【福井】中国大仏は昭和バブルの夢を見るか | 越前大仏 | 福井県勝山市 | 2006年
昭和62年、タクシー業で財を成した故多田清氏が、立身出世の報恩として開創した新興寺院が大師山清大寺であり、そこに鎮座するのが越前大仏です。
寺は臨済宗を名乗り、宗教団体として認証されたのは平成14年なので、長い期間これらの施設は「寺院風建造物とゆかいな人型建造物」ということだったのでしょう。
公式サイトを見ると「過去の歴史に縛り付けられていない無限の可能性を秘めた寺院」と息巻いていますが、逆に言えば何でもアリということです。
東大寺もどきの「大仏殿」、東寺もどきの「五重塔」を本家以上のスケールで造ってしまうあたり、発想はきわめて自由でしたが、その自由さはやがて資金難に直面し、長く「巨大な未整理物件」として扱われることになりました。
公式HPがYahooの無料スペース「ジオシティーズ」というあたりは、落涙必至です。 ※2006年当時
参詣者数は当初から伸び悩み、「門前町」と称する土産物店街は現在一軒のみ。1996年から納税が困難になり、2002年と2004年より土地、建物を勝山市が管理するようになった。大仏と大仏殿は清大寺が管理し、敷地内の土地や五重塔などの建物は公売に出されたが、2007年以降、計9回の公売がすべて不調に終わり、買い手は見つからなかった。
2018年に勝山市は滞納市税約40億円を民間の債権放棄に相当する不納欠損処理を決定した。これにより寺が持つ土地、建物の差押物件はなくなった。
2021年頃から勝山市のDMOが海外向けにマーケティングした結果、2024年の訪問者数は前年比24倍を記録した
福井一人旅も終盤戦、若干疲れもあって、拝観するかどうか迷いましたが、ネタを一つでも増やしておこうと突入しました。
時刻は16:00を少し過ぎたあたり、400台収容可能な駐車場には10台ほどの車しかとまっていませんでした。

「大仏入口 年中無休」
これまで色々見てまわりましたが、ここ以外に「年中無休」という書かれ方をした大仏を私は見たことありません。

「無いのなら つくってしまえ 門前町」
本来、門前町とは長い時間をかけて形成されていきます。しかしそんな歴史を持ち合わせていないこの新興寺は、そのプロセスを力業で飛び越えてきました。
そう、「無いのなら つくってしまえ 門前町」です。
ただ、完成したのは、経営者の思惑とは真逆の異空間。老人の「推しスポット」どころか、「千と千尋の神隠し」を彷彿とさせる、いびつで怪しげな商店街だったのです。

軒を並べる店々にも、参道にも人の気配はありません。この時は単純に夕方だから閉まっているのだと思っていましたが、Wikipediaにもあるとおり、既に多くの店が半永久的な閉店をしていたようです。


お茶とか飲んだら豚になりそうです。
この大門の前で、拝観料(というより「入場料」)を払います。通常800円のところ、夕方割引で640円でした。
受付のおばさんは「あら?あら?」と言いながら、電卓で800円の2割引を何度もやりなおしていました。
割引はありがたいのてすが、こうしている間に閉館してしまうのではないかと気が気でありませんてした。

大門前の説明銅板
オーナーは、普通の日本式では従来の寺社に勝てないと考えたようで、境内のあちこちで本場「中国」の雰囲気を噴霧しています。いっそのこと、更に本場のインド調にすればいいのですが、それではお爺さん、お婆さんはやって来ないのでしょう。
でも、そんなことより、
「句読点の代わりに2文字分のスペース」が意味不明です。



