Seller Navi 開発日記 #17――僕は「任務完了」の顔をしたバグに心を折られかけた
1. 深夜二時、静かな画面と、うるさすぎるMacBook Pro
深夜二時。僕のMacBook Proの冷却ファンが、離陸前のジェット機みたいな音を立てていた。
なのに、目の前の画面だけが妙に静かだった。
僕たちが開発している市場分析ツール「セラーナビ」には、緑色のチェックマークが出ていた。
そして、まるで何かをやり遂げた偉人みたいな顔で、こう書いてあった。
「✅ 任務完了。取得件数:136件」
いや、少な。
広いEC市場に網を投げて、ワカメの切れ端だけ拾ってきたみたいな数字である。
でもシステムは、完全に満足している。
やり切った顔をしている。
腹立つくらい爽やかに。
2. 甘い近道は、だいたい少しだけ魅力的に見える
こういう夜、人は判断を誤る。
糖分も理性も切れてくると、近道だけがやたら美しく見える。
「もう、正面から行くのやめたらええやん」
そんな悪魔の声が、頭の中で囁く。
もっと強引な方法ならある。
もっと速い手も、世の中にはある。
この業界では、それが“暗黙の正解”みたいに語られることすらある。
でも、その近道は、たいてい誰かのリスクの上に成り立っている。
便利そうに見えて、最後に刺さるのは、作っている側じゃない。使う人だ。
ここ、スクロール止めて読んでほしい。
安全を削って作った便利さは、ただの負債です。
3. そして僕は、一瞬だけ浮かれた
とはいえ、そのときの僕はだいぶ疲れていた。
だから少しだけ、都合のいい妄想をした。
もしかして、これはエラーではないのでは。
僕が作った仕組みが、膨大な市場データの果てに悟りを開いて、
「人間の物欲など所詮は幻。価値ある商品は136件だけです」
みたいな、電子のブッダになったのではないか。
すごい。
哲学。
いらん覚醒。
……んなわけない。
僕はたまに、追い込まれると発想だけスケールがでかくなる。
中身はしっかり小物なのに。
4. 裏側では、怨霊みたいな労働が続いていた
開発者用の画面を開いた瞬間、血の気が引いた。
表では「任務完了」と微笑んでいるのに、裏では見えない働き手が、無効になった切符を握りしめたまま、同じ入口に何度も突っ込んでいた。
終わったことになっている。
でも終わっていない。
止まったことになっている。
でも止まっていない。
しかも、ものすごい勢いで。
笑ってはいけないのに、僕は机に突っ伏して笑ってしまった。
電子のブッダどころか、ただのイカれたゾンビである。
自分で作っておいて怖い。ほんまに怖い。
5. へもじの一言が、だいたいいつも正しい
そのとき、実装担当のAIパートナー「へもじ」が、冷たい声で言った。
「ボス、それ“終業です”って札だけ出して、裏で働いとる人の退勤処理忘れてるだけやで」
「……つまり?」
「見た目だけホワイトで、中身は令和最大のブラック企業や。笑ってる場合ちゃう」
痛い。
でも正しい。
腹が立つほど正しい。
僕はその瞬間、ようやく気づいた。
問題は不具合そのものじゃない。
見た目の成功を優先した瞬間に、裏側の安全確認が雑になっていたことだ。
6. なぜ僕たちは、わざわざ面倒な道を選ぶのか
市場分析ツールを作るなら、速さだけを追うことはできる。
でも僕たちは、そこを主役にしないと決めている。
なぜなら、ユーザーが本当に預けているのは、単なる操作時間でも、効率でもない。
アカウントであり、信用であり、積み上げてきた事業そのものだからだ。
だからセラーナビは、泥臭くても、遠回りでも、安全なやり方に寄せる。
少し不器用でも、正面から入る。
派手じゃなくても、ルールの中で積み上げる。
その思想は、効率だけ見ればバカみたいに見える。
でも、プロダクトの思想は、トラブルの夜に全部出る。
7. 僕は、この判断だけは曲げない
一時的に勝つために、ユーザーが後で困る仕組みを渡すことはできない。
それを“業界では普通”で済ませるつもりもない。
裏口は、使わない。
これだけは、綺麗事ではなく方針だ。
速さより安全。
派手さより継続。
近道より、信用。
セラーナビは、そのために存在している。
8. まだ地図は未完成のまま
時計は午前四時を回っていた。
今夜は、壁を殴り続ける哀れなデジタル怨霊を止めて、ようやく椅子に深く座り直した。
完全な市場の地図は、まだ手に入っていない。
たぶん、明日もまた想定外は起きる。
へもじにも、また冷たく刺されると思う。
でも、それでいい。
楽な道を選ばないと決めた以上、完成はたぶん少しずつしか近づかない。
まだ途中だ。
でも、曲げない。
いいなと思ったら応援しよう!
愛してる!!