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愚者と恋人をよく引く人

文字起こし、編集に通常の2倍かかった今回の謎の人。
謎ぐあいは、本文をお確かめくださいませ!
本日の無名人インタビューもよろしくお願いします!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは sibusibuyanyan さんです!

現在:いやそれがまた、よくわかんないんですよね。そこは面倒くさいから、ってかよくわかんないんですよ。よくわかんないから知りたいな、っていう欲求もあって、あの手この手で考えはするけれども。

qbc:今、何をしてる人でしょうか?

しぶやん:ああ、そうか、だから聞かれると困ってしまうんだよな。だから目的を思い出さなきゃいけないよね。そうそう思い出した。あれですよね。私の note の方で、なんだっけそうそう『自己紹介しない自己紹介』っていうのを、まあ最近書いたと思うんですけど。

要するに、その人本人を知らなくても、作家なんかその典型なんだと思うんですけど、しかも書いたものというよりは例えば Facebook でも Instagram でも Twitter でもいいんだけど、そこで何をつぶやいているかを見れば、その人がどういう人かがわかると。ある偉い人がちょっと前に言っていたことがあって。
それが誰だったか、ちょっと覚えてないんだけど...。ひろゆきでないことは確かなんですけど、誰かが言っていて。そんなもんかなと思ったけど。

いや、だけど、片方でまた別な偉い人が「何を言ったのかが大事じゃない。誰が言ったかが大事なんだ」っていう、これまた名言もあって。それはそうですよねということで。

だから私が何かいいこと言うのと、すごい有名な偉い人が同じことを言っても、それは説得力も影響力も全然違うし。だから結局、その人の中身云々よりも「誰が」っていう部分の「ラベル付け」の方が本質だったりすることもあるから。なかなかその辺は微妙というか、どっちが正しいんだろうっていうのは、ちょっと私はよくわかんないという感じがしてはいたんですけど。

でもまあ一応 note の方で、私は身バレあんまりしたくないので、自分のキャリアとか仕事とか全部伏せて、本当に日常的に思ったことをひたすらアウトプットしたものから、自己紹介とか自己分析ってどの程度できるのかなっていうのは、前から気にはなっていたわけですね。

ただし問題があって、それは自分でできないんですよね。自分でそれをやろうとしてしまうと、ある程度やっぱり客観的に自分を見る部分で難しいところもあるし。
かといって私の知人にそれを頼んだところで、知人は私を知っているので、やっぱりできんのですよね。

そうなると、全然知らない第三者を連れてきて、何らかの強制力を持って、ある種の心理テストに近い感じですよね、それをやらせてみたら一体どれぐらい読み解けるんだろうか、っていうのはちょっと気にはなっていたんですよね。
そこで、ちょうどこれを書いた頃に。これ何て読むんですか、ムメイジンって読むの? ムメイニン? ユウメイジンだからムメイジンって読むのが正しいのか。

qbc:そうですね。どちらでも大丈夫ですよ。

しぶやん:「無名人インタビュー」っていうのを見つけたので、「よう知らんけどこれを使えば、その実験ができるんじゃないのかな」と思って。多分それがモチベーションだったんじゃないのかなと思います。多分そうだった。

だから、インタビュー応募時に「仕事やキャリアの話はしない」とかごちゃごちゃ書いたのは、多分そういうことを意識していたんだと思うんですよね。身バレしたくないってのもあるんだけど、多分私が意図したのはそういうことで。

note とか Twitter とか、まあ note が見やすいからそれでいいんだと思うんですけど、そこで書いたものを、タイトルのリストは作ってあるんですけど。それを見て、それに関して、さらに「これが気になる」っていうことを指摘してもらって、私がコメント出してっていうプロセスをやって。どこまでそれで、果たして私の自己紹介はできるんだろうか、っていうのをちょっと試してみたいなと多分思ったんですね。
あの、非常に complicate な企画なんですけど、ご理解いただけました?

qbc:そうですね。今、何をしてる人ですかね?

しぶやん:今何してるかってこと? 私が? それか仕事かってこと?

qbc:お任せしますよ。今何をしてるんですかっていう質問をしているだけなので、何も意図はないです。

しぶやん:いや今というのが at the present を指すのか、何て言うのかな、stable な状態を指すのかっていうことなんだけど。

qbc:お任せします。

しぶやん:今は仕事しています、としか。というか、これも今職場からやってるんですよね。結局今日は仕事が全く終わってないので。年度末で降ってくる仕事があって、終わってないので、結局家に帰れないまま職場でそれをやってる感じなんですけど。まあ、仕事してます。

qbc:仕事以外では、普段どんなことされてますか?

しぶやん:仕事以外では何してるんだろうな。

qbc:身バレしないっていう範囲で答えていただければ。

しぶやん:最近は仕事以外で、まあ note を書いてるのと、あるいは何かゲームをしている。そんな程度ですかね。あとは漫画を読んでるとか。そんなもんかな。動画は最近、YouTube は再生はするが見なくなってしまって、音しか聞かなくなってしまいましたね。だからアニメも、昔のアニメを音だけ聞くっていうことは、思い出したようにやるけど。見るっていうことをしなくなってしまった。見てるのは、仕事の画面しか見てないから。音だけ、耳が空いてるから、耳だけ使ってできることをしている感じですかね。

qbc:仕事しながら、ながら見みたいな感じですか?

しぶやん:そうですね。見てもいないけど聞いてるって感じ。何かの解説動画。ラジオに近いんでしょうね。

qbc:そのときの気分って、どんな感じなんですか?

しぶやん:気分は特に。そのときの気分ってのは、仕事をしながら何かしてるときの気分ってことですか?

qbc:そうですね。

しぶやん:いや、特には。特にはないんですけど、聞いててフーンと思うことがあればフーンと思うし、なければ仕事を続けるだけっていう感じかな。

qbc:仕事とプライベートって、どれぐらいの割合でされてるんですか?

