【ショートショート】記憶の稚魚
青空の中を泳ぐように、ピンク色の花びらがキラキラと舞い踊る。
少し緊張した面持ちで、門の前に直立する少年。
「はい、チーズ」という声が、そこかしこから聴こえてくる。
私の構えたカメラに向かって、少年ははにかみながら微笑んだ。
*
「はい、お客さん! どの仔にする?」
色とりどりの魚の入った水槽の前で、私はラベルに書かれた名前をひとつずつ眺めた。
【結婚式】、【出産】、【県大会優勝】、【武道館ライブ】──
「活きのいいうちに食べてくんなぁ! 幸せはお墨付きだよ!」
映像を餌に育つ魚がいる。その魚を食べれば、その魚が食べ続けた映像を追体験できるという。
「この、【入学式】を、お願いします」
私は桜色の魚を口に放り込んだ。口の中に甘酸っぱい香りが広がり、魚が喉を滑り落ちていく。
真っ青な空に桜の花びらが舞う。
見知らぬ少年が門の前で微笑む。
ファインダー越しの笑顔がぼやけて霞む。
きっと、見るはずだった風景。
きっと、見るはずだった笑顔。
夢から覚めた私の手の中には、あの子のぼろぼろの靴下が、いつも通り丸くなっていた。
終
きのうインドカレー屋さんで、初めてチーズナンを食べました。あの衝撃のおいしさは、きっと忘れられないでしょう。
田原にかさまの毎週ショートショート【入学式の養殖】に参加させて頂きました。しかし、お題が難しいです、田原さま!
前回のお題はこちら
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