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窓の外は銀河⑹

モア・シリー・シンフォニー


正式な申し出を天使からはねつけられ、ショックで号泣しても状況は変わらず、部屋中を不浄を含んだ黒玉の川がどーどーと流れ続けていた。そのころから、私が対応しているのは、神や天使じゃなかったんじゃないか?という恐ろしい疑念がわいてきた。いや、そんなはずはない。姉の創設したカウンシルの管理下で結界を張って行っているのに、闇のモノが入り込むなんてことがあるはずがない・・・。

壊れかけの蛍光灯のようにいろんな考えがちかちかと浮かんでは消えた。仕方なく、疲れ切るまで黒い川に光を照射した。ふらふらになってぼーっとしている私の前に、数十年前に流行った、小型TV大の画面が突如現れた。そして上映が始まる。

それは、トムとジェリーのようななにかあわただしくも楽しい動きが繰り広げられている、古ぼけた白黒アニメだった。登場人物は三頭身くらいの直立したワニ。ジェリーによって馬鹿されたトムが、エンジンの回転軸棒に布地のようにぐるぐる巻きついて、あげくのはてにオーバーヒート、ぐるぐる巻きの状態から、ひょー―――ん、とどこかに飛ばされる。池か肥溜め、あるいは馬の餌桶にドスンと落ち、頭を出すが、目がくるくる回って星が散り、チカチカしている。豚や馬などの長閑なキャラクターたちがびっくりしてその様子をみている。そんな状況をまぬけで長閑な顔をしたワニ男に置き換えて描かれたアニメだった。

いったい、なんで私はこのばかげた動画を見せられているのだろう?と、疲れた頭で獏と考えていた。

茫然としていると、動画はひきつづき、ワニ男をぐるぐるぐるぐる引っ張りまわしては、投げ飛ばす類のシーンが続いた。平和な世界でひとしきりなぶりものにされたワニ男は抵抗もせず、苦痛そうでもなく、ただ、されるがままの状態だった。

「なんだかワニ男が気の毒だなあ」そう思ったかもしれないし、動画が早すぎてなんだかわからなかったかもしれない。あるいは、なにも考えられず、目の端にそれらが映っただけかもしれなかった。当時の記憶は薄れてしまったので、曖昧模糊としている。たぶん、あまり思い出したくないのだろう。

私は考えた。いま見せられた映像は、まるで、ディズニーの古いアニメ「モア・シリー・シンフォニー」のようだった、と。あるいはトムとジェリー・・・どちらにしろ、なんで高次存在がそんな動画を見せるのか、 まったくもってわけがわからなかった。

それに、なんでワニなんだろう・・・・・?

すると姉がまたぶつぶつとつぶやいた。
「こんなことをしても私は絶対に許さないわよ。よくも大切な妹を!」といい、私は姉の勢いに気おされ、ただ目をみはるしかなかった。

夜は疲れ切って寝ていたが、日中は気を取り直して、黒い玉が流れる川に対応した。そのため、私は自室を駆けずり回った。
元来、黒い川が10筋になったころには、三次元の私は正直やりたくはなくなっていた。が、ハイヤーセルフか魂・・当時どちらかよくわかっていなかった・・・に聞いたら「どうしても全うしたい、これをやり抜くことが魂の願い」というので、そんなに強く思われては拒絶することもできないから、請け負うことにしたのだった。なにより不思議世界に直面している状態を投げ出したくはなかったのだ。

家族がこの状況をよく許したものだ。私はいつも通り朝6時には起床し、子どもに弁当を作り、自分の朝食もすませ、洗濯機をまわした。ベランダで強い日差しを浴びながら衣類を干すころには、空に浮かぶラブレターを見て、気持ちを整えていた。それらまっとうなやらなくてはならない家事、という日常がなかったら、たぶん発狂していたんじゃないか、と思う。

姉の技法は、一人一人の魂の傷にむきあって、乗り越えるべき課題を丁寧にクリアリングするものだったので、黒い川にも一筋一筋、分け隔てなくヒーリングを行った。適切な高次存在を選択して招喚し、必要と思う手法を施したのだ。その結果、動き回ることになった。効率がいいとはいえなかったが、そうしなければ、処理できない、と思い込んでいたのだった。

