今日もお江戸は日本晴れ!|第壱幕|肆(四):深淵の冬黒
▼前回▼
そりゃわかってはいるつもりだったのだ。うちは相当ヤバイ金貸屋だ。事実お陽だって暴言を吐き散らし取り立てをしている。
だけどだけどだけど。
涙ぐんでいたのだ!
あの、あの恵助がっ!
血がたぎった。
だからお陽はその勢いのまま父親の元に乗り込んだ。店の奥で一服していた親父の前に乱暴に座る。
「ただいま」
「おうよ」
「…………」
「…………」
二人は睨み合った。先に口を開いたのは親父のほうだ。
「聞いているぞ、護壱と路月に。おまえ、あの男にたぶらかされているそうじゃないか」
護壱と路月はお陽が幼い頃にこの父に拾われて、冬黒屋で奉公しだしたという。そのせいか、二人は父をおやっさんと呼び信望している。下働きから始めた二人もいまでは取り立てやお陽のボディーガード兼お目付役なんてのをやっている。
腕達者だし、剣客《けんきゃく》だし、実は取り立ての才もある奴らなのだ。二人は一緒にいることが多い。親友同士なのかもしれない。
「あのオトコ──って……恵助のこと⁉︎」
「用もないのにノコノコとあんなあばら屋に出向き、まるで嫁にでも行ったようにジジイの世話をし、あの男のために飯を作ってやってるんだとな」
「違うあたいが勝手に」
「黙れ‼︎ なんで寄りによってアイツなんだっ‼︎ ──顔か⁉︎ あぁ確かにヤツは父親に似て大層な美男だろーよ!」
どちらかといえばかわいらしいタイプのお陽とは似ても似つかず、親父はブオトコだった。お陽はかなり母親似なのだ。
「だから俺は、あんなヤツ遊廊に売っちまえと取り立てトークを考えてやったんだ。ホモにヤラれちまえ!」
「……う、うん。だから一応、そのトークあたいトライしたんだよ……」「第一俺は反対だったんだ。それをおまえがどーしてもど〜〜〜〜してもやりたいっつうから、取り立てティームに入れてやったんだ。護壱と路月もつけてやった。
この際だからはっきりいう! おまえは取り立て向いてねぇ!」
「でもでもあたいはやりてぇんだ!」
「もうヤメとけ。おまえが取り立て初めてからもう三年だ。もう充分だろうっ。おまえは大人しくしてさえいりゃあいいんだっ!
やがてこの店を継ぐのに足りうる神経ブッといヤローでも婿にもらって元気なヤヤコでも産め!」
「でもでも」
「デモもヘチマもねぇっ‼︎ だいたいだいたい、テメーがあの恵助んトコの取り立てやるなんざ大つ反対だったんでい!なのに、勝手にヤリやがって!」
「いいじゃないかっ! 三ヶ月前に恵助んトコを担当してた蒼太《そうた》が、別の客の闇討ちに遭っちまったろ、だからあたいが代わりを」
「そうだ、この仕事はそういう危険な仕事だ。うちを恨んでるヤツなんざ掃いて捨てるほどいる。だからおまえはもう足洗え!」
「嫌だ! ──違う、そういう話じゃない、あたいは恵助のことで──」「あの男のことはもう忘れる! もう会うな!」
「だけど、おとっつぁん! 前々から思ってたけど、アイツんとこの金利はいくらなんでもおかしいよっ! おとっつぁん、何か恵助に恨みでも……」
「ウルせぇ! アレでいいんだよ! アイツは一生金を払い続けるんだ!殺させてもやんねぇ!」
父親の瞳が、焔《ほむら》のように光った。
「な、なんでおとっつぁんそんなに」
「お陽!」
父親は敷しくお陽の二の腕を掴んだ。
「お陽はおとっつぁんのそばにずっといるよな⁉︎ 裏切らないよな⁉︎」
「い、痛い……わかってる、わかってるよ! おとっつぁん‼︎」
「ならいい……。なぁお陽」
二の腕から手を離し、父親は優しくお陽の両頬に手を添えた。
「そんなにお陽が店の手伝いをしたいのなら、店の掃除でも雑用でも、他にもっと安全な仕事があるだろう?それをなさい」
「でもあたいは危険でも……厄介なことこそをしたいんだ……。難しいことをこなせるようになりたいんだ……」
「お陽!」
「……っ……、わ、わかったよ……でも、おとっつぁん」
いつのまにか、お陽は泣いていた。
「惠助の金利をもっと下げてやっておくれよ……。あれじゃアイツかわいそうすぎるよ……。
もう五年だよ? 最初に借りた金額なんて、ほんとはとっくに払い終わってる!」
「お陽……金を借りたら、利子ってもんがついてくるんだ。だからアイツは一生返済を続けなくてはいけない。ちゃんと、契約書だってあるんだ……」
「そんなん、おかしいよ──」
しゃくり上げるお陽に、父親は優しく優しくほお笑んだ。
「さぁ、もう泣くのはおよし。いつもの聞き分けのいい、明るいお陽に戻っておくれ……」
惠助は類を腫らして帰ってきた。口の端が切れ、血が滲んでいる。髪は乱れ、着物には土がついていた。足はもつれ、辛そうに片腕を押さえている。
「どうしたんじゃ、恵助!」
泰助は心配していろいろ訊ねたが、恵助は笑ってただこう答えるばかり……。
「あはは、転んじゃったんだ。バカだよね、僕……。
でも、これくらいで済んでよかったほうなんだ。うん」
こうなることはわかっていたんだ。
あんなことを彼女に言ったら、冬黒屋が黙っているはずがない。
きょうは彼女と一緒にいたせいか、尾行までされていたことにも気づいていた。
でも僕は誰かに──彼女に聞いて欲しかったんだ……
もっともっと、いろんな抱えたものを
いつも誰かに言いたくてたまらないんだ……
あの人がいなくなったのは四年前。
一年間あたいは何もせずに過ごした。
何もする気が起きなかったんだ……。
そのころのことをあたいはよく覚えていない。
そして空白の一年が過ぎて。
あたいは取り立てを始めた。
あたいはもう一度だけ信じてみることにしたんだ。待ってみることにしたんだ。
『お陽。おとっつぁんのそばにいてあげて。あの人の支えでいてあげて。いい子でいてあげて』
かなり勝手なことを言う人だ……。あたいにばっか押しつけて、自分は逃げたくせに。
だけど、あたいがいい子でいたら──もしかしたら、あの人は帰ってくるかもしれない。
昔みたいに三人で笑えるかもしれない。
だから、あたいはいい子になるの。
なんだってするよ。
おとっつぁんの支えになるの。
立派な金貸しになる。
あたいは心の中であの人とそう約束した。
なんだってする。難しいことも嫌なこともいっぱいする。人に嫌われたっていい。
あたいはおとっつぁんの味方だ。おとっつぁんにはもうあたいしかいないから。どんなにひどいことしてたって、おとっつぁんはあたいのおとっつぁんだ。
だから。
本当はこんな悪徳金貸し屋大っ嫌いだけど。
あたいはがんばるんだ。
だから、帰ってきてよ。
ずっと待ってるから。
いい子でいるから──
お願い。
帰ってきて。
▼次回▼
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