【連載小説】第31話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』
春宵の山林を星火の如く貫き
赤々と燃える焔を纏う異形
捜索② 救出
焔を纏い地を駆ける黄金の牡鹿
だが何かに気づき歩みを止めた
幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩
ドドドドドドドドドドドドッ!!
月夜、森の茂みがひっそりと陰を落とす中、明々と輝き燃え上がる獣が猛烈な速さで奔る。
「急げ! チョウマ!
何を企てているかは判らんが、これ以上好き勝手させる訳にはいかん!!」
黄金の牡鹿の背に跨るイオリは、かの鬣にしがみつき急き立てる。
「ゴルアアァ――!!」
吠える牡鹿。
そして奔る、奔る、奔る。
牡鹿の発する紅蓮の焔の中でも、蒼白い光に包まれたイオリの肌は無傷である。
髪の長い女が跨る、劫火を纏った黄金の牡鹿は夜の山を疾駆する。
まるで天翔ける帚星のように長い尾を引く、大地に星芒を見る。
その上空では、何ごともないかのように流れる雲が、月影に浮かんでいた。
幻想的な絵画の一場面のようだった。
突然、鼻を鳴らして立ち止まる黄金の牡鹿。「ブロッ! ブルルル――」
牡鹿が弛緩させるように身体を揺する。
「?」
戸惑うイオリ。
「どうしたの、チョウマ?」
「クンカ、クンカ」
牡鹿が一生懸命、何かのにおいを嗅いでいる。
首を前後左右に振り、落ち着きがない。
焔が細り始める黄金の牡鹿は頭を挙げて、何処か一点遠くを見つめている。
深い金緑色の瞳で見つめているのは、今まで向かっていたところではない。
森の奥深くになる。
目を細めジッと佇んでいた牡鹿が常歩でそちらの方に駆け出す。
何に気を取られているのか。
やがて速歩になって勢いが増した。
乗っていたイオリは振り落とされないように、上下に揺れる身体をいなしていた。
イオリは黙って牡鹿のしたいようにさせた。
信頼しているから。
しばらく走り森の中を過ぎると、大きく風が吹き上げて抜ける谷に出た。
険しい崖に囲まれた谷は森の出口のところで途切れている。
その谷底には小川が流れていた。
小川を辿って行くと湖に流れ着いた。
人が両腕で抱えきれないほどの大きさである。
水面は夜空の月が星とともに映り込んでも、流れ込む水でさざめく。
その映る影は移ろいゆく蜃気楼。
カッコッ、カッコッ。
黒鉄の蹄を鳴らして牡鹿は速歩で小川を伝い、湖のまわりを巡るように駆けていた。
その歩みをゆったりと常歩に戻している。
何かを探しているようだ。
「ここに何があるの?」
イオリが尋ねた。
それには明確に答えない黄金の牡鹿。
もう焔は消えている。
「クゥオン」
囁くように牡鹿が静かに啼いた。
そして、そこを見る。
イオリが釣られて見る。
黒い塊。
陰って暗いのだ。目を凝らしてよく見る。
人影? 動かない。寝ている? 小さい。
子ども……?
……!
――まさか。
「子どもだ!!」
イオリは慌てて黄金の牡鹿から降りて駆け寄った。
「――!?
もしかしたら仲居の云ってた行方知れずの幼子か、緒川村の!
でかした! チョウマ!
よく見つけた!!」
ぐったりとした子どもを抱きかかえるイオリ。
「もし? 坊や! 大丈夫か!?
しっかりしろ!」
子どもの返事がない。
触ると髪の毛はパリパリに乾いているが、じっとりと衣類は湿り、その肌は冷え切っていた。
ともすれば荒々しいほど力の入ったイオリの指先。だが子どもからの反応がない。
「息が弱々しい。相当衰弱している……!」
イオリは焦りを見せた。
首に掛けていた数珠を丸めて子どもの胸に置き、額に汗を滲ませて声をかける。
意識のない子どもに届けと云わんばかりに、激しく云い募った。
「雨ざらしだったもんなぁ。
よく頑張ったなぁ。
何とかするから!
聞こえるか!?
大丈夫だ、私たちが助けるぞ!!」
