「これ、どうやって干すの?」
洗剤を入れたかどうか、忘れてしまうことがある。
「あら? 洗剤入れたっけ?」
「まあ、いいか!」
そう言って、笑って済ませられる。
これは、誰にでもある「物忘れ」だと思う。
でも、こんな場面にも出会う。
洗濯物を手に、じっとそれを見つめながら、
「これ、どうやって干すの?」
さっきまで、何十年も繰り返してきたはずの動作。
その「やり方」そのものが、すっと消えてしまっている。

同じ「洗濯」という場面なのに、
そこで起きていることは、まるで違う。
一部を忘れても、全体としてはできている。
それが、物忘れ。
手順がわからなくなる。
何をしていたのか、目的そのものを見失う。
それが、認知症の特徴だと言われている。

この違いを、頭では知っていた。
でも、実際に目の前で「これ、どうやって干すの?」と聞かれたとき、
知識と現実のあいだに、小さな断絶があることに気づいた。
「忘れる」という同じ言葉の中に、
こんなにも違う世界があるんだ、と。
洗濯物を畳む手。
洗剤のキャップを開ける指先。
干し方を確かめるように見上げる仕草。
そのひとつひとつの動きを近くで見ていると、
「あ、迷ってるな」
「これはただの物忘れだな」
と、少しずつわかるようになってくる。
正しく見分けることが、目的ではないと思う。
ただ、その人が今どんな景色の中にいるのかを、
想像しようとすること。
それが、隣にいる私たちにできる、
いちばん小さくて、いちばん大事なことなんじゃないかと思う。

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