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九キロは長すぎる(4)

 やっと立花がトレーを持って戻ってくると、僕は内心、安堵の息を吐いた。
 それまでの間、椎名からうんざりするほど質問攻めに遭っていたのだ。「好きな子はいるの?」とか、「どこに住んでるの?」とか、「休みの日は何してるの?」とか。

 だから、立花がメロンソーダの他にテリヤキバーガーとポテトを注文したことが判明しても、僕はわざわざ、「今は食事なんかする雰囲気じゃないだろ」なんていう突っ込みを入れる気にはならなかった。そういう指摘は野暮というものだ。

 立花にコーヒーを手渡され、ありがとう、と礼を言う。
 立花が訊く。「それじゃあ、さっそく質問させてもらおうかな。まずは、やっぱり『脅迫電話』のこと。あれは具体的にどういった内容で、いつから始まったの?」
 椎名は首を傾け、「今から、一ヶ月くらい前からかな」と答えた。「その一ヶ月の間に、何回も脅迫電話が来てたみたい。内容は、『死ね』とか『殺す』とか、ひどい暴言の嵐だって。声はボイスチェンジャー、って言うの? そういうので性別がわからなくなってて、年齢もやっぱりわからないって。ただサユいわく、喋り方の感じから、なんとなく女なんじゃないかって言ってた」

 立花がストローを咥えながら、僕に意味ありげな視線を送ってくる。
 僕は小さく首を横に振った。
 こんなことで得意になったりしない。別にただの当て推量だし、そもそも男か女かの二択じゃないか。

 僕はコーヒーに口をつけると、椎名に尋ねた。「匿名なのは、非通知に設定してかかってきてるから?」
「そう」
 椎名が首肯する。「電話番号は、いつも隠されてたみたい。数回くらいかかってきて以降は、非通知からの電話は着信拒否に設定したらしいの」と言って、不快そうに顔をしかめる。「でもだよ? 着信拒否に設定にしたら、今度は公衆電話からかかってくるようになったって。これって、かなり異常じゃない?」
「ああ、異常だ」
 僕は肯定する。「狂気さえ感じるよ」
「だよね。サユ、携帯持つのもどこか怖がってたみたい」

 立花がポテトをつまみながら、訊く。「それだけ異常性を感じさせる、物騒な内容の電話が執拗に来ていたのにも関わらず、水本さんは警察に相談しなかったんだ?」
「しなかった。あたしもね、絶対相談するべきだよって何度も忠告したのに、『いい。大丈夫だから』って頑なに拒否されて。なんでそんなに嫌がったのか、今でもわからない。サユ、親や先生にも言ってなかったみたいだし、ちょっと変だよね?」
 立花は咀嚼しながら、同調する。「確かに変だ」
 僕は腕を組んで、考えを口にした。「水本の電話番号を知っているということは、相手は顔見知りの人間だろうな」
「ああ。草野くんの言う通り、電話の主は水本さんとかなり近しい関係にある人物だろうね。ボイスチェンジャーを使っていることも、そのことを示唆しているんじゃないかな」

 僕と立花の読みが正しければ、脅迫電話の犯人は水本の傍にいながら、水本のことを相当恨んでいたことになる。
 一ヶ月の間に何度も脅迫電話をかけ、そして水本が着信拒否に設定すると、今度は公衆電話からもかけてくるようになった。
 このことから、電話の主が水本に対してかなり執着し、それだけの憎悪を抱いていたことが窺える。
 一体、誰が……。現時点では、まるで想像もつかない。

「他に、水本さんについて何かおかしいと思ったことはある?」
 ハンバーガーを頬張りながら、立花が訊く。「言動とか行動とか、ちょっとでも気になったことなら何でもいい」
「気になったことか……」
 椎名は考え込み、やがて、「あ」とつぶやいた。
「何か思い出した?」
「一つ、印象に残ってる言葉があった。あまりサユらしくないなって思って、ずっと引っかかってたの」
「お、どんな言葉?」
「サユが亡くなる、五日くらい前だったかな。月曜日だったと思う。私とサユさ、陸上部の長距離選手なんだけど、練習メニューで週一回、男子は十二キロ、女子は九キロの距離を走るのね」
「うわあ、さすが長距離。想像しただけでも疲れそうだ」
 余計な茶々を入れるな、と僕は心の中で注意する。

