【ショートショート】捺染婆
人間国宝の染物職人、愛染ちよが死んだ。人々は親しみと畏敬の念を込めて彼女をこう呼んだ、捺染婆と。
葬列に並ぶ人々は口々に彼女の功績を称え、惜しい人を亡くしたと嘆いた。しかし、会場は故人の「湿っぽいのはまっぴらだよ」という意向で、賑やかなラテンの音楽が響いている。
「捺染婆の技を継ぐ人がいないというのは、本当に残念だね」
「ええ、彼女の染めた布には力が宿る。一番弟子でもその技術の継承は難しかったそうです」
水の模様を描いた着物を着れば涼しく、炎を染め上げた褌を締めれば力が漲ると評判で、消防隊員から力士まで、彼女の作品のファンは日本のみならず世界中にいた。
「その婆の遺作があるらしくてね」
「えっ! 遺作ですか?」
「そう、なんでも病に冒された体に鞭打って、鬼を宿したような表情で染めていたそうな」
「それは今どこにあるんです?」
「それがな、死装束なんだと」
「え? じゃあ……」
ふたりは遺影の下の柩に目を転じた。
「誰にも見せるなって遺言らしくてな。ひと目見てみたいもんだ。なんでも、鮮やかな不死鳥が染め上げられているらしい」
「不死鳥……」
そのとき、会場にドラムロールが唐突に響き渡った。
焼香台の目の前で抹香を摘み上げていたふたりは、ピタリと動きを止め、顔を見合わせた。
捺染婆が不適に笑う遺影の下、柩がガタリと音をたてた。そして、ゆっくりと蓋が持ち上がる。
終
気付いたらホラーになっていましたね。
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