見出し画像

穏やかなしあわせという土台

この記事をお読みいただく前に、こちらの記事を先にお読みください。
無料記事です。

私の発信をご理解いただく上で重要な「純度100%という生き方」について書かれたnoteです。ここで「自分の声を聴く」ということの重要性について理解していただくことがこの記事を読み進めるための前提条件です。


自分の声を聴けるようになり、純度100%の生き方を手に入れ始めた人は、「穏やかなしあわせ」というものを感じる準備が整ったということになります。

この「穏やかなしあわせ」というのは私の発信の根幹であり、アカウント初期からずっと変わらずに使い続けてきた言葉でもあります。

このnoteではこの、
穏やかなしあわせ
について書いていきます。



第1章 | 穏やかなしあわせを失ったとき話

私が穏やかなしあわせについて発信することになった理由は、皮肉にも「私の人生から穏やかなしあわせが消えてしまったから」です。ここではその時のお話をします。

会社員時代

私は高卒で地方の会社に入り、給料という面においては「平均よりかなり低い」という状態で30代前半まで過ごしました。途中で結婚をし、子供も授かり、順風満帆な人生に見えていましたが、私の胸の中にはずーーっと黒い感情がありました。

「もっとお金がほしい・・・」

スーパーに行けば早歩きで半額寿司コーナーへ行き、値引き商品を見つけると大して欲しくもないのにたくさん買ってしまう。商品の価値よりも「いくら値引きされているのか」の方が重要。そんな自分に、私は心底嫌気がさしていたのです。

そんな人生を打開すべく、会社員で働きながら、副業として情報発信に挑戦しました。しかしなにをやっても思うような成果は出ず、結局萎えてやめてしまう。そんなことを繰り返していました。

同級生との飲み会で給料の話になった時の話。

私が自分の給料を言うと、

  • またまた〜、んなわけないでしょ〜

  • で、ほんとはいくらなの?

と言われる。

その時のことを未だに忘れられません。

まあ、それだけお給料が少なかったということです。


決意の日

ある時私は独立を決意します。

その時に妻に言った言葉が、

人生一度でいいから、
お金持ちというフェーズを味わいたい。
そのためなら努力を惜しまない。
お金の心配のない人生を味わってみたい。
マルジェラとか、MINIとか、
欲しいものを堂々と買ってみたい。

でした。

妻は私が副業に何度も挑戦して、挫けていたことをしっていたのですが、私の新たな挑戦を快く応援してくれました。

そして私は会社を辞め、独立して事業が始まりました。


個人事業主としての生活

バタバタの準備を終えて、個人事業主としての生活が始まりました。わかってはいましたが、理想と現実のギャップはとても大きいものでした。

最も大きなギャップは「実際、全然休めない」ということです。会社員時代はONとOFFの境界線がしっかり引かれていたのですが、個人事業主になると「常にON」という表現が相応しいような状態になります。何をしてても事業のことを考えて、緊急の対応に備えなければならないわけです。

実際にオフィスに居なくてもいい時間というのは年間通して20日も作れれば良い方で、それ以外は基本的に朝から晩までオフィスにいる生活が始まりました。そんなことはやる前からわかってはいたのですが、これが相当精神と肉体を蝕みました。

そんな日々の中、私は体調を崩しました。

ずーっと疲れている。
疲れているはずなのに寝つきが悪い。
寝ても夜中に目覚めてしまう。
なんにもないのに涙がでてきてしまう。

今も忘れない、初夏の蒸し暑い寝室。
汗で張り付くTシャツ。扇風機の音。
暗い部屋の中、見つめる壁紙の模様。

ああ、これは私のやりたかった生き方じゃない

私の心の中に小さな覚悟が宿った瞬間でした。


ワークライフバランス

ここまでの私の人生を見ると、こうです。

  1. 低収入の10年間

  2. 収入を上げるために一念発起

  3. 働きすぎで心と身体がおかしくなる

0と100を一気に体験した、と言えば伝わるでしょうか。人生を一気に変えようとした結果、バランスが狂ってしまい、身体が壊れてしまったわけです。

ここで私は自分を責めます。

自分で決めたくせに、もう諦めるのか?

