無名人インタビュー:約4万字インタビューの人
今回のインタビューは長い。
今回ご参加いただいたのは racoco さんです!
1日目
qbc:1日目です! インタビューご参加ありがとうございました。
それでは、どんなインタビューにしましょうか?
racoco:それでは、どんなインタビューにしましょうか?
基本は「無名人」ですから、特別人をワクワクさせるような武勇は持ち合わせておりません。また小説でもありませんからセンテンス、 起承転結から外れているかもしれません。この、滅多にないインタビー体験ですから、大まかなスタイルもなかったので勝手に想いつくままトークするしかないと思いました。まあ、喋る内容については過去のストックした記事があったので、断片的にそれを拾って解説すればいいと。
参考までにこの「無名人インタビュー」公開記事PVを見ると、相当数の実績がありますね。ということは、書いた文字の影響力を考えると迂闊な言説は発信暴露できない。ましてやnoteサイトが相手となると「アルゴリズム」出動を極力を抑える必要がある、という具合ですね。
ということで、音階基準音は古代音階に倣って「430Hz」。たぶんなんのことか判らないでしょうが、わからないのは、そのままスルーして次に進む、ということにしましょう。
私のテーマは「社会」です。いきなり社会とは狼狽するでしょうが、もっとも重要で、しかももっとも避けたい人間集合体の社会。民主主義の根幹基本です。どうしてそんな論理になるかといったら、このnote記事の1パーセントや枠に、それに順応できないという意見が多数あることに違和感を抱きました。大袈裟にいったら、彼らは、その内情を文で吐露することによって、サインを出している。「だれか私をたすけて」、という独り言念仏のように私にはきこえる。
だけどnoteは、それを助けるためのサイトではなかった、と。そんなことで、有名と無名の差、かりに彼女らが有名だったらどうなのか、といったらこれまたSNSの中傷で自殺してしまう事件もある。まさに複雑な社会がそこにあって、ちまたネット著名人、学識経験者、社会問題専門家が、いくら100枚の研究レポートを出したところでまったく神通力がない。いまのウイルス蔓延拡大と同じで、世界の宗教者全員が祈祷し祈っても、まったく衰えないこととリンクしている。そのほか諸々ありますが学校の講義は、これくらいにしておきましょう。
インタビューでいつも思うのは、なかなか「聴き上手」がいないな、ということです。とくに感じるのが、ぶら下がり会見においての記者の質疑です。菅総理が官房長官だったころの話しで、宿敵犬猿の敵対者で東京新聞の望月衣塑子氏が、しつこく食い下がって不評を買った。私にして見れば逆で、理路整然とは言い難いが、徹底的に追い込める、というのが記者の仕事で、その時の周辺を固めていた男記者たちは嘲笑していたと訊きますが、まったく本末転倒で、彼らこそ嘲笑ものだったのです。では何が満点のインタビューなのかといったら、なにを訊き出すかもありますが、むしろ司会者が喋り解説して、受ける側は、それに頷くだけ、が良いインタビューだと、思います。そんなこと実際にやったら、職務怠慢だと、無能上司にパワハラ受けそうですが、やり方次第で、そうできると思ったりします。
政治の話しで思い出したのが、第68・69代 内閣総理大臣 昭和五三年十二月一日付、(在任期間1978年12月7日 - 1980年6月12日)大平正芳氏の話です。国会答弁で「アーウーアーウー」の連発で、終始それで押し切ったという風聞逸話があって、社会もそれを冷ややかに観察しておりましたが、どっこい、氏は頭脳明晰な実務者で大きな業績をのこしていました。まさに「能ある鷹は爪を隠す」の実践者だったのです。そんなことで、社会は常に正当評価また判断しているとは限らず、報道によっても偏重してしまうという良い例でした。
それで云うと、先に亡くなった「立花隆」と歴代首相「田中角栄」の確執は、国家を揺るがす大事件だったのですが、ここでは触れないことにしておきましょう。(詳細はnote記事参照)
■私の平凡な個人履歴(無名人)はいつ作られたか。
まず「無名人インタビュー」がどういうスタンスなのか、私的な個人見解をしめしておきましょう。
問い.1 無名人とは何をする人なのか、その反対、有名人とは(芸能人等)とはになかをもって定義。難しいのですが、ユークリッドの原論エレメンタ、その中の与件『ダダ』的な、ものの根本から紐解いて分析してみましょう。無名人とは、「路傍の石」的な玉石混交の中の珪砂、云ってみれば砂の主要部分を占めるその他大勢組、すなわち、まったく輝かないただの石ころ。有名人とは、その真逆で、能は無くても血縁その他、縁故ツルで上位ランクにエスカレートした人、特に世襲人など散見。一歩間違うと薬物依存者であったり廃人にも及び危険なタイトロープを好む。もちろん例外はある。(※能あるタカは爪を隠す、能あるカラスは爪も隠さない)
問い.2 社会の定義(ソーシャル)の定義(学校教科書とは比較対象外)
こちらはギリシア哲学者「タレス」に倣って"社会の窓"は常に開放し自由であると、民主主義エビデンスを実践すること。
もっと優しく云うと、いまここに私とアナタと二人しかおりませんが、それでも社会は構成されている。それは何かと云うと、利害利益を有しない第三者として相対し、同等の立場でモノを判断し語るという、ことになるでしょう。世界的には、それ以前であれば、君主制また王や君主が存在して、そのローカルな土地を支配していた。それらは明らかに平等な立場ではなかった。世界大戦終戦後において、それらは大きく衰退し崩壊した。変わって国民主体の民主主義思想が芽生えたのが、世界の歴史である。
それは雲を掴むような全体の社会像ですが、では、個人的な社会とは一体どこにあるのでしょうか。
いまから約12年前のはなし。そのころ現役であるゴルフ場で働いていおりました。夏の盛りだったと思いますが、昼過ぎに急に疲労感が出て、その場で(車内)で寝てしまいました。体調が悪いと会社は早退して、その足で、いつもの病院に予約なしで診断してもらいました。
かかった主治医は即座に判断したようで、「君、返れないよ、このまま入院しなさい」と通告されだ。医師に肺炎だと診断された。
それから2週間、病院の退屈な生活が始まった。1日2日は、珍しさもあって、旅行気分だったが、風呂に入れないという過酷条件は、旅行氣分を完全に消し去った。あとは退屈のみ。肺炎の場合は肺に痛みがなく、それでも放置しておけば肺細胞がウイルスに侵され死に至る恐ろしい病気だと、後で知った。目下、拡大中のコロナウイルスと同じで、甘く見ると死亡するという厄介な疾患病気である。いま、それに罹患していたら明らかに命はなかった。
病院生活に飽きてた頃、気がかりなことがあった。家に残したパソコンのメール始末だった。これも肺炎と同じで放置しておくと貯まるばかりで、下手をするとパソコン本体制御不能にしてしまう。わけを話して一時帰宅の許可をもらった。家と病院は約8キロほどで30分で帰宅した。案の定、山と貯まった無用メールを30分けて削除した。その間、家の中は静寂で、いつもとは違う空気が漂っていたような気がした。サブで使っていたノートパソコンと、電源コードやマウスを風呂敷に包んで、病院に向かった。その間、家族とは誰も合わなかった。「勝手にやりなさいよ」と云われているようで、少しばかり不気味な気がした。まあ、海の波間を一人で騒ぐよりましだと慰めたが。
ベットの上のパソコン打ち込みも飽きてきたころ、それが主治医の院長の耳に入ったらしい。別に悪いことをしているワケでもないし、許可も貰ってやっていて何の咎もない。
ある日のこと、院長回診の朝だった。「きみ 、パソコンやってるんだって何書いてるの」との質問、いちいち説明するのも面倒だし、その院長が果たしてキーボートを打っているのか判らないし、説明もムダだと思って愛想返事で誤魔化した。追い打ちかけてこういった。
「きみがパソコンやってるなんて、人は見かけによらんもんだね、頑張んなさい」と次の回診ベットに向かった。
おいおいパワハラかって、と内心思ったが退院まで日数が残っていたので、それを口にはしなかった。二度と来ねえねと思いつつ、病気を治してくれるのは医者しかいないと複雑な気になったのは確かだった。あとで思ったが「先生、今度ゴルフなんか行きましょうか」と誘ってみようかと看護婦に訊いてみたが「テニス」しかやらないと、耳打ちされた。(※見え透いた忖度も時 には必要かと)
残念まことに残念、ゴルフだったら絶対負けない自信があった。そこいらのサンデーゴルファーとは違うレッスンと試合を経験していたので、いつもその策略で鼻持ちならないベンツ富裕者を黙らせていた。まこの場合は命の恩人相当であるし、そこまでしなくていいかと溜飲を下げた。ましてや相手は今どき珍しいアンチゴルフ派だった。
その話の内容はさておいて、院長のその言葉は、すなわち社会的視野に立脚し、ステレオタイプの論理であると感じとった。否、感じない人もいるだろう。すくなくとも私はそう理解した。
すなわちパソコンをやるタイプというのは、これこれこうしたタイプの職業で、それに付随した容姿と服装と物腰の言動があるだろう、という固定的な概念に支配された見下し視線。換言すれば自己優位性を他に押し付けるという、欧米型にも似ているとおもったからである。
そうした些細な僅差、物理的に云えばコンマ数ミリ程度のビハインドした格差は、場合によってはそれが数倍に増大して個人に襲ってくる。
その顕著な例がSNSに展開している個人攻撃だったり集団のいじめだったり、それが未成年の場合であれば、親にも打ち明けられないという寂寥感は、まさに現代病というに相応しいでしょう。
次ページは、現代イノベーション未成年者による(プレミアムZ世代)の台頭は、この世界をどの方向に引導するのか、を語ります。いったん休憩、… …
qbc:なるほど。今、仕事は何をされている方ですか?
