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一歩手前が、いちばん怖い。

「やってみたい。でも、怖い」
頭では前に進みたいのに、なぜか足が動かない。

「有料noteなんて書くなよ」
「まだそんなレベルじゃないだろ」
「もし誰かが買ってくれても、満足させられないぞ」

頭の中で、誰かの声が響いてくる。

まるで誰かに言われてるようだけど、
実はぜんぶ自分の声だった。

呼吸が浅くなって、
手が冷えてくる。
進もうとするたび、
見えない誰かが襟首をつかんでくるような感覚。

でも最近になって、やっと気づいた。

「怖い」と感じるときほど、
自分は“境界線”の手前にいる。

恐怖の正体は、
まだ起きてもいない未来の失敗を、
勝手に想像して自分で味わっているにすぎない。

そして、その未来の痛みを回避しようとして、
「やめとけ」と忠告してくる。

つまり、恐怖は敵じゃない。

むしろ、
“今、超えるべき壁が目の前にある”
と教えてくれるサインだ。

初めて他人のポートレートを撮ったときも
そんな感じだった。

全く会ったことのない
友人の友人の義理兄弟の
七五三の写真を撮って欲しいと
言われて、正直最初は断ろうと思っていた。

「そんな大切な行事を任せてもらっていいのか」
「失敗したらどうする。」

そんな声が、ずっと頭の中をぐるぐるしていた。


でも結局、
そのときの僕を変えたのは
「考え抜くこと」ではなかった。

踏み出した“あの一歩”だった。

前日頼まれてもいないのに、
下見をしてきて、
頭の中でここで撮るとかを考えたり
事前に挨拶をさせてもらって
どういうイメージで考えているかを聞いたりと
自分ができることをやっていった。

すると、不思議なもので
あれだけ強く感じていた恐怖も、
始まった瞬間に、
スッとどこかへ消えていった。

撮っているうちに、
どんどん楽しくなってきて
それを見て喜んでくれる家族を見たときには
本当にやって良かったと思うことができた。

それからは、「恐れ」が出てきたときほど、
「お、いよいよ来たな」と思うようにしている。

怖いということは、
まだ見たことのない未来が待っているということだ。
ウィル・スミスのこの言葉が全てを表している。

神は最高の物を恐怖の後ろに置いておく。

ウィル・スミス

今、もしあなたの中にも「声」が聞こえてくるなら。
それは、あなたがすでに
境界線のすぐ手前まで来ている証拠かもしれない。

あのとき書いた有料noteは、実際に売れた。
恐怖は消えなかったけど、
それ以上に、やってよかったという感覚が残った。

だから、恐れるなとは言わない。
そのまま、恐れながら一歩を踏み出せばいい。

その一歩の先に、
きっと、まだ見たことのない自分が待っている。


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