部屋の壁の高い部分に開けられたポータルから流れる川には立ち上がって身を乗り出し、低層には、腰をかがめて手をかざし光を照射した。行為には能動性があり、流れ続ける13筋の川に対応して、駆け回って浄化を行うことを楽しんでいた、とも言える。

極めつけは、姉の薔薇だった。

アモラの薔薇の作法が記載されている
【新装版】プレアデス覚醒への道
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ドルフィンスターテンプルの基礎講座のもと本 *3

姉が書籍(*注3)に詳しくその方法を記載しているが、それを自分なりにアレンジしたものだった。
溶解したネガティブなエネルギーと匂いで、部屋のむせかえるような状態が極限に達していた。上下に8つも装置を設置しても除去が追い付かないので、苦肉の策だった、といえる。

充満し飽和した低波動の気体を、中和して除去してもらう、ために、姉の薔薇を4万本ほど部屋に出現させた。

➀部屋に薔薇を出現させる ②瑞々しく生命力と慈愛にあふれた薔薇の美しいさまを明確に思い描く③部屋中に漂う溶解した低波動の気体を薔薇にすべて吸い取ってもらう ④低波動を吸い取った薔薇は、ふっくらと膨らみ美しさをたたえている状態を観察する ⑤掛け声をかけて一斉に家の保護膜の外側まで薔薇を飛ばす ⑥合図を送って、薔薇を消す

⑥まで終えると、薔薇の神聖な力によって中和されたエネルギーが、単なる粒子となって名札のついていない無色透明なエネルギーにかわる、ということだ。⑤の、薔薇を、家屋を守る結界の上に飛ばすときの黄金の光の束の移動は忘れられない美しさだった。私の号令に合わせて粒子が縦方向に動く、それは凄まじい光の流動だった。

その様子にそっくりなのがこの画像👇

いちにのさんはい。といって、溶解して立ち退かない不浄の気体でパンパンに膨らんだ中和の薔薇を数万本、屋外に一気に、持ち上げる際の、光の様子、それは美しかった。

ハイヤーセルフと一体化して見えない世界でヒーリング行為を楽しむ一方「なにかがおかしい」と思ってもいた。やっていることそのものがオカシイ、のはもう飛び越えてどうでもよくなっていた。だってそうだろう、何もない6畳の部屋で、目に見えない不浄なものに向かって「○○光を照射してください。」「次はグリッドをお願いします。」と叫んで、壁に向かって不可視の格子状の変容装置をかけている中年女。おかしくないわけがない。

光が見えるようになったのは、授業が始まるさらにひと月ほど前だったが、なぜ見えるようになったのかはいまでもわからない。グラウンディングという行為の際、自分に内在する光と天の光を混ぜて惑星地球に送るとイメージした、そのときから、天に光が顕れたのだった。
見えている光は、イメージとはまったく違う。イメージとは想像図であり、脳内にあえて=「意識して思い描いたもの」あるいはなんとなく=「無意識に浮かび上がったもの」であり、たんに想像して作り出した一瞬の画像にすぎない。または、セッション時の内容として上の存在たちが脳を刺激して見せてくれるイメージや言葉もこの部分にあたるから、イメージ画を存在たちが見せてくることももちろんある。
しかし、「彼」が見せる光は私が思い描いたものではないし、読み解き時にもたらされるPC画面大のイメージでもない。6畳の部屋一面で複数のことが同時進行でランダムにおこっている、そんな世界を40分間連続で私は見させられていたのだ。人間のちっぽけな頭でそんなものを構成し続けるなど到底不可能である。それは、すでにあった世界や神によって構築された世界のほんの一部をたまたまなにかの拍子に見えるようになった特殊な状態、と考えなければ道理に合わない。

実際には当時、「彼」によって4次元のある空間をその都度自室にさまざまにドッキングされていた、と解釈している。

不可視世界の視野は最初直系20㎝の球体に収まるほどの狭さだった。授業が始まるまでその範囲は変わらず、開始後は、徐々に範囲が拡大していった。そして、目玉が現れた5日ほど前の、8月15日前後、ある瞑想音声を聞いていたとき、視界の全領域までその範囲が拡大したのだった。

