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【愛知 | 移転】武豊線の歴史 | 半田市鉄道資料館 | 愛知県半田市 | 2004年アーカイブ


半田市の市民ホールに併設された施設で、開設は昭和52年。
「C11 265蒸気機関車保存会」が中心となって収集・保存してきた資料を展示している。建物の前には、武豊線のSLさよなら運転で使用された、C11形265号機が静態保存されている。

開館日は月にわずか2日で、訪問の難易度はかなり高い。通常はボランティアの係員が案内してくれるが、この日はたまたま保存会の会長が訪れており、さまざまな話を聞くことができた上、著書までいただいた。

人見知りで小心者のため、旅先で誰とも話さずに帰ることも少なくない。しかし、思い切って声をかけてみれば、やはり楽しいし、思いがけず得られるものも多い。「旅の恥はかき捨て」という言葉を、改めて噛み締めた見学だった。


半田市鉄道資料館は、半田市民ホールの脇に建てられている。しかも市民ホールの奥側にあり、道路沿いに案内看板も出ていないため、偶然見つけて立ち寄るのはかなり難しい。

そもそも開館日は月に2日間のみ…。


警察署か古い役場を思わせる看板。ボランティアのお兄さんが入口に座ってこちらを見ていたので、正面全体を撮影することはできなかった。


「月2日のみ開館」を大きく掲げた看板。
ちなみに、訪れたのは午後1時過ぎだったが、この日最初の来館者だったらしい。閉館間際に夫婦が訪れたので、この日の来館者は合計二組。


室内は決して広くないが、展示されている資料には珍しいものが多い。


武豊線の現在の終着駅「武豊駅」の看板。
これを眺めていると、会長さんが声をかけてきた。

リーフレットをいただき、こうした資料集のような冊子が好きだと伝えると、大層喜んでくれた。ここから、思いがけない大特典タイムが始まった。


奥の本棚には、新旧入り乱れた書籍が並んでいる。貨物列車の時刻表まで書籍になっていることを、ここで初めて知った。

特に気に入ったのは、終戦から数年後の時刻表。夜行列車の多さに胸をときめかせる、当時32.95歳の自分。


半田市出身の童話作家新美南吉の詩。
知多半島は文化・産業を担った著名人を多く輩出している。


乙川駅で昭和50年頃まで使用されていた発車時刻案内器。上りと下りがきちんとそろって残されている。
子どもの頃から、なぜか方向指示板や、このような案内器に心を奪われる。


武豊線開通100周年を記念し、1986年(昭和61年)4月に運転された「一世紀号」のヘッドマーク。

昭和45年のSL運転終了後、久しぶりに武豊線を蒸気機関車が走った。ただし、このとき使用された機関車は、現役時代に武豊線を走ったことのない車両だったという。


駅弁売りが使用していた立売箱
一世紀号のヘッドマークの横、ブリキの箱の上に置かれている。残念ながら、展示の並びにこれといった脈絡はない。

ドラマとかではよく見るけど、さすがにリアルタイムで見たことはない。

タブレットの仕組みについても、手書きながら詳しく説明されている。


室外に出る。
機関車の横には、東成岩駅で昭和52年まで使用されていた腕木式信号機が展示されている。

三重県の名松線・家城駅で実物を見て以来、腕木式信号機を強く意識するようになった。


切替器も置かれている。
残念ながら、操作用ワイヤーまでは接続されていないようだ。


自動信号設備が普及する以前、単線区間への列車の進入を管理するために使用されていたタブレット、すなわち通票。
存在は知っていたものの、具体的な使い方までは知らなかったので、会長さんに尋ねると、実演を交えながら分かりやすく説明してくれた。

通過列車にタブレットを渡す場合は、この「通票授器」に、タブレットを収めた革製の入れ物をセットしておく。機関助手は駅を通過する際、アックスボンバーの要領で腕に引っかけて受け取る。

慣れないと、かなり痛いらしい。


ちょっと引いて撮った写真。
武豊線では最速60kmで駅を通過したとのこと、確かに痛そうだ…。


では、タブレットを返すときはどうするのか。
会長さんに尋ねると、待ってましたとばかりに機関車の左側へ移動し、説明を始めてくれた。

タブレットを返却する場合は、列車が駅を通過する際に、この「通票受器」へタブレットを投げ入れる。これも慣れなければ、うまく引っかけられないらしく、会長さんも、一度失敗したことがあるらしい。


日本の鉄道では列車が左側通行を基本としているため、信号機も原則として線路の左側か上方に設置される。ただし、用地や線路配置の制約によっては右側に設置されることもあるという。
この資料館の信号機も、展示場所の制約から右側に置かれている。


武豊線のSLさよなら運転に使用されたC11形265号機。
保存状態も良さそうなので、「その気になれば、比較的簡単に動態復元できるのではないですか」と尋ねてみた。

しかし、昭和19年の物資不足のさなかに製造されたこの機関車は、ボイラーの状態があまり良くなく、動態復元はかなり難しいという。
一部の部品は、大井川鐵道で走っているC11形蒸気機関車のものと交換したこともあるらしい。

C11形265号機

ところで後部から撮影したこの写真、何か違和感を感じませんか?


続いて側面のプレート。
お分かりだろうか…。


そう、あるべきはずのナンバープレートがないのだ。機関車番号は、ボイラーに直接書かれている。

以前はダミーのプレートを取り付けていたが、それすら盗んでいく輩がいるという。何度取り付けても盗まれるため、仕方なく手書きで番号を記しているとのことだった。


イベント開催時以外は機関車の内部に入ることはできないが、この日は会長さんの厚意で見学させてもらえた。
会長さんがいると強い。


蒸気機関車の運転台から見た景色。
現在の鉄道車両からは考えられないほど、前方の視界が狭い。
折り返して後ろ向きに走る場合には、自動車のバック運転のように体をねじり、進行方向を確認しながら運転する必要がある。


火室の中。外から想像していたよりも、かなり小さい。


日本最古の現役駅舎とされる、武豊線の亀崎駅
色々な資料でも「日本最古といわれる木造駅舎」と紹介されている。

武豊線は東海道本線中央本線のような幹線ではないが、名古屋市に近いこともあり、第三セクターへ移管されることなく運行が続けられている。
そのため、古い駅舎や鉄道施設が建て替えられずに残っている場所も多い。そうした歴史の積み重なりも、武豊線の魅力なのだろう。


<おわり>

移転後の資料館の再訪レポート(4年前)


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