しぶやん:ちょっと考えたことがないですが。例えば7時間ぐらい寝るとして、睡眠がプライベートで……。

qbc:起きてる時間だけで大丈夫ですよ。

しぶやん:起きてる時間でカウントするんですか。飲食して入浴して通勤をして……どんなもんなんですかね。考えたことないな。

qbc:割合ではなくて時間で大丈夫ですよ。

しぶやん:睡眠時間が7だとして24から引いて17、いや、でもそんなことないですよね、仕事、食事して何してだから、3、4時間ぐらいは何かやってますよね。でも本読んだり何かしたりしてるんじゃない。よくわからないですけど。

qbc:仕事してない時間を4時間とすると、13時間。結構長時間働いていらっしゃる?

しぶやん:そういうことになる。考えたことがないですね。そっか、そういうことになるのか。

qbc:さっきはながら見してるとのことでしたけど、仕事してるときの気分ってどんな感じなんですか?

しぶやん:気分は楽しいときと、楽しくないときがあるっていう感じですか。それ誰もがそうなんでしょうけど。滅多にはないですけど、楽しいときもある。大体はもう、気分が乗ってくるかこないかっていうのは結構でかいんだろうけど、まあそんな感じですかね。何とも言えないですね。

qbc:お仕事は、体を動かすか頭を使うかっていうと、どちらでしょうか?

しぶやん:それは頭を使うんじゃない?デスクワークの一種ですよね。肉体労働でそんな何時間もやって、YouTube 見ながらできないでしょ。そんな仕事あるんですか。

qbc:まあ、耳だけだったら。

しぶやん:工事現場の人が、とても YouTube 聞きながらやってると思えないけど。そうですか。

qbc:ご趣味は何ですか?

しぶやん:漫画読んだり映画を見たり、水泳に行ったり。旅行は、出張は旅行みたいなもんだから、趣味と言っていいか知らないけど。そんなもんです。そうか、あとはゲームもやったりとか。そんなもんですね。

qbc:最近は、どんな漫画を読まれました? 

しぶやん:漫画は、note のリストとか見てもらうとわかると思いますけど、最近は「ワールドトリガー」っていうのと...。
「ワールドトリガー」も10年前からやってるから最近でもないのか。

あと「ラグナクリムゾン」っていう、最近アニメ化するらしいとかっていうのが大体月1で出て。もう歳取ってしまって、毎週週刊で追っかけるのが厳しいので。1週間あっという間に経つので。週刊のリズムだとちょっともう、ついて行けないので。週刊も基本、単行本でまとめて読むかまとめサイトでチェックして。
月刊誌の方が、バイオリズムに合ってるという感じですかね。そんなもんです。週刊で読んでないわけではないけど、そんな感じですね。

映画は別に、見たいかなと思ったものを見に行くっていう感じですか。この間だとだから、それこそ「タイタニック」見に行ったんですね。25周年記念 3D リマスター版とかっていうのやってたからそれ見に行って、長々と note に感想も書いてあったと思うんだけれども、そんなことをしましたね。そんなもんかな。

でも note 見ると、「タイタニック」を見てその前に「モリコーネ」を、モリコーネってご存知かどうか知らないけど、あの映画音楽家のエンニオ・モリコーネね。そのモリコーネのドキュメンタリー映画を見て。
その前は私、何を見たんだろう...。その前に何か見たような気もするけど、ちょっと覚えてないですね。今年になってから見た映画はその2本ぐらいじゃないすか。

qbc:それぞれ、印象はどうでした?

しぶやん:よかったですよ。感想は note に長々書いたと思うけど、両方結構長く感想書いたってことは、それなりに何か人生には響いたんでしょうね。

qbc:今、言葉にしていただくとどんな感じですかね?

しぶやん:「タイタニック」に関しては私、多分見るのが10年ぶり3度目なんですよね。10年前、正確に言うと11年前ですけど、11年前もタイタニック沈没100年記念とかっていうんで映画館でやってて、やっぱり見に行って。その前に見たのが一番最初で、97年の四半世紀前の、公開された日に見に行ったっていうんで。3回とも映画館で見て。テレビでもやってたらしいけど、見たことはないんですよね。
だから結構年代が、時間が空いて見てるから、そういう見方をした映画っちゅうのはあんまり経験がなく。いや正確に言うと、5, 6年前に「ドラえもん」辺りはそういう見方をしているので。あと、去年だと、「男はつらいよ」で多分それやってるんですよね、私ね。

だから歳を取ると、10年ぐらいスパンあけて、もう1回見るっていう楽しみ方ができて。それはなかなか味わい深いなとは思いましたね。

そう思うとだから、10年前の感想の記録もとってあったから、それと比べて昔と考え方が変わったのかとか、チェックできる。そういう楽しみもあるっていう感じですかね。さすがに小学校のころの感想は何も残ってないから、記憶の中から手繰るしかないんですけど。

qbc:最近やったゲームの方は、どうでしょうか?

しぶやん:ゲームは私、「千年戦争アイギス」っていうのを延々8年ぐらいやってて。
自己分析っていうことで言うと、多分私は人見知りする類の性格なのか知らないけど、ご飯もそうなんですけど。例えば引っ越しってのが結構大きいんだと思うんすけど、引っ越して新しいとこに来ましたと言って、一度その中で気まぐれで入ったところに、延々行き続けるんですよね。

で、スマホゲー、ソシャゲーもそうで。最初は多分、「艦これ」やろうと思ってアカウントを作ったのはいいけど、チュートリアルで何やっていいかわかんなくてつまずいて、アカウント放置していて。何かのきっかけでたまたまやって、やったっきりそれを延々やり続けてるっていう。そんな感じですよね。