あっ原稿ですが、文字数は特にないです。誤字脱字に関しては最後のチェックでできます。
racoco:いまは無色透明(※シャレのつもりが的を外した)・・・、のはずはなく、草刈アルバイトです。いつもだったら結婚式の雅楽演奏で、そこそこの稼ぎがありましたがコロナでゼロです。おそらく年内(2021/12)は立ち直れないでしょう。そうした人が大勢いるでしょう。犠牲者はこれから出る。
ここの原稿枚数でしたね。字数制限無限大と理解しましたが、頑張ります。昔の小説は二百枚が標準でしたが、体力あったんですね。作家も土建屋 と同じです。
そうそう、前項で書いた、推薦紹介者「音邑音音 (おとむら ねおん)otomura neon」の件ですが、このサイトは「自己申告」が前提でしたね。
一応、音むらさんには、積極勧誘してみますが、そんなの嫌い、という人もいるのでなんとも云えません。(※申し入れーー結果は、不可)
それで麦わら帽子の日焼けジジイが、真夏陽の下にブログを描く、って見出しに使えそうかな。そんなことより、日干しレンガになる怖れありと、忠告ありがとうございます。
qbc:雅楽が、できるんですか?
racoco:ええ、やりますよ。あんまり云いたくなかったのですが~。そのころ雅楽の「東儀秀樹」が八面六臂の活躍でしたので、「雅楽」を説明するのに手間が省けました。楽器も同じ篳篥(ひちりき)でしたから、渡りに船でしたね。東儀秀樹の人気がなくなったのとリンクして雅楽も忘れられました。だからいまさら雅楽を説明するのが面倒くさい。
ところで「雅楽」って知ってますか? 知らないでしょう。って、バカにしているつもりはないのですが。まそれだけ知名度がない。あの~雅楽って世界の音楽の中で最も古い、知ってましたか。やはり知らないでしょう。でしょうね~。
だから日本人は、その雅楽を殆んど知らない。だから説明が大変なんですよ。それはnote以前の「ライブドアブログ」でも書いてあり、たまに引用掲載してますが、ほとんどリアクションはない。それだから、書くのも喋るのも面倒で、そっとしている。話すと長いので話しませんが・・・。おそらく、それを書くと、このインタビュー全編になってしまう。書く方は面白いから書きますが、それをこの「日本」に説明したってまったく理解できないので、全体をトーンダウンさせてしまう。だからやらない。誰がいっても、しない。ええ、やってもいいですよ。さわり程度で。
(※編集者采配で、ここに雅楽マニュアルを入れるか否かのを返事を下さい。結果はノー)
雅楽以外の、はなしでしたね~
まずデジタルライター(動機)としてのインセンティブ解説でもしておきましょう。パソコンを始めたのがほぼ15年前でした。それは前にもいいました。その当時、町役場がね業務の「電子化する」というアンケート調査しました。私は反対だ、という答えを書き込みました。なにしろコンピュータが、どの位のキャパがあるのかまったく知らない訳ですから。その頃からパソコンはじめました。その前の「ワープロ」時代の予備時間があったので「打ち込み」は楽でした。しかし全体を把握すのに3年はかかりましたね。
それから随分時間がたっていまnote書いてますが、その間、日本の外観景色は随分変りましたよね。特に大都会東京が。といってもどこがどう変わったのか、口で説明できない。なにしろ変わりました。それは全体俯瞰図ですが、個人の日常というのは、それとは別物です。ベツ、モノ~
それで、昨日今日の自分のリテラシーなんかを書いているのが、このnoteです。
そのnoteに「無名人インタビュー」(此れ)というのがあり、昨日(8/9)それに申し込んでみたら即日OKの打診返答があった。というのがそもそもこの始まりです。
「無名人インタビュー」の基本原理 (※無名人とはたまたまオリンピック金メダルをとれなかった全世界の人々のこと)
もともとインタビューと云うのは有名人に限らないが、結果を得たいなら有名芸能人か不倫女性政治家が、もっとも相応しい。なにしろ雑誌購買数が達成されるという実績の裏がある。でその反対のまったく実績にならない(このサイト主も利益がないから頼むという資金提供依頼)インタビュー(同じにされる側も金がない)者も、有り余る未来予測は誰にもあるし負けないが、仮に、いまその設立資金30万がないという現実。そんな雲とカスミの中を走っているような無実体を仮想にでっち上げる、というコンセプトが、斬新で新機軸なアプローチだと思った。(「無名人インタビュー」、の立ち上げ)
いったいそこはどんな化け物が棲んているのかいないのか。それ知りたくなるのが世の習い。怖いも見たさ(まるでエイリアンの出現か )。
いまその準備中で原稿を作っているが、たぶん予想だが、作った原稿の半分も読み切らないで、なにを語っているか自分でもわからないまま終わっていた、というシュミレーションは、何回となく経験している。だから多分そうなるだろう。
なんだか同じようなケースがあったなと、思い出していたら、「ウィキペディア」の寄付金要望と同じだ、とおもった。知っての通り検索専門サイト「ウィキペディア」は無料で情報資料を提供している。これを金額換算したら、個人で月額5000円程度、組織全体資産価値を流行りの「ベンチャー」資産で評価試算したら、たぶん数百億の価値があると思うが、これを全部をボランティアスタッフでやっているというので、頭おかしいじゃないの、とおもった。逆に云ったら今どき稀な博愛精神丸出し企業だと。それで私は、その上得意様なので、催促のメールが届く。既に3回くらい払ったが、今回もメールが届いたので1500円をネットバンクで送った、それでも安い。ごめんなさい~
それと一緒になって考えたのが、では、その恩恵にあずからない人っているのだろうかと考えた時、先日亡くなった智の巨人「立花隆」がいた。
そのニュースをあちこちのテレビでみておもったのは膨大な本の山だった。まさに本の山に埋もれた作家を象徴していたが、そのデスク上に、パソコンらしきものは全くなかった。作家でも、デジタルを嫌ってペン書きに執拗にこだわっているタイプもいるが、立花隆は、その筆頭ではないかと思った。
そうした諸々を書いた、いってみれば物語りプロローグみたいなものでした。それがそもそも動機の「無名人インタビュー」。
ガガクー、雅楽の話しの前に神楽の話しでも。「むかしむかし、そのむかし」、
そもそも雅楽の前に神楽ありきで、それから始まった。45年前の話しです。神楽は比較的日本人は知ってる。で何を知っているか、説明しろと云ったら、なにも説明できない。それが神楽です。同様に雅楽も説明できない。できるのはYouTubeとTikTokだけ。あと乃木坂とか、かわいい系。えらく寂しい。いや批判ではなく現実だから肯定するしかない。日本の未来は明るい~暗い、とちらでしょう。
昨今、海外からの便りが多いです、このnoteも。ひろゆき氏なんか、フランスに住んでいて、そこから日本の内政干渉(日本人だから干渉ではないか)意見を出してくる。いや日本人で選挙権(ないか)だからいいんですけれども、なんか人情的に「フランス」から発信するなよ、と道義的におもってしまう。
それとは無関係ですが、その何々系だからというのがあって、われわれは、外に出れば日系です。外国旅先で何かあれば日本政府が、咄嗟にガードしてくれる。生命財産を守る、という法律条文があるので、税金を払っていればその恩恵を受けられる。別に神楽や雅楽を知らなくてもいい。せめてYouTubeなんか見ていれば、外国でも通用するので便利なこともある。でその反対、外人が日本に来て、何を見たいか知りたいかといったら能や狂言、歌舞伎や、その衣装着物など、古典的な日本を探している。
じゃ、その路頭に迷った観光客外人相手に、歌舞伎や能を説明できる日本人が何人いるかと云ったら多分ゼロでしょう。そりゃ日本人だって見て知っている。 知っているものの、それを語り説明することができない。それを一般的に「アイデンティティー」の欠如と云って、自国の古典をまったく 知らない説明できない事態に陥る。勿論そこに神楽や舞楽も含まれる。だからそれを説明すればするほど疲れてしまい、もういいや、なってしまう。だから多くを語らないという三弾論法の説明ですよ。(※中章で書いている「ジョブズ」が京都散策する様子がそれに当たる)
では第三時限「古語拾遺」「雅楽黄鐘梵鐘理論」の講義を始めます・・・
2日目
qbc:2日目。雅楽マニュアルは載せません。(※編集者の意向で掲載不可と判定)
今何をしている方なのか、教えてもらってもいいですか?