「それで、その日もいつもの練習を始めようかってなった時に、サユが突然つぶやいたの。『今のわたしには、九キロは長すぎる』って」
「今のわたしには九キロは長すぎる……か」
 立花が口元に拳を当てながら、復唱する。「どういう意味だろう?」
「わからない。あたしその時、結構びっくりしちゃって。サユって、普段弱音とか全然吐くタイプじゃないし、部の中でスタミナもある方だから、意外だったんだよね」
「その日は完走できたの?」
 僕はすかさず訊いた。
「ううん。三キロ目くらいでギブアップしちゃって。かなり、きつそうだった。その後、あたしが保健室に連れていったんだけど」

 つまり今のところ、水本自身について不審な点が二つある。
 一つが、脅迫電話の被害を、親や警察に頑なに相談しようとしなかったこと。
 そしてもう一つが、「今のわたしには九キロは長すぎる」という謎の言葉。
 総合すると、自然とある考えに至る。

「……水本は、誰にも言えないような、何らかの深刻なトラブルに巻き込まれていたんじゃないのか」
「同感だよ、草野くん。おそらく、『九キロは長すぎる』という発言は、体力面での不調もそうだけど、精神面での不調も関係してるんじゃないのかな。そしてそのことはおそらく、脅迫電話の件と関連してるんだと思う」
「だよね、あたしもそう思う」
 椎名が同意する。「サユ、やっぱり何か隠してたんだろうね。SNSでも、そういうマイナスなこととか書き込んでなかったし。……親友のあたしにさえも隠してことって、一体なんだろう?」

 椎名がそう自問すると、僕たちの間に一瞬、沈黙が流れ込む。
 誰にも答えることのできない疑問だったからだ。

「彼氏の存在は? 水本さんには、そういう人はいなかったの?」
 椎名はかぶりを振った。「いない、いない。月曜から土曜まで部活があって、日曜はバイトまでしてるのに、恋愛なんてする余裕ないよ、絶対。もしいたとしたらあたし、百パー気づいてるって。そもそも、隠すのが意味わからないけど」
「そっか。他に、水本さんのことで何か気になったことは? もう、ないかな?」
「うん……これ以上は、思い当たらないかな。特にないと思う」
「わかった、ありがとう」と立花は律儀に礼を言った。
 僕も立花に倣って、軽く会釈をする。

「ああ、最後に一個確認。学校外での、水本さんと親しい関係にあった人からも話を聞こうと思ってるんだけど、水本さん、バイトの他に習い事や塾とかは?」
「ううん、どっちも行ってなかった。バイトは、鎌倉の小町にある、『のっぽのサリー』っていうお洒落なカフェで、接客をやってた」
「のっぽのサリー、か」
 立花は携帯を操作し始めた。携帯のマップで当該の店を検索しているようだ。
 すぐに、「ああ、これか」とつぶやく。「確かにお洒落な佇まいだ。今日はもう営業終了してるみたいだね。十七時までらしい。あ、でもよかった。明日の水曜もやってるみたいだ」

 僕は立花の携帯の画面を一瞥し、椎名に視線を戻して尋ねる。「そのカフェで仲がよかったバイト仲間がいたとか、水本から聞いてない?」
「えっとね……サユがシフト入れてるのは主に日曜日だったんだけど、よく下山しもやまさんっていう女子大生の人とシフトが被って、同じホールだから結構喋るようになった、とは言ってたかな。あれ、下村しもむらさんだったかな?」

 とにかく水本は、下なんとかさんという女子大生と交流があったらしい。
 学校の外、アルバイト先という特殊な環境なら、学校では口にできないような話をそこでしていた可能性もなくはない。

「よし、草野くん。明日だ。明日の放課後、こののっぽのサリーに行って、下山さん並びに下村さんがシフトを入れていることに賭けようか」
「そうだな。どっちみち、他に選択肢はないだろうし」
 言った直後、思わず苦笑をしてしまう。「また、賭けになるのか」
「え? またって?」
 椎名がそう訊くと、立花は慌てたように、「何でもないよ」と答えた。

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