でもそういう気質の人がいるって、大山のぶ代も何とかっていうゲーム、インベーダーゲームみたいなやつだったかな、たまたま出張先でのゲーセンで暇だったから、やったらそこでハマって、もう延々それを何十年もやり続けた、みたいなエピソードがあるみたいですけど。それに近い感じで。

だから定食屋にしてもゲームにしても、漫画はどうかちょっとわかんないですけど、ともかく一度やってしまうと延々やるんです。stable にやって。別のゲームはしないんですかとか、別のお店に行かないんですかとかって言われるけど、「そこはもう、そこに思考のリソースを割きたくない」っていう感じなんですよね、多分ね。選択肢のリソースはもう与えない。

引っ越して環境が変わっちゃえば、また新しく選ばないといけないから、そこは最初に投資をして決めてしまうけど。そうでもなければ延々そのままって感じですね。
だから柔軟剤とか洗剤もそうですよね。それも引っ越して、行きつけの店が変わったときに変われるけど、そうでないときは、あの店のあの棚にあるアレ、っていうのを延々使い続けるっていう。そういう感じ。

qbc:周りの人からは性格、なんて言われますか?

しぶやん:何にも言われないね。てか、周りにそういうこと言ってくれる人がそもそもいない。てか、逆に言ってくれる人います? 自分の性格に関して。

qbc:この質問は割と定番でするんですけども、2、3割ぐらいの方が言われないかなっていうぐらいですね。

しぶやん:大体それは、言われるわけ? 「あなた何とかですよ」って。

qbc:大体言われてますね。

しぶやん:言ってくれる人がいないと。いや、いるんだろうけど、知り合いが皆無というわけではないが、別にそんなプライベートに踏み込んだところまで言ってくる人はいない。

qbc:自分自身の性格については、どう思われてます?

しぶやん:いやそれがまた、よくわかんないんですよね。そこは面倒くさいから、ってかよくわかんないんですよ。よくわかんないから知りたいな、っていう欲求もあって、あの手この手で考えはするけれども。だから多分この「無名人インタビュー」もその一環なんだけど、何がどこまで浮かび上がるのかなというね。だから特にその、キャリアとか仕事とかを全く伏せた状態で話して、何がどこまでわかるか。

あれに近いよね、占いに近い感じがするんだけど。占いには逆に私、情報はオープンにするんですよね。占い巡りが、趣味といえば趣味なんだけど。どっかに出張して、出張先でぶらっと歩いて、占い屋を見つけてみてもらう、っていうのも趣味といえば趣味かな。
そんな遊びを結構もう10年ぐらいやってるから、こっちも段々わかってきたから、この人はどういう系統の占いの人で何を言うのかっていうのが、大体事前にわかってしまうっていう感じもするんだけど。そのパターンに行くのねっていう気もするんですけど、たまにそれから外れたことを言ってくる人がいて「なかなか面白いこと言うね」っていうこともあるかなっていう感じ。

qbc:それって、どんな占いなんですか?

しぶやん:いや、いろんなのありますよ。手相見てもらったり、九星気学とか四柱推命とか、あるいは一番多いのがタロットですけど。逆に、九星気学とか四柱推命とか手相だとセオリーがあるから、言われること大体同じ。手相も、見られたときにどこを重視してこの人みてるのかな、っていうのをむしろ、こっちが分析してるっていう感じ。

私に対して言われることは大体同じなので、それはもういいんですけど、向こうがどこにウェイト置いて話してるのかなっていうのは気になって。この人はそこを見るのか、っていうような感じを。別にそういう、趣味でやってるだけだから、本気でプロになるつもりはないんだけど。同じ手相でも、どこに重きを置いて読むかってのは、全然人によって違って結構面白い。そこは面白いと言えば面白いですね。

qbc:タロットで出てくる結果って、毎回違います?

しぶやん:そうそう。タロットはだから、再現性がないので違うんですけど、ショウイがまず違うというか。同じカードが出たとしてもやっぱりね、不思議なもので、偏りが出て。やっぱり似たようなカードが毎回出るんですよね。不思議な気がするんだけど、またこれが出るのかっていう感じ。

だから私は例えば、The Fool、愚者とかよく出るんだけど。Lovers とかもよく出るんですけど。タロットってそのように設定されてるから、そりゃそうなんでしょうが、何て言ったらいいのかな、ショウイに対して非常に ambiguity があるっていうか、不定性があるわけですよね。だから不定性っていうのが大体、空間的な不定性と時間的な不定性と両方あって、それを状況に応じて読み分けていくっていうのは、タロットの象意のカラクリというかミソみたいなところがあって。

qbc:ショウイというのは、どういう漢字を書くんでしょう?

しぶやん:事象の象に、意味の意って書いて、「象意」。まあ要するに解釈ですよね。解釈をどうするかっていうので、そこは人によって変わってくるんだけど。同じ絵なんだけど、どう読むかは人と、引いた順番とか状況によって変えるわけですよ。そもそもタロットが、そう変えられるように設計されてる。絵柄自体がそう。どっちともとれるというように、最初から描かれてるわけですよね。

この事象、例えば Lovers のウェイト版っていうのは、少なくともアダムとイヴのタイプが描いてあるわけですよね。アダムとイヴが描いてあって、アダムの方にはセフィロトの木があって、イブの方には知恵の木があるんですよね。で、蛇が巻き付いてて、向こう側に山が見えるっていう絵が描いてあるけど。

それを空間的に考えるんだったら、占い師に会うたびに聞くんですけど、これはエデンの中なんでしょうか、外なんでしょうか、っていう。楽園の内側ですか外側ですかっていう解釈で、内と取るか外と取るかっていう、解釈の違いがまず生じるのと。それとほぼ同義ですけど、これは楽園追放後、アフターエデンですかビフォーエデンですかっていう。両方あって、どっちと取るんですか、で意味がまた変わるわけですよね。

だけど Lovers の絵は、ある意味どっちともとれるように最初から描いていて...。だって意味が確定してないから。出た状況によって多分、その占い師が読み替えるんでしょうね。それでこの人はこっちで読むのね、とかっていうのは、なんでそっち読んだんですかっていうのを聞いてみたりはしますけど。そんな楽しみ方。

だから自分の未来がどうなるとか、そんなことは全く興味がないの。ってかそんなこと当てにしてないの。悪いけど。占い師がどっちと解釈した結果を、「あなたは何でそう解釈したんですか」っていうことを聞いてみたり。たまに面白いこと言う人がいるから、そういうときは面白いねっていうことが。

qbc:どんなことを面白いと思います?