racoco:雅楽、は本業ではありません。アマチュアでやってます。だいたい、雅楽、神楽など無報酬で神社に奉納するもので、プロと云うのは数える程度です。それに関しては洋楽もおなじです。だからコロナで稼ぎ場をなくしたバイオリン弾きは、沢山いるでしょう。時代劇でよく見る「脱藩侍」の傘張り清兵衛、あれと同じじゃないでしょうか。時価12億する世界一高い「ストラディバリウス」を担保に食費を調達するなんて、ネット上でそんな話は訊きませんが、ないとも言い切れません。
で、 アンタいま何して生きてるの?、ということのようですが何もしておりません。無色・・・です。*誤字ではなくシャレ。
そーyouあなたは、インタビューアー編集者qbcさんは42歳のアラホーさん、で「素人サラリーマンが趣味でやっているサイト」と風聞で知りました。なかなかですよね。いまどき。趣味ごときをここまで立ち上げるとは。だから昼間不在だったり、ヤフオクの売り主みたいですね。それはともかくとして、いま無職・無色です。この状態が12年継続してます。で、やることない、じゃなくて、いっぱいある。いまやっているのが「小柄ナイフ」製作です。長さ20センチほどの長さの刃物で、ぺーパーナイフ仕立て、にしようと思ってます。その工程を動画撮りして、YouTubeにアップする予定です(一部オンエアしている)。バックの音はオリジナルデジタル曲で、既に数百曲のストックがあります。3年前は、陶芸をやってました。約1年やって見切りをつけました。というのは難しく手間がかかって重設備で金がかかる。無職者としては手に余る。他には笛作ったり、ロゴ書いたりデザイン画したり、それを「意匠登録」(特許庁登録申請一人でやる費用は3万程度現在2件の登録)、それが最もスリリングですね。いま審査中のものがありますが、機密漏洩で特許庁には検索できない。来年3月頃、権利取得したら発表される。それをうまくセールスすれば高額ロイヤリティーが見込める。そうなれば私は無名人ではなくれっきとした「有名人」になっているはず、乞うご期待。(って誰も見やしないって社会の辛辣さと、急に饒舌になる不思議 ~)。
■追伸、「古語拾遺」は、やはりやめたほうがいいようですね。他にも「日本音楽概論」とか、ありますが自己陶酔のリテラシーで読者は飽きてしまう。そう思いませんか。作戦、立て直しです。立て直し、だそうで、ですよ。
qbc:毎日、好きなことをして過ごされているんですね。めっちゃいいじゃないですか。
古語拾遺については、お話いただいても大丈夫ですよ。(その後、編集者K 氏と 内容について検討した結果、掲載不可となった。のち二転三転)
racoco:皆さん、そうおっしゃる。いわゆる社会的評価観測ですよね。後輩からも、そう観られているようです。しかしですね、人間というのは、すべてがフリーになってしまうとっても不安になる。例えば太平洋の真ん中で、一人放りだされて、さあ自由だ、と云われたって、いったいどこに進めばいいのか迷ってしまう。深海にはサメだとかうろうろ泳いでいる。
テレビでよく見る風景で、イタリアとかギリシアのジジイたちが集まってゲームなんかしている風景がある。その点、日本人は、まったくそんなことしない。生きているか死んでいるかも判らない。
昨年まで町地域の区長やってましだか、各戸は家の中でテレビ見ている。死んでない。また、滅多にドアを開けないで居留守する。そんなことで社会拒否をする。それで判ったのは、人間って基本的に人と関わりたくない、というのが本音なんだな、ということです。
それはとても日本特有の習慣的アプローチではないかと考えたものです。
だから相手はテレビか猫、犬なんですね。
そうそう、それで家のネコみておもった猫、犬は、社会の1.として入れるのかどうかです。現法では、まったく論外で、却下される。しかし、ここ数年LGBTみたいな人格を法律的に認める、という動きが出てきた。それなんかマイノリティーを認知するという解釈ですね。動物虐待事件も多くて、ネット配信されると、犯人が罰せられるというケースもある。今回のオリンピックでも人種差別が大きなテーマになっている。淘汰の一方で平等共存がシンクロして進んでいる。だから厄介なのでしょう。
・・・・
※追記「古語拾遺」は掲載しない、という決めは不用意にも破棄され引用記事転載。如何せん詳細歴史は敬遠される風潮にあり、編集者の危惧、筆者へのグリードなど葛藤が見え隠れした)。
この部分で両者の葛藤があった。
qbc:毎日、好きなこと ……
racoco:「GAFA」の彼らは単なる富豪かそれとも稀代の世界的「クリエイター」なのか? について言及トークです。テレビでありましたね「youは何しに日本に」というのが人気ですね。最近多いですからね渡航外人が。まこれなんかインタビュー形式の定番で、それが外人といっても無名人ですが、こちらはテレビ版「無名人インタビュー」ですね。そんなことを考えたら、じゃ著名な外人を捉まえて「あんた日本になにしにのこのこやってきたの」、というのをやったら面白いと思ったりして。それがアップルの「ジョブズ」だったらどうなんだろうと。いや既に故人というのは知ってますが、だから余計仮想なフェクションも出来るし。
「スティーブ・ジョブズ」は、2011年10月5日に亡くなって、それから約11年になりますが、死んではいるものの、何かにつけ話題に上がるのがジョブズであったりジョン・レノンとか、現役のビル・ゲイツの風聞伝説は、いっこうに衰えませんね。老婆心な話しですが、日本で、それに比肩する人物が不在なのは、どうしてなんでしょう(所詮無理ムリか)。話しは彼らが日本に来て何してるか、という人聞き井戸端テーマはやっぱり興味がありますでしょう。
問:ええ、今更そんな話を、訊たくないって。
答:話は最後まで訊くもんですよ。あとでゲイツ軽井沢事件なんかもあるから。
ジョブズが京都巡りをした後の、それが死ぬ前、直前のことだった話しです。そのことをNHKローカル局で後に番組にしていた。それを元に話しますが、興味あるネタがあったので解説しましょう。
それは亡くなる前年の2010年の話しだった。もともと古都の京都は「一見さんお断り」として、排他的体質があったし、当然いまもある。われわれ一般人が、そこに入ることは滅多にないし、永遠にないかもしれない。だからジョブズといえども、容易に門戸は開けられない。
京都南禅寺界隈の別荘群の一つに「碧雲荘」がある。なかでもとくに有名な別荘庭園。日本の実業家である二代目野村徳七が、大正時代から昭和時代にかけて京都市・南禅寺付近に築造した数寄屋造りの別邸。南禅寺界隈別荘の一つ。「野村碧雲荘」ともいう。2006年12月19日、国の重要文化財に指定された。所有者は野村ホールディングス株式会社及び野村殖産株式会社で、それら別荘群については自著noteで詳細に書いてある。が、ここでは割愛。
そこに案内されたジョブズだが、予約は次の日で改めて訪れたそうだ。「こんな庭がほしいな」、それを観てそういったとか。
あとジョブズが、そばを食ったとか寿司「トロ」しか食わなかったとか、こんな旨い寿司くったのははじめてだとか、VIPご一行様の観光ルート廻り紀行になっていた。それで最後に「永平寺」は何処だ、行きたい、と希望したようで、福井県という遠隔地で日程がとれなくて断られた、とある。案内したガイドも、それが悔しく思ったと回顧していた。ジョブズは自他ともに認める「禅」愛好者であり、近代科学医療は拒否し東洋医学に傾注していたと訊く。(一説ではそれも原因の一つとされた)
参考文「スティーブ・ジョブズ in 京都」2021年7月28日 17時54分(国際放送局 World News部記者 佐伯健太郎)
その盟友にして最強強敵「ビル・ゲイツ」と「ジョン・レノン」解説 軽井沢にゲイツの別荘が建つ、というニュースは以前より私は書いていた。だからその情報は以前から囁かれていた。それが最近になって、にわかに脚光されているが、それが実際ゲイツの別荘かどうか、というのは依然不明で、正体が判らない。ビル・ゲイツ氏 6600坪の別荘は、長野県北佐久郡軽井沢町に。中軽井沢駅から少し離れた、緑深い林にある約6600坪の敷地に巨大な回廊式の屋敷がそびえ立つ。中庭を囲むように建物があり内部は地下3階まであると噂されている~という噂。「週刊新潮」(5月20日号)は、マイクロソフト元会長のビル・ゲイツ氏(65当時)の別荘だと報じている。今年5月のメリンダ元夫人(56)との離婚による財産分与前は世界4位、推定14兆円の資産を保有していたゲイツ氏。芸術家オノ・ヨーコ(83歳当時推定)は、日本の安田財閥の直系の血統筋にあたるという履歴は、ビートルズ音楽とは、まったくリンクしないが、だからといってオノ・ヨーコ本人が、まったくの素人であったなら、はたしてジョンと恋仲になっていたかという、仮説はしてもしょうがないが、さらに一考することも意味がある。というのは、まったく畑違いのIT世界の覇者「ビル・ゲイツ」が、ジョン・レノンに心酔していて、私的な付き合いで日本に縁があったという、というどうでもいい話しを小耳に挟んだことがある。たまたまネット検索情報で、引っかかった情報であるから真偽のほどは保障しないが、 それに関連するネタを集めてみると、まんざらでもない噂が囁かれていた。なかでも一番驚いたのは、生前の「ジョン・レノン」が軽井沢別荘で、その家の家族と一緒に撮った記念写真が、こともなげに飾られている様子に驚いた。経緯についてはまったく聞き及んでいないので知ることもないが、それは当然、オノ・ヨーコの筋の延長からくる豊富な資金力を保有する軽井沢別荘からの談話であることが当然予想される。(冒頭記事のゲイツ別荘を指すのは間違いない)。
※(マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が中軽井沢・千ヶ滝の辺りに超豪華別荘を建築中らしい。土地が8000坪、総工費80億円、日本庭園は京都の庭師に依頼し、露天風呂には近くの温泉からお湯を運んでくるという噂だ。噂の真偽は不明。談)
http://matome.naver.jp/odai/2134820941479597101
そうした逸話も相まって、世界のミュージシャンと日本を橋渡しをしたのがオノ・ヨーコであるなら、その人物もまた逸材といえるだろう。「西洋かぶれ」と一括りするのは簡単だが、その一括りのされ方を、知らないで意味もなく全否定するのは得策ではない。ビートルズ現役時代の「ジョン・レノン」が作曲した「Come Together」を、47年後のインターネット時代をまったく予測していなかった今の時代に、ジョン・レノンという生身のミュージシャンをまったく知らない若いミュージシャンが、その曲を好んで取り上げ、さらに編曲して新しいバージョン曲として演奏するというステージを、パソコン画面で見て聴くという世代格差を一気に縮尺して、我々に聴かせるというソリューションは、かのジョン・レノンでも計算しえなかった領域であったことだろう。ジョン・レノンの曲メロディーラインには、クラシック音楽の伝統が載っている。ではジョンが、クラシック音楽を親とか先生とかに学んだかと云ったら、そんな形跡はどこにもない。しかし、その旋律はバッハを思い起こさせる。この「Come Together」には、特にそれを感じる。どの小節の、どの音程を変調させているかという小手先の話ではない。われわれ日本人が、童歌を回顧して懐かしむと同じように、はるか昔の遺伝子が、ある何らかの拍子に、触発されて飛び出すような、情緒肉体的感覚の範疇領域のはなしだ。だから文言を使って説明のしようがない。そんなことを考えると、わけもなく、まったく希薄な感動は、はしはしから湧き上がってくるのを感じることがある。「Come Together」の歌詞。奴は言う、オレとお前はよく知った仲じゃないか、俺が奴に言えることは、奴はもう用無しってことさ。そうさ、オレとお前は分かり合える仲じゃないか、さあ、いっしょにやろうぜ(詞一部引用)記事抜粋
自著引用 日本人は西洋人とは違うのか = note より
https://note.com/29530503/n/nab757bd5f5e0
そんな話しは、所詮風聞領域の「根も葉もない」であり、じゃその別荘がはたしてゲイツか、それとも「ヨーコ・オノ」ルートの安田財閥の一資産か、はたまた日本人の富豪がジョブズのために座禅寺にして作ったのか、仮想話しはいくらでも膨らむ。世界の富裕者数名が、世界時価総資産額の殆んどを支配するという経済資本主義で、ここに揚げた三人が、その半分を占めていると予想しても、まんざらな話しでもない。(※まったくの推測であり根拠はない)
日本国内でのジョブズが訪れた南禅寺別荘「野村碧雲荘」の一群は、明治維新の政治アナーキーな混乱のなかで、権力者跋扈横暴の結果によって分割された広大な土地(琵琶湖疎水事業)を分割して作ったという政治事情は、現代でも殆んど知られていない。そもそも巨額資産というのは、そんなところから生れるという歴史のサンプルであった。(明治維新)
さてその歴史偉人伝説は、学校で習うような最大公約数の人物事象を取り上げているが、その中に「無名人」が混入して語られることはないだろう。そんな社会の大きな潮流を俯瞰していると、そこに入り込む余地はあるのだろうか、という普遍的な問いが浮かぶ。近年のデジタルリテラシーで、それは一気に加速した、と思われたが、実際は、コンテンツ制作者の利益独占で、その差が益々拡大するという、歴史的経済論の破壊に向っている。
われらのアイドル的カリスマスター三者を例としてあげてみたが、それと自分を比較する、ことなどあり得ず、路傍の石無名人と、天空のキラ星カリスマの差を計るスケールも見当たらない。だとすれば、社会というのは、そうしたものの永遠に混合しない水とアブラの二重構造であり、それが地獄の沙汰と天空の光明ターニングポイントと換言されるなら、だれだって「ノアの箱舟」接岸を待っている。そこに時間待機という猶予はなく、 自分を含めた余剰数は、その箱舟を船尾を見送るしか方法はない。
