I Wanna Be Your Cat〜あなたの猫になる|片思い文芸部
あざとい【あざとい】
計算高く、抜け目がないさま。
利を得ようとする気持ちが表に出ていて、ずる賢い印象を与えること。わざとらしく、媚びたような振る舞いをするさま。
特に異性に好かれようと意識的に可愛らしさや愛嬌を強調するような態度に対して使われる。
いきなり降り出した雨。
海岸には、誰一人いない。
僕らは、まるで雨に隠れるように、車中でそれが収まるのを待っている。
これは、僕にとって絶好のチャンスだ。
曖昧なままの関係に、今日こそ白黒つける。
そう決意したはずなのに、喉の奥に張り付いた言葉は、一向に出てこない。
一体どうやって、この距離を埋めればいいんだろう?
*
不揃いの水玉模様が、リアウィンドウをびっしりと覆う。
僕らは、少しの距離を保ちながらも、互いの気配を意識するように座っていた。
ブラー効果のかかったような硝子に人差し指を滑らせながら、彼女が話し始める。
「ねえ」
鼓膜をつつくのは、いつもより少しだけ甘ったるい声。
僕はスマホを触る手を止め、彼女のつけた曇り窓の指跡から外を眺める。
見えるのは色彩を失った水平線。
まるでこの世の果てのような、グレイトーンの世界だ。
波の音、雨だれの音。
幾重にも重なる繊細な水音は穏やかで優しい。
その音色を今しばらく楽しんでいたかった。
だけど、彼女はそれを許してはくれないようだ。
「"もしもゲーム"、しない?」
唐突な誘いに、少し面食らう。
「"もしもゲーム"って?」
彼女に視線を向けると、いたずらを仕掛ける前の、あの眼をしていた。
「簡単よ、妄想するだけのゲーム。
それに突っ込んだり、同調したりすればいいってだけの遊び。
アイテムが何もなくって、ものすごーく暇なときにうってつけなの」
その言葉に、僕は少し傷ついた。
「暇って、仕方ないだろ」
「まあ、いいから。
ね、わたしが先にやってみるから、あなたも真似してみて」
僕はその誘いに答えるのはちょっと億劫だ、とでも言うように大きく舌打ちをしてみせた。
しかし、彼女はかまわずそれをスルーし、満面の笑みを浮かべながらゲームとやらをおっ始める。
「もし」
「…もし?」
「あたしが仔猫だったら」
「…仔猫?」
「こうするの! ミャア」
「?!」
なんてことだ。
猫の鳴き真似とともに、彼女は突然シートに身を投げ出し、そのまま僕の膝に、やわらかな重みを預けてきた。
不意打ちの温かさに、心臓が大きく跳ね上がる。
(あ、おいコラ…)
見下ろせばすぐ下にある、彼女の顔。
心臓が跳ね上がる。
ためらいが置く距離を、強制的に縮められたような、そんな攻撃に面食らう。
「こうやって下から見ると、鼻、すごく高いのね」
そう言って、息がかかりそうな近距離から僕を見上げる彼女の顔つきが、なんだかいつもよりぐっと大人びて見えてしまう。
小さく動く薄桃色の唇に、今でも引き寄せられそうだ。
僕はまだ、自分の気持ちさえきちんと話せていない段階だってのに。
しかし、胸の高鳴りはどうにもならない。
鼓動の速さまではとてもコントロールできない。
息が、上がる…。
「ふふ、 今度はそっちが攻めてみて」
彼女の、僕にだけ向けてくる『あざとさ』が、僕の理性を揺さぶり始める。
そう、これはゲームだ。
反撃にでなくては。
「いくよ。…もし、ここに仔猫がいたら」
「ミャア」
(くそ、鳴くんじゃない)
「まずはーーこうだ」
ーーーカシャ、カシャ、カシャ
僕はおもむろに彼女にスマホを向け、やけくそにシャッターを切った。
画面越しに、ふくれっ面になった彼女を見下ろす。
「ちょっと、もう、意地悪!
仰向けの顔なんて、横に広がってブサイクでしょ!
待って、写真を撮るなら…」
彼女がそう言いながら半身を起こそうとする。
僕は空いている手を彼女の肩に置き、即座にその動きを制した。
「駄目。まだこのままで」
なぜ、そんなセリフが口をついて出たのだろう。
「そして撮り終わったらーー」
ー おいおい、おまえ、一体何をする気だ?
僕の理性が、僕に向かって、そう呼びかける。
しかし、そいつは僕を離れ、勝手に動き始める。
「こうして可愛がる」
僕は肩に置いた手を、そのまま彼女の頬に伸ばしていた。
そして、すべすべで、且つ絶妙にしっとりとした血色の良い頬を撫でくり回している。
彼女の身体から、くたっと力が抜けた。
とろんとした目つきで僕を見上げ、それからそっと目を瞑る。
そしてーー。
それから先は覚えていない。
【おわり】
お後がよろしいようで…。
読んでいただいてありがとうございました。
再び参加してみました!
前回のお題の参加作品を、ナルさんのご紹介ページから少しづつ回ってるんですが、先週、今週は一年で一番忙しい期間なのでちょびっとしか読めていない。忘れた頃に伺うかもしれません…💦
猫の話も少しあります。