しぶやん:例えば直近の例でいくと、この間出張したときに言われたのは、The Fool がやっぱり出て。だけどそれをね、そもそもウェイト版じゃなかったのかな、絵柄自体が違ってて。
The Fool って、ピエロが崖に向かって歩いてるっていう絵柄が、大体よくある絵柄だけど。この間の人のやつは、何か知らんけど、ピエロは崖の上にいなくて。落ちているとも取れるし、空を歩っているともとれる、っていう絵柄になってる、というちょっと珍しいやつだったんですよね。
だから最初からある意味、象意がよく知ってるウェイト版とは違うっていう感じになってて。だから当然言われたことも違って。ってかそもそも、そんなもの見たことなかったから、これは珍しいなと思って感心して。

それまで、The Fool ってか愚者っていうのは、何をもってあの人が愚かであるかっていう解釈で。私は愚者っていうのは「その先に崖があるんだけど、あると知りながら歩みを止めない者」っていう意味だと解釈していたけれども。
この間思ったのは「いやそうじゃなくて、こいつは崖から落ちるとさえ思ってないやつなんだ」っていう。なるほどなるほど、それは確かに意味が全然違いますねと思って。ちょっとそこは感心したっていう。なるほどそう思うべきなのかって。

落ちるとわかってて歩んでいく狂人ではなくて、こいつは最初から落ちるとさえ思っていなくて、オチとしては落ちてしまったかもしれないし、いやあるいは本当に空を歩けたのかもしれないし、そこはわかんないわけですよ。だからどっちとも取れるってわけね。
実際それはどうなんでしょうかっていうことで、私はどっちなのかは知らないけど、その解釈自体が結構新鮮で面白かったなとは思いますね。そんなところかな。

過去:10代の頃も今と全く変わってないんじゃないかな。つまり勉強が、デスクワークに置き換わっただけだから。何一つ変わってない。

qbc:子供の頃はどんなお子さんでした?

しぶやん:子どもの頃? そんなの覚えてます?

qbc:思い出してもらってますね。物心ついて、どんな子だったのか。

しぶやん:大して変わってないな。よくわかりませんが、少なくともよく言われるのは、この間中学校の恩師に、実家に帰ったときにだいぶ久しぶりに会いました。その時も言われたのは「変わってないね」だから。

大体私に会う人が言うのは、みんな「変わってないね」って言うわけ。それは見てくれもそうだし、多分中身というか、性格的にも変わってないんでしょ、私は。だから変わってないねと言われるから多分、今とそんなに変わらないんじゃないのかなとは思いますね。

qbc:変わらないっていうのは、性格のどういう部分でしょうか?

しぶやん:それは私にはよくわかんないんだけど、多分変わってないんだろうなとは想像はするけど。

qbc:じゃあ明るいとか暗いとか真面目だねとか、そういう形容詞はなくて、変わってないだけってことですか?

しぶやん:そうそう、変わってないだけ。だからどうとでも取れるわけ。だからいつまでも子供だねともとれるし、何とでも取れるわけなんですけど。何とも言いがたいですね。

qbc:10代の頃、小中高とかって、どんな子供だったか覚えてらっしゃいますか?

しぶやん:いや別に、今と大して変わってないんじゃないか。だからその、さっき言ったみたいに、結局行きつけの定食屋に延々行き続けるとか、延々と同じ床屋に行き続けるとか。そんなことだからな。変わってないんだと思うけど。

qbc:10代の頃っていうのは、何してたんですかね?

しぶやん:そうそう、だからそう言われるとそうだね、変わってないね。10代の頃も今と全く変わってないんじゃないかな。つまり勉強が、デスクワークに置き換わっただけだから。何一つ変わってない。だからその意味でも、多分変わってないんですよね、私ね。

qbc:この頃から続いてる遊びってありますかね?

しぶやん:中学校とか高校ですか?

qbc:そうですね。

しぶやん:水泳ぐらいじゃないのかしら。水泳は遊びと言っていいか知らないですけど。

qbc:漫画とか映画とかは?

しぶやん:それは「ワンピース」くらいは読んでるし、そんな程度のことですけど。それで私について「何がわかるか」と言われても、何もわからんでしょうな。

qbc:ゲームはどうです?

しぶやん:ゲームはもう、そのころやってないっすね。ってか21世紀になってから、ソシャゲ(アイギス)以外のゲームはほとんどやってないと思いますよ、私。20世紀までだと思う。
割と早く卒業してしまったと思いますね。PS2 は触ってないもん、私、結局。

qbc:年齢は聞いても大丈夫ですか?

しぶやん:年齢はまあ言ってもいいのか、36。

qbc:その後、進路進学はどうだったんでしょう?

しぶやん:まあ大学は行きましたよ。

qbc:専攻を聞いてもいいですか?

しぶやん:何が専門かってことですか? 専攻はまあ、一応理系だったとだけ言っておきますかね。

qbc:大学生活を振り返っていただいて、何かありますか?

しぶやん:今言われて思いましたけど、今と全く変わってない。

qbc:変わってないってことですもんね。

しぶやん:全く変わってないですね、まるっきりタイムスケジュールが。昔は講義があった分だけ若干朝方めいていた気はしますけど。それを除くと多分、全く変わってないですね。
人付き合いの距離感というか数というか、あれにしても何しても、全然変わってない。言われてみるとそうですね、確かに変わってないなってことが実感できます。

qbc:大学の後はどうされましたか?