qbc:私も読書好きですよ。
社会的評価ということですが、フリーだと不安ですか? インタビューしていて感じることですが、例えば20代はフリーのほうが喜ぶと思いますよ。(※この質問と答えは、両者でまったく噛み合っていなかった。ここで修正すると話しが分解してしまうので、そのまま継続する。)
racoco:よかったよかった。松岡さんはなかなか鋭い考察していて、また正鵠な眼を持っている。
(※「古語拾遺」は両者 によりリンクによって明記すると合意)
http://blog.livedoor.jp/raki333/preview/edit/5dbdb831ab0f446cfec513b8ed194044
そうですね、著作権もあって、ムリだとはおもってましたが。これまで長々書いてますが、これ、インタビュースタイルになるのでしょうか。(という不安があった)前項でも説明した無職の私の場合、やはりとっかかりがなくて難しいと思いました。それでも高校卒業して、東京原宿の洋菓子店(フランス菓子)で菓子職人の経験があります。昭和45年頃で、当時の原宿竹下通りはまるで田舎の商店街でした。その頃の失敗談もいろいろあって、今でもトラウマがよみがえります。それでも、そんな経験も生きてる証であるし、心のヒダにすべて記録されてます。
またネタを探しておきます。(※無粋にまとめたのがミエ、ミエ~)
qbc:先に話しちゃうと、無名人インタビューの構成は、今を聞く、過去を聞く、未来を聞く、です。最初の三日間は今中心に質問します。
今、気持ちとしては、楽しいですか? 楽しくないですか?(※ギリシア哲学より難解と察した)
racoco:今を聞く、過去を聞く、未来を聞く、とは壮大な履歴書ですね。
私の場合は今、無職で悶々とする。(※この「悶々」が最後のテーマとなった)
今を語るは、これといって思い当たらない。思い当たるとすれば、テレビで海外僻地の子供たちでインタビーするのに、決って「お医者さん」になりたい、という返事は、崇高な希望だとは思うが、達成する確率は限りなくゼロでしょう。過酷な現実として乳幼児が栄養失調で死ぬ、臓器を売って生活費を得るなど、地獄絵図そのものだが、世界は同時進行で地球は廻っているでしょう。そんなこと肌で知ってないでしょう日本人は。それが今です。
私の過去は、それが時代の大きな「潮流」であることを、まるでしらなかったことを、そんなことを今更知ったこと。だった。
私の未来は、孫の顔を覗くたびに、それと時間交換していることを知る、ことでした。
ある日、同世代の仲間と街門ですれ違いざまに「おわったな」と独り言をつぶやいて、通り過ぎた。
まったく実感です。終わった、と思えば終わってしまう。いやあと20年時間がある、と思えばそれが30年に延びることもある。せめてあと28年は時間が欲しい。そんな欲をかくとスルスルと手から時間が昇華する。いまさら色即是空と念仏したところで、コロナウイルスにあっては訊きく耳をもたない。
qbc:なんで悶々とするんですかね?(※編集者のさらなる追及)
racoco:いまですね、xxxxx(※qbcがカットしました)を読んでました。
おもしろくて可笑しくてエロくてやりたくてヌルヌルしていて生、そのままドキュメンタリーでした。エディター冥利ですよね。世の中多才な人ゴロゴロいますよね。この人、ほんとプロ仕様で完成している。商社時代は、その布石で、それをやるためのインターバルだったんですよね、今思えば。人生長いと、そんなことが見えてくる。さっさとプロ作家になっ方がいいと思いました。
悶々とはなにかについてモンモンとする
なんで悶々とするんですかね?は愚問です。入れたはずが出ない、よもや煙とは云いませんが、何しろ出ない。あの、未成年低学年の子供男子が夜寝てて爆発するでしょう。自分もあったでしょう誰でも。其れ余ってるからですよね。
それで3日3晩考えたんです。それをコントロール出来たら世界の性犯罪はなくなる。脳の視床下部のある部分にそれがあるらしいと。だから、そこに微弱な電流を流すと、それが出る、切ると止まる。だから依存症歴のある患者に、それを放電して、垂れ流しにすると枯れてしばらく大人しくなる。それだけで世界の性犯罪の90パーセントはなくせる。こんど掛かりつけの主治医に相談しようかと考えてます。
素粒子|ーー標準模型
素粒子物理学の基礎である「標準理論」で説明できない現象を捉えたと、米フェルミ国立加速器研究所が7日発表した。標準模型(英: Standard Model、略称: SM)とは、素粒子物理学において、強い相互作用、弱い相互作用、電磁相互作用の3つの基本的な相互作用を記述するためのモデルのひとつである。標準理論または標準モデル(ひょうじゅんモデル)とも言う。多くの物理現象をほぼ的確に描写する仮説である。
標準模型は、強い相互作用についての量子色力学、弱い相互作用と電磁相互作用についてのワインバーグ=サラム理論をあわせた SU(3)c×SU(2)L×U(1)Y ゲージ対称性を基礎とし、ヒッグス機構による真空の対称性の破れとフェルミオンの質量獲得、アノマリーの相殺の要請によるフェルミオンの世代構造と世代間混合とCP対称性の破れについての小林・益川理論などの理論も組み込まれたものである。標準模型は特殊相対性理論と整合する量子論として、場の量子論的方法で記述され、今のところ重力をのぞき、場の量子論であつかわれるあらゆる事象を的確に描写している。
標準模型の素粒子。
標準模型の素粒子は力を媒介するスピン1のゲージ粒子、対称性を破るスピン0のヒッグス粒子、物質を構成するスピン1/2のフェルミオンからなる。朝日新聞引用。
qbc:いえ、性的なことではなくて、「私の場合は今、無職で悶々とする。」
と書かれていたので、性的ではなく気分として悶々とすることがあるのかと思って、お伺いしました。
それとも、今の気分を聞かれて、単に今、性的に悶々としていると答えたかったのです?
(※ 一見、パラパラトークのようで、ここにきて見事に起承転結した。日本陰陽暦50、60サイクル励起の5回転300周期)
racoco:アハハ、そうでしたか。如何せん「kazuko:私京都に住んでましてセラピーサロンサン」、を読んだすぐあとだったので、で頭がすっかり洗脳されてしまっていたので。noteの別記事読んでいて、やはり言葉文字が相手に伝わらない、とこぼしてましたが、所詮、文字リテラシーとは、そうした物でしょう。だから、そのチグハグ感を逆に有効利用すれば一流の文体になるはずです。(※嗤って誤魔化した)
それと並行して、自称何々語り、の似非の人物は、どうやって選り分けてますか。云ってみれば、一種の詐欺ですが、運営者も知らないで、それを掲載してしまうと同罪とみなされませんか。note内にも詐称人物が存在して、以前大きな問題になりました。物事を面白く創作するのは別にいいんですが、著名なサイトでも「作り話し」的ゴースト記事があって、明らかにそれと判る。それと違うリライトや代筆もあり、コンテンツも多用化している。またここでも使っている「ネットボット」のように文字AIが欠かせなくなった。
それら一つの定型があって、文が生きてない。昨今のウソ記事も問題ですが、それにはメディア記者が、正しい記事を書く、という姿勢が必要でしょう。
qbc:私の質問は、今、気持ちとして、楽しいですか? 楽しくないですか? です。
現在、過去、未来、というような大きい時間の幅での、今です。
このインタビューの中では余談ですが、詐欺うんぬんのところについて書いておきます。
無名人インタビューの目的は「人の面白さは知名度によっては決まらない」ことの証明です。なので基本的に、私は参加者が話したい物語を聞いています。その人の中での正しさを聞いています。
そもそも公開されている記事は私やインタビュー参加者の手で改変されていますし、事実を隠している場合もあります。メディアがやってるコンプライアンスにのっとった校閲はないです。むしろ、過去記事の中には明らかなウソもあります。
(※ここでは編集者k氏の本音が書かれている。また次なるステップとして、文字文書がAI介してどのように崩れていくか、それにも関心がある)
racoco:昨晩、いろいろ考えが錯綜したのは事実です。というのは、既存のインタビュー者とのスタイルが、私の履歴(30年ずれてる)と大幅に異なる事。かりに、それでもパスできるなら、しめしめ目論見は当たった、ということです。すなわちその時代差を、第三者(インタビュー)を介して、社会に問える、と思ったからです。寝る前に再度「インタビュー」記事を読み返しました。無名人インタビュー:ピアノ弾き語りラッパーの人 2021年7月30日記事、です。これはいまの社会姿勢をよく反映し、そして社会の個人アプローチが具現化したドキュメントでした。とても説得力があった。また質問内容も的確だったようにおもう。おそらくインタビューもスムーズに運んだと推察した。
これまで私の思考事柄を述べましたが、大半は学術的テキストだったり、バックボーンの日本古典芸能音楽だった。そのことは、ピアノ弾き語りラッパーさんや、インタビュー者qbcさんなどの世代層価値観とは、大幅に異なるもので、例題でしめした雅楽用語など、見せましたが現代人にはまったく判らない。しかし原理は不変でA基準音440Hz(古典は430Hz)という大原則がある。この僅か10Hzの間には、2.3000年の時間差が隠されている。そのことを私は云いたかったし、ブログでも再三書いてきた。それが「悶々とした」言葉に入っていたかもかも知れない。
昔は(20代若い頃)その日本の古典的なものに特別嫌悪していた。まったく価値のないものとして蔑んでいた(根拠はない)。だから洋楽のビートルズやストーンズ、今でも現役クラプトンなどむさぼって聴いた。それが今では完全に逆転している。
同世代にプロ音楽家の細野晴臣がいる。説明するまでもないが「YMO」バンドの一人で世界中に知れ渡った。その細野が数年前、日本各地に伝承されている「神楽」音を取材して、一つのDVDにまとめている。とてもよくできた音源だった。そのことは細野は、洋楽も達者だが、音に関しては妥協しないて姿勢を持っていて、それがチンドン屋であろうがチベット仏教声明だろうが、いいものはいい、という一家言を持っていた。それを聴いて私の感性と同じだと溜飲を下げた。
しかし今はTikTokやYouTube全盛で、つけ入る隙がない。極論でいうなら、こういうことだ。
すべてはカネで動き、巨大資本に群がる大小個人が、そのおこぼれ米粒を拾い集めて、せっせと追肥し水をやり成長を見守る。その間には毒虫やら幼虫に食われたり、最悪野良動物に食い荒らされ跡形もなく消滅する。残ったのはメガバンクで借りた借金のみ。
おそらく冒頭のピアノ弾き語りラッパーさんも同様の試練を潜って来たに違いない。そうした類型パターンをテレビにした番組も2.3あって、云ってみれば「人の不幸」のドッキリ系のような、少ない経費で多くの利益、の社訓が、この日本には、はびこっている。
この「無名人インタビュー」は、それらのネット版と、言い換えても差し支えないが、前日指摘した、注目されれば、よからぬタイプも注目していて、ネット詐欺師が紛れこんでくる。
「メディアがやってるコンプライアンスにのっとった校閲はないです。むしろ、過去記事の中には明らかなウソもあります。詐欺うんぬん 。」と、明言していて、それに関しても意見があるので一言。これはオフでお願いしたい事項。
❐以下口外無用にてオフレココード
qbc:今、気持ちとして、楽しいですか? 楽しくないですか? は、はっきり云って楽しくない、となる。であっても私の場合は常に不満であり、現状に甘んじないのがセオリーであるから、それは血筋血統であると思われた。
その延長に「悶々とした」気分をセットすると、なんとなく理解できると思う。最後に申し上げることは、この「無名人インタビュー」がマイナーであること、媚を売ることなく、信念を貫いていくこと、それを願いたい。
3日目
qbc:3日目。racocoさんの考えていることの輪郭が見え始めてきました。ありがとうございます。
無名人インタビューは、インディペンデントもひとつのテーマですよ。
あとひたすら、人間の考えの記録です。私は小説も書くので、人間自体に興味があるので。
どういう時が、楽しいですか? 楽しい瞬間はあると思うんですよね。
_ ___________________ _
racoco:この3日間は、とても集中した時間でした。これまで、相手のいない壁に向かって書いていたライター記録期間(普通のブログ筆記方法)でしたが、今回は対人して書く、という意味では初体験です。そのことはどの程度の均衡思考があるのか、その試金石テストだったかもしれません。スタイルはインタビューでしたが、流れからして文でまとめましたが。
どういう時が、楽しいですか? は、やはり時代の価値観だと思います。その掴んだ「楽しい」は次の「なにが苦しいですか」と瞬時に入れ替わる。それが怖いからでしょう。
こちらから最後のラストクエスチョンになりますが、おそらの「無名人の書いた哲学」みたいな見出しが予想されますが、そうなると私の考えのパラドックスになってしまうおそれがあり、伏せて頂きたい。また、折り合わない世代ギャップは、正直に反論して誇大妄想ガラパゴス生きた化石、とか、からかってほしいとおもいます。そうした方が全体の読み物としてのリアル度が増す。また、そうだそうだと付和雷同する若年層もいる。エピローグは「猿の惑星」のような、アアみて損した、感があればなお最高です。(※ギリシアはすこし誇大妄想的発想か)
qbc:充実していて何よりです。
往復書簡ぽいですよね、このテキスト量だと。
楽しいという感覚は、時代の価値観と一致したときに得られるもの、という意味でしょうか?