この問いが私の人生を大きく変える、人生最大の問いになります。

私はこの時に気付いたのです。

本当は自分で決めていないかもしれない

そうです。

私はそれまでの人生、
本当に自分で決めたことなど、
ほとんどなかったのです。

私はずーーーーーっと、30年以上、
他人の声に従って生きてきたのです。

私がいかに他人の声に従って生きてきたのかは、このnoteに全て書いてあります。

その気付きが起こってからしばらくして、私は新たなSNS発信のアカウントを立ち上げることになります。

それがこれです。

私はこの時から、自分の声に従って生きるということを始めました。

もう、ジェットコースターは充分だ。
私は私にぴったりな人生を取り戻す。

ずいぶん、、狂ってしまったなあ。
ゆっくり、元に戻っていこう。

これが私の第二の誕生日。

ライフチューナー浮葉の誕生日と同じ日です。


第2章 | 第二の人生

私は30年以上ずっと、他人の声に従って生きてきました。しかも「自覚なく」です。

大学受験に挫折したのも、SNSアカウントをいくつも潰してきたのも、事業を意地でも続ける覚悟を持てなかったのも、全て、

自分で決めたことじゃなかったから

です。

でもこの時、その事実に気付いた。

だから私は決めました。

ここからは自分の声に従って生きていく

ここからの物語はそのまま、
「ライフチューナー浮葉」としての物語に接続されます。


浮葉の発信の原点

この流れを見ていただければ腑に落ちると思いますが、私の初期の発信内容は「潜在能力を見つけて、活かそう」というものでした。第一回目のラジオ放送がこの時の私を最も雄弁に語っていると思います。

このラジオが浮葉の産声です。これは今思えば自分へのメッセージだったのかもしれません。

お前にはお前の価値があるんだよ
お前そのものの価値を活かせる場所に行けば大丈夫
安心して良いんだよ
そっちで合ってるよ

もう他人の声を聴くのはおしまいにしよう

今の私には、そんな声に聞こえます。


思わぬ方向で成功を収めてしまう

私にとってライフチューナー浮葉の発信を続けていくということは「自分の声に耳を傾け続けること」と同じことでした。日々自分の声を聞き、それをマイクやパソコンに向かって発信する日々。

そんな中、ふと思いついた「引き寄せの法則を使ってフォロワー増やしてみよう」という遊びが、思いもよらない体験を私の人生に招き入れてくれました。そう。アカウント開設からたった2ヶ月で1万フォロワー達成、というとんでもない成功体験です。

今思えばこの体験は私の人生を大きく救ってくれたと同時に、今進んでいる方向が自分にとっての正解であると証明してくれた奇跡のようなギフトでした。ここで私は「自分の声に従ってよかった」と強く感じることになります。


1万フォロワー達成して私が感じたこと

絵に描いたようにうまくいってしまった私は、こんなことを感じていたことを覚えています。

超嬉しいけど、、、なんか疲れたな・・・

1万フォロワー達成の道中はエキサイティングで最高の思い出になりましたが、9500フォロワーくらいからは急に重くなり、かなり疲れました。

目標達成した後に感じたのは「喜び」よりも「ようやく終わった安堵感と疲労感」だったのです。

ここで私はあることに気付きます。

あれ・・・また他人の価値観に踊らされてないか・・・?

そうです。

自分の声を聞いて発信を始めた私は、最初はとってもリラックスしていました。しかしそれがするするとうまくいってしまい、あと少しで達成!というフェーズに入った途端に、「1万フォロワー達成しなくちゃいけない」という、謎の外的な圧力に潰され始めたのです。

「引き寄せたのしー🍃」という自分の声に従っていたのが、いつの間にか「1万フォロワー達成しなくちゃ🔥」という他人の価値観に従うようになってしまったということです。

そりゃ、疲れるわけです。
またあの辛い頃の在り方に戻っていたのですから。

第3章 | 穏やかなしあわせの再確認

「穏やかなしあわせ」を掲げて立ち上がったライフチューナー浮葉のアカウントが、なぜか1万フォロワーという偉業を成し遂げてしまった。その影響で軸が「刺激的なしあわせ」に一瞬偏る。

ここで「おっとっと、いけないいけない」と、再び「穏やかなしあわせ」に戻ってきた、という流れ。

ここで私はより強く「穏やかなしあわせ」について定義することになります。

穏やかなしあわせとは

私は「しあわせには2種類ある」といつも言っています。

  • ドーパミン的な「刺激的な幸せ」

  • セロトニン的な「穏やかなしあわせ」

です。

刺激的な幸せというのは、二郎系ラーメンのようなもので、脳天直撃の激しい快感を与えてくれる幸せです。ロレックスを買った、フェラーリを買った、タワマンを買った、そんなときに感じる幸せのことです。