しぶやん:大学の後か。言うと大体キャリアがバレてしまうような気がするよな。あんまり言いたくはないが、今と変わらないという感じですかね。延々延々同じこと言っちゃっていますね。

qbc:なるほど。ちなみに、占いに興味を持ったのはなぜでしょう?

しぶやん:うちの親が興味を持ったからじゃないかな。九星気学とか何とかっていうのを、割と10年以上前からごちゃごちゃ言い出して。「何しょうもないこと言ってんのかな」と思って。一応持ってる本を読んで勉強して「こんな物でしょ」っていうのは分かったから、あとは「それが本当かな」っていうのを、占い師に聞いてまわってみてるっていう、そんな感じ。一応それで今でも続けてるっていうような感じですかね。

qbc:何歳ぐらいのときから興味があったんですか?

しぶやん:十何年前だから20半ば、ちょっと前ぐらいじゃないすか。

qbc:何に惹かれたんですかね?

しぶやん:よくわかんないですね。いやわかんない。それはわからないです。別にあの、占いで将来を占うとか、そういう気は全くないから。何か、方便に使えると思ったんでしょうね。それはあったと思う。

qbc:方便?

しぶやん:そうそう。何かの方便に使えるだろうと思ったのかな。多分そうだったと思う。

qbc:自分の未来ではなくて解釈を聞いてまわるのって、どんな気持ちなんでしょう?

しぶやん:いや要するに、自分の解釈から出ないものが出てくれば、純粋に面白いんじゃないのっていう話で。大体そういうのは、本読んでもわかんないんですよね。そういうのは、割とよくありますけど。

その辺は私も変わった部分で、昔は人に聞くより自分で勉強した方が早いと思い込んでて。それもどっかに note に書いてる気がするけど、百聞は一見に如かずの逆、『百見は一聞に如かず』ってやつを昔書いたような気がするけど、それの話だな。

だから昔は自分でやった方が早いと思っていて、ある程度それは正しかったところもあるんですけど、つまり昔は人の話を聞いてもわかんなかったから、自分でやった方が早かったんですけど。ある程度人の話がわかるようになってくると、自分でやるより人の話を聞いた方が早い、っていうことが増えてきたっていう感じかな。

だから占いとか大体そんなもんで、通説とは多分逆なんですよね、あれでね。「人の話を聞きなさい」っていうのは、ある程度わかってからじゃないとわかんないんだよね、おそらく。

世の人は大体誤解してる感がありますけど。それと似たようなこと、どっかに書いたような気がするな。質問がどうこうとかっていうんで、そう書いたような。『講演と質問を巡るあれこれ』。
だからアクティブラーニングとかで「生徒さんにどんどん質問をさせる授業をしましょう」とかって推奨する人がいるんですけど、「それは私は効果があるとは思えない」っていうのを note に書いたような気がするんですけど。

それにちょっと近いところで「質問をするというのは極めて高等的な技術なので、それはむしろ教育の最終目標だと思ってやった方がいいのであって、それを一番最初のステップで持ち込むなんていうのは、それはナンセンスなんじゃないんですか」っていうようなことは言ったことがあります。
私の経験的に言えば、質問ができるのは、質問の答えが半分ぐらい想定できてるとき。じゃないと質問できません、そもそも。半分は自分の思ってた通りだなって、半分は新しい情報だなとか、想定外のことだなっていうことがあるっていう感じじゃないと、質問がそもそもできない。

だからアクティブラーニングで「質問をできるようにしましょう」なんて言うとクソどうでもいい質問しかないので、大体授業にとってプラスになるとはとても思えませんね。そういうのはだから「刀も刀、切り手も切り手」、あるいは「ボケとツッコミ」で、両方ともそこそこの力量がないと、やっぱりそんな効果的に働かないわけですよ。世の中そういうことがわかってないし、そんなことばっかりなんでしょうけど。

何の話だっけ...。だから人の話を聞くとか、自分で勉強するところなんか、それに近いところがあって。
人の話を聞くっていうのは、存外高等技術ですよねっていう感じ。だから私は昔、子供すぎて多分それが出来なかったんだけど、20代半ば、30代ぐらいになってようやくそういう、あれなんでしたっけ、十有五にして学を志す、三十にして何をするんでしたっけ。

qbc:えー、三十にして立つ?

しぶやん:あの耳に従うってのが四十、そう三十にして立つで、四十にして耳に順うんでしたっけ。五十にして天命を知るんだよね。

qbc:あれ、不惑ですよね。四十不惑。

しぶやん:あれ、四十にして惑わずか。そうそう、だから耳に順うっていうのは六十か七十ぐらいでしょ。だから孔子をして、耳に順うっていうことがいかに難しいかでしょ。だから学を志し、立ち、迷わず天命を知った後じゃないと、人の話を聞けないってわけだから、相当高等技術なわけですよね。

いやそりゃあ、私が20代過ぎて30代ぐらいになってくるとできるって、むしろ30代ぐらいでできるようになったんだったら、上等な部類なんじゃないのかという気がするんだけど。っていうようなことは思ったことありますね。
だからともかく、昔はあんまり変わってないと言いつつ、変わったってところもあって。そういうところは、ちょっと大人になったんでしょうね。そういう話。

qbc:占いの質問からたどり着いたんですけど。

しぶやん:まあ何でもいいんですけど...。

qbc:意見を聞くのが面白いっていうのは、占い以外でも何かあります?