racocoさんからの回答なし。
(※なし・・・、この場で解答。楽しい、の範囲が大きいし時代年齢差もあったし捉えようがない、と)
4日目
qbc:4日目。ひとまず、↑の質問はすっとばして、
子供の頃は、どんなお子さんだったかを知りたいです。
どんなお子さんでしたか?
racoco:どんなお子さん、エエ~、ばか~~~、でしたかね。なにも勉強しなくて野山里山をかけ巡っていた。だからとっても充実していた。そういう時代だったんです。ま夏休みなんか、近くのテレビ設置の家(その昔全世帯にテレビはなかった)にいってガキ集団10人程度で、怪傑ハリマオとか少年ジェットとか、一心不乱にみた。テレビ番組も幼稚だったが、勧善懲悪がはっきりしていて判り易すかった。映画では鞍馬天狗とか赤胴鈴之介とか、時代劇オンリー。俳優は月形龍之介や片岡千恵蔵なんか、渋い演技してましたね。いまテレビでアーカイブでやりますが、まったく別物に見える。背景を観察しているからでしょう。
団塊世代ですから、なにしろ校内で動くのも時間がかかる。朝礼や何か全体通達事項があるとグランド集合ですから、7歳から11歳の子供全部がごそごそ動くわけです。全部で何人いたか、人数なんか覚えてません。たぶん、いまの生徒の5倍はいたでしょう。チビでしたから、常に一番前でした。目立った存在でもなかったので大人しく見えたのでしょう。それでも燃える魂はみなぎっていた。よく武勇伝で悪ガキ大将の見本みたいな人物像を作ってますが、そんなのがごろごろいるわけはありません。きたない話で恐縮ですが、トイレは汲み取り肥溜め方式で、仕切り戸はありましたが、下は丸見え。それが嫌で、随分我慢しました。その逸話は後にします。
1.或る時 、仲間がこっちにこい、という。それがトイレだった。なんだなんだといっても、黙ってしゃがんでいる。シー、としろという。その先に小窓があって、少し開いている。そいつは、そこに目をフォーカスしている。それで納得、奴は、出歯亀覗きをたくらんでいた。何故、呼んだかと云うと連帯責任者が必要で、罪を軽くしょうと姑息な案を目論んでいた。それが先生に発覚して、こっぴどく怒られた。いまだったらセクハラで捕まる。
2.次の或る時、野球大会があって、男子選抜が集められた。ポジションを決めるのに、いろいろな配置をやらされた。中でもキャッチ―は、だれもやりたがらかった(プロ野球ではないし)。そこに自分の番が回ってきて、ダイヤモンドセットポジションに入った。
二つ三つ投げて4つ目が目前でバウンドした。顔を背けて手だけだしたら、偶然にも、スポッとボールが収まった。自分でもびっくりするようなキャッチだった。それ以上、云うことはない。それで永久欠番キャッチャーがきまった。タダの偶然、千分の一の確率で人生が決まってしまう、それを体現した。幸いにも、そのプロ野球選手にはならなかった。
3.お山の大将になり切れない身体能力不足キャパ。
何処でもガキ大将はいるもので、そのクラスにもいた。何をやっても一番で(例外なく学習下位)身長も大人寸だった。私は幼い頃から強いもの、大きいものに憬れていたので、そいつの下に付いた。云ってみれは自民党総理大臣の秘書的な存在でなにかあったら、そのポストを奪い取る、といった賢さがあった。或る時、結核予防のツベルクリン注射があって、反応程度を計ってBCG注射するかしないかを見るという子供にとっては複雑な処方があった。そいつは、それを叩いて注射を逃れた。それが担任に知れて、親が呼ばれた。そのあとの顛末は知らないが、それでポストが転がり落ちてくると、内心ほくそ笑んだ。
が、それ以後、話はなにも進展しなかった。つくづく根回しが必要だ、と思うようになったのは中学校になってからだった。またトイレを随分我慢したこともあった。幼い頃から神経質で何事にも細心の注意をはらって行動していた。というのも父親が厳しい人間で、いつも顔色を伺いながらそとで遊んでいた。野山を駆け回っていたのは、その頃で、とくに木登りが得意だった。
どういう訳か、木登りは一人ではやらない。危険回避と思われた。最低二人以上で山登りの様にガイドが先導した。決まって年上の熟達者だった。木の高さが10メートル以上あれば、子供は足がすくんでしまう。それには年上熟達者が必要で、上に人がいると安心して昇れた、下は見ないようにする。その時の木の高さは倍の20メートルはあった。楠の木で幹回りは3メートルくらいあり、樹齢は100年あったと思われる。楠は案外、枝の張り方がよくて、足場がしっかりする。ましてガイドが先にいれば、怖いものなしだった。先導ガイドより5ートル遅れていたものの、登頂に成功した、タイム約40分くらいだったか、時計もないので正確ではない。次は降りる番だった。
だが、下界がなんだか騒がしい。
その登頂を仲間の誰かが親にチクったらしい。黙っていれば難なく下山していたものを、余計な広報をしたものだから、下界の足元には黒山の人だかりだった(5人程度)。
まったくいまのメディア報道と同じで、意味のない拡声だったが、その事情を知らない社会は、疑惑が疑惑を呼び、問題は山積して、子供が無酸素でエベレスト登頂に成功した、みたいな話に拡大した。なんなら、ロケットアポロ計画月着陸、アポロ14号に載った、と豪語しても皆歓んで聴いただろう。まさにギリシア神話のホメロス吟遊神話の境地で、水飴煎餅売りの紙芝居興行に相当する。
でつくり話しは、その程度にしておいて、それを知った父親が聴きつけて、自分の足元に3分で昇ってきた。一気に現実に引き戻された。あとは話したくないトラウマ。
その体験はいい意味でも悪い意味でも終生の脳裏を支配した。というのは、自分が気が小さいくせに(身と心)「巨人」に立ち向かうのは、その経験値があって、いまに至っていると、これまで頑なに想い、それを温存していた。ところが、それは全くの思い違いで、その原因は、身の回りに転がっている、他愛ない物理現象の一つだった。
人間、それを知るか知らないかで人生の半分を無駄にするか生き延びるか、そのターニングポイントの上にいる。
5日目
qbc:5日目です。性格的には、明るかった? 暗かった?
子供時代もすっ飛ばして、では仕事を始めた時期は、どんな感じでしたでしょうか?(※ここもスルーしたようだがその理由、思い出せない、暑かったし)
6日目
qbc:6日目です。
昨日は回答ありませんでしたが、お忙しいでしょうか?
それとも別の理由で回答できなかったのでしょうか?