これはすごく激しい快感を与えてくれますが、効果の持続性は低く、すぐに消えてしまいます。依存性が強いので、消えたらもっと欲しくなり、延々新しい刺激を求めるようになってしまう傾向があると私は感じています。

いっぽうで穏やかなしあわせというのは、お出汁のようなもので、うす味なんだけどじんわりとやわらかく包み込んでくれるような幸せです。お日様が暖かい、風が気持ち良い、大好きな人と心が通じ合った、そんなときに感じる幸せのことです。

これは激しさはないものの、ずーっと私たちのそばにいてくれて、感じようとすればいつでも感じられる、というのが特徴です。依存性は極めて低く、むしろ逆に意識しないと「存在を忘れてしまう」くらいに主張してこないしあわせです。


私たちが刺激的な幸せばかりを追い求めてしまう理由

私はこれまでの人生を振り返ると、いつも「刺激的な幸せ」ばかりを追い求めていたということに、このとき気付きました。これは偶然の話ではなく、自然な流れだと私は思っています。

なぜなら、世に溢れるビジネスはいかにしてこの「刺激的な幸せ」に憧れを抱かせて、それを味わわせて、依存させるか、ということを目的にしているように私には見えるからです。

だって、自分の商品に依存させたら、お客さんはそれをずっと買い続けてくれるじゃないですか。そうなったら長い間、ガッポリ儲かるわけです。シンプルな話です。

こんなふうにして小さな頃から社会全体を覆う「ビジネスの意図」を体全体に浴びてきた結果「刺激的な幸せをたくさん得られる人が幸せだ」という刷り込みが行われてきたというわけです。

これ、私だけじゃないと思うんですよね。

刺激的な幸せを得るにはお金がたくさん必要なので、その刷り込みは間接的に私たちにずーーーーっと「お金をたくさん得ることが幸せなんだよ」と囁き続けているのです。

これは自分の声ではなく、他人の声です。

あなたは「お金をたくさん得ることが幸せなんだよ」と思っていますか?

あなたが自分の声を聞けるようになった時、
あなただけの「しあわせの定義」がわかり、
いかに自分が他人の声に操作されていたかを理解することになります。

そしてあなたは気付くはずです。

なんだ、私が欲しかったしあわせって、もうすでに持っているものじゃん。これでじゅうぶんじゃないか。と。


刺激的な幸せも人生のスパイスになる

補足しておきますが、私は刺激的な幸せを悪と言っているわけではありません。ただ、こればかりを追い求める人生になってしまうと自分の人生から自分の声が消え、他人の意図に操られる人生に少しずつ傾いていってしまう危険性があるとは思っています。

毎日二郎ラーメンを食べていたら健康に支障をきたしてしまいそうですが、時々食べる二郎ラーメンを本当にこの世のものとは思えないくらいに美味しいですよね。私が言っているのはそういうことです。

大切なのは0か100かではなく、
自分の声がしっかりと聞こえるバランスで生きていく
ということだと、私は思うんです。


第4章 | 穏やかなしあわせは夢の土台になる

ここまで、私が穏やかなしあわせを大切にするようになった経緯と、穏やかなしあわせの定義について書いてきました。ここからは、穏やかなしあわせを大切にすることによって生まれる数々のメリットを書いていきます。

周りがみんなやさしくなる

刺激的な幸せを追うことをやめ、自分にぴったりな穏やかなしあわせを味わうようになると、周りがなぜかやさしくなります。これは私の実体験ベースになってしまいますが、びっくりするくらい周りの人が優しくなるんです。

おそらく自分から放たれている雰囲気が穏やかになり、それが無意識で伝わり、みんなが優しくなるのだと思います。根拠はないのですが「金持ちになりたい!」と思っている人より「今日も良い天気だな〜」と思っている人の方がなんとなく話しかけやすい気がしませんか?

正しい原因はわかりませんが、多分そういうことです。


心の安定感が増す

人間というのはブレる生き物だと私は考えてるので、
「絶対にブレない生き方」ではなく、
「ブレすぎる前に戻ってくる生き方」を理想に置いています。

穏やかなしあわせを味わっていると、心が落ち着いて、中心軸に戻ってくる感覚が生まれます。中心軸に居ないと穏やかなしあわせを感じることはちょっと難しい、とも言い換えられます。

私は「今ブレてるな」とか「なんか最近落ち着かないな」と感じたら、意識的に穏やかなしあわせを感じるようにします。そうすると自分がいかにブレていたのか、気付かされることになると同時に、すーっとまた中心軸に戻ってこられる感覚を感じるのです。