しぶやん:仕事もそうだし、だけどそこはいろいろ、この「無名人インタビュー」もそのアプリケーションで人の話を聞くって延長で。今回の、「無名人インタビュー」が人の話を聞くっていうのに該当しているのかどうか知りませんが...。確かに今自分でシコシコやってるのが好きっちゃあ好きだけど、そこはちょっとスイッチしてきた。いやこれが一時のものかどうかわかんないですが、まずそういうことは、そういう時期なのかもしれないですね。
それも note にちょっと書いてる気がするけど、『中村悠一の年末年始配信雑感』っていうの、年明けに書いたような気がするけど...。中村悠一ってご存知です?

qbc:どんな方か、説明してもらっていいですか?

しぶやん:中村悠一って声優の人なんですけど。彼が自分の YouTube チャンネルを持ってて、大晦日に杉田智和や安元洋貴といったお仲間声優達と酒飲み話をやってたんですけど。酒飲み話だからしょうもない話やってんだけど、たまに結構いいこと言っていて。それのメモみたいなのを note に書いといたんですけど。

そこでの話の一つで...。大体彼の言ったことのニュアンスを伝えると「声優ってのはアウトプットする仕事なので、仕事ばっかりやってると引き出しがなくなっちゃう」って言うんですよね。だから、彼は意識して、アウトプットする時期とインプットする時期っていうのを明確にスイッチする、っていう話をして。「アウトプット優勢の時期は、来る仕事は全部受ける。インプット優勢にしたいときは、それ以前に決まった仕事以外は全て断る」って言うんですよね。

でもそれ声優に限らず、大体の職っていうのは、何かしらアウトプットする仕事なので。となると、それはある種の一般論なわけですよね。
そうするとだから、声優のインプットって何するんだろう、っていうのもちょっと気にはなったんですけど。お芝居を観たり、何かの勉強したりするのかなと思ったけども。

それでいうと私も、人生において確かに、アウトプット優先の時期とインプット優勢の時期っていうのは割と交互にやってきてて。直近で言うと、コロナで私はインプットの時期に入って。それはそういう人多いんでしょうけど、引きこもらざるを得ないわけだから。だけどコロナ禍が段々終わってきたら、またアウトプットにシフトしてきた感じは、ちょっとするかなあという。あんまり人の話を聞くよりも、自分でやりたいことやりたいねっていう風な意識、そっちにシフトしてる感じが、確かにちょっとまあしますね。

それは多分何年かサイクルかでスイッチ、中村悠一に限らず、いろんな人がそうなんじゃないかなとは思っていて。だから人の話が聞けるようになったからっていうのも、コロナ騒動と相まってそういうタイミングもあったから、そのインプット優先にシフトしたんでしょうけど。で、今はコロナ明けからのアウトプット優勢の時期で、これからそういう傾向が続くんだろうけど、それだけではなく、またどっかのタイミングでスイッチしたりしていくんでしょうね。

未来:自分の人生を自分で設計しようっていう気はないんだね。それは私を超えた事象な感じがするから、もうそれはどうしようもないというか。

qbc:5年10年後だったり、30年40年、最後死ぬところまで、未来ってどういうイメージをお持ちでしょうか?

しぶやん:何にもイメージがないですね。何にもない。未来ね。考えたことがないね。

qbc:それは変わらずですかね?

しぶやん:変わってないのかな。変わらないわけにはいかないだろうから、変わるんでしょうけど。想像ができませんね。何にも見えないっていうか。

qbc:将来どうしようかな、みたいに考えたりはしなかったですか?

しぶやん:いやもう、なるようになって今に至るっていう感じで、何も考えてない。何も考えてなくて、そうなってしまっているから、どうしようもないよ。いや別に悪いとは思ってない。そんなに悪い気はしないんですけど。

まるで数奇な運命に導かれるがごとく生きてきて、その通りになってるから、別に不満はないし何でもないんですけど。まあ、「一体運命は私をどこへ導こうとしているのかな」と、疑問に思うことはあるけど。思うことはあったところで、どうしようもないから、なるようになれっていう感じ。

qbc:数奇な運命って言うと、自分で決定したわけではない?

しぶやん:いや、決定はしてるんだけど、そこは不思議なんですよ。だからその決断自体も、何か巡り合わせがあったから、そうなったっていうところもあるし。
例えばちょっとプライベート打ち明けるんだとすると、例えば私は生まれてすぐに父親が亡くなっていて、母親が実家に帰ってきてるんですよね。そこからある意味、ボタンが掛け違ってるというか、違ったのか正しくなったのか知らんけど...。それがなかったとすると、多分人生が全く全然別のストーリーですよね。今の私はもちろんないし、大げさですけど今の世界もないんですよね。私の今いる業界に、私がいないんだから。

となると、世界の業界の様相が多分、違うよなとは思うから。いや、わかんない。歴史の修正力が働いて、私がいなかった分は、別のナニカで補われて結局そうなるのかもしれない。そこはわかんないんですけど。もうしょうがない、なるようになってるって感じ。いやあんまり未来っていうのは、想像したことがない。ないね。

qbc:巡り合わせの中で、また変化が起きたりとか、そういうことですか?

しぶやん:なるほどね。「いや、なるようになるんじゃない」としか。もしくは「なるようにしかならないんじゃない」としか。だから私の人生は、既に私の手を離れてる感じがするから。もうそれに関しては、特には何も考えないが「一体どこへ導こうとしているのかな」と思うことはあるという。

qbc:いつ頃からその感覚はおありですかね?