毎日回答しなくても大丈夫ですが、何かあったのかと思い、お伺いしております。(※申し訳ない限り。黙示録という大袈裟な訳ではないが、それによって相手が理解する、こともあり得るし。これも駆け引き一つのテキスト)
racoco:ご安心ください、ただ心中、察するものがあり、インターバルをとりました。やはり、他とは違うアプローチで、そちらも私も、すれ違う。決定的な時代背景の差というのでしょうか。前項でも申し上げた事柄、ですが、借金が出来ない年齢、(返済担保の社会信用度評価がない)の一つをとっても、社会疎外感があり、人間それだけじゃないだろ、と強がりを云ったところで、金融システムは、そんなことなど個人的理由の訳を斟酌しない。
■(note詐欺の手口 https://note.com/29530503/n/n5df765fd3ae3)
であれば「残された道はただ一つ」、ってそこいらの革命家じゃないですけれども~、そうそう、アフガニスタンでタリバン、「勝利」宣言、ガニ大統領の出国後に首都掌握、のニュース、観ました? 世界中のコロナが収まっていないのに、アフガニスタンがアナ―キーになってしまった。ということは、これが近隣諸国の西アジア、中東に飛び火して、戦火拡大するのは避けられない。またコロナ変異デルタの対応も出来ていないこの国と、そんなニュースに傾注しないSNSというのは、なに考えているのでしょう。(※8/27時点でカブール自爆テロ拡大)
という記事は、記事にします。しないですよね政治色強いので。??????(※これは編集者宛ではなく読者社会へのメッセージだった) そこいらへんですよね、この「無名人インタビュー」にしたって、表層コンセプトは個人の嘆き節、怨み辛み節吐露ですから、他とは違って「いいねいいね」の変異型でスキスキ、肯定スタイルのドキュメントです。それだけ面白い。であっても一定の獲得数がないとサイト営業 維持もできない。その意味ではエンターテイメントです。だから嘘の話しにしたって極大デフォルメして読者を引き寄せる(私の場合、それも一つのテクニック)。要はどれだけうまく人を騙せるか、ですよね。
今朝もnote記事に、騙しの詐欺テクニック、を記事にしました。最後の章では、映画の語らいにしてます。扱ったのは「飢餓海峡」という作で原作「水上勉」が書いた連載推理小説。水上は大作家の一人です。
映画とは本来、なかったものをあるように見せるのが主体で、その基本は「戦争プロパガンダ」(ドイツヒトラー政権)だと云われます。映画、動画、スマホ類など、その延長にありますが、その扇動主体は誰かといったら現在の主体国家でしょう。
それで、以後の進捗ですが、かみ合わない感をいかに出すか、という案ですが、結構これが難しい。というのも、インタビュー形式ですから、する側のクエスチョンに、こちらのアンサーするのが基本形です。そこで「そんなばからしい定型紋キリ型なんか答えるか」といったらインタビューは成立しない。(テニスの大坂なおみのことではありません)。
いまさっき「教師やめてライターに」記事よみましたが、「路傍の石ころ」記事がことのほかおろしろくて無名人インタビューは成功している、という話しでしたが、そのわけは、こんなことだと評価分析しました。
「松下村塾」から輩出した偉人は数知れず、という歴史を学校で皆勉強しました。大雑把にいうなら江戸時代の寺子屋のシステムです。そこで何をしたかといったら「漢文論語」だったり万葉集など習得した。その読み書きソロバンを、未成年で勉強している。それが階級の分け隔てなく、という自由度によって、多くの子供がその恩恵で識字を獲得した。今でも、その識字率は世界の中でもトップクラス、という自他ともに認める識字率を誇ります。それが何を意味するかといったら、国の人口当たりの識字率で、それが50パーセントであった場合、10億と1億では実数も違ってくる。そこで教育システムを意図的に組めば少ない人口で多くの識字率リテラシーが出来上がる。
無名人インタビューというのは、そんな歴史土台があって、誰が語っても面白い、というコンテンツに仕上がった、という論理です。※こじつけか?
お願い 編集司会者あとがき、をおれにも書かせろ!!! という要望です。やはり最後の締め、として総括の括り方は、本音がでます。また内緒の話しで、あれは合わせただけで本音はこれだ、という裏話し秘話ができる。字数制限でもいい、考えてみてください。
しめ切り後の、校正、推敲は文字起こし後の対話のマイクインタビュー(リモート)でやるのですか。朝早い(3時)ので夜の12時までは持ちません。(※あとがきラココのインセンティブ)
qbc:いやーすれ違っているのは私がracocoさんを受け止めてないからですよ。
だって私がまともに受け止めたら、好きな話しかしないでしょ、racocoさんは。意図的な構成です。
この無名人インタビューも別にそんな表面的な肯定的なものでもないですよ。インタビューが途中で破綻したり、インタビューで話しすぎてしまって公開しないでと言われたり。
人間讃歌ではないです。
racocoさんて、自分の結論ありきで話してきますよね?そういう話し方だとご自身でわかってますか?
インタビュー後の修正は、グーグルドキュメントの編集権を渡すので、まるっきり変更いただいても良いですよ。
あとがきを付け足すのもオッケーです。
racoco:ありがとうございます。鋭い指摘、まさに自分論法でどんどん進んでます。と、それがすれ違いの所作です。その数ミリではない大幅なズレ感を読者に感じてもらいたい。なんだこのインタビューは、と思わせるのが狙いです。編集する側としては、とてもやり辛い相手でしょう。まさに居合抜き、一発勝負「椿三十郎と仲代達也の対決」一瞬の居合で鮮血飛び散り切り捨てる極意。そんなこと現代でありえません。だから想像したくなる、その次元まで高めたい。としても自己満足、唯我独尊でしかないのですが。
あとがきを付け足すのもオッケーです・・・、ありがとうございます。だらだら書くと本題を汚すで、やはり140~160字程度でしようか。(※大幅に増えたのは明か)
qbc:ズレを見せたいと言っていたので、そうなるように受け止めませんでした。
編集は大変じゃないですよ。編集が楽になるように質問を組み立てているので。椿三十郎は私も好きです。
あとがきは何字でもよいですよ。racocoさんを見せるのがこのインタビューですので。
racocoさんが楽しいって思う瞬間は、どんなときですか?(※またきたか)
racoco:そうですが、お手並み拝見、ということですね。映画のはなしですが、黒澤明がやはり世界的名声ですから、日本でも、そうなってしまう。勿論、質も高いです。志村喬の「生きる」も絶品でした。あと「羅生門」は芥川作品を映画にして、哲学を語ってましたが、飢餓海峡の人間心理描写がリアルで、それと共通するものがあった。
監督「内田吐夢」はかなりの変り物だったらしく、主役の「三国連太郎」を強くおしたにも拘わらず、東映トップが嫌った。だったらやらない、といって意地を通したという強者です。昔は、そんなタイプの人間がゴロゴロいたようです。「ああ私はそんな、人間になりたい」・・・。
楽しいココロ~。おそらく私の楽しい、とqbcさんの楽しいは、まったく違うとおもいます。再三いっている時代差による価値観の違い。でも共通項を一つ上げるとしたら、己の作った仮想をリアルに変換する過程にあり、それが「モノ」になったら楽しいでしょう。
この「無名人インタビュー」を例にしれば、メジャーになることが目標ですよね。メジャーになって日銭とかどんどん入って来て、税金対策に「タックスヘイブン」下調べしてもいいかな、とおもったり、宗教法人にすれば大方の利益が、そのまま残るというか、ホリエモンまでいかなくたって、2・5チャンネルのひろゆき氏、まではいけそうだし、そしたらフランスじゃなくてローマ帝国コロッセオあたりのイタリアに住むとか。
皆さん、無名でいいと謙遜していらっしゃいますが本音は社会からチヤホヤされたい。有名芸能人など、それから逃げたいと口にしますが、そりゃ経験しているからで、経験してないものは、それに憬れ羨望し垂涎して牛のようによだれをだらだら流す。みつともないけど、それがしたいと皆思っている。金はいらない、じゃなくて金があるからよだれが出るんで、それも宇宙の物理法則です。
無名人はいつか、有名人になりたいという「不思議の国のアリス」になりたい。でないと、このサイトの大義名分が破綻してしまうというパラドックスです。
あそうでしたか、racocoさんを見せるのがこの主題、でしたか。いやもともと出しゃばるのが嫌いで、人前ではうまく喋れないし、口角泡などまったくとばせない。人混みに入ると硬直してしまい、社会の全員がオレを観ているとおもってしまう。少年のいつだったか、暗がりの野外映画上映中で、頭の一点が異常に熱い。なんだろとおもったらタバコを吸っていた大人の火が、頭で燃えている。そこでも硬直してしまって、さっと逃げられなかった。運よく後ろにいたお姉さんが、さっと引っ張ってくれたので火傷しなかった。私の人生は、おおよそ、それに集約される。だから幸運とは、自分が望むものでなく、どこかで見ている「蜃気楼」が自分を案内するといった他力本願、それを単純にした、あなた任せ、僥倖な棚ボタ式です。
それが何時かやってくる、それが楽しみなんです。(長いよな・・・)。
qbc:いやだから、「無名人インタビュー」を例にすれば、メジャーになることが目標ですよね。なんて思ってないですよ。めちゃくちゃ決めつけますよね。
ただインタビューは人が参加する仕組みなので、参加が増えれば自然と有名になっていくのは分かってました。あと、お金は欲しいけど、こういう人の話を聞くことでお金を増やすのは考えていないです。
そして、下のところですが、なんでこれって楽しいんですかね?
「己の作った仮想をリアルに変換する過程にあり、それが「モノ」になったら楽しいでしょう。」(※なんかやたらとテンション上り、エキサイトしててこれインタビューかいなって、逆鱗でも触れたか)
racoco:いわゆる「拝金主義」云々、ということでしょう。このサイトが結果的に注目され、いずれ巨大化していく過程で、何が変容していくか、ということです。仮に、そうならない場合もあるし、また、よそから旨い話しが舞い込むこと、だってあるでしょう。だから将来予想なんてできない。できないけれども現況のあるゆる情報を拾い集めてパズルを組んでみると、こんなスタイルになるかな、というバーチャルは可能でしょう。
だから、それが過程であり、その予想したことがリアル化すると満足できる、そんなことです。このサイトだって運営するのにサーバー管理費が必要で、小遣い程度では済まないでしょう。だから現代社会でスタートアップするには、まとまった金銭が必要になる、ということをいったまでです。(※サーバー経費ナシと解答)
3年前でしたが、商工会経由で個人事業者の起業カリキュラムがあって参加しました。約3週間講義で、専門講師(エキスパート)が各分野ごと講義しました。その中で「腕時計」(健康管理データ)を開発して、それを事業化する、という話しがありました。事業の始めに開発費8千万用意して、出来た製品を市場にだしたが見事に失敗した。さらに次の準備で用意した金が1億くらいだと、平気な顔でいってました。その後の展開は、訊き及んでいませんが、起業するには結構な資金が掛かる、ということを学んだのです。
したがって事業には結果的に金がかかる、ということであって、それが目的だ、ということではないのです。それで理解していただけるでしょうか。
ま、これもズレの1要因とは思いますが??? (※その後どうなったことやら)
7日目
qbc:7日目です。ひとまず、無名人インタビューは、noteに掲載してるのでサーバー費用はかかってないです。
未来についてお伺いしていきます!
