『これでいいかな?』って送ったあと、胸がざわつく
『これでいいかな?』って送ったあと、胸がざわつく。
間違ってないはず。失礼もしてないはず。
なのに、もう一回だけ読み返したくなる。
「これで…いいよね?」って。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。スキやコメント、フォロー、本当に嬉しいです。ひとつひとつ、大切に読んでいます。…今日もここに置いていきます。
「これがいい」じゃなくて「これでいいかな」になりがち
私、よく「これ合ってるかな」「これでいいかな」って思います。
たぶん、気持ちより先に“正解っぽいもの”を探してしまう。
たとえば買い物でも、言い方が変わる。
「ずっと欲しかったこの色のバッグ、やっぱりこれが一番可愛いから買う!」
これは、“好き”が主語。
でも私の脳内は、こうなりやすい。
「こっちの方が汚れも目立たなそうだし、服にも合わせやすいよね。……うん、これでいいかな。」
これは、“間違えない理由”が主語。
もちろん、合理性で選ぶのが悪いわけじゃない。
ただ、その瞬間の私は、自分の気持ちを一回、後ろに置いている気がします。
バッグだけじゃなくて、メールの一文も同じ
これ、買い物だけの話じゃなくて。
メールの一文を打ってるときも、似たことが起きる。
「これがいい」より、「これでいいかな」で送ってる日がある。
相手に失礼がないように。誤解がないように。
ちゃんとしたい気持ちがあるからこそ、なんだけど。
その結果、文章の正しさを点検しているうちに、
自分の気持ちがどこにいるのか、分からなくなる日がある。
「好き」「嫌い」を言わないまま、判断だけしてたのかもしれない
ここまで書いて、ひとつ思ったんです。
たぶん私、「好き」「嫌い」って言っていい場面でも、言わないままにしてきたのかもしれない。
「嫌うのはよくない」とか、
「ちゃんとしている方が正しい」とか。
そういう前提が強いと、気持ちの話がしにくくなる。
その代わりに、判断を“正しい/間違い”で片づけようとしてたのかなって。
好きだ、嫌いだって、理由が先にあるというより、まず“感じる”が先に来ることもある。
なのに私は、その「感じる」を、しまい込んでいたのかもしれない。
そして「分からない」で処理して、決められなくなっていたのかもしれない。
気持ちは、色のグラデーションみたいなもの
気持ちって、白黒じゃなくて色のグラデーションだと思うんです。
好き寄り。でもちょっと疲れる。
嫌いじゃない。でも今日は近づきたくない。
ありがたい。でも重い。
この“中間色”を認めると、判断が止まりにくくなる。
正解を当てるより、
「私はどの色?」って確かめる方が、やさしくて現実的だったりする。
もし迷って止まってるなら、問いを変えてみる
もし最近、決められないことが増えているなら。
よかったら、問いをひとつだけ変えてみてもいいのかもしれない。
「これは正しい?」ではなくて、
「私の気持ちはどんな色?」
真っ白じゃなくていい。真っ黒じゃなくていい。
薄いグレーでも、青でも、くすんだ黄色でもいい。
色が分かっただけで、次の一手が出る日がある。
私は、たぶんその感覚を取り戻したかったんだと思います。
もしどこかひとつでも引っかかったら、スキだけ置いていってもらえると嬉しいです。
また読みたいと思っていただけたら、フォローもぜひ。
よかったら、関連の2本も置いておきます。
〖心の処方箋〗ネガティブ感情があっても心が軽くなる方法。「感情は色」で自分責めがピタリと止まった話
なんで人の意見に従っちゃうんだろう——答えは「感情の不在」だった
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