『なんで?』って訊かれると、言葉が詰まる。
「なんでそうしたの?」
その一言で、急に言葉が詰まることがある。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。スキやコメント、フォロー、本当に嬉しいです。ひとつひとつ、大切に読んでいます。…今日もここに置いていきます。
「なぜ?」で固まる瞬間
たとえば、会議のあと。
「さっきの返事、なんでそう言ったの?」と聞かれた時。
悪気がないのはわかる。確認したいだけなのもわかる。
でも私は、その一言で急に、体が硬くなることがある。
頭の中では、こういう回路が走る。
「正しい理由を出さないと」
「納得させないと」
「間違った動機だと思われたくない」
すると、言葉は出てこないのに、疲れだけが増える。
私は「なぜ?」という質問が、あまり得意じゃない。
訊かれるのも、訊くのも。
原因を知りたくなる気持ちは、もちろんわかる。
仕事なら「再発防止」も「説明責任」もあるし、原因を押さえないと前に進めない場面もある。
ただ、あの問いは、ときどき私の呼吸を奪う。
答えようとした瞬間、頭の中で“正しい理由探し”が始まってしまうから。
理由は、あとから作れてしまう
たぶん、理由って後付けになることがある。
その場では、感情が動いて、体が先に反応して、気づいたら選んでいる。
「なんか違和感があった」
「こっちの方が安全だと思った」
「空気が変わりそうで、先に畳んだ」
最初の一歩は、こんな曖昧さで起きているのに、
説明の場面では、急に“論理の形”を求められる。
そして言葉にできないと、
「説明できない私はだめ」と結びつきやすい。
(本当は、だめじゃないのに。)
働いていると、こういう場面は増える。
会議、報告、家族との会話。全部に「理由」が求められる。
だからこそ、私は一度、問いを変えてみることにした。
問いが変わると、呼吸が戻る
同じ出来事でも、問いが変わると、こちらの体が少し楽になる。
「なぜ?」よりも、
「その時、どうしたかった?」
この聞き方は、過去の正解探しじゃなくて、
意図とか意思に触れる感じがある。
理由は、あとからいくらでも作れる。
それっぽい言い方もできる。
でもそれが、ただのこじつけになることもある。
だから私は最近、いったんここに戻す。
・どうしたかった?
・何を守りたかった?
・何が嫌だった?
理由が出なくても、意思は残ってる。
意思が拾えたら、次は選べる。
「私は本当は、こうしたかったんだな」
そこが見えた瞬間、急に自分が責められなくなる。
次に同じ状況が来たとき、
同じ返事をしなくてもいいし、同じ自分でいなくてもいい。
そして、もし相手に「なぜ?」を投げたくなった時も。
その問いが、相手の心に“正しさの試験”を開いてしまうことがある。
問いを変えるだけで、相手を追い詰めずに会話を前に進められることがある。
自分にも相手にも、少しだけ優しい聞き方。
私の場合は、こんな順番が効きました。
① いま何が起きた?(事実だけ)
② その瞬間、体はどう反応した?(胸・喉・肩)
③ 本当は、どうしたかった?
不思議と理由はあとからついてくる。
先に拾うのは、意思のほう。
この小さな戻り方があると、また“進める自分”に戻りやすい。
もし最近、説明するほど疲れているなら。
いったん、問いを変えてみてもいいのかもしれない。
よければ一言だけ。いまのあなたにいちばん近かった一文、どれでしたか。(読むだけでももちろん大丈夫です)
次に読むなら、この2本を置いておきます。
迷いが長引くとき、頭の中で起きてることを言語化した記事です。
「迷いの正体は、“やらない理由探し”かもしれない。」
「正しい返事」を探しすぎて、送ったあとにざわつく夜に。
『これでいいかな?』って送ったあと、胸がざわつく
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