ギラン・バレー症候群 闘病記⑬ 〜2月の3連休、いくつかの手応えと課題
前回(⑫)では、自転車の再開や、手の動きを助ける専用の箸を試してみたこと、味覚の変化など、日常に戻るために、あれこれ試してみたことを書きました。
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2月の3連休。初日に6.4km歩き、にんにくを絞り、自分の手でビールの缶を開けられた。少しずつ変化を感じる場面はあったけれど、転倒や腰痛を通して今の限界を意識することもあった。喜びともどかしさが交互に訪れる。一喜一憂という言葉で括りきれない、この3日間の動きを振り返る。

2月21日(土)
春の兆し。歴史のロマンあふれる丘の公園へ。 7時半に出発。自宅から地下鉄の最寄り駅までの1.2kmを歩く。 地下鉄の終点駅に8時15分着。ここで2名と合流し、AI活用型バス「のるーと」で目的地へと向かった。
現地でさらに数名が加わり、総勢7名での散策となった。その中には、裸足でアスファルトや芝生を颯爽と走る「裸足ランナー」の友人もいた。テレビで有名になるずっと前からの付き合いだが、彼の変わらぬバイタリティには、会うたびに良い刺激をもらえる。 歴史を感じる公園の道を、気心の知れた仲間たちと語らいながら歩いた。

散策の後は、2.4km歩いてようやくあの店へ。噂に聞いていた、行列が絶えない店に今回初めて入った。 ランチは5名でテーブルを囲む。 丼になみなみと注がれたスープ。見た目の濃厚さに反してキレが良く、後味はスッキリしている。麺は地元では珍しい中太たまご麺でモチモチしているが、個人的には、スープの印象が強かった。
最初はにんにくを入れずにそのまま食べ進め、途中からは決めていた通り、卓上のクラッシャーに手を伸ばした。発症してから、自分で絞るのを試してみるのは、実は今回が初めてだ。
以前なら、指に力が入らずに諦めていただろう。両手で力を込めると、最後の一搾りまで出し切ることができた。指先に残る、久しぶりの抵抗だった。

復路は店から最寄りの地下鉄駅まで400mを6分ほど歩く。そこから地下鉄に乗り、乗り換え駅を経て、自宅最寄りの私鉄駅へ。そこから自宅まで歩き、13時には帰宅した。
16時からは外来リハビリ。 一日の歩行距離が伸びた影響もあってか、腰に重い痛みが出ていた。理学療法士さんの診断は「大腿直筋と腸腰筋の硬直」。股関節が十分に伸びていないことが原因だという。 このせいで、無意識に歩幅が小さくなっていたようだ。筋肉を柔軟に保つため、日々ストレッチを行ってほぐすようにと指導を受けた。
夜、日常の中の「小さな回復」があった。 新しくリニューアルされたビールの缶。 そのタブに指をかけ、力を込める。以前は道具を使わなければ開かなかったアルミの蓋が、自分の指だけで、パキッと音を立てて開いた。
2月22日(日)
クロスバイクを出し、ワークマンへ。 往路は強い南の向かい風。ペダルを踏み込んでも押し戻され、なかなか前に進まない。自分の体力不足をまざまざと突きつけられる思いだった。
ようやく店に着いたが、そこからも一苦労だった。ヘルメットのバックルがなかなか外れない。ただ外すだけの動作に、時間がかかってしまった。
記録:10.33 km、36:16、平均時速17.1 km/h。
昼は餃子の王将へ。 以前は自宅から400mの地点にも店舗があったが、今はもうない。ワークマンからの帰り道ということもあり、1.8km離れた場所にある店舗へ立ち寄った。

店を出る際、またしてもバックルの取り外しに意識を奪われた。焦っていたのかもしれない。鍵をかけたまま発進して、そのまま右側に倒れてしまった。幸い、新調したばかりの厚手のグローブが、路面の硬さを遮ってくれた。大事に至らずに済んだのが、不幸中の幸いだった。
ひとつ課題がはっきりした。バックルをはめる動作はいい。だが、外す時の細かい操作がまだ難しい。
2月23日(月・祝)
次女が帰省。 14時に新幹線の駅へ妻と迎えに行き、そのまま家族で外出へ。 ちゃんぽんの名店で腹を満たし、高台にある神社へと足を運ぶ。家族揃って歩く時間は、良い気分転換になった。

にんにくを絞り、ビールを自分の手で開ける。そんな小さな喜びのすぐ隣に、バックル一つ外せずに焦る自分がいる。 喜びともどかしさが交互にやってくるけれど、これが今の自分のありのままなんだろう。 自分の体が今どこまで動くのかを、あらためて確かめる三連休だった。
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