しぶやん:何なんだろうね。答えになるかどうか知らないけれども、昔からやってる実験が一つあって。これは多分正しいんだと、私は今では思ってますが。
「自我とか自意識の芽生えってのは、一体いつから出てくるのか」って話で。それって多分時間感覚なんですよね。で、どういう時間感覚かって言うと、「今この瞬間が過去になるんだ」っていう時間感覚を持ったのが、どの瞬間かっていうことで。私は明確に持った瞬間があるの、それ。で、その感覚を持ったときに「今これを持ったということを、延々記憶し続けよう」と誓って、その実験は今でも続いてるんです。

小学校から下校してくるときだったんですけど。夕暮れ時ですよね。帰ってくるときにチャイムが鳴って、時計をふと見たときに「今この瞬間が、時が経つと過去になるんだな」って気づいて。この感覚をいつまでも覚えておこうと思った瞬間、確かに。正確な日付まで覚えてないんすけど。確かに小学校4年生か、5年生になるかならないかぐらいだと思うんですけど。っていうのはあった。それは覚えていようと思って、折に触れて何度も思い出してるから、覚えてるんですけど。

いやわかんない、そっから始まってるのかな。わからんけどそんな感じ。いつから持ってたか、わかりません。いやわかんない。

自分の人生を自分で設計しようっていう気はないんだね。それは私を超えた事象な感じがするから、もうそれはどうしようもないというか。いや別に悪くはないと思ってるから。で「何かもうそれ、悪いようにはどうもならんらしい」というのが私の信仰なので。
そんな保証は全くないんですけど、「そこはもう多分そんな悪いもんじゃないんでしょ」と割り切って、そのようにあとは成り行きで生きると。

qbc:日々やっていることっていうのは、導かれてることってことですか?

しぶやん:日々やってることって仕事ってこと?

qbc:仕事も含めてですね。

しぶやん:まあ仕事は特に、そうとしか言いようがないんじゃないですかね。不条理な偶然の積み重ねを、延々やり続けている気がしますけどね。

qbc:それは悪くはない?

しぶやん:悪くはないんじゃない? そこだけは私の世界でしょう。その不条理な偶然の積み重ねは、私にしかできないので。

qbc:ありがとうございます。出張っていうのは日本だけなんですか?

しぶやん:いや海外も行きますよ、それは。まあ最近は全く行ってないけど。

qbc:未来において、こういう感情、こういう場所でいたいとかあったりしますか?

しぶやん:最近それに近いようなことは、『現状や自分のお気持ち、そして今後どうなりたいか』ってnoteがありますね。これを見ると、何か書いてありますね。これ、誰かに言われて書いたんだよな。さっき言ったようなのは、近いことはこれに書いてあるんじゃないか。なるようになりたい。己が運命に従っていきたい。

qbc:ありました、タイトル。81番ですね。

しぶやん:あ、預言者になりたいって書いてある。預言者。Predictor じゃない方。Predictor でいいんでしたっけ、予言者は。預言者は Oracle か。Predictor は予言の方だから、預言者だから Oracle の方ですね、これは。Oracle だね。
「約束の地は目にするが、たどり着けない者」ね。預言者になりたいね。まあ無理だな。預言者になるほどの力量がないな。というより、多分私は「約束の地は目にするが、たどり着けない」というシチュエーションに対しての憧れがあるだけで、別に預言者になりたいわけじゃないんだろうな。この note のうしろにも書いたけど、結局だから、人からの預かり物があまりにも多すぎるので、ちょっと誰かいろんな人に配ってまわりたいですね、という感じですね。

qbc:例えば死ぬとき、人からこう思われていたいという気持ちはあったりします?

しぶやん:いや人はもう勝手に思えよって。知らんがな。なんで「これからくたばろう」って時まで、人にどう思われるかを気にしなきゃならないんだよ。こっちは死ぬだけで精一杯だよ。冗談じゃないよ。

qbc:なるほど。成し遂げたいことっていうのはありますか?

しぶやん:トートロジーですけど、まあ自分が成すべきことは成したいよねっていう。「これが自分の役目だったんですね」っていうことは、どれぐらい果たせるか知らんけど、果たして死にたいかなという感じ。「ゴールデンカムイ」の世界だな。

qbc:数奇な運命に引き寄せられるような感覚っていうのは、お父様が亡くなられたとき以外に、他にありますかね?

しぶやん:いや、それ無限にありますけど。今やってる仕事だってそうだし、それと関係あるか知らんけど、私は非常に運がいい人で。「運がいい」っていうときに、皆さんどういうふうに解釈されるか知らんけど。

私の運の良さっていうのは、「宝くじが当たる」っていう運の良さじゃないわけ。「失敗してもいい方に行く」っていう運の良さ。修正力が働くんだよね。運命が、ここは失敗しなきゃいけないってときは、ちゃんと失敗してるわけ。「そこで成功していたとすると、袋小路に入り込んで多分私は未来がなかったんだろうな」っていうところが、人生にいくつかあって。こういうところは、ちゃんと事前に失敗してるんですよね。

でもある意味、私はこの感覚だけを頼りに生きてきたので。大体失敗したり負けたりしたときっていうのは、それの意味は何だろうっていうのは常に考えていて。そういうセンスは多分20歳ぐらいからある。もっと前からかもしれないけど、明確に意識したのは20歳ぐらいかな。

qbc:もしも、人生そのものがガラッと変わって新たなスタートになった、みたいな転換が訪れたとしたら、何をしたいですか?

しぶやん:いやあ、想像ができないね。そんなことあり得ないと思ってしまう。

qbc:まあ、ありえないから、もしもなんですけど。

しぶやん:いや、それは何? どっかで If が起きたらってこと?

qbc:そういう考え方でもいいですし。

しぶやん:父親が生きていたらとか?

qbc:そうですね。未来に対してでもいいですよ。

しぶやん:いやあ、私はだからそれは、想像できないんだよね。「想像できないから、そんなものは最初から存在しなかったんだ」という解釈になりますね。存在していないものに対して、想像することに意味はありますか? いやまあないことではないんだろうけど。いや、私は想像ができないですね。想像ができないっていう意味は、それは存在しないからですね。

qbc:これ実は、タロットカードで決めてるんです。

しぶやん:何を?

qbc:この、もしもの未来の質問を。

しぶやん:あなたがですか?

qbc:そう、引いたんですよ、今。Death の逆位置が出て。再生、新たなスタートっていう意味ですよね。

しぶやん:いやあ、だから私は全く想像できない。If があったとしても成功してないと思うんだよな。道が途絶えてると思うんだよな。その先はなかったとしか思えないんです。
いやそれは、いろんな If はもちろんありましたよ。想像することはもちろんあるけど、想像、シミュレーションすると、結局「その先はない」っていう結論にしかたどり着かないので。何かもう、「ここしかないのだ」って思っちゃう。それを実感させるだけって感じ。

qbc:今がガチャっと崩れて、全く違う未来になるとしたら、どうですか?