判断のリトマス試験紙になる

逆説的ですが、
穏やかなしあわせを感じる自分でいられるということは「今自分はしっかりと自分の声を聞ける状態であり、中心軸から大きくブレていない」ということの証明になると私は考えています。

他人に踊らされて欲に目が眩みまくっていたら、お日様の暖かさ〜とか、水道から水が出る喜び〜、なんて言ってられないですからね。

だから、「穏やかなしあわせ」で人生が満ちている時の判断は、自分の声である可能性が極めて高い、ということが言えます。これが超大事です。

誰かに煽動されたり煽られて、他人軸で挑戦すると、過去の浮葉のようにちょっと辛抱しなければいけない状態になった時に「うーん、やっぱ俺のやりたいことはこれじゃない」となり、挫折してしまいます。

しかし自分の声がしっかり聞ける状態で始まる挑戦は「自分の声由来」なので叶う可能性がグーーーーンと上がるんです。

なぜなら「自分の声に従っている人間」というのは「夢中」になり、努力せずに圧倒的な行動を積み重ねてしまうからです。

というわけで、
なにか新しい挑戦をする時、自分にこう訊いてみてください。

今、穏やかなしあわせを感じられる自分かな?

YESならば、その判断はきっとあなたを素敵な未来へ導いてくれます。


大失敗したときの命綱になる

人間、生きていれば大失敗することもあります。人間関係、金銭、社会的な地位などを失ってしまうこともあるでしょう。

しかし、こういう時にも穏やかなしあわせはあなたのそばにいてくれます。

貯金がゼロになってもお日様の光は降り注ぐし、朝目が覚めることができるし、心臓は頼んでもいないのに自分を生かそうと必死に動いてくれます。胸いっぱいに吸える綺麗な空気があって、働く場所も選ばなければある。社会保障制度もあるし、なんと言っても、命がある。

そういうひとつひとつに感謝する心があれば、大失敗してもまた立ち上がることができると私は思うんです。穏やかなしあわせはまるで命綱みたいに、私たちの挑戦をいつも静かに、見守っていてくれています。


おさらい

ここまでが私の思想の概要です。
ここで総まとめしましょう。

① 自分の声が聞こえていないことに気付く

② 自分の声を聞けるようになる

③ 穏やかなしあわせという土台を手にいれる

この記事です。


この3つの記事を見ていただくことで、私の発信の骨格は伝わるようになっています。

  1. 自分の声が聞こえていないことに気づく

  2. 自分の声を取り戻す

  3. 自分だけの穏やかなしあわせを土台にする

この一連の流れを行うのが、ライフチューニングです。

そしてここから先は、安心の土台の上で夢を追っていくフェーズへと進んでいきます。

この一連の流れを一言で定義するならば、

「自分の声に還り、穏やかに整え、自然に叶えていく」

です。


ここから先の話

ここまでが私の発信の全体像です。
再スタートの基礎作り、とも言い換えられるかもしれません。

ここから先は、少しだけ現実的な話になります。
思想は、扱い方を知らないとすぐにブレてしまうからです。

もしあなたが、
「この生き方で発信したい」と思ったなら、

を読んでください。

もしあなたが、
「この生き方で願望を叶えたい」と思ったなら、

を読んでください。

どちらも、
この思想を実生活で扱う方法を書いています。

でも、どうか無理はしないでくださいね。

純度100%のあなたの声に従って、穏やかに進んでいくのが一番です🍃


そしてここで、私が教壇から説明するフェーズが終わりを迎えます。
ここからは皆さんと一緒に、横一列になって夢を叶えていくフェーズです。

私はライフチューナーとして生計を立てるという夢を実現している最中です。引き寄せの法則をぷかぷかと活かしながら、穏やかなしあわせという土台の上で夢を叶えています。

みなさんはどんな夢を叶えますか?

人生を見直し、自分の足で再スタートした人間は、静かで、しなやかで、誰よりも強いと私は信じています。

自分の声に従い、穏やかなしあわせに感謝し、夢中に挑戦する人を私は心の底から応援しています。

なぜなら、私はそういう人が大好きだからです。

ブレてしまったらまた、ここに戻ってきてください。

純度100%の人間同士は、離れていても繋がっています。

ライフチューナー浮葉


この思想に共感してくれている人が集まる静かな里があります。あなたの声が「入ってみたい」と言っているならば、ちょっと覗いていってください🍃

いいなと思ったら応援しよう!