もちろん、メイド・イン・中国福建省です
大門の背後側
広い境内には私と何やら軽作業をしているおじさんの2人だけ。

<日本一の大きさ 大仏殿>
東大寺より大きい大仏殿。
日本一の大きさとのたまう、鉄筋コンクリート製建造物です。

<日本一の大きさ 五重塔>
奥に見えるのは東寺より大きい五重塔。
日本一の大きさとのたまう、鉄筋コンクリート製建造物です。

「大仏殿がでかけりゃ、燈篭もでかい」
「鼻がでかけりゃ、アソコもでかい」と理論としては同じですね。

前足を突っ張り、何かを恐れる表情を見せる狛犬。
石像なのかも知れませんが、疑わしいのでコンクリ製だと思うことにしました。浅野祥雲にはかないませんが。

大仏殿は非常に大きく、近寄ると広角レンズでも充分に入りきりません。

<奈良の大仏より大きい 越前大仏>
パンフレットや公式HPにおいて、全力で「奈良の大仏より大きい」とアピールしてきます。高さは17m、石台に蓮台までいれると23mの高さとなります。
もちろん大きさだけでなく、中国の仏像がモデルであることをチラつかせてきます。緩急をつけたアピールですね。

立った場合は約30.9〜32.7m。
そして、横を見ると、壁一面に多数の仏、仏、仏…。
パンフレットによると、「高さ1m余の小仏像」が1281体安置されているとのこと。

しかしながら、実際には上段に行くほど仏像の大きさは小さくなっていきます。遠近法を最大限に利用した展示、お見事です。

一番下段の小仏像は、ほぼ人間と同じ大きさです。
ポーズも何やらお気楽な感じで、妙な親密感が湧いてきます。

再び大仏に戻ります。
下から眺めると、さらに大きく見えます。
手の長さは3.6m。だいたい軽自動車の大きさだといえば想像つくと思います。

せっかくなので、後から入ってきたカップルに協力してもらって、大仏の大きさを知ってもらいましょう。座った状態で17m、ジオングより少し小さいといえば想像つくと思います。

大仏の両脇には菩薩像と羅漢像が並んでいます。どちらも身長10m以上、ダグラムより大きいといえば想像つくと思います。

大仏のお尻の写真を撮るのが結構好きなので、撮ってみましたがイマイチでした。プリッとしたお尻がかわいいんですよ。

五重塔へ移動する最中に置かれていた、九龍壁。
中国の国宝第一号に指定された由緒ある装飾壁を中国政府の許可を得て再現したものだそうです。
公式サイトによると、日本の陶芸技術ではうまくいかなったので北京で焼いたとのこと。

九龍壁と観世音菩薩の説明書。
ちなみに、ガラスに反射している自分は泣いているのではなく、写真を撮っているだけなので、ご心配なく。

先程も述べさせていただいたとおり、日本一の大きさを誇る五重の塔。高さは75mで、もちろん鉄筋コンクリート製。
中に入れそうなので、行ってみましょう。

期待どおり、エレベーターの案内がすぐありました。

エレベーターです。トイレではありません。

エレベーターで行けるのは4階まで、最上階の5階へは階段で上がる必要があります。

4階のエレベーター位置に鎮座する仏像。
各階に仏像が置かれているようですが、もちろん見ていません。

廻廊下に出ることができます。

中央の攻め寄せる王蟲の集団みたいな建物は、はじめに紹介した、新門前町です。

大仏殿を眺める。左下の建物は九龍壁を収める九龍殿。
私の写真でも、その巨大さが分かってもらえるのではないでしょうか。

<日本一の大きさ 勝山城>
現存する日本の城で、天守閣が最も大きいと言われる勝山城です。
位置も形も全く資料に基づいていない悪名高い城で、石垣に龍が刻まれていることでも有名です。

奈良大仏にを意識しながら、奈良大仏より大きい、越前大仏
姫路城を意識しながら、名古屋城より大きい、勝山城
そして共に「龍」を多用…。
そうです、この二つの建造物は、「鳥羽一郎・山川豊」、「岩崎宏美・岩崎 良美」、「鈴木聖美・鈴木雅之」と同様、兄弟なのです。

<おわり>
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