しぶやん:いやわかんない。起こり得ますけどね。でも結果としては、起こり得たら起こり得たで、そこまで含めて「うんそういうことだったんだね」っていう。「最初のルートはこっちで、実はちゃんとそっちに行くようにそこで修正力が働いたんだね」っていう解釈になってしまうから。

いや、わかんない。だから、ガラッと今と様相が違うことをやっている可能性は、もちろんあるんですけど。10年20年して、今では想像できなかったことっていうのはあるけど。でも私の場合はどっかで縁があるんですよね。「10年前に実は」とか。そういうのがあって、どっかに何かがあって、それがきっかけになることが多いから。ゼロって、だからつまり全く今の段階で intersection がないものに対して、10年20年経ってできてるかはちょっと。まあでもわかんないな。

だって今例えば私結婚してないけど、仮に結婚する未来が存在するとしたら、今は想像もしてないような人と出会う可能性があるわけだから、それは確かにそうなると。「いや、だけどそれが想像できないってことは、結婚できないっていうことなのかな」とか思ったりするから、何とも言えませんね、そこはね。

qbc:向こうからやってくると想像はできる?

しぶやん:そうそう。向こうからやってきた場合は想像できないからね。だから私の想像を超えた現実はいくらでも起こり得るので、別にそういうことは起こり得るんでしょうが、わかりませんね。それはそうできんことにはな、想像できないからな。

qbc:自分は何が好きというか、何をする人間だという風に考えてますか?

しぶやん:皆さんどう答えるの? 模範解答は?

qbc:夢を追いかける人だ、みたいなのがあったりとか。

しぶやん:夢ね、夢は特にないんだけど。昔、ある偉い坊さんに「種を撒け」と言われたけど、まあ大体宗教家はそう言うんだよね。「一粒の麦」だからね、「地に落ちて死なずば」ね。
今の質問なんでしたっけ...。夢じゃなくて?

qbc:何が好きな人か、何をしようとする人なんだろう、みたいな。

しぶやん:わからん。人間の営みが好きなんじゃないのか。

qbc:なるほど。どんなところが好きなんですかね?

しぶやん:人間の奇跡が好きなんじゃないのかな。

qbc:奇跡って、ミラクルの方?

しぶやん:そうそう。ミラクル。

qbc:どんなことがありました?

しぶやん:いやでもそれは、いっぱいあるんじゃないですか。だから人の巡り合わせって、奇跡と言えば奇跡だから。いや、わからん。そういうものを奇跡と感じることが好きなのかもしれないし、そこは何とも言えませんね、まだ。だからそこは、主観と客観が分離できてないんだな。まあ別に分離する必要もないんだとは思うけど。

qbc:幸せだなっていう瞬間を教えてもらってもいいですかね?

しぶやん:何? 何?

qbc:幸せだなと感じる瞬間。

しぶやん:やっぱり、運命感じる瞬間なんじゃないすか。今ここだっていう。”The time is now.”っていうその瞬間。

qbc:最近、運命感じたことってあります?

しぶやん:それはまあちょくちょくあるんだけど、長年思ってたことができるようになりましたとか、そういうことありますけど。いや、わからんな。
いや今言おうと思ったのはさ、「ひじり」って、セイントね、聖。聖人ってどういう意味かっていうんで、元々仏教用語で、アレは日を知る人って意味なんだよね。で、聖っていう字を当ててますけど。日を知るっていうんで結局”The time is now.”なわけです。そのときを知る、っていうわけで。そのときっていうのはだから、自身の運命というかさ。天命というかこの瞬間だって悟る、わかるときがあるって。で、それを知ってる人のことを「ひじり」、聖人と言うのだって。

それね、あれで知ったんじゃないかな、昔マガジンでやってた阿佐田哲也の漫画があったでしょ、『哲也』ってやつ。あれに書いてあった。あれはね、原作者のさいふうめいって人が、やっぱり運命論みたいなこといっぱい書いてて。彼の解説本か何かの、どっかにあった一節だったような気がする。

それはお坊さんに聞いた話で、それは聖ってのは日を知る人なんだっていうの。なるほどねって。「耳口の王ってのは日を知るっていうこと、そのときを知るって言葉か」って思ったけど。私が運命を感じるってのは、そりゃ継承の瞬間か伝承の瞬間か知らないけど、そういう瞬間なんじゃないすかね。

qbc:最後に言い残したことはありますか?

しぶやん:特にないんだけど。こんな面倒くさいインタビューをどうやってまとめるのかは気になりますね。まあ、頑張ってください。

qbc:ありがとうございます。

しぶやん:私、インタビューを受けるのって何度目なんだろう、それなりに受けてはいるんですよ。自分でしたこともあるけど、結構偉い人を2、3年かけてインタビューしてまとめたっていう、えらい大仕事をしたこともありますけど。
自分で受けたことも何度かあるけれども、今回はどうまとまるのかな。今回は私のキャリアと仕事と、何もかも一切伏せていってるから、何が出来上がるのかな。

qbc:そうですね、このインタビューは、もうほぼこの状態、60分ノンフィクション、ドキュメンタリーみたいに思ってて。基本は喋ったそのままを原稿にします。

しぶやん:まあいいんじゃないすか。だけどこれタイトルとかつけようもないよな。訳がわからんよな。訳わかんないよ。まあ頑張ってください。プロにおまかせ。

【インタビュー・総編集:qbc】


【文字起こし:釘】


【編集:なずなはな】

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