心地よい文章とは
心地よい文章とは何か?
どれだけ正しいことを言っていても、
読んでいて居心地の悪い文章がある。
逆に、特別なことは書いていないのに、
なぜか心地よく読み進められる文章もある。
読めば読むほど、
「心地よさ」が文章において
どれほど大切かを実感する。
これは文章だけでなく、
会話にも通じる。
たとえば、売れない営業マンに
営業されているときの、
あの妙な違和感。
「なるほど、でもこれはどうなんですか?」
と質問しても、
すでに決められたルートに
誘導されている感覚に陥る。
どんな答えを返しても、
相手のシナリオ通りに進んでいき、
「考える余地」がないことに気づくと、
無性にしんどくなる。
結果、「検討します」と言って逃げたくなる。
文章でもこれと同じことが起きる。
心地よさの正体は、行間ではなく「均衡点」にある
「じゃあ、結局心地よい文章って何なんだ?」
と言われそうなので、ここではっきりさせておくと、
僕の結論は 「読者が心地よく思考できる余白」 にある。
最近、それを「行間」と言い表すことが多い。
でも、どこかしっくりこなかった。
言いたいことはわかるが、
借りてきた言葉のように感じてしまう。
だから、もう少し掘り下げて考えた結果、
「均衡点」という言葉が今の僕のベストアンサーだった。
心地よい文章とは、
読者に 「ちょうどいい負荷」 を与える文章であり、
語りすぎると 「考える余地がない」 と感じて離脱する。
逆に、語らなさすぎると 「負担が大きい」 と感じて離脱する。
つまり、 読者が心地よく思考できる余白 を作りながら、
適度に情報を補完してあげることが大事になる。
この 絶妙なバランスが、
心地よさの正体なのかもしれない。
誰に向けて書くのか?
ここまでは読み手側の話だったが、
次は書き手側として考えたい。
「よし! 読者が心地よく思考できる
余白のある文章を書こう!」
と思ったとき、
「誰にとっての心地よさなのか?」 という問いが浮かぶ。
万人にとっての「心地よい文章」は存在しない。
だからこそ、大切なのは
「読んでほしい人」を明確にすること だ。
ありきたりな話に聞こえるかもしれない。
でも、散々記事を書いてきて思うのは、
最後に行き着くのは
「ありきたりすぎて誰もが軽視すること」
に、実は答えが隠れているということ。
ターゲットが広すぎると、
「誰に向けて書いているのか」がぼやけてしまい、
結局、誰の心にも響かない文章になる。
かといって、狙う層がニッチすぎると、届く人が限られる。
ここにもまた、バランス感覚が求められる。
結局、良い文章とは?
「自分が書きたいこと」と「読者が求めるもの」の均衡点 にある。
一方的に語るのではなく、
かといって、丸投げもしない。
読者に 「ちょうどいい余白」 を与えながら、
心地よい思考の流れを生み出すことができたとき、
その文章は 「読む価値があるもの」 になる。
文章も、会話も、すべてはバランス感覚。
この 「均衡点」 を見極めることができたとき、
読者にとって 「心地よい文章」 になるのだと思う。
最後に
結局、書くことも、読むことも、
人生と同じでバランスがすべてだ。
語りすぎても、語らなさすぎてもダメ。
広げすぎても、絞りすぎてもダメ。
「ちょうどいいところ」 を探し続けるのが、
書くということなのかもしれない。
ほなまた!
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