【連載小説】第32話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』
〜これまでのおはなし〜
かつて怪異と愛し合ったチョウマとイオリは、その愛ゆえに人では非ざるものとして生きてきた。
そして夫婦となった二人は帝からの勅命で、三奏(みなと)に潜伏する賊の捜索を始める。
途中、行方不明になった村人を捜すうちに、それらしき幼子を見つけた二人。
息も絶えだえの幼子を前に、イオリは御巫(かんなぎ)として祈りに臨む。
果たして、幼子は救えるのか。
捜索③ 祈祷
瀕死の子どもを救う為に
捧げる救命の歌
幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩
イオリは子どもの身体をそっと横たえると、空に向かって両手を掲げ、次に胸の前で手を合わせ、その同じ所作を幾度も重ねる。
両手を合わせた後、繰り返し複雑な印を結んだ。
そして後ろで控える黄金の牡鹿に云った。
「霊珠を使う。
生命を削る“祈り”で伝える。
チョウマ、魔力を分けてちょうだい」
印を結ぶ手はそのままに祈祷を始めるイオリ。
歌を詠むように淀みなく訴える。
「恐れ多くも畏きも、
吾が主よ、太陽の巨人さまよ。
主と精霊の聖名に於いて、
三奏の地に来臨されることを。
常世に御身があるが如く、
現世にも顕れんことを。
主が眷属にして精霊、魂の影、
吾、イオリは求め訴えたり。
今日、此処に横たわる幼き命を
彼岸より此岸に留めんが為、
その大いなる御力を与え賜え」
結んだ印を解き空を切ってイオリは念じた。
「えい! やあ! とう!」
裂帛の気合い、空気が震える。
子どもの胸に置いた数珠が白く光り、明滅する動きは心の臓に同調する。
後ろに控えた黄金の牡鹿の左右の角の間に、青い鬼火が燃えていた。
ふわふわと漂いながらも、その輝きは力強い鬼火だった。

「……う、う〜〜ん……」
子どもが声をあげた。
「よし! 気がついた」
イオリの祈祷はまだ続く。目を閉じて必死に念ずる。そして、
「きぇ――いっ!!」
イオリが声を張り上げたと同時に、全ての光が不意に消えた。
再び辺りを暗闇が覆う。
その静けさの中で意識を失い、その場に崩れるように伏したイオリ。
僅かな間、玉風がこの場を渡り、吹き荒ぶ風に着物の裾が翻る。
黄金の牡鹿は、小走りでイオリの下に駆け寄った。鼻を鳴らし哀しげな様子で小さく啼く。
唐突な終わりを境に夜は再び訪れる。
筒闇の中に月明かりと微かな星の明かりが、降ってくるように甦った。
静かになって宵から待ち侘びていた梟が、ホーホーと控えめに鳴く。
ザワザワとした森の営みが夜に戻ってきた。
谷に吹く風はときおり、まだ冷たい。
それでも春分を過ぎてそれはやわらかい雪消の風であるだろう。
鱗虫たちも、いよいよ活気に溢れ蠢いていた。
つづく