5年後10年後にどうなっていたいか、といったイメージはおありですか?(※またまた広大な質問にフリーズした)
racoco:再三、云っているように「トシ」ですから、あかるい未来の想像図、なんてイメージはありませんが、でもやっぱり、あーしたいこーしたい、あれ使ってみたい、なんて欲はあります。たぶん、それがないと生きられないし、目下の目標みたいなものですが、ここに(note)来ている皆さんの将来とは大幅に違うでしょうが。
話しは変わりますが、今朝のニュース(8/17付)を見ていて、ボブ・ディランの記事があった。「56年前の性的虐待で訴えられたボブ・ディランが徹底抗戦! 原告女性は「J.C.」名乗る」、です。いまのところウラがないので、なんとも云えませんが、それにしても世界のディランですから、そのニュースは注目されます。
問題は、56年前のセクハラ被害を元に、提訴した話しです。
普通というか、当然というか56年前の記憶は、特別のこと以外は覚えていない。まして世界的アーティストのディランが、一人一人の女(スタッフかファンか)について、記憶があるかどうかも疑わしい。たぶん女は、その名声を根拠に提訴したのでしょう。普通の若い男女が好いた別れた、熟年夫婦の不倫騒動で離婚にいたった、とかそんなのとはまったく次元がちがう。勿論提訴の正当理由として、セクハラが不法行為で、その損害賠償、という話しなんでしょうが、世間ニュースはその金額ばかりが気になる。
そんな話しと個人の私の場合はまったくリンクしませんが、過去の出来事をさかのぼって、いまがどうなっているか、さらに、その延長上では、なにが予想されるか、と思えば、おのずと道は限定されるでしょう。
冒頭記事で指摘した、同世代のつぶやき「終わったな」という独り言は、妙に説得力があった。それは世代によって受け取り方がことなる。
だからその「終ったな」の言葉は、いかようにも解釈でき。私は、その本人の生き様は、子供のころから知っていて、現在、どのような境遇にあるかも知っている。だから、その「終ったな」は、とっても良く判る。町の政治にも関与していたし、事業も色々やっていた。株リーデングもやっていて、田舎者の匂いを感じさせなかった。まあ一種の羨望というか、他とは異質な存在だった。しかし最近の行動は、「落ちぶれ」の一途で、観る影はなにもなかった。あきらかに「金の切れ目」を物語っていて、あらゆる「デフォルト」が止まり、生活破綻寸前の様相を呈していた。
その結果の「終ったな」は、とても説得力がある。まあ、誰を説得するのか、よくわからないでもないが、もしかすると自分を説得するための〈落ちぶれ様〉「終わったな」、と理解した。
そんなことが「5年後10年後にどうなっていたいか」に、言及し更に答えになっているとはおもえないが、とどのつまり、グラフ下降線にある、というのは紛れもない事実で、そこで「終わらないデフォルト」を明確にするのはなかなか厄介なことである、と理解してもらいた。
それと、始めの提起にあった「悶々とする」が、その中の一つの要素に含まれることも、違った世代に理解されない課題であったかもしれない。総括として、そうしたことをこの場で吐露することが重要で、1964年東京オリンピックを知る世代としての、「ガラパゴス」は、案外ムダじゃなかったぜ、という戯言は単なる老婆心として訊いてもらえればうれしい。(※これが発火点に~)
8日目
qbc:8日目です。
終わらないデフォルトですか? もうデフォルトされないから、終わったデフォルトじゃないですか?
ガラパゴスはムダじゃなかったぜ、というのは、どうしてムダじゃなかったんでしょうか?
racoco:ガラパゴス、の一般的使い方として、化石化した、また思考が更新されない、という超保守的な考えを揶揄して、それを柔らかく表現した形容と理解してます。それで、「案外ムダじゃなかった」というのは、まったく通用しない、あんたの考え方はとても古い、とした否定論の裏返し、それを含めて表現したのであって、もともと誰も相手にしない、ガラパゴス思考であるから、それを自虐論として、自己肯定した、という表現の含みは、理解されなかったようです。また、デフォルトも同じような使い方をしたのです。その使い廻しが、二人であるのと三人と三十人では、各々解釈が違うでしょう。したがって、解答は一つではない、ましてや文言の解釈、理解というのは幾通りもある、とは言論界、また政界で、大いに激論されてきたことです。とくに法律文解釈は何度やっても堂々巡り。(※文言殺し合いでもしてるか)
ところで、「あとがき」ですが、私のスペースがあるとして末尾分の、どこに挿入すべきなのでしょう。当然、インタビュー司会者としての、「あとがき」が入ることが前提ですが。その前と後ろでは、緩急の度合いも変わってくる。それを指南していただきたいと思います。
qbc:インタビューの記事構成は、
私のまえがき
本文
racocoさんのあとがき
私のあとがき
過去マガジン
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の予定です。
ガラパゴスって、戦後の日本にとってはめっちゃいい戦略だったと私は思ってますよ。
武装船団とか。東大官僚+スター政治家で、従順な国民を牽引する。
ただ、長期的に見ると、外の世界の競争力に負けてしまった。
て思ってるので、racocoさんはどういう意味でガラパゴスはムダじゃなかった、て言ったのかなって思って質問しました。
終わりを意識していると、言葉への感覚も当然ですが変わりますねえ。
racoco:はい、そこまで深い意味は込められておりません。ただ、ご指摘の「東大官僚+スター政治家」をくくってガラパゴス、というのは正しいとおもいます。私はそれを「徳川江戸藩制」としてマイナスもあればプラスもあった、と解しています。300年かけての「ハウス栽培」は同じトマトでも、まったく異質のトマトができあがる。それが日本人の特性で、黙ってみていられない、という性質です。では今後、日本はどうするか、という課題ですが、相変わらず「日和見」(まわりをキョロキョロみて様子を伺う)のはそのまま変わらない。それは大企業体質(官僚に牽引された国家戦略)ですから、その方向転換が出来れば、簡単に進路も変わる。おそらくそれは、「純潔思想」(日本的遺伝子)が破られたときで、そのターニングポイントは外国移民によってシフトする。その原因は、極端な少子化で、「働き手」が日本から消えるからです。また日本人は、外に出てしまう。いまの日本人は、歴史的にそうやって出来上がった、という史観があります。
いずれにしても2.3人で談議しても始まらない壮大な世界観ですが、そうした分岐点を見極めるのも個人ですから、情報は常に新しく的確なものを察知するアンテナを常に磨く必要があるということになります。
あとがき、了解しました。いまから原稿を思案しておきます。(※この時点であとがきは完成していた。それはインタビュー相手を意識しないことで、茫々と書けたことにある。むしろ私の本文は、これではなかったかと思った。としても、それではいつものブログマンネリ駄文になる。ではインタビュー応募は何のためだったか、という自問になる。このアプローチは、第三者を介して私のテーマ「社会の構図とセル分析」だった。日頃抱いている社会の不満、またそれを反映したメディアニュースなど、意見批判しているが、それが客観的に正しいのか間違っているのか、それを問いたかった。それは今でも変らないし、その答えも未だ不明だ。)
9日目
qbc:9日目です! もしも、自分の寿命が伸ばせるとしたら、伸ばしたいですか?
racoco:それって、人間の永遠のテーマですよね。とくに中国の古代王たちが、それを望んだようです。それにまつわる「神仙」というのがあって、王が探し求めた「不老不死」の妙薬を手下に探させた。勿論、そんなものはどこにもなく伝説だけが、いまに伝えらる「神仙」として名が残っている。それから、古代中国楽譜(音符ではなく漢字であらわす)で「神仙」があり、日本の雅楽に伝承された。前に話した基準音「ラ」に対して神仙は「ド」になる。このラとドの違いは、どこを読んでも答えがない。
寿命の話し、でしたね。
延命、病院の生命維持装置とは違う人間摂理、哲学的倫理観の話しは、社会的にどうなんでしょう。みな、深く考えてはいない。では、100年前と今では、物理的にどう違うかといったら劇的に長寿になっている。その余剰のあまった時間で、現代人はなにしているかといったら、スマホいじって時間を費やしている。たぶん時間計算したら、そのあまった時間、大雑把に推定して未来も、30年をそのスマホに費やしている。他にも沢山ありますが、それに集約されると思います。どんな時代であっても、その都度大きな潮流があって、近代歴史ではイギリスの産業革命が、世界をリードした。それが今だったら、ジョブスの作ったiPhoneが世界を席巻した、ということなのでしょう。
すなわち、便利なものが出来て人間が楽になって結果的に長寿になった。日本は、世界で超一番の長寿国です。そしてさらに長生きしたい、と、その問いは難しい。
そこに、生きるテーマがあるかないか、になるからです。「いったいそれを伸ばして何するのか」、という唯物論です。そのことは、
私の標榜するテーマである、伝承芸能後継者の存亡であり、自分の足元が危うい(人口少子化、日本古典の冷遇疎外)なかで、人が欲しないモノをいくら力説したところで徒労感は明白です。
だから無駄な抵抗、という結末はシミレーションできますが、さて、個人が延命したいか、といったら希望はします。とすると言葉の矛盾がありますが、そこに前にいった「古語拾遺」が必要になる。なぜかといったら忌部の祖師「斎部広成」の遺した言葉、「これだけは後世に伝えきかせたい」と書物を書き残した。それが「古語拾遺」でした。
やや大袈裟ですが、その「斎部広成」の遺言がとても琴線に触れるのです。
(※あとがき、エピローグは、それについて言及した。そしてこれは私にとってもタイトロープなタスクだった。というのは、このSNSサークル(年齢的)で近現代、またもっと古くは国家建国時代まで話しが及んで、果たしてそれが理解されるだろうか(むしろ最近の流行りで歴史アニメで注目)という懸念があった。そして経験的にこの日本で、メディア話題オンリーで、それが歴史を知ることになっていないという現実がある。)
10日目
qbc:10日目です。明日の12時で終了ですね。10日間のロングインタビューありがとうございました。最後にまた「古語拾遺」に戻ってきて良かったです。
最後の質問は、「最後に言い残したことはありますか?」です。
racoco:いや、どうもどうも、なにしろ暑い。
これから炎天下で草刈の仕事があるんです。おそらく野良地では40度を超えているとおもいます。この暑さで熱中症の死者が出そうな天気模様です。
でも仕事依頼なのでやるしかない。そうした、辛さの後の思考回路、というのがあって、吉と出るか凶とでるか、それが注目されますね。あとで、それは書きます。
最後はやっぱり令和「古語拾遺」で閉めましょう。(熟慮のすえ、それはリンクによって講読することにした。やはりSAS現代人スピードにマッチしていない)