光が見えるようになって以降、それまでの常識や感覚は、捨てざるを得なかった。見えるようになったその瞬間から、私の頭はある意味、ビスが飛んだのと同じ状態になったからだ。そうなったからにはそれを受け入れるほかにどうしようというのだろう。好きで見ているというより、私に選択の余地はないからだ。

黒い玉の浄化を喜んで取り組めたのは、心理的に追い込まれていたせいでもあった。部屋を走り回って不浄の玉に向かって必死にヒーリングしていたときはいいが、先が見えない不安と途中から生まれた「彼」に対する不信感で、付け焼刃の責任感は完全に揺らいでいた。そんな私を支えたのは、地球の最高神たちを統括するカウンシルに対する信頼感だけだった。そして、私の迷いや悲しみなどおかまいなしに目前の黒い玉はどーどーと増え続けたのだった。

気が付くといつからか、腕の内側の柔らかい皮膚や、手の甲・足の甲に、「目」のマークをつけられるようになっていた。一度浄化を終え3時間ほど経過するころに、細く赤い線を浮き上がらせて知らせてきた。みみずばれを起こして痕をつけていたのだろう。それらが現われるときは痛みがあり、「彼」の苦し気な感情が入り込んできて、気の毒に思って浄化を再開した。いまでも、自分の腕にくっきり浮かんだ「目」のマークを撮影しなかったことが悔やまれる。

元来は、大天使の愛を受け入れて、地球にエネルギーを廻していただけだったのに。それがなぜこんなことになったのだろう?と途方に暮れていた。反面、腕に現れる痛みの刻印が、選ばれたものだけにつけられる特別なもの、天から招かれて行っている「使命」のような感覚を持たせた。その時は気づかなかったが、おかれた状況に酔いしれる部分があった、ということだ。

自分のやっていることは家族に知られてはならない、と思っていたが、声が部屋の外まで響いていたはずなので、娘や主人が異変に気づいてない、ということはなかった。学生生活多忙中でも、4回中夜の1回は、同じ家屋にいて聞こえていたはずだった。日常会話は交わしていたが、触れてはいけないヤバイことだと思ったのだろう、彼らがあえて私に質問をすることはなかった。そもそも娘たちは母親がスピリチュアルの学びに進むことを、快諾していたわけではなかった。母親として本当は気遣う必要性があったと思うが、部屋の中だけで治まってほしいと思う以外の、余裕はなくなっていた。

余裕のなさはヒリヒリとした懸念を生んだ。黒玉が大量にやってきたのは、仕事や家事をしているときにありがちな思考のせいではないか・・・?と。
「いまこれを処理しなければ、明日にはもっと増え、たいへんになる。だから早いところ目の前の作業を終わらせなければ」という仕事のときに言葉にすることなく使っていた感覚。その焦りと「仕事なのだからやらなくてはならない」という義務感。それが「神が望むのだから」に自動変換されて、事態を悪化させているのではないか、という気がしてきたのだ。
高次存在とは魂のやりとりなのだから、現れている世界は自分の思考のせいにちがいない、黒玉が増え続ける状況を招いているのは、日頃からなんの疑問もなく使っていた考え癖のためではないのか?と・・・。

そう思っても、状況を修正することができなくなっていた。
始めた行為を一生懸命こなすことを、ストップできなかったのだ。

私は美しく善良だと思えた世界にダイブし、そこからあがってこれなくなっていた。その世界で上手く泳げていると思えたときは気分がよかったが、肌に触れれば病む感覚と痛みを持ち、先行きは考えようがなかった。そして、不快感と不信の体験は恐怖と刺激を同伴し、相剋しあう快感を生んで「やりがい」を手放せなくなっていった。すでに、黒い玉が孕む低波動の執着心に私は覆われていた、ということだ。

前述したミカエルによる慰めの言葉はずっとあとに貰ったものだ。結果的に9月の初旬、意図を忘れた私は混乱し疲弊し酔いしれる感覚と引っ張り合う大きな傷を抱えることになった。傷の原因は、黒玉ぶっかけ事件が最たるものだろう。それ以外に、「彼」の粒子が目の際にたびたび入ってきて困る、というのがあった。


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