見出し画像

【連載小説】第34話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』

雄大なる台地に姿を見せる一人の男、
蛟竜(ミズチ)となり雲雨を呼び寄せる希望か。
影に護られた男に戸惑うビ・アクー。
だが、それも魔法の一つであろうと見当つけて、聖クィシン皇国の黒い兵団を率い男に挑む。
こうして戦いの火蓋は切って落とされた。


火花散る① 鉄血に躍る


森を抜けた聖クィシン皇国の兵の前に現れた
素性の判らない男を舐めきってるビ・アクー
幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩





 三奏の内部に深く潜入していた聖クィシン皇国の兵一行は、鬱蒼とした森を出て広い見晴らしの良い台地に立った。
 カルスト台地である。
 様々な春の草木が豊かに一面を覆い緑の絨毯と化している。
 そんな中、侵食された白い石灰岩の岩は剥き出しになって、それがゴロゴロと転がっていた。
 既に夜は明け、やわらかな日差しが絨毯となった草原に降り注いでいた。
 光る風が台地を煽り、草原の草木は此方から彼方までざわめくようにそよぐ。
 青空はかすみがかって遠くまでは見通しが悪い。
 ギョッとする出で立ちの兵がいなければ、長閑な田舎の風景である。
 心のなかに思い描く心象風景がこの地ならば、それはどんなに良い眺めであることか。

「止まれ」
 ビ・アクーのひと言。
 立ち止まり、緒川村での村人の拉致に割いた五人を除く残りが、ビ・アクーの進軍に随行した。

「この先にまた村がある。近くに砦があるはずだ。しばらく警戒して進め。
 ――散開」
 持っていた銃剣を構え直し兵たちは、指示通りに散開した。

 注意深く辺りを見回して進む。
「……む?」
 ビ・アクーが右手を挙げて制した。
 兵たちは前進を止めた。

 台地の頂上の一角を見据えるビ・アクー。
 そこに人影がある。

 肩を揺らしてゆっくりと歩いてくる、男だった。ビ・アクーほどではないが大柄だ。立ち止まると生意気にも泰然自若に構えた。

 遠目に見ても、身形からして大した身分には見えない。
 農地を借りて農業を営む冴えない下人げにんというところか。
 よく見ると、その足下にオマケが一人。小さな子どもである。
 息子か。

「フッ」
 と嗤うとビ・アクーは号令をかけた。
「構え」
 兵たちは銃剣を男と子どもに向けて構えた。

 男は子どもを庇いつつも、慌てる様子もない。
 ビ・アクーは表情を変えることなく、挙げていた右手を振り下ろす。
「撃て」
 それを合図にパパンッと銃声が鳴り響いた。


 だが男と子どものまわりを一陣の風とともに、黒い何かが布が翻るようにまくれて囲む。
 黒い影が空気を巻き込むように揺らめいた。
 男と子どもは微動だにしなかった。

 銃弾は当たっていないようだ。
 眉をひそめるビ・アクー。 
 もう一度、
「構え」
 と兵に促す。

 聖クィシン皇国が装備している銃剣はマッチロック式の特殊な銃剣である。銃身が二本並び発射機構が二ヵ所あるので、連射ができる。

 兵たちは銃剣をまた構えた。
 ビ・アクーは右手を挙げて振り下ろす。
「撃て」

 また響く射撃音。
 パパンッ!

 同じだ。
 黒い影が男のまわりを円を舞うように遮る。
 また届かない。

 ビ・アクーは気づいたようだ。
「フン? 魔術師のたぐいか?」
 それでは銃弾は届かなくて当然。意味はない。

 ならば、
「全員、剣を構えぇい!」
 と云って、自らも背中に手を回し、両手に二本の戦斧を取り出した。クの字型をした、緩い弧を描く外側の部分が刃になっている。

 兵は銃剣を構え直す。そして、
「かかれえぇ!」
 ビ・アクーの号令とともに兵たち全員で男に向かっていった。


つづく






いいなと思ったら応援しよう!