qbc:草刈りお気をつけくださいね。私も今昼食に外出して、暑さに負けてます。
racoco:最終日、8月21日の原稿送稿です。まったく初体験でしたが、擬似トーク面談スタイルでそれは旨く運んだようです。これがダイレクトトークでしたら、言葉に詰まることが多々あるでしょう。これを可能にしたのがアプリ「slack」でした。また、私がネットをやっていることが大前提で、さらにアンテナ感度が、これを捉えた、という僥倖がマッチして可能になった。すべての条件で及第していたと、いまはとても満足感でいっぱいです。では最終稿、最後にいいのこしたことを送ります。
古語の遺こした言葉をひろって後世「伊庭孝」氏に継ぐ
最後の言葉として、云いたいのは、やはり古語の遺りたるを拾って、現代社会に問う令和の「古語拾遺」として一言添えたい、ということだった。
官人「斎部広成」、日本民衆芸能界創設「伊庭孝」の二人を取り上げたが、大雑把に云ったらギリシアの「アリストテレス」、アメリカの「ジョセフ・ロビネット・バイデン」大統領くらいの時間差がある。だから、高性能タイムマシンを、いくらフル稼働したところで、両者がホワイト・ハウスで「インタビー」することはない。
所詮、その大幅な時間空間を埋めるのはとても無理として、じゃ、仮想空間を設定して、両者を一つのテーブルに付かせ、会話してもらったらどんなトーク番組になるんだろうか、という密かな思惑でこの「無名人インタビュー」を上梓した。
そのトーク内容を公開するまえの「プロローク」(序合わせたり古事記上巻并序 こじきかみつまきならびにじょ) がこれである。
また、記事中盤で「ジョブズ」逸話を持ってきたが、いま読み返してみると、それが総論として「古語拾遺」のような気がした。すなわちに「日本」に足らないモノは何か、といったら寿司トロや永平寺や南禅寺庭園でなく、「アップルiPhone」が目的であって、いまさら「生大トロ」と云われたって、youは何でトロが大スキなの、という自虐インタビュー質問しかない。それに対して彼は、永平寺で禅を極めたい、というタスクは、日本人の誰が応えたらいのか考える。デジタル周辺機器モバイルの世界カリスマ、ジョブズに対して、そこに九周半後れの日本が、京都界隈の排他的伝統古典世界を探訪するジョブズに対して「youはなにを求めて日本に来たのか」という愚問は、誰が発しているだろうか。これすなわち古語の遺れたものを拾って弁明したいというリテラシーそのものと感じ取った。その解説者がだれかといったら、そこには二人の人物がいた。「伊庭孝」と「斎部広成」である。時代を越えてもその二人をジョブズに併せたらきっと無二の親友になっていはずだ。
本題は次号発刊に掲載される。(期日不明~)
qbc:ありがとうございます。これで終了にしましょう。
あとがき (ラココ)
無名者による無名人インタビューが書いた「あとがき」の価値基準
この「無名人インタビュー」には、紙書籍のように「あとがき」がある。大抵は、インタビューをした人、によって総括的な括り文でその内容や人物像を評価して書くのが、あとがき。その点では、書籍あとがき、と同じだ。
いまだ出版未経験(電子有)者としては、その゛聖域゛は魅力的でり「隙あらばいつか」と願っていたので、編集者にお願いして「おれにも云わせろ」と懇願したところ、いいよ、と二の返事で快諾された。たぶん、他では誰もしてないと思う起死回生のアクションだった。(なにごともやってみるもんだな~)
本を読むとき、始めではなく、末尾の「あとがき」を読んでしまう人は結構多い。今どきの「切り抜き動画」の様に、要所要所をピックアップして、読者は、「それで判った」と判断して全体を知る(と判定か)。
あとがきは、それと同じ効果があって、最後の2.3行で全体を把握してしまう至難のワザは、やはりSNS的「瞬間冷凍リテラシー」なんだろうと解釈した。
本来私の文は、小説とは違いドキュメント主体としているので、その日その日のニュースネタが元になっている。だから「あとがき」の基本系のような漠然望洋としたカスミのようなスタイルではない。ドキュメント、ノンフェクション作家は羨望の的だったが、並の作家の数倍の取材力が必要というのは判っていたので、やらなかった。だから書くブログにおいてドキュメント作家(自称)としてお茶を濁している。ましてや私はまったくの無名人。
無名人とはなにか、何者なのか
このインタビューは、自己申告制で、みずからほっして「してくれ」とお願いする。一言で表現すれば無名、その定義は「路傍の石ころ」であり、砂浜を漂う砂の粒、珪砂の一つでコンマ数ミリの存在。(それをオリンピック金メダルを取れなっかた世界の人々と換言)
したがってインタビューを受ける、など仮想世界そのもので、マンに一つの確率もない。そのあり得ない、にスポットを当てた編集者(K 氏)の見識眼は尋常ではなかった。(よいしょが過ぎたか)
たまさか、仮想インタビューしてプロパガンダに使うようなこともあるが、ここでは純粋にインタビューをしてもらう側に立つ、という極めて稀な発表の場を作った。その時点でまったく新しいコンテンツ新機軸だと、登壇の皆さんは一様に絶賛する。で創設者k氏 は「1月にお休みしたい」とサイトに書いていたが、いまだ持続している。どちらが本当なのか判らない、それが作戦か狙いか本心か不明~。
とりあえず、私はその「無名インタビュー」者の名簿に載って、いよいよ版が上がることになった。なにしろ、それを受ける、というのは初体験であり、また応募したものの、何を質問されるか、その反対に質問されるこちらのキャパとか話すネタとか、用意してあるのかといったら、無名人ゆえ何もなかった。
ヤバイなこれ緊急事態だ、と狼狽したところで「錆び」は初めからあって、その身はまったく健全(ノー天気)そのもの。
大慌てで資料をそろえた(実際あわててないが高温多湿室内33℃で思考停止寸前 8/20)ので、一覧にした。
インタビュアー(interviewer). インタビューをする人
インタビュイー【interviewee】. の解説 ... インタビューをされる人。
インタビューは大きく分けて評価のためのインタビューと情報収集のため
インタビューする側が相手に金銭を払うべきかどうかの問題
インタビューのルール
たとえば対象者が質疑に関してはオフレコだと宣言した場合、取材者はその情報を使えない。「バックグラウンド(Background)」という条件の場合、情報は使えても情報源が誰かは言及しない。もし「ディープ・バックグラウンド(Deep Background)」という条件なら、これは情報源を特定できる可能性のある事柄は一切記事にしないということであり、その人物による情報そのものは使えず、第二第三の情報源からの情報で補強できた場合にのみ、その第二第三の情報源をもとに報道できる。 資料ウィキペディア
最近のニュースでは「大坂なおみ」インタビューの場合がある。こちらは無名どころか超有名人で世界メディアでも注目された。それが何かと云ったらその拒否理由を云え、だった。まあ、そんな立場になってみたいもんだと、素人は安易に思うが「有名税」とはそんなに高価なんだろうか。
また、今回のインタビュー形式は「Slack」アプリで編集し「インターネットボット」が作動している、と、検索事項にあった。直接、それを編集者k氏に訊いたわけではないので、はっきりと断定的には云えない。
確かに、こちらから提出する原稿も膨大で、そこに、インタビュー文言をセットするのも大変な作業であることは容易に想像された。ましてやインタビュー担当者の預かっている原稿本数は二桁と訊く。やはり人海作戦では所詮無理で、「インターネットボット」は必要不可欠だと思うし、またそれがあることによって、多くの無名人が発掘されるのであれば悦ばしいことであると、賞賛したい。
■長時間の取材「無名人」のために時間を割いて頂きありがとうございました。 とても良い企画で今後の発展が期待されます。
◇蛇足 相対、感じとしては、まあ旨く書けたなと。なにが旨く、だったか、まとまりがゼンゼンなかったこと。編集者K氏の口車に載って、ムキにならなかったこと。意図してそれを交したことではなく、投げてきたボールが硬式か軟式かの別が判断出来なかったこと。ルールとしては草野球三角ベースが、相手はアメリカ大リーガーの大谷選手孤軍奮闘試合再現だったこと。まあよくある事、ではなかったことは明白だった。
皆さん、楽しんで頂けたでしょうか。機会あらば次号発刊の予定。それにはPV数如何に委ねられます。
「無名インタビュー」インタビュイー者(racoco|ー對馬昇 ) 2021/8/21
以下参考資料 (了)
※古語拾遺(こごしゅうい)は、平安時代の神道資料。官人であった斎部広成が大同2年(807年)に編纂した。全1巻。元々、斎部氏(忌部氏)は朝廷の祭祀を司る氏族だった。しかし大化の改新以降、同様に祭祀を司っていた中臣氏(藤原姓を与えられたが、後に別流は中臣姓に戻された)が政治的な力を持ち、祭祀についても役職は中臣氏だけが就いているという状況だった。本書は斎部氏の正統性を主張し、有利な立場に立つために著されたものであると考えられる。
そして令和の古語拾遺を判り易い現代文で代弁したのが、日本民衆芸能界を作り上げた「伊庭孝」である
伊庭 孝(1887年12月1日 - 1937年2月25日)は、日本の俳優、演出家、作詞家、音楽評論家である。佐々紅華、田谷力三、藤原義江らとともに「浅草オペラ」を築き上げた。887年(明治20年)12月1日、東京市神田駿河台に雑誌社経営者の伊庭真の次男として生まれる。幼少期に両親を相次いで亡くし、本家である心形刀流宗家当主伊庭想太郎の養子となる。番町小学校から東京府立一中に進学し、谷崎潤一郎らと同期だった。14歳のとき、養父の想太郎が刺殺事件を起こしたため府立第一中学を中退し、実兄で医師の伊庭秀栄がいた大阪に移り、天王寺中学に転校する。
折口信夫や緒方章らと親交を結び、校友会雑誌『桃蔭』に中学生とは思えぬ端麗な随想を幾編も寄稿した。また、幼い頃から西洋音楽に親しみ、数種の楽器を弾きこなし、英独語などの外国語を得意とした。緒方の紹介で日本基督教団天満教会に通い、牧師の長田時行より洗礼を受ける。同志社神学校(現 同志社大学)に入学するも、高畠素之、遠藤友四郎らとともに学内で社会主義を唱え、1年半ほどで中退する。歌舞伎や新劇に触れ、友人を通じて『文章世界』に寄稿し、上山草人らと知り合い、『演劇評論』を創刊するなど演劇に傾倒していく。
■『日本音楽概論』著者、厚生閣書店、1928年 NDLJP:1242511 ※学術文献普及会、復刊1969年。 資料 ウィキペディア~
あとがき (qbc)
月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり。
人から人へ物語を歩みむさぼる無名人インタビューは、ツーリズムです。
マガジンで過去インタビューも読めますよ!
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