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未来が過去の意味を変える。

今このnoteを書いているのは
去年亡くなった祖父母の家のリビングで書いている。

こうやってnoteを書いている背中を
祖父母は後ろから仏壇から見てくれている。

僕にとってこの祖父母の家という場所は、
小さい頃から親戚と会えて、
祖父母と他愛もない話で盛り上がれて
自分の成長を実感できる楽しい場所だった。

だけど、晩年にかけて
親戚の従姉妹が2人とも結婚して
親戚で盛り上がれる場所から
少し形が変わり
その従姉妹の旦那さんと
子供との顔を合わせる場所に変わっていった。

もちろんその場に、祖父母はいるし
別にそこに対して
当時は、どうこう思っていなかったが
今考えると少し意味合いが変わっていた。

集まったときも、祖父母が中心だったのが
どこか子供が中心になっていった。

すると、自分がどこか脇役の脇役に
追いやられたような
気持ちになり始め、
「少し前までは結婚とかどうなんだ。」
と聞かれても、今は仕事で忙しいから
と逃げることができたが、
従姉妹に子供ができると
かなり実際リアルになってくる。

言葉にはしないが、
自分の家の未婚の男兄弟への
結婚や後継の期待が
より自分の居場所を狭くしていった。

その結果、
昔からの親戚で盛り上がれる場所から
プレッシャーと居心地の悪さを感じる場所

変化していった。

別に自ずとそう変化していくことは
わかっているし、
別に考慮して欲しいとも思わないが
自分の中の場所の意味が変わってしまった。

そして、祖父母が亡くなり、
今自分と弟が主に暮らしているのだが
また、場所の意味合いも変わってきてる。

どこかで変えられるのは未来だけで
過去は変えられないと思っていた。

しかし、未来が過去を
いい意味でも、悪い意味でも
変えられる。いや、変わってしまうの
かもしれないと思い始めている。

過去って、自分の中では
何を言われても変わらない頑固者
みたいで言わば歴史のようなもので
そんな人がいたら、
言っても変わらないと思うんで
未来の僕たちが変わっていきますね。
道を僕らが開ければいいんですね。
って感じで接してきたけど、
本来は繊細で感じやすい小心者
なのかもしれませんと
最近は思い始めている。

実際、今までのめちゃくちゃ辛かった過去も
今の自分を構成する大事な出来事だったと
未来が過去の意味を変えてくれることが
多々ある。

未来をどう生きるかで、
人に対する見方も、
出来事の解釈の仕方も変わる。

そのときは、しんどくて
なんでこんなことをしないといけないんだ!
なんでこんな経験をしないといけないんだ!

と思う理不尽なことでも、
後から振り返ったときには、
その経験は深い意味をもつのかもしれない。

あくまでも個人的な意見ですが
過去はなかったことにできないからこそ、
その経験は自分の人生に
必要なものだったと自分を納得させるのも
ありなんじゃないかな
と思う。

もし今あなたが、
辛くて、しんどくて、逃げ出したいと
思うことがあったら、
5年後の自分を想像して聞いてみればいい。

それで、必要ないと思えば
やめればいいし、必要と思えば、
やり続ければいいと思う。

神様は、超えられない試練を与えないので
おそらくやれないことはないと思っています。

ほなまた!


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