を見せられた。
内容は、日清の『カップヌードル』が誕生するまでのストーリーが語られた、プロジェクトXみたいな番組だった。
みたいというか、本当にプロジェクトXだったかもしれない。
誰もが一度は口にしたことがある、あのカップ麺がどれだけの苦労を重ねて発売されたのか。全員に馴染みのあるテーマだっただけに、クラスメイトも全員、教室の左前方にある小さなテレビに夢中になっていた。
カップヌードルはご存知の通り、乾麺に粉末スープ、そしてドライされたタマゴ・謎肉・エビという、『嵐』のように完璧なバランスで構成されている。
そのフォーメーションを実現するまでに、どのようなプロセスがあったのかが、開発担当者やスタッフの口から語られていく。
各食材の開発秘話に続いて、番組の話題は、私の嫌いなエビに移った。
そもそも私がエビを嫌っていた理由だが、前提として、あの見た目が気持ち悪い。魚介類は全体的に、よく見ると気持ち悪いのである。もちろんエビも例外ではない。あの三日月めいたフォルムが目につくが、ディティールに意識を寄せると、細くて短い足がびっしりと生えている。
食べる理由が存在しない。
そんな嫌いな食べ物の話なのに、やれ「エビの旨みが……」だの「あのプリプリした食感を出すために我々は」みたいなフレーズが静かな熱意を持って語られるものだから、段々と、そして強烈に食欲が掻き立てられたのだ。
なんでも、あの小さなエビの形やプリッと感をお湯で戻せるようになるまでに、とてつもない苦労があったらしい。
20年以上前に一度見ただけの映像なので、詳細はほとんど抜け落ちているが、とにかく尋常ではない試行錯誤を重ねたことが紹介されていた。
アニメ版の映画『ライオン・キング』で、シンバとティモンとプンヴァが軽快に歌いながら、ジャングルの虫やミミズをうまそうに食べるシーンを観たときの感覚だ。
興味のないはずの、避けていたはずのエビが、めちゃくちゃうまそうに思えた。もう「エビの口」になっていた。そしてなんと、その日の給食には小エビのサラダが、なんて奇跡は起こるはずもなく、帰宅してすぐカップヌードルを母にねだった。
うまかったなぁ、あの時のエビ。
食べてみたい好奇心と、嫌いなモノを口にする勇気がないまぜになって。
小ぶりのエビを箸でつまみ、口に入れて噛んだ瞬間の、ぴちっと弾ける食感にフッと広がる香ばしい風味。
最初は恐怖があって「うっ」と顔をしかめたけれど、エビの旨みと醤油スープの相性も抜群で「あの人たちがやりたかったのはコレだったんだ」と感動した。
スルスルと麺をすすり、熱いスープを味わいつつ、ホロっと溶けるタマゴとムダにジューシーな謎肉をつまむ。あの日だけはエビが主役だった。それぞれが自分たちの役割をまっとうして、小さくカールした素敵なアイツにスポットライトを当てている。
あまりにも美味しくて、これまで親に食べてもらっていたエビたちを、全部返してほしいとすら思った。
人の嗜好すら変えてしまった、魔法みたいな映像の話である。
私がこの経験から学んだのは「ストーリーとイメージの力は偉大」ということだ。
嫌いなモノをうまそうに見せてしまうくらいに、五感を刺激するイメージとストーリーには、人の何かを変えてしまうパワーがある。
実際に、誰かのエッセイを読んで新たな気付きを得たり、レビューに背中を押されて商品を買った経験があるだろう。
書き手は、なるべく意識してストーリーやイメージが持つ力を存分に活用したいところだ。
読んだ人が映像を頭に思い浮かべて、心の揺れ動きに思いを馳せてしまうような、そんな文章を書きたいと思う。
私にかけられた魔法は、どうやら食べ物の好みだけではなかったようだ。
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